キーナの魔法

小笠原慎二

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テルディアスの故郷編

故郷を後に

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朝、まだ早い時間。
やっと街が活動し始めたかという時間に、街を離れていく4つの人影。

「本当に良かったの? テルディアス」

欠伸の止まらないキーナとサーガを置いて、メリンダがテルディアスに問いかける。

「ああ、いいんだ」

足を止め、背後を振り返る。
離れていく故郷。
この景色を見るのも何度目か。
昨夜の宴会の後、酔いつぶれ、寝潰れた門下生達。
まだ誰も起きてこない中、テルディアスは誰にも別れの挨拶もせず、3人を起こして街を出て来たのだ。

「それにあいつらが起きてきたら、また揉みくちゃにされて動けなくなる」
(((なるほど)))
「俺くらいには声かけてけよ」

と前方の木陰から突然声が。

「アスティ」
「よ」

いつものにこやか笑顔を貼り付けながら、近づいて来ると、

「お別れのちゅ…」

ボゴオ!

テルディアスにちゅうしようと抱きつこうとした瞬間、テルディアスの右ストレートが決まった。

「い…、いい反応するようになったなぁ…」
「おかげでな」

かなり痛かったようだ。
殴られた所をさすりさすり、なんとか立ち直ったアスティ。

「全部終えて帰って来たら、お前の疑問に全部答えてやるよ」
「…、必ずだぞ」

昨夜アスティを見つけて、色々疑問に思った事をぶつけたが、アスティはのらりくらりと回答を躱し、結局きちんとした答えはもらえなかったのだった。
一体全体この人は何を隠しているのやら。
その時、ずいっとサーガが身を乗り出し、

「おい、兄さん」

とアスティを睨み付ける。

「次会う時にはテルディアスを倒しておくから、その時はやろうぜ!」

なんとか口約束だけでも取り付けようとする。

「はっはっはっはっ」

アスティは高らかに笑うと、ちょっと憐れんだような顔になり、サーガの肩にポンと手を置くと、

「頑張れよ…」
「なんだよその憐れんだ顔は…」

まるで君はテルディアスには勝てないよとでも言うかのように…。
サーガとテルディアスが睨み合う。

「ぜってー倒してやる…」
「貴様ごときに…」

またやってる。
メリンダもアスティにご挨拶。

「また美味しい物作ったげるわ~」
「うん、また頼みます~」

そんな光景を一人ポツンと眺めるキーナ。
昨夜の事を思い出し、ちょっとアスティさんと話辛いと思っている。

「キーナちゃん」

そんなキーナの思いを知ってか知らずか、いつものようにお気楽に話しかけるアスティ。
ついついビクリと反応してしまうキーナ。
恋愛初心者キーナには試練であった。
キーナの頭にポスンと手を置き、にっこり笑うと、

