キーナの魔法

小笠原慎二

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光の宮三度

光の結界

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キーナを抱えて歩いていた大神官が、後ろから聞こえて来た音に足を止め振り返った。

(何を騒いでおるのだ)

光の力を集める儀式で、力のほとんどを御子に注いだ下位の者達はまだ動けないはずだ。なんとか動ける上位の者達が片付け等をしているはずである。
後は任せてきたのだと大神官は再び歩き始める。この先にある特別な部屋へと向かうのだ。そしてそこで新たな御子を授かる為に、眠ったままの御子と子作りの儀式をするのである。
新たな御子、神殿に留まる御子。それこそ光の者達が求める御子だ。そしてそれこそが人類の為となるのだ。
その時、廊下を歩いていた大神官の耳に、後ろから駆けてくる音が聞こえた。

(なんだ?)

何か不測の事態でも起きたのかと大神官が振り向くと、銀髪、青緑の肌の男が走ってくるのが見えた。

「何?!」

あの時あの村でボコボコにしてやったはずのダーディンだった。いや、ダーディンにされた青年か。
光の御子に纏わり付いていた者達は、あの女に褒美として与えてきたはずである。あの女は昔暗殺業を生業としていた裏の者で、実は拷問が大好きという変態であった。
他の者達は昏倒させ、ダーディンもしばらくは動けないくらいにボコボコにしてやったはず。それよりも何よりも、どうやってあそこからここまでやって来たのか。
普通に風を纏って飛んでくるにしても、距離があり過ぎるので普通の者であったなら途中で魔力切れで飛べなくなってしまう距離だ。休み休み来たとしても2、3日はかかるはずであった。ここにいるはずがない。
だがしかし、実際に今その男が迫って来ている。

風矢カウロア!」

男が風の矢を放ってきた。咄嗟に地の力を喚ぶが、何故か応えない。

(なんだと?!)

慌てて光の力で遮る。

(まずい…!)

光の力を御子に集める為、大神官も力のほとんどを使ってしまっていた。時を操作するには力が足りない。
大神官は走り出した。部屋はもうすぐだ。

「待て!」

男の方が足が早い。大神官は必死に足を動かす。
術式を途中で止める為に開け放っていた扉が功を奏した。部屋に飛び込み、残りの術式を完成させる。

バタン!

扉が自動で閉じられた。

ドカッ!

男が扉にぶつかってきたようだった。しかし、

バリバリバリッ!

「ぐあっ!」

扉に、部屋に施された術式が邪魔者を排除する為に作動した。きっと男は弾き飛ばされているだろう。

「はは、ははははは!! お前如きに! 御子様を渡すものか! 御子様は我らの物だ! そこで指をくわえて聞いていろ! ここで誰にも邪魔されず、御子様と契りを交すのをな!」

大神官は高笑いを続ける。
この部屋は御子と契りを交す為に新たに設けられた特別な部屋だった。トイレ風呂はもちろん完備。そして10日間は外に出られずとも過ごせるだけの備蓄が用意されている。
その間はただひたすらに交わる。子供を作る為に。ただ子を成す為だけに。
部屋は全体を光の結界が張られ、どんな者も侵入することはできない。大神官が張ったこの光の結界を解くことが出来るのは、唯一眠っている光の御子のみ。
例外で言えば闇の宮の最上位のあの女性と、どこにいるとも知れない闇の御子ならば結界を壊す事も出来るだろう。だがしかし、近くにはいない。
つまり誰も邪魔することは出来ないのだ。
大神官は光の御子をベッドへと寝かせた。これから10日間、この部屋で2人きりで過ごすのだ。ただし、御子は眠ったままで。

「子供さえ、子供さえ出来てしまえばいいのだ…」

大神官が自分の衣装を脱ぎ始めた。











「ぐ…そ…」

扉に体当たりした途端、痺れるような痛みが全身に走り、弾き飛ばされた。
なんとか立ち上がり、剣を抜く。そして剣に火の力を纏わせる。

「はあああ!!」

思い切り扉に叩きつけた。しかし、

バリバリバリッ!

「ぐあっ!」

同じように痛みが走り、弾き飛ばされる。

「ははははは!! 無駄だ無駄だ! その結界は私が張った物だ。お前如きに破れる物では無い!」

扉の中から声が聞こえてくる。
あのキーナを抱えていた光の男。あの男とキーナは今この閉ざされた部屋の中で2人きり。

「うあああああ!!」

剣に風を纏わせ扉を叩く。しかし弾き飛ばされる。水でも、地でも、やはり弾き飛ばされる。

「ぐ…う…」

この扉さえ、この扉さえ開くことが出来れば…。すぐそこにキーナがいるのに…。

「悔しいか? 悲しいか? だがお前には何もできん。そうだ、折角ならこの扉の前で交わってやろうか。交わっている音が良く聞こえるようにな」

中からテルディアスを嘲笑うような声が聞こえた。

「!! き…さま…」

怒りが頂点に達する。
力が、力さえあれば、この扉を壊すことが出来る…。力さえあれば…。
それしか考えられなくなる。
テルディアスの意識が黒く染まっていった。















自分の服を脱ぎ終えた大神官が、今度は御子の服を剥ぎ取ろうと手を伸ばす。

ガン! バギン!

