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第3章

1 いきなり略奪宣言されました

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『サーラちゃん、婚約おめでとう!』

 ニルソンさんの工房からの帰り道、裏通りを歩く私の目の前に現れたのは、大きな横断幕だった。
 ちょっと前まで、『サーラちゃん、宮廷魔道具師おめでとう!』だったのに、いつの間に変わったのか、仕事が早すぎる。
 商人たちの店が並ぶ裏通りでは、情報が秒速で飛び交う。
 それは、確かなものから、不確かなものまで。

「まだ婚約してませんっ!」

 リアムから(偽の)婚約者の話を持ちかけられたけど、少し考えさせてくださいと答えた。
 さすがに前進あるのみ、結果オーライな性格の私もためらい慎重になった。
 なにしろ、相手はヴィフレア王国の第二王子。
 歴代の妃や子供たちは四大公爵家の権力争いに巻き込まれ、命を狙われるという凶悪なオプション付き。

 ――リアムには王様になってほしいし、私を守るためだっていうのもわかります。でも、周りに刺激を与えすぎてませんか?

 まず、私の頭に浮かんだのは、元旦那様のルーカス様だった。
 スッポンよりもしつこく、私との再婚を望んでいるルーカス様。
 ヴィフレア王国の第一王子として生まれたルーカス様は、プライドが高く、一度手に入れた物を奪われるのが許せない性格。
 妃になった女性は王宮で過ごすという王宮の慣例もあり、愛がなくても私と再婚し、元妃をとりあえず所有しておこうと、ルーカス様は考えている。

 ――でも、私に構うのに飽きたら、違う人と再婚するはず。

 そんな希望もわずかながらにあった。
 なぜなら、ルーカス様は遊び人で女好き。
 私の体の持ち主だったサーラは、結婚前から浮気で泣かされていた。
 さらに不幸なことに、結婚式当日、氷の中に閉じ込められるという事件が起きた。
 閉じ込められること十年。
 サーラを目覚めさせるため、天才魔術師リアムが大魔術を使った。
 それによって、異世界人の柴田しばた桜衣るい、二十四歳の魂が召喚され、体に宿ったのだ。
 柴田桜衣は病気で死んでしまったけれど、まだ生きていたかった。
 そこで、なにがどうなったのか、生き汚さをギリギリで発揮し、異世界転生をした。
 この世界は楽しいし、たくさんの人と出会えて、充実した毎日を送っている。
 リアムに命を救われたと言ってもいい。
 だから、リアムは私の命の恩人――恩人なんだけど。
 町の人たちの噂話が耳に入ってきた。

「サーラちゃんが宮廷魔道具師になったお祝いに、リアム様が駆けつけて、花束を渡したそうよ」
「聞いたわ~。サーラちゃんの手の甲に、リアム様が口づけてプロポーズ!」

 ――プ、プ、プロポーズ!?

 どこまでいくのか、飛躍しまくりの噂話に、震えあがった。
 そのうち、『結婚式は明日ですって』とか『二人は一緒に暮らしているんじゃないかしら?』などと、言い出す人がいてもおかしくない。

「みんなの前でプロポーズなんて、リアム様もやるわね。王子様みたい!」
「王子でしょ。忘れがちだけど」

 さりげなく、リアムが国民にディスられている。
 それにしても、本当に困ったことになった。
 なぜリアムが、私に期間限定の婚約を提案したか。
 理由のひとつとして、リアムが次期王位継承者に指名されるためには、結婚相手が必要であるということ。
 そして、私の王宮入りを回避するため。

『ルーカス様を国王にさせない』

 これが、私とリアムの共通の目的だ。
 ルーカス様が王になれば、私は王宮へ戻れと命じられ、魔道具師もお店もすべて取り上げられて王宮入りコース。
 生涯、王宮の中だけで暮らす生活が待っている。

「そんなの断固拒否です!」

 なにしろ、今の私は『サーラの工房&魔道具店』を改め、『アールグレーン商会』の女主人になったばかり。
 さらに、宮廷魔道具師の証が与えられた。
 宮廷魔道具師の証である紋章のブローチには、特殊な魔石がはめこまれ、その効果は【鍵】。
【鍵】という名にふさわしく、扉の鍵を開ける効果がある。
 この【鍵】の力を発揮するのが、王宮図書館の入口だ。
 宮廷魔道具師、宮廷魔術師の資格を持った者だけが入館を許される王宮図書館は、特別な蔵書が保管された場所。

 ――たしか古代語で書かれた文書や貴重な文献があり、噂ではヴィフレア王国の建国の秘密があるっていうすごい場所なんですよね。

 王立魔法学院時代に、生徒たちが噂していたけど、リアムたちがいた頃の生徒で、宮廷への出入りが許されたのは、ほんの数人。
 十年間に選ばれる宮廷魔術師も宮廷魔道具師もわずかである。
 エリート中のエリートなのだ。

