離縁された妻ですが、旦那様は本当の力を知らなかったようですね? 魔道具師として自立を目指します!

椿蛍

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第2章

14 弟子の条件

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『サーラの工房&魔道具店』に、ラーシュが滞在して一週間――

 近衛騎士団長のテオドールが、うまく誤魔化しているのか、王宮からの迎えは来なかった。
 テオドールはラーシュを自分の子供のように大切にしている。
 でも、私のところに預けたことが、ソニヤに知られたら、騎士団長を解任されるどころの話ではない。
 大激怒したソニヤが、テオドールになにをするかわからなかった。
 でも、これもすべて、ラーシュに自信をつけさせ、自分が必要とされる人間だと教えるため――

「フラン先輩! 次は掃除ですよね?」
「ああ。けど、中はおれが掃除する。大事な商品が並んでるからな。店先の掃除を頼む」
「はいっ!」

 フランがお店のことをラーシュに教え、ラーシュはフランに剣を教えている。
 二人の関係は良好だ。
 それに、フランが剣を学ぶのは――

『おれも戦えたほうがいいから』

 ――と、フランなりに危険を察しているようだ。
 フランの剣の腕前のほうは、身体能力が高い獣人だけあって、上達するのが早く、すでにラーシュといい勝負をしている。
 ラーシュは悔しそうにしていたけれど、稽古相手として不足ないからか、とても楽しそうだ。
 毎日充実しているようで、明るい表情が見え、預かった私としても、ひと安心だ。

「師匠! 今日は【修復】を教えていただけるんですよね?」

 今日から、魔石の【研磨】だけでなく、【修復】も始める予定だ。
 魔道具師のスキルは、上げておいて損はないし、【修復】は私の店にとって、大切な仕事のひとつ。

「ぼく、魔道具師の【修復】を初めて見ます」
「あまり有名なスキルじゃないですからね。【修復】作業は地味ですが、このスキルは、人から喜んでもらえる素敵なスキルなんですよ」

 店はフランに任せ、ラーシュとともに工房へ入り、作業台の上に依頼があった陶器の鉢を置く。
 白地に青の模様が入った素敵な鉢だけど、普通に花が植えられていた鉢で、特別な物ではなかった。

「この鉢を【修復】するんですか?」
「そうです。買ったほうが早いと思うかもしれませんが、この鉢は、誰かにとって、たったひとつだけしかない大切な物なんです」

 ラーシュは真面目な顔でうなずいた。

「では、粉末状にした土の魔石を水で溶いて、それをヒビ割れ部分に絵筆で塗っていきましょう!」
「はい」

 割れた部分に、溶いた魔石の液が染み込んでいく。

「少しずつ繰り返すのがポイントです。【修復】されているかどうか、確認してください。ここで、ちゃんとできてないと思ったら止めて、他の魔石を混ぜて効果を変えます」
「ちゃんと【修復】の効果が出てます!」
「それなら、上塗りしても大丈夫です」

 何度か繰り返すうちに、ヒビ割れが消え、元の鉢に戻った。

「本当に元に戻った……。すごいですね」
「鉢に植えてあった花を元に戻すまでが、大事な作業です。花を散らさないよう気を付けて、そっとお願いします」

 他の鉢に避難させておいた花をもう一度、鉢に戻していく。
 ラーシュはそっと丁寧に花が散らないよう植え直した。

「できました!」
「それじゃあ、ラーシュ。お客様が店内で待っていますから、渡してもらえますか?」
「はい! 師匠!」

 ラーシュは緊張しながら、自分で初めて【修復】したものをお客様に持っていく。
 店では小さな女の子が、心配そうな顔で待っていた。
 
「おまたせしました」
「どこも壊れてない?」
「うん。【修復】したから、もう大丈夫だよ」

 ラーシュはそっと女の子に、鉢を手渡した。
 女の子は自分の顔ほどある鉢を受けとると、大切そうに抱えて、にっこり笑った。

「この花の鉢はね。おばあちゃんが誕生日に買ってくれたの。でも、おばあちゃんは遠いところに行ってしまったから、これが最後のプレゼントだって……」

 大事な鉢にヒビが入り、大泣きしていたところに、通りかかった人から、この店を教えられてやってきたのだ。

「ありがとう。魔道具師のお兄ちゃん!」

 銅貨を一枚、ラーシュの手のひらにのせて、女の子は嬉しそうに店から出ていった。

「他の人にとっては普通の鉢でも、あの子には特別な思い入れがあるんですね」
「そうですよ。【修復】に来られるお客様は、大切な物だからこそ、【修復】してほしいという強い思いをお持ちな方が多いです」
「ぼく、心から魔道具師になりたいって思いました。こんな気持ち、きっと王宮にいたら、わからなかった……」

 女の子を見送ったラーシュの横顔は、憑きものが落ちたかのようにすっきりした表情をしていた。
 今までは、純粋に魔道具師になりたいと思っていたわけではなく、ただ両親に――ルーカス様とソニヤに【魔力なし】の自分であっても、『認めてもらいたい』『愛されたい』という気持ちのほうが大きかった。
 でも、今は違う。
 ラーシュは特別な感情を持って、先ほどの女の子から受け取った銅貨を見つめていた。
 たった一枚の銅貨だけど、ラーシュにとって大切な一枚になった。

「その銅貨は、ラーシュが持っていてください」
「いいんですか?」
「その代わり魔道具師になっても、今の気持ちを忘れずにいてくださいね」
「もしかして、ぼくを正式な弟子にしてくれるんですか?」
「はい。合格です」

 私の条件は、『心から魔道具師になりたいと思うこと』だった。
 ラーシュは銅貨を力強く、ぎゅっと握りしめた。
 
「ぼく、師匠を選んでよかったです。師匠は、ぼくが目指したいと思う魔道具師でした。こんなぼくでも人の役に立てるんだって思えるようになれた」
「ラーシュはすごいですよ。ロックバードを倒した時もかっこよかったですし、頼もしかったです」
「そっ、そうですか? 剣はもちろん、続けますけど。師匠にそう言ってもらえたら、ぼく……」

 ラーシュは顔を赤らめ、恥ずかしそうに照れ、なにか言おうと口をもごもごさせていた。
 でも、その言葉の先は言えなかった。
 なぜなら、突然、店のドアが勢いよく開けられ、嵐のような賑やかさに、声がかき消されたからである――
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