と扉を壊そうとしている音が聞こえてくる。
絶対の安全を確保した事から気持ちに余裕が出来たのか、ちょっと意地の悪いことを思いつき、扉に近づいた。

「悔しいか? 悲しいか? だがお前には何もできん。そうだ、折角ならこの扉の前で交わってやろうか。交わっている音が良く聞こえるようにな」

嘲笑うように声を掛ける。

「!! き…さま…」

外からダーディンの声が聞こえる。しかしいくら頑張ろうともこの扉を壊すことは不可能だろう。
大神官は再びベッドへと向かう。
御子の服を剥ぎ取り、この扉の前でわざと交わってやろう。せいぜい、いやらしい音をたっぷりと聞かせてやろう。そんな事を考える。

(悔しそうな顔が見られない事が残念だな)

窓もつけておけば良かったかと今更ながらに思った。
ベッドの脇に立ち、御子を見下ろした。
まだあどけなさの残る寝顔。発達途中と思わしき体。一件華奢な少年にしか見えない。
しかし御子はしっかり女性であり、すでに年齢的にも孕むことは可能だ。

(この汚れをしらぬ御身をこの手で…)

すると、ここ数年薬を使わねば元気にならなかったものが、頭を持ち上げてきた。

(なんと…?!)

大神官は驚く。最早自力では不可能と思われていたモノが、鎌首をもたげている。

(これも、御子の力なのか…?)

久方ぶりに感じる昂ぶり。これはもう期待しか出来ない。
大神官は御子の上に跨がった。もう扉の前などと言ってるいる場合ではない。

(何年振りだ…。行為を苦痛と感じないのは…)

始めの頃はそれなりに楽しんでいた。しかしこれがやらなければならない仕事となり、ほぼ毎夜強制されると苦痛に感じ始める。
女性ならば月の物や妊娠が発覚した時点で休むことも許されるが、男にはそれはない。毎夜違う女性と交わり、ただ子を成す為だけにする。
そのせいかどうか、宮の男達はほぼ全員が薬なしでは行為に及ぶことも出来なくなっていた。最早苦行とも言えよう。
だが今、大神官は御子を前にし、昂ぶりを感じている。
この汚れなき体を、自分の手で滅茶苦茶にする。なんとも言えない興奮が沸き起こった。

「御子を…、この手で…」

御子の服に手を掛けた。


バリバリバリッ!


結界が邪魔者を排除する為に作動した音が聞こえた。
構わず服を脱がしにかかる。しかし、

バン!

扉が開け放たれた音が聞こえた。
さすがに驚いて顔を上げる。そこには、あのダーディンの姿。

「な、何故…」

光の結界が破られていた。

「まさか…」

自分が解いたわけがない。御子は目の前で眠っている。となれば、解くことなど不可能のはずだ。なのに、解かれている。
ダーディンが近づいて来る。その闇色に染まった瞳に睨まれる。大神官は何かに縛り付けられたように動けなくなった。
ダーディンが腕を振り上げ、徐に大神官の顔を殴りつけた。
ベッドから転がり落ちる。
ダーディンはそのまま、眠ったままの御子を優しく抱き上げると、大神官に背を向けた。

「ま、待て!」

さすがにこのまま行かせるわけには行かないと、大神官も身を起こす。

「御子様は我らの物だ! 我らの御子様を成さねばならんのだ! それが大事なお役目だ!」

それが仕事なのだ。それが一番大事な仕事なのだ。
ダーディンが闇色に染まった瞳を大神官に向けた。大神官の体が再び固まる。

「役目? 光の御子は穴の進行を止めている。それ以上に何を望むという」

ダーディンが再び背を向け歩き出した。

「…穴?」

何のことか分からず、呆然となる大神官。なぜだか力が抜け、ダーディンを追う気にはなれなかった。












ゾワリ

光の者達をほぼ制圧し終えた4人の背筋が何故か寒くなる。
サーガが祭壇の奥に見える階段の入り口に目を向けると、丁度テルディアスがやって来る所だった。
その腕にはキーナを抱えている。

「テ…」

テルディアスの姿に気付いたシアが早速テルディアスに駆け寄ろうとするが、異様な物を感じその足が止まる。
テルディアスの纏う空気が、何か違う。
迂闊に動く事も躊躇われ、4人はその場に立ち竦んだ。
前髪の間から見える、闇色に染まった瞳。サーガとメリンダは東の果ての都でのことを思い出す。
と、テルディアスの纏う空気が徐々にいつもの雰囲気に戻って行き、そしてキーナを抱えたまま崩れ落ちた。

「テルディアス?!」
「キーナちゃん!」

以前にも見ていたせいか、サーガとメリンダはすぐさま2人の元へ駆け寄った。ダンとシアもゆっくりと動き出す。

「気絶してるだけみたいだな」
「キーナちゃんも大丈夫そうだわ」

着衣の乱れも見られず、ほっとするメリンダ。

「い、今のは、なんですの?」

シアが恐る恐る近づいて来て問いかけた。

「あ~、うん。ほら、こいつ、闇の呪い貰ってるっつったろ?」

サーガの言葉にシアが頷く。

「その闇の魔女ってのが、気に入った奴に闇の力を与えてたらしいんだな。それで、こいつもまあ、使えるんじゃなかろうかと…」
「やっぱり、闇の力なんですの?!」

シアの顔が強ばる。そういえばシアは闇の宮へ行っていない。あそこを見ていればそれまでの常識もいろいろ緩和されたのだろうが、見ていないとなると…、

「だ、大丈夫なんですの…?」

途端に不安になったらしい。
ダンも少し怖々といった感じで、テルディアス達を覗き込んでいる。

「まあ、やたらめったら使えるわけでもねーみたいだし、大丈夫なんじゃね?」

テルディアス自身がよく分かっていないようだった。なのでサーガがそれ以上知っているわけもない。
とにかく光の宮から出ようと、ダンがテルディアスを背負い、メリンダがキーナを背負った。
そしていつも通りにサーガが結界を張り、光の宮から脱出して行ったのだった。
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