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第3章

3 偽の婚約者

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 店の前から、フォルシアン公爵家の馬車と馬が走り去っていくのを目にした。
 ヘレーナが一人で来たわけではなく、護衛たちが陰に潜んでいたようだ。

 ――たしか四大公爵家の中でもフォルシアン公爵家は、魔力が強くない血筋であるという理由から、武技ぶぎに力を入れている一族だったはず。

 魔獣や竜の討伐に率先して出向き、数々の戦いで活躍したことから、宮廷で権力を得て、今の地位を築いた。
 へレーナが年頃の女性であっても男装し、帯剣していたのは、フォルシアン公爵家の家風のせいだろう。

「みなさん、お騒がせしてすみませんでした。フラン。今いるお客様に、お詫びとしてノベルティを配ってもらえますか?」
「わかった」

 フランは工房へ行き、箱を持ってくる。
 ラーシュもフランを手伝う。

「サーラちゃん。『のべるてい』ってなんだい?」
「初めて聞く言葉ね?」

 私の言葉が異世界で、どんなふうに表現されているのかわからない。
 私が転生者のせいか、この世界の言葉は、自動的に翻訳されている。
 便利だけど、どう相手に伝わってるのか不安でもある。

「えーと、おまけです。感謝の気持ちを込めて、数量限定のおまけをご用意してます。よろしければ、お使いください」
「こちらをどうぞ!」

 フランがお客様一人一人に手渡していく。

「星の飾り?」
「わぁ。小さくて可愛いわね」

 小さな星の飾りを受け取り、珍しそうに眺める。

「星のチャームです。上部の穴に紐を通して、鍵や財布につけると紛失防止になります」

 私は窓際に寄り、店のカーテンを閉め、店内を暗くする。
 薄暗くなった店内で、星形のチャームが輝きだす。

「まあ! 光ってる!」
「すごいわ! 色までついてる! 黄色や緑に光るものがあるのね」

 再び、カーテンを開けて明るくすると、光が消える。

「光の魔石と他の魔石を粉末にし、調合したのものです。光の魔石の粉末は少量なので、そこまで明るい光にはなりませんけど、とても綺麗な光なので楽しめます」

 光の魔石から零れる光の粒は、暗闇の中で美しく、闇に溶ける瞬間まで、その名残を残す。
 長持ちさせるため、あまり大きいものは作れず、小さなチャームなら可能だ。
 
「輝きがなくなったら、また当店へお持ちください。塗料を塗って復活させます」

 看板くらいに大きいものであれば、コスト的に薄い塗料しか使えず、一日程度。
 チャームであれば、倍の時間を維持できるというわけだ。

「私たち裏通りの人々が、光の魔石を使った商品を手にする日が来るなんて……」
「こりゃ、すごい!」

 光の魔石が使われていると知り、興奮気味にキーホルダーを眺めていた。
 それくらい貴重なものだった。

「これを家の鍵につければ目立つし、落としても大丈夫ね」
「裏通りの暗い夜道も心強いわ」

 裏通りの道は暗くて、灯りが欲しいという要望が多かった。
 照らすまでいかなくても、なにか光源があるだけでも違うのではと思ったのだ。
 それに光の魔石の光は特別で、星みたいにキラキラしている。
 夜にぴったりの美しい光。
 浄化の力を持つ光の魔石はお守りにもなるから、裏通りのみんなに感謝のしるしとして、贈りたかったのだ。

「サーラちゃん、ありがとう!」
「早く夜にならないかしら。暗い中で見たいわ。絶対に綺麗よ」

 私が思っていた以上に、お客様たちは喜んでくれたようで嬉しい。

「裏通りのみなさんに、お礼を言うのは私のほうです。今後もアールグレーン商会をよろしくお願いします」

 深々と頭を下げた。
 この後、星のチャームを手に入れたと聞きつけた人々が店に訪れ、閉店間際まで客足は途絶えなかった。
 最後のお客様が、笑顔で店を出ていった時には、体力に自信のあるフランでさえ、ホッとした顔をしていた。

