キーナの魔法

小笠原慎二

文字の大きさ
上 下
156 / 296
テルディアスの故郷編

俺は、お前を…

しおりを挟む
蝋燭の灯りが形を成さなくなり、外で小鳥達の朝ご飯の歌が奏でられる。
小鳥達の声に気付き、ふと顔を上げると、窓の外はもう明るくなっていた。

(朝…。いつの間に…)

立ち上がり、窓の側に寄る。
窓から見える景色は、ずっと母が見ていた景色だ。
高台にあるこの家は、街が一望できる。
街は朝の光に照らされ、白い家屋が光り輝いているようだった。

―テルディアス、私は愛する人と添い遂げる事は、残念ながらできなかった。
 だけどあなたは、あなたの大切な人を大事にしてあげてね。
 あなたの幸せを、心から祈っています-

額を窓ガラスに当てると、そのひんやりした感触が心地よかった。
幾度も出てくるその言葉。

-あなたの幸せを、心から祈っています-

手紙の最後は、ほぼこの言葉で締めくくられていた。
母の想いが、指先から伝わってくるようだった。













「ふにゃ~~」

眠い目をこすりこすり、キーナが廊下を歩いてくる。

「にょ?」

見ると、テルディアスが部屋から出て来た所だった。
パタパタと駆け寄る。

「テルっ、おはよっ」
「キーナ…」

テルディアスもキーナに気付き、振り向いた。

「読み終えたの?」

キーナの問いかけに、一瞬黙る。

「いや…、まだ…」

そう言って、食堂に向かって歩き出す。

「全て読むには時間がかかる。だから、帰って来たらまた、ゆっくり読む」

そう言って振り向いたテルディアスの顔は、笑っていた。
笑っていた。
笑っていた…。
笑っていた!!

しかも少し幸せそうに。

初めて見るその笑顔に、キーナ固まりかけるが、なんとか持ち直し、

「うん。そだね」

と、なんとか返事した。

「じゃあ、ご飯を食べたら出発?」
「ああ」
「う~ん、マーサさんの料理を食べられなくなるのは残念だなぁ」
「・・・・・・」

食べ収めとばかりに、キーナががっついたのは言うまでもない。















しっかり朝ご飯を食べたキーナとテルディアスは、マーサに見送られ、家を発つ事に。

「それじゃあマーサ、留守を頼む」
「はい、ご心配なく」

長身のテルディアスを見上げ、マーサがにっこりと微笑む。
すると突然、何かに気付いたように、

「ああ! 坊ちゃま! 少々お待ち下さいまし!」

そういうと、家の中に走り去り、何かを手に持って戻ってきた。

「坊ちゃま、少しお顔を…」
「顔?」

不思議に思い、マーサに顔を近づけると。

ポフポフ

化粧道具だった。

「崩れかけてますよ」

笑顔でそう言った。

((?!))

キーナとテルディアスが固まる。
何故化粧していると分かったのか…。

「マーサ…、気付いて…?」

マーサの目が細められた。

「ずっと、気になっていたのです。あの時の…、あの時のダーディンの瞳が、あまりにも坊ちゃまに似ていて…。先日、坊ちゃまの顔を見て、確信しましたわ」

なんと、最初に会った時から気付いていた。

「どんな姿になっていようと、坊ちゃまは坊ちゃまですわ」
「マーサ…」

テルディアスの瞳を真っ直ぐに見て答えるマーサ。
テルディアス、拳を固め、一度目を閉じた。

「すまん…。必ず…! 必ず元の姿になって、帰ってくるから…」
「はい。お待ちしております」

マーサが微笑んだ。
キーナもほっと息を吐きながら、そんな二人を優しく眺めていた。









「お気を付けてー!」

マーサの言葉に手を振り返すキーナ。
一度振り向き、そのまま去って行くテルディアス。
二人の姿が見えなくなるまで見送ったマーサは、腰に手を当てると、

「さあって! 任されたからには頑張りますよ!」

と気合いを入れて、家の中へと戻って行った。














街までの道を歩く。
いつも見ていた景色が、なんだかいつもと違う気がする。

(不思議だ…。世界が…、明るくなったというか…、色鮮やかになったというか…)

