妖しのハンター

小笠原慎二

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狼の魔物

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その後は特に何事もなく、交代の時間を迎える。

「ガイアンドと何かあったか?」

エデルに聞かれる。チラリとだが俺を睨んだガイアンドに気付いたようだ。

「ま、ちょっとな…」

俺は言葉を濁した。
エデルから注意したとして、ガイアンドがエデルに対しても反抗的にならないとも限らない。余計な不和を作るのも頂けない。俺にだけ敵意を向けているならその方が対処もしやすいというものだ。
見張りをしながらこれからのことも話す。地図で見ればホームにも大分近くなっている。

「もう少し踏ん張れば、綺麗なシーツにふんわりベッドで寝られるんだな」
「まともな食事に温かいシャワーが先だろ」

そんな軽口を叩きながら、余計な不安を追い払おうとする。星の光も届かない深い森の中。暗闇とは何故不安を増幅させるものなのか。
交代の時間になり、もそもそと生徒達がテントから出てくる。真っ先に出て来たロミーナは、そのままマルチナのテントに近寄り声を掛ける。

「マルチナ? 入るわよ」

恐る恐る中へと入っていくロミーナ。
俺とエデルはさて休憩だと腰を上げる。まだ寝足りないのだろう、目を擦りつつトニーレオンとダルシュが火の側にやって来る。

「先生!」

ロミーナが慌ててテントから走ってくる。

「マルチナの姿が見当たりません!」
「なんだって!」

慌ててエデルと共にマルチナのテントに急ぐ。トニーレオン達には火の側にいるように指示。
テントを覗くと誰もいない。床に触れてみるが温もりは全く感じられなかった。つまりかなり前にいなくなったということだ。

「なんてこった…」

近づいて来るものに対しては警戒していたが、離れていくものにはあまり気を向けなかった。時折お花摘みで起きてくる者もいたからだ。
テントの外に出て地面に目を凝らす。普通の人間の目には見えないかも知れないが、妖しの力を使えばかろうじてマルチナの足跡らしきものが見れた。彼女はスーツがないので裸足のままだ。それが森の暗がりの方へと続いている。

「少し探してくる。エデルは何かあったときのために残って様子を見ててくれ」
「分かった」
「先生、あたしも…」
「いや、俺1人で行かせてくれ」

俺の言葉に気付いたのか、ロミーナが顔を伏せた。

「すいません。せめて、無事で…」
「ああ、焚き火の側で待ってな」

軽くロミーナの頭に手を置いて、2人に背を向け暗がりに向けて歩き出した。












こんな真っ暗な中、マルチナはよくフラフラと歩けたものだ。所々で転んだような跡もある。人の目ではほぼ前は見えていなかったのではないかと思う。俺の目でさえかなりギリギリ。妖しの力を使ってようやっとといった所である。こんな中何をしに行ったのだろうか。

「お花摘み、ってわけではないよな…」

迷って帰れなくなったという訳でも無さそうだ。足跡は確実に宿営地から遠ざかるように続いている。

「!」

森が切れた。そして、そこから地面がなくなっている。

「まさか…」

慎重に崖の側へと近づく。足元が崩れないことを確認し、下を覗き込む。
少し木が途切れた広場が見え、その真ん中に白い布が形を崩しつつも広がっていた。マルチナが纏っていたロミーナの布団だろう。
しかしその下にあるであろうはずのマルチナの姿は見当たらなかった。だが何かを引き摺った跡は見える。
この高さから飛び降りて、スーツも着ていない人間が無事であるとは考えられない。何かを引き摺った跡も、片足を引き摺ったなどという小さなものではなく、人の体を引き摺ったような大きなもの。

(即死であればまだいいが、でなければ…)

飛び降りて即死。その後魔物に引き摺られて行った。ならばいいが、もし重症で動けない中魔物に引き摺られて行った、などとなれば目も当てられない。
少し迷ったが、やはり確かめなければならないと崖を飛び降りる。俺ならばこのくらいの高さは全く平気である。飛び上がるには一息では難しいけれども。
ソナーで周りを確認しつつ引き摺られた跡を追う。茂みの切れ間をその跡は続いていた。

「・・・・・・」

大きな岩の手前にそれはあった。腹を食い破られ、あちこち体の肉を食い千切られたマルチナの死体。

(やっぱりか…)

やはり手遅れだった。
軽く黙祷を捧げる。そしてその気配に初めて気付いた。
大岩の上に銃口を向ける。大岩と同化するかのようにそこに白い大きな狼のような魔物。そいつと目が合った。

(こいつ…! 魔力を押さえてやがった!)

