妖しのハンター

小笠原慎二

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アタミのホームへ

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ガイアンド達と別れ、俺達は入って来た崩れた壁の所からホームを出た。アタミホームのあるだろう西を目指す。とうとう3人になってしまった。

(でもこれって…)

ある意味チャンスというか、良かったのかもしれないとも思ってしまう。2人くらいなら催眠状態にして裏道を通って行っても大丈夫な気がする。人数が多いと記憶操作とか面倒だし、裏道ではぐれてしまう可能性もあったが、2人ならば両の手で繋いで行けば良いだけの話しだ。危険がないわけではないが、裏道を通った方がホームに行くまで近いし、道なき道を行くより安全だと思う。

(そうしよう)

是非にそうしよう。もう危険な魔物は俺も遭遇したくない。常に気を張って死と隣り合わせの行軍なんて俺だって嫌だ。ベッドも堪能出来なかったし。
立ち止まり振り向く。

「? 先生、どうかしました?」
「センセ?」
「2人共…」

2人の目を覗き込む。すぐにトロンとした表情になる。

「よし、今から繋ぐ手を絶対に離さないで。そして絶対に何も喋っちゃ駄目だよ?」

虚ろな瞳で2人が頷いた。よし、これなら裏道を通っても騒がれない。
あちらの住人・・は若い女が大好きだ。下手に騒がれて手を離したりしたら本当に命に関わってくる。奴等の言葉に耳を貸さずに黙って歩いていければ、そこまで危ない所ではないのだ。

「ようやっともののけ道を使う気になったかの」

肩にずしりと重みが加わり、頬にふわりと柔らかい感触。

「さすがの俺も疲れたし、2人くらいなら大丈夫かなと」
「ふん。道中の記憶は我が輩も助けてやろう。娘達の手は離すでないぞ?」
「当たり前だろ」

そして裏道に踏み込んだ。













人の臭いがするとか、女の臭いがするとか、人を食いたいとか、目玉がいいとか足がいいとか、そんな雑音には耳を貸さず、とにかく足を進める。
リアル実害ありお化け屋敷。こういうものはそれを認識することによって縁が結ばれ、実害を被ることになる。つまり何も反応を示さなければ向こうも何もできないものである。
催眠状態でぽんやりした2人はもちろんだがそんな言葉に反応することはなく、俺も慣れたものでそんな声は一切無視してただ歩いて行く。

「おい、一日で進みすぎると訝しがられるぞ?」

うっかりしていた。とにかくホームに一刻も早く着きたい一心で、行程日数を考えていなかった。左手のチップには時計機能ももちろん標準装備されているから、下手に早く着いたらさすがに怪しまれる。
適当な所で通常空間に出て、適度に野営をすることにしておく。その時は催眠を解除しておくことにした。

「疲れたのかしら? 今日の記憶がなんだか曖昧で…」
「あたしも~。あたし達森の中歩いて来たんだよね? なんかそんな気しないんだけど」

そんな2人の言葉に冷や汗をかきつつ、

「2人共今日は頑張って歩いてたじゃないか~。はははー」

と誤魔化しておく。一応クロが歩いたと思える記憶を植え付けたのだが、脳の記憶と実際に体感したことにズレが生じてしまっているのだろう。このズレがあまり大きくならないうちにホームに辿り着きたいものである。













見張りは2人と俺で前半後半に別れることにした。まだ新人の2人には1人で見張りなど難しい所だろう。
交代して2人が寝静まった頃、また肩にずしりと重みがやって来た。

「嘘が下手過ぎではないかの?」
「やかましい」

こういうことは初めてだからどう反応していいか分からなかったんだよ!

「何事もなければ明日明後日には着けるような距離ではあるの。何事もなければ、だがの」
「何事もなかったから2人共めっちゃ訝しがってた…」

今までが毎日死ぬか死なないかという感じだったのに、今日はここまで何もなかったから余計に不思議に思ったのかもしれない。

「まあ、まともに歩いて来ていたなら、どちらか一方いなくなっていた可能性はあるかの?」
「また変な奴がいたのか?」
「うむ。地上で過ごす鰐とでも言った感じの奴がおったの。面白い事に影に潜っておったぞ」
「それって…」
「我が輩も詳しいことは知らぬが、お主らが「隠す者」と呼んでいたものと同類といったところではないかの」

鰐か…。しかも影に潜るとか…。さすが魔物。気付かないうちにそこに踏み込んだ者を一瞬にして影の中に引っ張り込んでしまうのだろう。

「そ、そいつの縄張りって…」
「安心せい。もう抜けてあるわ」

ほっと胸をなで下ろす。ソナーじゃ見つかりにくいわけだ。

「よし。明日。明日には着いていてもおかしくないんだよな?!」
普通・・に行けば、の話しだがの。途中地形もだいぶ変わっておったし、常時警戒しながら行くとなると明後日の方が良いのではないかの?」
「やだ。明日にする」
「ならばせめて明日の暮れ時まで待て。でなければ後の説明で困ることになるやもしれんぞ」
「明日の夜にはホーム…」

涙が出そう。
久しぶりのまともな食事に温かいシャワーに柔らかベッド…。
その時の俺を誰かが見ていたら「ニタニタしていて気持ち悪い」とか言われたかもしれない。まあ誰もいないんだがな。