今までボンヤリしていた物が、鮮明に見えているような、そんな気がしていた。

「テル、良かったね」

と、キーナが横で笑う。

「…、ああ」

何故か、素直に頷けてしまった。
キーナは何が楽しいのか、下り坂を走って下りていく。
テルディアスはいつものように歩く。
いつものように。

(俺は、父の代用品では無かった…。ちゃんと、愛されていたんだ…)

大量の手紙。
幾度も繰り返される自分への愛に満ちた言葉。
詳細な日々の記録。
読んでいる間、まるで母の懐に抱かれているような気分だった。

「テル―――!!」

先に駆けていったキーナが呼んでいる。
相変わらず元気だ。

(俺は…愛されて…)

胸が温かい。
今とても素直な気持ちになっていた。
想いが溢れてくるような…。

(俺は…)
「キーナ」
「ん?」

足を止め、何かを眺めていたキーナに追いつく。

「俺は…」

言葉が口から自然と滑り出してくる。

「俺は…、お前を…」

言葉が溢れてくる。

「お前の事を…」

心臓が高鳴る。
言葉が溢れる。
こんなに素直な気持ちになったのは初めてだろう。
そして、その素直な気持ちを口に、言葉に乗せようとした。
が、


「キーナちゃぁ~~~~ん!!」


跳んで逃げた。

「ほよ?」

キーナが振り向くと、メリンダが手を振りながら坂道を登ってくる所だった。
後ろになんだか不機嫌そうなサーガも歩いてくる。

「あー、メリンダさんだー!」

キーナも手を振り返す。

「あまりに遅いから迎えに来ちゃったわ~」

とキーナに抱きついた。

「で」

メリンダ、キーナ、サーガがその方向を見た。

「何やってんの? テルディアスの奴…」
「さあ?」

少し離れた木の上に、テルディアスが丸まって蹲っていた。







メリンダ達からはその顔は見えないが、脂汗ダラダラで顔が真っ赤になっていた。

(何を…?! 何を言おうとしていたんだ俺は?!)

頭を抱えたまま、寸前の行動を思い出す。

『俺は、お前のことを…』

その先に続けようとしていた言葉を思い出し、頭を掻きむしる。

(ぐわあああああああ!!)

しばらくは悶える事になるのだろう。

「焼き落としてやろっか?」

訳を知らないメリンダが、手っ取り早く片を付けようと、手に炎を顕す。

「もちょっと待ってあげて…」

キーナがそんなメリンダを宥めて、テルディアスが帰ってくるのを待った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた

杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。 なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。 婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。 勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。 「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」 その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺! ◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。 婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。 ◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。 ◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。 ◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます! 10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

妹を見捨てた私 ~魅了の力を持っていた可愛い妹は愛されていたのでしょうか?~

紗綺
ファンタジー
何故妹ばかり愛されるの? その答えは私の10歳の誕生日に判明した。 誕生日パーティで私の婚約者候補の一人が妹に魅了されてしまったことでわかった妹の能力。 『魅了の力』 無自覚のその力で周囲の人間を魅了していた。 お父様お母様が妹を溺愛していたのも魅了の力に一因があったと。 魅了の力を制御できない妹は魔法省の管理下に置かれることが決まり、私は祖母の実家に引き取られることになった。 新しい家族はとても優しく、私は妹と比べられることのない穏やかな日々を得ていた。 ―――妹のことを忘れて。 私が嫁いだ頃、妹の噂が流れてきた。 魅了の力を制御できるようになり、制限つきだが自由を得た。 しかし実家は没落し、頼る者もなく娼婦になったと。 なぜこれまであの子へ連絡ひとつしなかったのかと、後悔と罪悪感が私を襲う。 それでもこの安寧を捨てられない私はただ祈るしかできない。 どうかあの子が救われますようにと。

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

晴れて国外追放にされたので魅了を解除してあげてから出て行きました [完]

ラララキヲ
ファンタジー
卒業式にて婚約者の王子に婚約破棄され義妹を殺そうとしたとして国外追放にされた公爵令嬢のリネットは一人残された国境にて微笑む。 「さようなら、私が産まれた国。  私を自由にしてくれたお礼に『魅了』が今後この国には効かないようにしてあげるね」 リネットが居なくなった国でリネットを追い出した者たちは国王の前に頭を垂れる── ◇婚約破棄の“後”の話です。 ◇転生チート。 ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げてます。 ◇人によっては最後「胸糞」らしいです。ごめんね;^^ ◇なので感想欄閉じます(笑)

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

処理中です...