「またおいでな」
「う、うん…」

まだ緊張の取れないキーナ。
そのキーナの顔にそっと顔を近づけ、声を潜める。

「今度来たらテルディアスのお気に入りの店巡りをしよう」
「そんなのあるの?!」

潜めても3人には丸聞こえだけども。

「あとテルディアスが溺れた海岸とか、覗きに入った風呂屋とか…」
「あれはあんたが投げ込んだんだろ!!」

風呂屋で何があった。

「な?」

にっこり笑うアスティにつられ、

「うん!」

とキーナも笑って返す。

「そうそう。キーナちゃんには笑顔が一番似合う」

言われて赤くなるキーナ。
告られた人に褒められるとなんだか照れくさい。

「テルディアスのこと、よろしくな」

そう言ってピースするアスティ。
ああ、この人もテルディアスのことが大好きなのだなと思うキーナ。

「うん!」

とびきりの笑顔で頷いた。
そこにはもう、わだかまりはなかった。











街道を去って行く4人。
その姿が見えなくなるまで、アスティは手を振り続けた。
その姿が見えなくなり、アスティが一人になる。
そして呟く。

「次会う時は…、その気持ち悪いもん全部取っ払って来いよ、テルディアス…」

一瞬、今まで見た事のない、怖い目をした。
だがそれも一瞬だけ。
いつものふやけた顔になると、顔をポリポリと掻きながら、

「じゃね~と、また間違えちまわ…」

何が気持ち悪いのか、何を間違えるというのか…。
その疑問にアスティは答える事もなく、くるりと背を向け、街に向かって歩き始めた。

「さあって、あいつらにゃなんて言って宥めるかね~」

目が覚めて、テルディアスが消えたと知ったら、門下生達はどうなるのやら。
頭をかきかき、アスティは朝の道を帰っていった。













「面白い話いっぱい聞けたわね~」
「そうだね~」
「そうだな~」

一人青い顔をしながら歩いて行くテルディアス。
だからあの街に寄るのは嫌だったのだ。

「まあまあ、テルディアス」

メリンダが慰めるようにテルディアスの肩に手を置いた。

「あんたがクマちゃんを溺愛してたなんて黙っといてあげるから」

からかうためだった。

「ガキの頃の話だ! ガキの頃の!!」

子供の頃ならば誰だってお気に入りのぬいぐるみくらいあるだろうがとむくれる。

「そういえばさあ、テル」

キーナがテルディアスのマントを引っ張る。

「どうしてクマちゃんて名付けたの?」
「お前まで…」
「いや…、その…、可愛い名前だな~と」

まさか、自分がそう呼んでいたからなのかと、ちょっと責任を感じているキーナ。
それを言う訳にもいかないけれども。

「・・・・・・」

少し赤くなり、黙り込んだテルディアス。

「あれの名は…、月が付けた」

と仏頂面で言った。

「月?」
「月?」
「月?」

ギロリと3人を睨み付ける。
馬鹿にされるだろうから言いたくなかったのに。

「月ってどういうこと?」

不思議に思い、キーナが尋ねると、やはりテルディアスは少し黙って、何かを考えているようだった。

「よくは…、覚えていないが…」

と記憶をほじくり返す。

「幼い頃、月からの使者だという人が…、そう呼んでいたから…」

テルディアスにとっては夢だったのかもしれないと思うような出来事で、あまりにも幼くて、よく覚えていないのだ。

(月からの使者…。信じたんだ…)

キーナにとってはハッキリとした事なので、まさかまるっと言った事を信じているとは思わなかった。
ちょっと恥ずかしい。

「朧気ではあるが…、とても美しい人だった事は覚えてる…」
「美しい?!」
「ガキの頃の話だ! ガキの頃の!!」

キーナの驚いた声が、からかいのように聞こえたのか、テルディアスが怒鳴り返す。

「どうせ夢だと笑うのだろう…」
「え?!」

いえいえ、自分は当事者です。とも言えない。

「笑わないよ! というか…、ありがとうございます…」
「え?」
「ああ、いや、こっちの話…」

美しい人だなんて…。
幼い頃のテルディアスの美的な基準はどうなっていたのやらと思うキーナだった。
嬉しいけれども、恥ずかしい。

「じゃ、一人で寝られるようにはなったのね」
「ああ、おかげで…」

言って、テルディアスはたと気付く。

「なんで知ってる?!」
「え? 何が?」

何がと問われても、答えられないテルディアス。
まさか幼い頃、一人で寝るのが怖くて泣いていたなんぞと、言ったらばどうなることやら…。

「ナンデモナイ…」
「?」

気付よ、キーナ。

(マーサから聞いた? だがしかしマーサも知らないはず…???)

不思議に思いながらも、尋ね返せないテルディアスだった。

















分かれ道、サーガが持っている地図を開く。
いつの間にかナビゲーターになっているサーガ。

「こっから一番近い街となると、次はオラクルって街かな?」
「どんな街かしら?」
「そこはやめたほうがいい」

テルディアスがずいっと止めに入った。

「なんで?」
「なんでだよ?」

また面白い事でもあるのかと、メリンダとサーガの目が光る。
テルディアスはチラリとキーナを見る。
キーナは話し合いに興味なさそうに、道端の花を摘んでいる。
こちらの話など聞いていないようだ。
それでも声を潜め、テルディアスが話し出す。

「別名、娼館の街と呼ばれている所だ」

一応まだ地元。
近くの街の様子などは知っている。

「何が起こるか分からんから、女子供はまず近づかないし、近づけさせない」
「なるほど」
「やめましょう」

今までにも何度も攫われているキーナがそんな所に行ったら、格好の餌食になってしまう事は目に見えている。

「ほんじゃ、迂回してこっちか?」
「そうね、そうしましょう」
「それがいい」

3人で話はついた。
そして、機を見計らったかのように、キーナも戻ってくる。
歩き出し、摘んだ花をテルディアスに見せるキーナ。
楽しそうだ。

「娼館の街か~。ちょっと気になるよな~」

テルディアスとキーナに聞こえないように、少し間を空けて歩くサーガが呟く。

「行くなら一人で行きなさい」

隣を歩くメリンダが冷たく言い放つ。

「いや、そういう所ってさ~、なかなか遊び道具・・・・も充実してるだろうからさ」

何を考えているのか、にやつくサーガ。

「姐さん、いつか一緒に行ってみない?」
「一人で行け!!」

スパーン

メリンダのアッパーが綺麗に決まった。
4人の旅は、いつも通り順調なようだ。
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