キーナの魔法

小笠原慎二

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最終章~光の御子と闇の御子~

最後の我が儘

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世界を4色の光が駆け巡る。滞っていた流れを正常に戻し、固まろうとしている靄を散らす。世界の流れを整えると、4つの光はウクルナ山脈へと集まった。そして魔女の家の前に降り立つ。
赤い光を纏う火の精霊の姿が薄れ、メリンダの姿に。
黄の光を纏う風の精霊の姿が薄れ、サーガの姿に。
緑の光を纏う地の精霊の姿が薄れ、ダンの姿に。
青い光を纏う水の精霊の姿が薄れ、シアの姿に。
それぞれ戻った。
そして揃って膝を付き、地面に座り込んだ。

「ちょ…いきなり、とか…」

肩で大きく呼吸をしながら、サーガがようやっととばかりに声を漏らす。

「さ…すがに…」

メリンダも同意とばかりに声を漏らすが、疲れすぎたのかそれ以上言葉が出てこない。
と、そこへ家の中からお婆さんが人数分の水が入ったコップを盆に乗せてやって来た。

「疲れたじゃろう。とりあえずお飲み」

と1人ずつ配っていく。
渡された順に皆一息に水を呷った。

「ぶはぁ~、生き返る~…」

おっさん臭いが、サーガも余程疲れたのだろう。

「っはぁ~…、落ち着いたわ…」

メリンダも多少呼吸が落ち着いて来ている。

「ありがたいですわ…」

へろへろだったシアも水を飲んで多少落ち着いたようだ。

「・・・・・・」

ダンも水を飲んで生き返ったような顔になっている。相変わらず喋らん奴だ。

「まだしばしかかるじゃろう。中で待っておったらどうじゃ?」

何もかも承知しているかのようにお婆さんが皆に声を掛けた。
皆も宝玉の力のおかげで、大体のことは把握できている。今キーナ達が神域に近い場所で二神精霊と対話していること。そしてこのお婆さんがどういう存在であるかということ。
そして、キーナが本物の光の御子ではないということも。

「ん~、も少しここで待っててもいいかな。風も気持ちいいし」

サーガが空を見上げながら答える。

「あたしも、そうする…」

メリンダが少し落ち込んだ様子で答える。

「私も…」

シアも少し心配そうに空を見上げた。
ダンも腰を上げるつもりはなさそうだった。

「だろうとは思っておったが。まあ良い。水は、もう一杯いるかい?」
「「「「いります!」」」」

珍しくダンも声を張り上げて、4人がコップを掲げた。それほど疲れたのだろう。
なにせ突然神とも称されるような存在に体を乗っ取られて世界中を飛び回ってきたのだ。疲れているに決まっている。
お婆さんがコップを盆に乗せて、家の中へと入っていった。

「キーナちゃん…」

メリンダが空を見上げて呟く。もしかしたらこのままキーナには会えないのではないかと思っている。キーナの役目はもう終わった。そのまま元の世界に返されてしまったかもしれないのだ。
不安な面もちで、4人はテルディアス達が姿を現わすのを待った。