翌日も2人を催眠状態にして裏道へ。物の怪達の言葉は華麗にスルーしてある程度時間を潰し、良い感じの頃合いを見計らい通常空間に出る。クロに適当な記憶を埋めて貰い正気に戻る2人。

「あら? いつの間に…。いえ、歩いて来たんですよね…」
「なんか、あっちではあれだけあったのに、あっという間だったわね…」

2人は首を傾げているが、まあ記憶もおかしな所があってもそれなりに自分で納得して消化するだろう。

「おい、見て見ろ」

と前を指さす。

「! ホーム?!」
「まさか、アタミホーム?!」

2人が驚きつつも嬉しそうにはしゃぎだす。しかしすぐにそれも収まる。また壊滅的になっていたらどうしようかと思い立ったのだろう。

「まあ何はともあれ、近づいてみよう」

焦らずゆっくりと近づいて行く。同じようにホームの周りには草原が広がる。そして赤い目印を見付けた。
そこに左手を翳すと、

「お帰りなさいませ。クーパー様」

という機械的な声。そして開かれる扉。泣きそうになった。
後ろで女の子達も歓声を上げていた。















トーキョーホームの生き残りが辿り着いたということで話題になった俺達。いろいろ聞かれたものの、さすがに疲れているのでまずは休ませてくれと3人がゆっくり休める所を用意して貰った。
久しぶりの美味い食事に温かいシャワーに柔らかベッド。3人共その日は爆睡出来たのだった。
次の日からは調書が取られ、トーキョーホームとヨコハマホームが壊滅的な被害を受けたという事実確認が行われた。他に襲撃を受けたホームはなく、その2カ所だけらしい。
救援しに行こうにも転送ゲートが使えず、近場のホームで連絡を取り合い何人か救出部隊を送り込もうかと話していたのだそうだ。
しかしそこに立ち塞がる魔物という存在。それぞれのホームでもトーキョーホームのような恐ろしく強い魔物がおり、それをどうしようかと話し合っていたのだそうな。
まあ気持ちは分からんでもない。

「ヨコハマホームからは然程強い魔物はいませんでした」

と2人が証言してしまったことから、救助隊が組まれることとなってしまった。オーマイガ。
2人は詳しい道程を覚えていないので、案内役として俺が選ばれてしまう事態に…。

「影鰐ならぬ「隠す者」どうしよう…」

その縄張り通らないと行けないっぽい。縄張りギリギリを通ると行程日数2日の言い訳が出来なくなる。
ぽす、とクロが俺の肩に手を置き、

「だから言うたのにの。まあ、今回ばかりは我が輩も多少は手伝ってやろうの」
「オネガイシマス…」

救助隊が出発する前にホームからこっそり抜け出して、影鰐を狩りに出掛けたことは秘密である。
総勢20名で出発した救助隊。なにより転送ゲートを復活させねばとそれ用の資材もバッグに入っている。途中蜘蛛みたいな「待つ者」などもいたが、それほど大きくなければ普段からアタミホームの奴等が対処していると言うことで任せることに。

「よく巣にひっかからなかったな」

と感心された。

「う、運が良かったんですかね」

目が泳ぎまくっていたかもしれない。
行きは2日で踏破した道程を、大人数のせいもあり5日掛けて踏破する。

「よくもまあ2日で」

と言われたけど「急ぎましたから~」と笑っておく。
もう笑って誤魔化すしかない。

再びやって来たヨコハマホーム。崩れた壁から中に入り、まずは生存者の確認。置いていったガイアンド達がさすがに気になった。
しかし、そこには3人分の骨が散らばっているだけだった。まさに肉も残さず骨だけになってあっちに手足、こっちに骸骨とバラバラになっていた。骨に付いていた歯形から、犬系の魔物に襲われたのではないかと推察された。
あの時の白い狼を思い出し、少し背筋が寒くなった。考えられなくもないが、あそことは大分距離があるように思える。他の犬系魔物だと思いたい。
他に骨が転がっていないことから、ホームが崩れた後に入った魔物がいると推察され、夜も厳重に見張りが立てられることに。ホームのコアの修繕をしなければ結界を張ることも出来ない。再び緊張した夜がやって来る。
しかしやはりあの白い奴ではなかったようだった。夜中にやって来た団体さんと多少交戦したが、あっけなく全滅させてしまった。まあ、あの時とは違い精鋭が揃ってるせいもあるのだろうけど。

一つの転送ゲートの修理が早々に終わる。転送ゲートさえ開いてしまえばあとはこっちのものだ。技術者達も呼び寄せ、早々にヨコハマホームの修繕に取りかかる。人類の生息域は限られているのだ。簡単に手放すわけにはいかない。修繕が終われば飽和状態に近いホームから移住者を募るのだろう。いずれヨコハマホームも昔の活気を取り戻すはずだ。
トーキョーホームの方は別のホームから救援部隊が送られるという話しだったが、果たして近づけるのかどうか疑問だ。一応情報提供はしてあるから、あとはその人達に任せよう。
道案内という大役を終え、転送ゲートでアタミホームへと帰る。
用意された家で寛ぎつつ、俺も日常を取り戻していった。


その後、俺の無事を知った母親がその家に突入してきて、危うく母親の胸の中で窒息死しそうになるのだが…。
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