ソナーで探知できるのは魔力を持つ者。魔物が魔力を操作するなど聞いた事がない。

(!)

ソナーの範囲外から仲間と覚しき気配を複数探知した。

(囲まれてる…! こいつ、人間を知ってる?)

かなり頭の良い魔物で、人間と接敵したことがあるのかもしれない。
完全に囲まれる前にここから逃げ出したいのだが、目の前にいる奴からのプレッシャーがどんどん重くなっていく。背を向けたらその瞬間に死ぬ。というか囲まれても死ぬ。

(死ぬ運命しか考えられねーじゃねーか!)

銃口を向けているのに当たる気がしないのは初めてだ。マーカーがあるのだから外すわけがないのだが…。
早くしないと囲まれる。いやすでに距離が狭まってきている。さすがに大多数で攻められたら対応出来ない。

(ひ、引き金を…)

指が震えて力が入らない。何故だ。自分の体なのに自分の体ではないような、そんな感覚に襲われる。

と、目の前の奴が何かに反応するように鼻をピクリと動かした。それと同時に俺の背後から目の前の奴に負けず劣らずの気配が膨れあがる。

(! これは、クロ?!)

よく知っている気配なのだが、どうやったらあんな小さな黒猫がこんな存在感を示せるのか。
目の前の奴の視線が俺を通り越して俺の背後を睨み付けているように感じる。俺の背後の重圧もそれ以上に膨れあがっていく。

ちょっとまて。俺も怖いんだけど。

しばし睨み合い?の時間が続いた。俺には分からない駆け引きでもあるのだろうか。
狼の方が一歩後ろに退いた。それが勝負の決め所となったのだろうか。

「ウオ―――――――――――ン」

一声遠吠えを発すると、狼が岩の向こうへと姿を消した。俺を取り囲んでいた者達の気配も遠ざかって行く。
背後の重圧も消え去り、俺はようやっと銃を下ろした。

「はあ~~~~。死ぬかと思った」
「死ぬ所だったのだぞ、馬鹿者」

肩にいつもの重みがひらりと乗ってきた。くそう、安心する。

「まあ、我が輩も初めて出会ったのだの。魔力操作をする魔物とはの」
「俺もびっくりだわ」

あんな奴がもしゴロゴロいるのだとしたら、この先の道はもっと困難なものになるだろう。考えたくない。

「マルチナ…」
「このまま捨て置け。時をかけたらまた何が出てくるか分からぬぞ」

心情としては埋めてやりたかったが、埋めても掘り返されて食われるのであったらあまり意味はない。
軽く頭を下げ、その場を後にした。きっとマルチナの死体はあの狼達が綺麗にしてくれるだろう。
崖を2歩で飛び上がり、もう一度下を覗く。形を崩しつつ広がる布が見えた。

「こっから先が奴等の縄張りか…」

明日からの道程にこいつらの縄張りが入っていないことを祈る。こんなのに囲まれたら一網打尽にされてしまう。クロの脅し?が入ったからもしかしたら見逃してくれるかもしれないが。












宿営地に戻ると心配顔の皆に迎えられた。

「先生、マルチナは…」

ロミーナが聞いて来るが、俺は首を横に振った。

「この先に崖があって、そこから誤って落ちたみたいだ。下に死体があった」

狼のことは伏せた。いらん恐怖を与えることはない。

「そうですか…」

ロミーナが暗い顔をする。かいがいしく世話をしていたのだ。尚更だろう。

「すまんが、俺達はまた休ませてもらう」

いろいろ疲れたのでエデルと共にそれぞれのテントに潜り込む。
横になるが先程の事で神経が尖っているのかなかなか寝付けない。

「仕方がないのう。やはり我が輩がいなければ駄目か」

腹の上に黒猫が乗ってきた。

「俺が、気付いてれば、助けられたのかな…」

俺の呟きに、黒猫が腕を伸ばしてきて俺の顎に肉球を当てる。くそう、この柔っこ!

「死にたがっておる者を助けてもまた死にゆくだけだの。それに、あの娘が出ていったのはお主達が見張りに立つ前だの」

ポーラとガイアンドの時か。あいつらも気付いても、お花摘みだと思ったのかもしれない。

「そうか…」

それでも、何か出来なかったのだろうか。

「眠れ。休める時には休まねばならぬのだろう?」

その言葉を聞きつつ、俺の意識は闇へと落ちて行った。
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