太陽が少し山の端に近づいた頃。
突然4人の目の前に闇の穴が開いた。皆が身構える。
そしてその中から出て来たのが…、

「あれ? なんで皆外にいるの?」

キーナだった。

「キーナちゃん!」

驚きと喜びの入り交じった声を上げ、メリンダがキーナに飛びつく。

「うわっぷ!」
「キーナちゃん! もう会えないかと思った…」

半分涙声になったメリンダが、キーナを抱きしめ頬ずりする。キーナはメリンダの胸の谷間に埋まり、呼吸が出来ないとじたばたしている。

「お前ら、何故ここにいる?」

その後からすぐにテルディアスも姿を現わした。その姿を見てポカンとなる一同。

「て、テルディアス…様?」

黒い髪、若干白めの肌、丸い耳。元の姿に戻ったテルディアスがそこにいた。見慣れない姿なので皆驚いている。

「ああ…。まあ、当然だろう?」

テルディアスが少し恥ずかしそうに目を逸らす。
闇の御子本人なのだから、闇の力など制御下に置くなど容易いことだ。呪いなどすぐに解いてしまえる。

「結局てめぇがもっと早く自覚を持ってくれたら話しが早かったんじゃねーか」
「自分の事を棚に上げて何を言う」

サーガも言うなれば巫女、男ならば神官と言うところだろうか、という立場にあるにも関わらず、その役目を知らなかった口である。テルディアスのことを言えたものではない。

「それよりも、メリンダ、キーナが…」
「は! キーナちゃん?!」

窒息寸前のキーナがメリンダの腕の中でぷらんとなっていた。
慌てて離して肩を揺すると目を覚ました。まさかこんなところで命の危機に遭うとは…。

「帰って来たかい。腹が減ってるんじゃないのかい? 少し早いかもしれんが夕飯出来てるよ」

お婆さんが家の中から出て来て声を掛けた。

「お、飯か~」
「そういえばお腹空いてますわ」
「キーナちゃんも行きましょ」
「うん。テルも…」
「俺はいい」

和やかな空気になりかけていたところに、テルディアスの刺すような言葉に皆が固まった。

「部屋にいる」

そう言い放つと、お婆さんを押しのけて家の中へと入って行ってしまった。

「何? あいつ…」

メリンダが眉を顰める。

「あ~、うん。まだ怒ってるんだ…」
「何に?」
「僕が元の世界に帰ることに」














夕飯の席でキーナは二神精霊との話し合いの様子を伝えた。そして、お世話になった人達にお別れを言う為に1日だけ時間をもぎ取ってきたとも。

「1日…」

メリンダが暗い顔で呟く。

「うん。仮のものとは言え、宝玉が2つあるなんて世界に良くないから。でも何も言わずにバイバイなんてのも嫌だから、少しだけ時間をもらったの。行きたいところがあるからテルの力を借りたいって思ってるんだけど…」

ちらりとテルディアスの部屋の方へ視線をやる。

「テルが、納得はしたけど許せないって感じで…。ずっと不機嫌で…」

メリンダはテルディアスの心情を察した。
今までにずうっと追いかけて来てやっと手に入れたと思ったら「これは本物じゃない」と言われて手放さなければならなくなった。本物だろうがなかろうが、テルディアスが追いかけていたものは目の前にあるのにも関わらずに、だ。
納得しろと言われても納得出来ないだろう。
夕飯を終え、片付けも終わらせると、

「ちょっとテルを説得しに行って来る」

とキーナが食堂を出て行った。
















「テル?」

テルディアスの部屋の扉をノックする。返事はない。

「入るよ」

鍵は掛かっていない。キーナは扉を開けた。横になっていたのか、テルディアスがベッドの上で体を起こす。いつものように上を脱いで寝ていたようだ。なんとなく恥ずかしくなり、キーナは少し視線をずらす。
片膝を立て、その上に肘を乗せ、その手で額の辺りを押さえるテルディアス。前髪も手伝い片目だけしかキーナからは見えない。

「なんだ?」
「あの、明日の事なんだけど…」

光の力で移動出来ないこともないが、移動するなら闇の力で空間を渡った方が早い。テルディアスの力は必要不可欠であるのだが。

「ああ、大丈夫だ。協力はする」

不機嫌そのものの声で言われても…。

「テル、まだ怒ってる?」

キーナが恐る恐る問いかける。
テルディアスが額に当てていた手を顎に移した。

「お前は、腹が立たないのか?」

逆に問いかけてきた。

「いいように使われて、役目が終わったらはいさよならだぞ。それに俺は…」

続く言葉をテルディアスは飲み込む。

「俺が好きなのはお前なんだ」

この台詞は言ってはいけない気がした。テルディアスも分かっている。分かってはいるが、感情が追いついてこない。
キーナがゆっくりと話し出す。

「テルが代わりに怒ってくれたから、てのと、言ってもどうにもならないからと思って言わなかったけど…」

キーナが1つ深呼吸する。

「僕だって、悔しいんだよ?」

テルディアスの顔を真っ直ぐに見つめる。

「だって、僕の方が先にテルと出会って、この2年ずっと一緒にいて、僕の方が先なのに! 僕の方が長く一緒にいるのに! 今更諦めろなんて! 出来るわけないじゃん!」
「キーナ…」

突然のキーナの本音の吐露に驚くテルディアス。

「ずっと、一緒にいたいって、いられるって思ってたのに…! でも帰らないと、テル達を困らせるだけじゃん! 帰るしかないじゃん! どうしようもないじゃん!」

何を言っても変えられないと分かっていたから、キーナは何も言えなかった。言っても困らせるだけだと分かっていたから、何も言えなかった。
しかし吐き出さないと抑えきれない時は来る。
テルディアスもその事に気付いた。自分ばかりが不満を言って、キーナを分かってやれていなかった。

「キーナ…」
「テル!」

キーナがテルディアスの胸に飛び込む。テルディアスはキーナの体を抱き止める。

「すまん…。キーナ、すまん…」

優しく腕の中に包みながら、テルディアスは呟いた。
キーナが小さく首を振った。

「テル…、最後に我が儘言っていい?」
「なんだ?」

腕の中からキーナがテルディアスを見上げた。

「僕が帰るまでだけでいいから、僕だけのテルでいて?」

テルディアスの瞳が優しげに細められる。

「ああ。俺は、今はお前だけのものだ」

2人の顔が近づいた。
今度はメリンダ達の邪魔も入らなかった。
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