キーナの魔法

小笠原慎二

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はぐれ闇オルト編

オルトとルーン

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気付けば目の前には闇が広がっていた。

(ここは…?)

森の中、警戒しながら薪を拾っていたことは覚えている。その後一瞬目の前が暗くなり…。そこから記憶が途切れている。
座った状態で両手は頭の上で固定されていた。何者かに捕まったということは分かった。そして周りに広がる闇の気配。ここまで来れば闇の者、それもはぐれ闇に捕まったのだということは想像がつく。闇の力について考え込んでいた矢先。軽く舌打ちしてしまう。
しかし何故テルディアスが捕まったのか。

(あの魔女関連か?)

今までにも狙われたのはキーナ、光の御子関連だった。テルディアスが狙われる理由が分からない。
あの魔女の玩具という有り難くもない立場のおかげか、闇の者達はテルディアスにあまり手を出したくないような素振りを見せていた。やはりあの魔女に逆らうのは怖いのだろう。
それが何故今になって?

(まさか、魔女?)

あの魔女が復活した?だがしかしそれは考えにくい。もし魔女が復活したならば、真っ先にキーナを狙いそうなものだ。あの魔女はテルディアスを苦しめることを楽しんでいたのだから。
闇の中でテルディアスが一人考え込んでいると、

「テル?」

闇の向こうから声がした。

「?! キーナ?」

その声音、そしてテルと呼ぶただ一人の存在。闇の一部がカーテンのように捲られると、そこには見知った少女の顔が現れた。

「テル!」
「キーナ!」

キーナが駆け寄ってくる。

「良かった! 無事だったんだね!」

テルディアスの側にしゃがみ込み、すぐにテルディアスにしがみつき、その胸に顔を埋めてきた。

「な…?!」

抱きつかれ一瞬慌てふためいたテルディアスだったが、すぐに顔を顰めた。

「誰だ? お前は」

キーナが驚いたように顔を上げた。

「何言ってるの? テル、僕だよ」
「キーナがそんなに臭いわけがあるか」

驚いたキーナの顔が、すぐに歪んだ。

「あらやだ。香水のことは忘れてたわ」

キーナの姿がぼやけると、そこには黒髪黒眼の女が現れた。

「臭いなんて酷いわね。この匂いあたし気に入ってるのに」
「鼻が曲がる。離れろ」

テルディアスの胸にしがみついたまま、女はクスリと笑う。

「少しくらい良いじゃない。たっぷり楽しむ時間はあるのよ?」

そう言いながら、女が片手でテルディアスの体を服の上からなぞり出す。

「折角だから、光の御子の姿で相手してあげてもいいのよ? 一度くらいは体を重ねてみたいと思ってるんでしょ?」

胸から腹、そして足の方へと女の手が怪しく体を撫でる。

「離れろ。気持ちが悪い」

テルディアスは冷めた顔のまま、女を睨み付ける。

「強情っぱりね」

女がテルディアスの上に跨がった。

「気持ち良くさせてあげるって言ってんのよ。いろいろ溜まってるんでしょ? ほら、こことか」

女がテルディアスの上で腰を動かす。

「やめろ」
「こことか」

女の手がテルディアスの胸の辺りで怪しく動く。
テルディアスの表情が少し渋い顔になる。しかしそれ以上顔色を変えることはない。

「どけ。重い」

何の反応も示さないテルディアスに、女が顔を顰めた。

「なによ! あんたちゃんと男のモノ付いてるわけ?! なんでなんの反応もしないのよ!」
「うるさい。どけ」
「ふん。なによすました顔しちゃって! いいわ、ちゃんと確かめてあげるわよ。あんたが本当に男なのかどうか!」

女がテルディアスの腹から足の方へと移動する。そしてテルディアスのズボンに手を掛けた。

「やめろ!」

テルディアスが必死に足を動かすと、

「きゃ!」

女が体勢を崩して床に倒れ込んだ。

「なにすんのよ…!」

女がテルディアスを睨み付ける。その周りで闇がザワリと動いた。
その時、

「ルーン」

女がびくりとなった。
先程女がやって来た所から、同じように闇をカーテンのように開けて少年が現れた。

「あんまり遊んじゃ駄目だよ」
「ご、ごめんなさい…」

ルーンと呼ばれた女が顔を青ざめさせて視線を落とした。それほどこの少年が怖いのだろうか。

「少しあっちに行って頭冷やして来な」

ルーンは頷くと、すごすごと出て行った。

「さて、テルディアス君、だったよね? 僕はオルト。こうやって顔を合わせて話すのは初めてだね」

何事もなかったかのように、少年オルトがテルディアスに近づいて来てにっこりと微笑みかけた。
テルディアスはオルトを睨み付けたままだった。少年から漂う異様な雰囲気に、冷や汗が伝う。そして、オルトの容姿に内心驚いていた。

