キーナの魔法

小笠原慎二

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最終章~光の御子と闇の御子~

魔女の元へ

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山の陰から現われた太陽の光が地面を温かく照らし出す。それを喜ぶかのように小鳥達が囀る。
こんな標高の高い場所に不自然に存在する森の中でも、小鳥達は同じように歌を歌っていた。
家の中から出てくる人影。どうやら準備を整えて出て来たようである。
最後にお婆さんが見送りなのか、一緒に出て来た。そしてキーナの側に行く。

「気を付けての。無理はせんで。もし何かあればまたここへおいで。ここには特殊な結界がある。だから魔女も探すことは出来ぬ」
「はい。ありがとうございます」

キーナがにっこりと答えた。

「皆、準備はいい?」
「ああ」
「いいわよ」
「いいぜ」
「いいですわ」
「・・・」(頷き)

皆が一カ所に集まる。

「それじゃ、お婆さん、ありがとうございました」
「ああ」

キーナ達を光が包み込んだ。そしてあっという間に空の彼方へと消え去った。
それを見送り、お婆さんは溜息を1つつき、また家へと入っていく。

「分かってはいても、見ることしか出来ないというのは辛いものだね」

そう呟いたお婆さんの声は、年寄りの声ではなく若々しさを感じるものだった。












移動しているというのにその早さやかかる圧力をまったく感じさせない。
普通であれば慣性の法則やら空気抵抗やらが体にかかってくるはずなのだが、光の移動はまったくそれを感じさせなかった。
上空まで来ると1度止まる。

「え~と、ここがこれで、あっちか」

キーナが下を見たり前を見たりしながら方向を調節しているようだ。そして移動を開始すると、流れるような景色という言葉さえも彼方に置いていってしまう速さで進む。瞬間移動と言っても過言ではない。
サーガが何故か憮然とした顔をしていた。ナンデカナー。
何度目かで止まった時に、テルディアスはその街に気付いた。

(ミドル王国…?)

もの凄い速さで進んでいるので今どこにいるのか分からなかったが、その特徴的な街並みを目にし、今どこにいるのか確信する。ものの数分で最北にあるウクルナ山脈から大陸の中程にあるミドル王国まで来てしまっていたのだ。その速度に驚いた。

「うん。こっちだ」

キーナはさらに南を目指しているようだった。
その後も何度か停止をしていたが、何もない森の辺りに来て止まったキーナが言った。

「うん。ここだ」

そっと地面に近づいて、結界を解除した。
なんとなくだが、テルディアスは見覚えがあるような気がした。森の景色など余程特徴的な植物でもなければ何処も似たようなものなのに。

「テル、気付いた?」

テルディアスの様子を見て何か察したのか、キーナが尋ねる。

「? いや、なんだか、見覚えがあるような気がしたんだが…」
「ここ、テルが最初に魔女に惑わされた所だと思う」
「?!」
「テル、この道を歩いてたんじゃない? そして気付いたら道に迷ってた」
「あ、ああ、そうだ…」
「この辺りにその時の、残り香? みたいなものが残ってるんだ。これを辿れば魔女の所まで行けるはずだよ」

残り香と聞いてサーガが鼻をひくつかせていたが、例えであって臭いがあるわけではない。
キーナが道の端へと寄り、結界を跨ぐ。

「この辺りでテルは魔女に催眠状態にされたの。それで気付かないうちに森の中に迷い込んだ」

テルディアス達もキーナの後に続いた。

「元々ここに根城を構えてたのか、はたまたテルを捕まえる為に移動してきたのかは分からないけど、まだここにいるみたい」

迷いのない足取りでキーナは森の中を進んで行く。テルディアス達も周りを警戒しつつ後に続く。

「なんか、気持ち悪いな…」

サーガが呟いた。

「あ、サーガには分かるんだ」

キーナが振り向いた。

「何かあるのか?」

サーガの問いに、キーナが耳に手を当てる。

「しないでしょ。鳥の声」

そういえばと皆が耳を澄ます。まだ陽も差して間もない時刻。小鳥達が朝の歌を歌っていていいはずだ。なのにしんとしている。

「ちょっと変な感じに空間を弄ってるのかもね。この辺りには生き物は近づきたくないと思うよ。そして多分妖魔もいない」

再び背を向け歩き始めるキーナ。
しばらく行くと、

「ダン? 大丈夫ですの?」

一番後ろを歩いていたダンの顔色を見て、シアが声を掛けた。無表情鉄皮面のダンの顔が、珍しく何処か苦しそうな感じになっている。

「大地が、木々が、変…」

ダンが気持ち悪そうに声を漏らす。

「もうすぐだよ」

キーナがダンに向かって励ますように声を掛けた。
そのまま進んで少し行くと、何か違和感を感じる開けた場所に出た。

「ここだね」
「ここって、何もないぜ?」

開けただけの場所。周りには木や草くらいしかない。
だがテルディアスだけは違った。何故か見覚えがある気がする。
知らずテルディアスの呼吸が浅くなる。本能がここにはいたくないと警告を鳴らす。
サーガも何処かぴりぴりとしており、ダンも何か異変を感じるのか珍しく難しい顔をしている。そういうことを感じるのが不得手のメリンダとシアも、何かを感じているのか表情が硬い。

