キーナの魔法

小笠原慎二

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とある街にて

報告

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「てな事があったのよ」
「ふ~ん」

夜も更け、朝の早い者達はもう眠りに就く頃、「話したい事があるから来てちょ」とサーガに呼ばれ、メリンダはサーガの部屋のベッドに、足を組んで座っていた。
その態勢だと短い寝間着のそこから、視認禁止区域が見えてしまうのだけれども、相手がサーガだし、と気にする事もない。

サーガも椅子に座り、そんな所が丸見えになっていても気にしない。
見慣れているから、ではない。「ごっつあんです!」ということだ。
どういうことだ。
しかし今は珍しく、真面目な顔をして真面目な話をしていた。
昼間見かけた怪しい青年。
害はなさそうだけれど、一応メリンダには伝えておいた方が良いだろうと、一連の事を報告していたのである。

「俺の風をこともなげにいなすなんて、只者じゃねぇ…」
「ねぇ、その人、赤い服を着ていたのよね?」
「え? うん、そーだけど」
「髪を一つに縛ってなかった?」
「ああ、縛ってたな」
「背はテルディアス位で、優しそうな笑顔のいい男」
「うんうん、そうそう!」

頷いてサーガ、首を傾げる。

「って、え?」
「な~んだぁ、やっぱりぃ。その人は大丈夫よ」

目が点になったサーガを見て、メリンダがカラカラと笑う。

「通称“遊び人のレオちゃん”て呼ばれてる人よ」
「知り合い?」
「昔の馴染みのお客さん。高級娼館に勤めてた頃に何度か…ね。彼、顔も良いし優しいし、あっちは上手いし金払いも良いしで、みんなから人気だったわぁ」

とメリンダが昔を思い出し、頬をほんのり染めた。
本名は名乗らず、「レオちゃんでいいよ」とその彼は言った。
赤い服を好んで着て、誰にでも親切で、いつも笑顔で優しい人だった。
しかもベッドの中でも優しく激しく、料金も規定の料金に少し上乗せして払ってくれるという気遣い振り。
レオちゃんが店に訪れると、皆で静かに激しい奪い合いが始まるのだった。
女の戦い…。怖い。

「高級娼館…?」

サーガはその単語に引っかかった。
サーガも女を買う事は、まあしょっちゅうあるが、大概が通りで立っている安い女。
高級娼館なんぞ行った事もない。高いしね。
そう、高いのだ。
なので一度も行った事がない。そして、行った事がないので料金が分からない。

そんでもって、メリンダとはしょっちゅう寝ているわけで。
そんで料金はツケにしといてやるとかなんとか言って、ハッキリした金額を提示された事はない。
メリンダとはもう数え切れないほど肌を合わせているわけで。
少し顔から血の気が引いた。
自分は一体どれ程のツケを溜めているのだろう…と。
しかし、次の瞬間には考えるのを諦めた。
分からないものは考えても仕方ない。分からないものは分からないのだ!と。

「あと、赤の賢者の縁の者だって言ってたわよ」

メリンダが思い出したように言った。

「魔法は赤の賢者にでも習ったのかもしれないわね。赤の賢者って凄い人なんでしょ?」
「う~ん…」

サーガは悩む。

(いくら赤の賢者に習ったからって、呪文も使わずに魔法を操るって…、そう簡単にできることじゃないだろう…)

サーガも以前は呪文を唱えていた。
その方が術をイメージしやすいという利点はあった。
しかし唱える事による時間のロスは大きかった。
今は風の加護もあり、唱える事無く魔法を繰り出す事はできるようになったが、最初の頃はなかなかイメージを掴めなかったものだ。

「ま、怪しい奴じゃないならいっか」

深く考える事はせず、分からない事は分からないと置いておく。なんともサーガらしい。
椅子から立ち上がり、軽く伸びをすると、メリンダの足元に腰掛けた。

「んで? テルディアスとは? 何話したんだ?」

その質問に、メリンダが顔を曇らせた。

「……、ダメだわ、あいつ」
「何が?」
「だってさ~、あいつ、気持ち押し隠したまま、キーナちゃんの傍にいられるの?って聞いたらぁ~、
『俺はどうせ元の姿に戻ったら、キーナの傍にはいられない…』
って煮え切らないったらありゃしない!傍に居る理由なんてどーでもいいじゃない!!!」

と拳を振り回しながらメリンダが少し大きめの声を上げる。
あまり大きな声を出さないのは、周りに配慮しているのだろう。

「テルディアスらし~や」

そう言って、サーガがメリンダの太腿に手を掛ける。
そのままするすると寝間着の間へと手を伸ばし…。

「で、何をしている?」

メリンダが睨み付けえた。

「え?」

ビクッとなって動きが止まるサーガ。
冷や汗を一滴タラリ。

「だって…、するっしょ?」

サーガはそのつもり満々だったのだが、その顔にメリンダの足の裏がめり込む。

「あんた、昼間声かけてきたお姉さんと楽しんで来たんでしょ?」

そうなのである。
キーナとの散歩を終え、夕飯をしっかり食べた後、あの声を掛けてきた好みのお姉さんの所へと足を運んだのである。
そして暇そうにしていたお姉さんと、一戦交えてきたのであった。
ようやる。

「いや、ま、そりゃそうなんだけども…」

勢い鼻を潰され、さすりながら答える。

「ちゃんと姐さんとするために余力は残してきたぜ?」

…ようやる。
メリンダが無言でベッドを降り、スタスタとサーガが座っていた椅子に近づき、それを手に取った。
椅子を振りかぶり、

「頼んでないわよ!!!」

思いっきり振り下ろした。












倒れたサーガを無視して、そのまま廊下に出る。
少し乱暴に、しかし周りにあまり迷惑にならない程度に閉め、足早に自分の部屋へと戻った。
寝ているキーナを起こさないように、ベッドに座り、目の前の枕に拳をボスボスとめり込ませる。

(まったく! あのバカ! 他の女抱いてきて、ついでにあたしを抱こうって?! だったら最初からあたしだけにすりゃいいじゃないのよ!他 の女の所なんて行かないで、あたしだけを……、あたし…だけ?)

メリンダは自分の考えていることに、ふと気付いた。
これではまるで恋人を取られた悲しい女の台詞ではないか。

(な、何言ってるのよあたし! あいつがどこでどんな女抱こうとあいつの勝手よ! もののついでみたくあたしを抱こうとしたから腹が立ったのよ!)

うんうんと一人で納得しながら首を縦に振る。
これ以上何か考えると、突っ込んではいけない領域に足を踏み入れて行っている気がした。
なので、手っ取り早く、寝た。
布団を被り、キーナの微かに聞こえてくる寝息に耳を澄ましていたら、いつの間にか本当に眠りの淵に誘われ、今日も健やかにメリンダは眠りに就いた。

遠くで野良犬の遠吠えが聞こえたが、その声はもうメリンダの耳には届かなかった。
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