「ノベルティのおかげで、すごい売り上げだよ。王都のゴミ捨て場を一周してこないと、明日から売れる商品がないかもしれない……」

 フランは商品が減り、寂しくなった店内を眺め、心配そうに言った。

「そうですね。でも、さすがに今日はクタクタで動けそうにありません……」
「ぼくもです」

 ラーシュも普段なら、奥の工房にこもって、【修復】の依頼をこなしているけど、今日はお客様が多くて、工房で作業ができなかった。
 
「お腹が空きましたね。二人ともお疲れさまでした。今日の夕食は私が用意しますから、休んでいてください」
「いえっ! 師匠! ぼくもお手伝いします!」
 
 ソファーにうとうとしていたラーシュが、勢いよく立ち上がり、私のそばに駆け寄る。

「ラーシュ、疲れたでしょう? 今日は市場で買った【平原バッファロー】の肉串があります。これを夕食にするつもりだったので、温めて終わりですよ」

 フランとラーシュは肉が大好きで、肉串に目を輝かせた。
 肉串は直火で使える平たい皿にのせ、火の魔石で温める。
 じんわり温まってきたら、それぞれの皿に移して完成。
 後は昼に作ったスープの残りと買い置きのパンで、今日の夕食はばっちりだ。

「肉串を買って正解でしたね。市場があると助かります」

 アールグレーン商会のからあげ店もそうだけど、忙しい人がサッと食べられるものが市場では人気だ。
 市場が裏通りの台所を支えていると言っても過言ではない。
 野菜や肉などの生鮮食品、花や服、日用品も売っていて、何度通っても楽しく買い物ができる。
 それが、裏通りの市場だ。

「ジャムやソースも大通りの上品なものより、裏通りのほうが素材の味が濃くて美味しいんですよね」

 パンにつけるジャムを戸棚から出して並べた。
 
「サーラ。窓際と外のランプをつけてくるよ」

 フランがランプを灯す。
 暗くなった通りを明るくなるのを確認し、ドアの鍵を閉めようとした瞬間――

「ぎゃっ!」

 蛇でもいたのか、カエルが潰れたような声が聞こえてきた。 

「もう店じまいか」
「ひ、ひえっ! リアム様っ!」

 いたのは蛇ではなく、黒髪に青い目、黒い軍服にコートを羽織ったリアムだった。
 たしかに蛇より怖い。

「や、闇からリアム様が出てきたのかと思って、び、びっくりした……」

 フランはよっぽど驚いたのか、心臓に手をあてていた。
 闇より召喚されしリアム。
 想像したら、魔王そのものだった。
 人を驚かさないように、漫才師みたいに登場できないものだろうかと、無表情なリアムの顔を眺めた。
 
 ――無理そう。

「おい。お前、また失礼なこと考えていたな?」

 じろりとにらまれ、ひえっと声が出た。

「まっ、まさかぁ~! そ、そんなことより、リアム! アールグレーン商会は夕方の鐘が鳴ったら、閉店時間なんです。だから、その時間が過ぎたら、入る時は声をかけてください」
「大神殿の鐘のことか?」
「そうです」

 ヴィフレア王国には精霊の神殿や祠が各地にある。
 魔術によって呼び出される精霊は、ヴィフレア王国を守護してきた。
 精霊によって救われた村には祠ができ、精霊が奉られている。
 王都にある大神殿は、各地の神殿と祠を管理するために存在し、その役目は宮廷魔術師たちが担っていた。

「大神殿には参拝者も多いし、ちょっとしたお守りやお土産を置くといいですよ」
「お前は宮廷魔術師に土産物を売らせる気か?」
「すみませんでした……」

 いい案だと思ったのに、頭のかたい宮廷魔術師長様(リアム)に却下されてしまった。

「店じまいしたので、これから夕食なんです。リアムもどうぞ」
「いや、俺は屋敷で夕食をとる」
「食べていけばいいじゃないですか。一人で食べるより、みんなで食べたほうが楽しいですよ」
「一人だと決めつけるな」

 フランとラーシュは、リアムをじっと見つめた。
 そういえば、へレーナが来たのを思い出した。
 もしかしたら、リアムはへレーナと食事の約束をしているのかもしれない。

「一緒に夕食を食べる人がいるんですか?」
「いや、一人だ」

 ――やっぱり一人じゃないですか。

 そう思ったのは、私だけではなかった。
 フランとラーシュも同じで、なにか言いたそうな顔をしている。
 素直に食べていけばいいのに、変なところで強がって、ツンを発動するから困る。

「リアム。私の肉串をわけてあげますよ」
「あ、おれのも」
「ぼくの分もどうぞ」

 フランとラーシュは、リアムのための椅子と皿を用意し、肉をわける。
 大きな肉串だったから、四人でわけても量はある。
 それと、野菜たっぷりの温かいスープがある。
 火の魔石で軽くあぶり、溶かしバターをかけたパンをリアムの前に置く。
 カリッと焼けたパンにバターが染み込んでいった。
 