(キーナに似ている…)

キーナの顔から無邪気さを取っ払って、邪悪さを貼り付けたような顔。兄妹と言われたら納得出来そうなほどに似ている。

「君は知らないと思うけど、あの方のお屋敷でも僕は君を見かけた事があるんだ。あと、あの光の女の子の時に邪魔してくれたのも君達だよね?」

オルトの微笑みに、背筋が凍る。

「まあでもおかげで、面白そうな物も見つけられたし。結果良かったのかな? あのお方の物に手を付けるのはちょっと悩んだけど、ちゃんと後で治しておけば大丈夫でしょ」

治す? つまり何かをするということだろう。テルディアスが警戒して体を固くする。

「ああ、大丈夫。今すぐどうこうってわけじゃないからさ。2、3日はゆっくりしていてよ。状況を見て動くからさ。世話はルーンに任せるけど、あんまりからかったりしないであげてね。あれでもちょっと可哀相な子なんだよ」

それだけ言うと、オルトはそこから立ち去っていった。またカーテンのように闇を開けて行ったので、一応この場所は部屋のようになっているのだと分かる。しかし周りは闇一色なので、テルディアスには出入り口の見分けもつかない。

(例え部屋の入り口が分かったとしても、そこは知っている空間・・ではないのだろうな)

つまり自力で脱出は不可能だろう。両手を固定しているのも闇の力のようである。

(今ここで使えれば…脱出出来たのだろうか…)

自分の中にある闇の力。すぐに手放すものだとしてもなにがしか訓練をしておくべきだったかもしれない。テルディアスは溜息を吐いた。













次の日、キーナ達一行は近くの村で遺跡の事を聞き出した。思ったよりも近くにあった。念の為途中で一泊し、その次の日には遺跡に到着していた。
遺跡というのか、ぱっと見は大きな岩が所々に転がっているようにしか見えない。よくよく見るとそれが何かを形作るように規則正しく並んでいたり、何か装飾が施されていたりする。地の一族に何か関係があるのかとダンに尋ねてみたが、ダンもよく分からないようだった。ただ大昔に地の一族が関係していたらしいことは確かなようだ。

一応遺跡の中を巡って調べてはみたが、テルディアスの行方の手掛かりが見つかるはずもない。気落ちするキーナをメリンダが慰める。
ついでに気落ちするシアもダンが慰めていた。ついでか。
そのまま遺跡に泊まり込むのもなんだか落ち着かないので、遺跡より少し離れた所で野宿することにした。

「テル…、大丈夫かな?」
「テルディアスなら大丈夫よキーナちゃん。あいつは強いんでしょ?」
「うん…」

何度目かになるやり取り。不安を押し隠すようにキーナも無理に笑顔を作る。
そのまま何事も起こらずに時は過ぎる。気持ちは焦るものの、何もできないというのは心苦しい。
そしてその次の日。キーナは嫌な感覚を覚えていた。

(これって…)

時を追う事にそれは如実に表れてくる。それはいつもの事だったのだが、今この時だけは最悪のタイミングだ。

(でも、まさか…。でも…)

精霊との繋がる感覚が薄れていく。それは月のものが来る前兆。

(やだ…。やめて…。だって…、これからテルを助けなきゃいけないのに…)

「キーナちゃん、大丈夫?」

キーナの顔色に気付いたメリンダが声を掛けてくるが、キーナは無理して笑う。

「なんでもないよ」

しかし、次の朝、それは来た。キーナは絶望感を覚える。
トイレから出て来たキーナの顔が真っ青になっていることにメリンダが気付き、近寄る。

「キーナちゃん、大丈夫?」
「メリンダさん…どうしよう…」

メリンダの腕にしがみつき、キーナが顔を上げる。

「来ちゃった…」

メリンダの顔も青くなった。

この日から3日ほど、キーナはまともに魔法が使えなくなる。四大精霊の力はもちろん、二神精霊の光の力も。魔法が使えなければ、キーナはただの女の子。しかも1、2日は体調もすこぶる悪く、まともに動けない。
闇の力に対抗できる唯一の存在がその力を封じられた。

二人の会話を漏れ聞いて、ある程度キーナを当てにしていたサーガも顔を顰めていた。
事情を察したダンとシアも、不安を隠しきれないようだった。
はぐれ闇のオルトが指定してきたのは、明日。
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