 ――そのエリート集団のトップが宮廷魔術師長リアム。そして、まだ会ったことがない宮廷魔道具師長セアン様。

 リアムとついをなす魔道具師長が、どんな人なのか興味がある。

「できれば、宮廷魔道具師長に会って話を聞きたいですね」
 
 サーラを氷に閉じ込めた事件で、使用された宝石箱について、魔道具師長がなにか知っていることがないか、ずっと気になっていた。
 
 ――あの宝石箱は宮廷クラスの魔道具師でなければ作れない。

 王都で有名な魔道具店を営むファルクさんとの勝負、そして、自分の魔道具師としての力を踏まえ、最終的にその考えに至った。
 犯人までとはいかないけど、宮廷魔道具師たちはなにか知っているのではと思ったのだ。
 少しずつ確実に前進している――

「石ころを磨いていたサーラちゃんが、リアム様の妃だなんて信じられないわ」
「腐っても貴族令嬢だったのね」

 ――令嬢としては後退してるっ!?

 そろそろ不名誉な噂をやめてもらおうと、裏通りの奥様たちに近づいた。

「私が貴族令嬢じゃないって思っていたんですか?」

 おしゃべりに夢中だった奥様たちは、やっと私の存在に気づいたらしく、『しまった!』という顔をした。

「あ、あら~! サーラちゃん。お買い物?」
「誤魔化さないでください」
「貴族令嬢らしくないところが、サーラちゃんのいいところよ~! 市場で買った肉串がよく似合う!」

 肉串――ハッとして、自分の籠を見た。
 ニルソンさんの工房からの帰り道、市場の屋台で売っていた肉串が、香ばしい匂いを放ち、食欲を誘っている。
 これは【平原バッファロー】の肉を炭火で焼いたもの。
 狩りやすい魔獣で、牛肉に似た肉の味がする。
 ハーブたっぷりで、コショウが効いているスパイシーな肉串の焼ける匂いは、店へ帰る途中の私の足を止めさせた。
 火の魔石では、この香ばしさを出すのは不可能だ。
 
 ――炭火がっ! 炭火が悪いんですよっ!

 私と一緒に暮らす狼獣人の少年フラン、弟子のラーシュの分のしっかり三本、夕食用に購入してしまった。
 籠に収まりきらない串が飛び出していて、貴族令嬢らしからぬ姿だった。
 たしかに貴族令嬢なら、ここは花かお菓子ですよね……

「屋台で実演販売されてるのを見たら、足を止めずにはいられなかったんです!」
「わかるわよ~。でも、サーラちゃんがオーナーのからあげ店も人気よね。最近はポテトも揚げて、さらに人気が高まってるそうじゃない」
「おかげさまで。裏通りの市場だと、普通に店を構えるより場所代が安いし、人通りも多いので商売がしやすいですし」

 ここから、奥様たちとすっかり話し込んでしまった。
 奥様たちが使う魅了魔法【井戸端会議】は最強で、おすすめの屋台料理や野菜の値段、野生の魔物肉はなかなか手に入らないなど――途中でハッと我に返り、噂を否定するのを思い出した。
 
「私はプロポーズされてませんし、商会の女主人ですから、今後も裏通りで頑張ります!」

 とりあえず、噂はきっちり否定し、奥様たちと別れた。

「ふう……。これで少しは私の噂も収まるはず」

 やっと私の店『アールグレーン商会』が見えてきた。
 私の店は王都の端っこにある。
 ほとんど王都外と言ってもいいくらいだけど、最近ではとても賑やかになった。
 店の隣にあるレンガ造りの建物をアパート風に改築し、獣人国から出稼ぎにやってきた狼獣人たちが住んでいる。
 住居を確保するため、店の隣にあった古びたレンガ造りの建物を購入し、【修復】スキルを使い、新築くらいにまで綺麗になった。

 ――働く場所も確保できているし、このまま順調に……って、誰かいる?

 店の前にひとり、長身の女性が立っていた。
 それだけなら、お客様だと思えただろう。
 けれど、彼女は赤い髪をポニーテールにし、男物の服を着て剣を持ち、騎士と同じ服装をしている。
 普通の令嬢ではないようだ。
 
 ――王宮の関係者とか?

 身長が高いだけでなく、やたら威圧感がある女性だった。
 彼女は私に気づいて、鋭い青の瞳をこちらへ向けた。

「あなたがアールグレーン公爵令嬢?」
「そうです。私のことを知っているようですが、どちら様でしょうか?」

 サーラの過去の記憶を辿ってみたけれど、誰であるかわからなかった。

「あたしは四大公爵家のひとつ、フォルシアン公爵家のへレーナ! リアム様をあなたから奪いにきたわ!」

 婚約もしていなのに、略奪宣言されてしまった私。
 こんなに早く噂が広まるなんて、リアムも想定外だったに違いない……
 
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