「来るよ。皆、準備はいい?」

キーナの固い声がして、何が来るのかと皆前に目を向けた。
その時、何かが横を通り抜けていくような感じがした。同時にキーナの体が光り、髪が長くなる。

「来た」

皆驚く。今まで何もなかったその場所に、いつの間にか屋敷が聳え立っているではないか。

「この、屋敷は…」

道に迷ったと思ったテルディアスが、道を聞こうと近づいた屋敷だ。その後すぐに魔女に捕まった。
考えてみればあの時の自分は正気では無かったと思い出す。何故警戒することもなく屋敷の中へと進んで行ってしまったのか。あの時すでに魔女に操られていたのかもしれない。

「楔は打ってあるから、皆いつも通りに魔法は使えるはず。心の準備はいい?」
「キーナちゃん、楔って?」
「うん。僕達は今魔女の空間に引き摺り込まれちゃってるの。でも完全に閉じなければ魔女も思うようには力を発揮できないから。完全に閉じないように僕が光の力でちょっと無理矢理口を開けているの。ほら、あれ」

キーナが後ろを指さす。何があるのかと振り返って見れば、光の輪が空中に浮かんでいた。その輪の周りを闇が押し込めようとしているのが見え、輪の中には今までいた森の景色が見えた。

「もしだけど、駄目だと思ったらあそこから外に出て。この中にいるより力を使えるから、逃げることも出来ると思う」
「キーナちゃんを置いてなんて逃げないわ」
「メリンダさん…」
「大丈夫よ。キーナちゃんが勝つって信じてるから」

メリンダがいつものようににっこりと笑う。キーナは照れくさそうに笑った。

「じゃあ、皆、行くよ」

キーナが扉に近づき、ドアノブに手を掛けた。
ゆっくりとキーナが扉を開く。重そうに見えるのだが音はならない。扉を開け、キーナが中に足を踏み入れた。テルディアス達も後に続く。
長い廊下が目の前にあった。

(こんなだったか?)

テルディアスは以前入った時のことを思い出そうとしたが、何故かまったく思い出せない。あの時は出て来たレイの後を何も疑問に思わず必死に付いていっただけだった。やはり催眠状態にあったのだろう。
キーナの光が少し強くなった気がした。珍しく真剣な表情のキーナ。ぴりぴりとした空気を纏っている。

「皆、僕今すでに魔女から干渉されてる。多分魔女以外の相手は出来ないから、何か出て来たらよろしく」

少し早口でキーナが言った。

「干渉?」

サーガが緊張した声で問いかける。

「攻撃を受けてる、って言った方が分かりやすい? 今気を抜いたらあっという間に押し負けちゃう。あっちの方が力の使い方は熟知してるから。ちょっとまずい」

魔女はおよそ80年も力に慣れてきているのだ。目覚め始めたばかりのキーナとは技量が違うのだろう。

「大丈夫なの? キーナちゃん」

メリンダが心配そうにキーナに声を掛ける。

「大丈夫。僕だって御子なんだから」

にっこりとメリンダに笑いかけた。しかしどこか力が入っている笑い方である。その顔を見てメリンダも気を引き締める。

「よし、行くよ」

キーナが言って、皆一緒に歩き出す。長い廊下の奥に見える黒い扉に向かって。
廊下の途中に扉はなく、突然横から誰かが飛び出してくる、ということはなかった。長い廊下を歩きその扉の前に立つ。否が応でも嫌な気配が漂ってくる。

「開けるよ」

キーナがその扉を開いた。少し大きめのその扉から見えた部屋の中は、空間が認識できないほどに黒い部屋だった。いや、暗い部屋と言った方が正しいのか。窓があるわけでもなく、明かりが灯されているわけではない。なのに何故か視認できる。そこが部屋の中だと分かる。そして調度品などは一切置かれておらず、ただ部屋の真ん中に魔女が黒い椅子に座っているのが見えるだけだった。
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