「リアムは話があってきたんですよね? 食事をしながら聞きますよ」
「……そうしよう」

 リアムがおとなしく椅子に座った。
 私の家で食べる料理をリアムが気に入っていると、みんな知っている。

 ――最初から、素直に食べていくって言えばいいのに。

 全員が無言で、そんな目をリアムに向けていた。
 ラーシュはへレーナのことが気になったのか、リアムに尋ねた。

「リアム様。へレーナさんが店に来て、王宮へ行くって言ってました」
「王宮へ来るのは知っている。フォルシアン公爵令嬢がここに立ち寄ったのか?」

 私の店にヘレーナが来たことをリアムは知らないようだった。

「サーラにライバル宣言して去っていったぞ」

 フランの言葉に動じることなく、リアムは無表情のまま、ナイフとフォークを手にし、優雅に肉を切る。
 私とフランは肉を串から外さず、むしゃむしゃ食べていたけど、リアムはやっぱり王子だ。
 ラーシュは私たちの真似をして、最近では串のまま食べている。

 ――教育上、よくなかったですね。

 元は一般人の私。
 悲しいことに公爵令嬢をよそおっているつもりが、なりきれていない。
 大きな肉串も焼き鳥感覚である。

「リアム。ヘレーナさんを放っておいて大丈夫ですか? 四大公爵家のご令嬢ですよね?」
「フォルシアン家が勝手に送り込んできた妃候補だ。なにをするのか知らないが、俺を襲えるとは思えない。よって放置だ」
 
 勝算あって乗り込んできたのかと思っていたけど、リアムの他人に対する壁はなかなか崩せない。
 
 ――でも、昔からの知り合いだから、そうでもないとか?

 優雅に肉を食べるリアムの顔から、なにも読み取れなかった。

「リアム様。師匠は否定してましたけど、本当に師匠と婚約したんですか?」

 婚約していないと言うだろうと思って、スープを一口飲む。

「婚約した」
「ブフッ!」

 危うくスープを吹き出すところを寸前でなんとかこらえた。

「そうですか。やっぱり、師匠は照れて否定していたんですね。あと十年したら、プロポーズするつもりだったのに残念です」

 キラキラした笑顔を浮かべて言ったラーシュから、ルーカス様の血を感じた。
 ルーカス様が自信過剰なのは、幼い頃から女性にモテモテだったからだと思う。
 リアムがすごすぎて、ルーカス様が霞んでしまっているけど、王族だけあって、ルーカス様の魔力量はトップクラス。
 モテないわけがない。

「婚約の件だが」
 
 リアムの口から、改めて婚約の話があるのかと思い、ドキドキとした。
 形だけの婚約に意識するのはおかしい。
 きっと今から『サーラとの婚約の話は噂だけだ』と言うはず。
 そう思っていると――

「フォルシアン公爵の誕生祝いに招待されている。王都の屋敷で開くそうだ。それで、一緒に出席にしてもらえないか頼みにきた」

 ――これがリアムの用件だったらしい。
 キュンもドキッもない業務連絡に、思わず、真顔(無)になってしまった。

「なんだ? その顔は?」
「いえ。別に。リアムが人にお願いすることもあるんだなって……」

 リアムが婚約を否定しなかったのは、フォルシアン公爵の誕生パーティでへレーナを回避するためだったのだとわかった。
 それより、気になったのは、リアムが人に頼みごとをしたことだ。
 
 ――ツンを極め、一人でなんでもできるなんて思ってる傲慢なリアムが……成長しましたね!

 なんて、ちょっと思っただけで、リアムからにらまれてしまった。

「威嚇しないでください! なにも言ってないのに!」
「どうせ、ロクでもないことを考えていたんだろ」

 否定しない私にリアムはため息をつく。

「お前は平和でいいな。これは内密な話なんだが、実は父上の体調があまりよくない。そのせいもあって、王位継承者の指名を急いでいる」
「そういうことですか」
「ああ」

 国王陛下が次期王位継承者の指名を急ぎだしたのは、自分の健康状態を考えてのことだった。
 もし、ルーカス様が国王になれば、四大公爵家同士の権力争いは、今よりひどいものになる。
 そうなれば、ヴィフレア王国は荒れ、民は苦しむ。

 ――これは、断れないですね。

「わかりました。一緒に出席します」
「助かる」

 険しかったリアムの顔が、少しだけ和らいだように見えた。
 天才魔術師にも越えられない難題。
 一人ではできないもの――それが結婚。
 私はリアムの婚約者(偽)として、フォルシアン公爵の誕生パーティーへ行くことになったのだった。
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