122 / 296
港町編
弾けた力
しおりを挟む
光が弾けた。
ゾクッ
テルディアス、サーガ、メリンダの背筋を、言いようのない悪寒が走った。
目の前の建物の間から、光のドームが見えた。
先ほどまでは無かった物。
そして、その方向を、双子石は指し示している。
「あれは…?」
(光…? キーナか?)
ドームは凄い早さで、どんどん大きくなっていく。
はっきり言って、目の前に見える物から背を向けて逃げ出したかった。
しかし、キーナを迎えに行かなければならない。
テルディアスは足に力を入れ、地を蹴った。
光の方へ。キーナの方へ。
自分が行かなければならないのだと言い聞かせながら。
(今のは…?)
悪寒のする方へ顔を向けると、光のドームが見えた。
(それに、あの光…)
突如現われた光のドーム。嫌な予感が背筋を走る。
そんなメリンダの腕をガシリと掴む者。
「逃げるぞ! 姐さん!」
サーガが怖い顔して風を集め出す。
「な、ちょ、ちょっと待ってよ!」
まだキーナがと言う前に、
「感じなかったのか?! 今の!!」
サーガが怒鳴り返す。
「か、感じたわ! 感じたけど…」
メリンダが言い終える前に、風が舞った。
「きゃ!」
風が二人を包み込み、空へと持ち上げる。
そのまま勢いよく、建物の上を飛んで逃げ出した。
「まってサーガ! まだ…! まだ、キーナちゃんが…!」
「分かってる! だが今は…! あれから逃げねーと!」
メリンダが振り向くと、光のドームは先程よりも大きくなっている。
そしてその膨らみはまだまだ終わらないようで、周りの建物を巻き込みながら、どんどん大きくなっていく。
(あれは…何?!)
その正体は分からないが、とてつもなくやばい物だということは、何故か肌で感じていた。
いくつかの曲がり角を曲がり、光の方へ光の方へと走って行く。
そしてその曲がり角を曲がった時、目の前に、光のドームが迫ってきていた。
はっきり言って逃げ出したい。
回れ右して絶対に安全と思える所まで走り抜けたい。
だが、この中にキーナがいるとするならば、そんなわけにはいかない。
テルディアスは腹を決め、なんとなしに左手を伸ばした。
光が迫り、左手の先から飲み込まれていく。
フオン
全身が光のドームの内側に入った。
(なんだ…? 浮遊感?)
引力は正常に働いているのに、体が浮き出しそうなおかしな感覚がする。
(どこまでも白い…空間?)
見渡してみても、今まですぐ側にあった壁さえも失くなっていた。
辺り一面、空も地上も分からない、ただただ白い空間だった。
「う…うあ…」
後ろの方からうめき声が聞こえて来た。
振り向くと、何人かの人影が見えた。
立っている者、うずくまっている者。
そこにはやはり建物も何もなく、ただ人がいた。
「あ…あ…ああ…! うああああああ!!」
いくつかの人影が悲鳴を上げる。
すると、
ボヒュッ
という音だけを残し、人影が次々と失くなっていくではないか。
(人が…消えて…?!)
その時、ピシ…パキ…という微かな音が聞こえてきた。
耳を澄ますと、どうやら腕の辺りかららしい。
なんだ?と思い、袖を捲ると、亀裂の入った腕が現われた。
「?!」
そして、顔の辺りでも、パキ…という音が鳴った。
「サーガ!」
「なんだ?!」
「早いわ! 追いつかれる!」
「くっそー!!」
サーガが全速力で飛んでいるのに、光のドームは易々と追いついてきた。
もう少しで街壁を飛び越えられるというのに。
そして、光のドームは、二人も飲み込んでいった。
辺りが一面真っ白くなる。
サーガも、風を纏っていられなくなり、二人は落ちるかのように地面へと舞い降りる。
「う…うう…」
メリンダがうめき声を上げた。
「あ…ああ…」
サーガもうめき声を上げた。
「あ…ああ! ああああああ!!」
「か…があ! ああああああ!!」
堪えきれなくなった二人が、悲鳴を上げた。
「ああ―――!!」
「うあ―――!!」
メリンダの体から、火の力が噴き出した。
サーガの体から、風の力が湧き出した。
二人は溢れる力を押さえることができず、ただ悲鳴を上げ続ける。
光の中心へとテルディアスが走る。
双子石がその音を鳴らし、片割れがそこにいると告げる。
(間違いない。キーナはあそこに…)
ズキイ!!
突如、左手の先が痛んだ。
(なんだ?)
足を止め、手先を見る。
体中がピシピシ…、パキパキ…という音に包まれている。
左手の手袋を取ってみた。
「!」
左手の先、中指の先端が、肌色になっている。
ズキイ!!
「ぐ…」
その部分が痛みを発していた。
(呪いの解ける痛み? いや、呪いが解けた場所が痛んでいる…?)
ズキイ!!
「く…!」
顔が突如痛み始めた。
おでこの辺りがほんのちょっぴり。
しかも、ただ痛いのではない。
激痛だ。
ある程度の痛みには耐えられるとは言っても、この痛みが体中に広がれば…。
(このままだといずれ痛みで動けなくなる…!)
テルディアスが今まで以上に足を動かし始めた。
(キーナ!)
とにかく、キーナの元へ行かなければならないのだ。
「あああああああ!!」
「うああああああ!!」
炎の柱と風の柱が大きく猛り狂う。
その中心部で悲鳴を上げ続ける二人。
(体が…! 力が…!)
(内側から…! 全てが…!)
(弾ける!!)
二人の体から、ミシリ…という音が聞こえ始めた。
光の中心。
光が最も強い場所で、その少女は浮かんでいた。
ぼんやりと立ちながら空を見上げるような格好で、少女は光っていた。
ズザッ
側で膝をつく者がいた。
荒い呼吸を繰り返し、頭を上げる。
その髪は黒くなっており、耳も丸くなっている。
顔もところどころ、ペンキが剥げたかのように、肌色になっていた。
ただ、その表情は苦痛に歪んでいた。
「く…」
体中から痛みが走る。
パキリ…カキリ…と音が続く。
痛みで気絶してしまいそうになる。
「キ…ナ…」
なんとか目の前の少女に向かって手を伸ばそうとするが、
パキィィン!!
顔の青緑の部分が、ガラスが割れるように剥がれ落ちた。
「うああああああ!!」
耐えきれない痛みに、テルディアスが悲鳴を上げた。
白い白い、どこまでも白い空間。
上も下も右も左も分からない、そんな白い空間。
白以外何も見えない空間に、ぽつんと座り込む人影があった。
人影の名はキーナ。
光に選ばれた特異な者。
しかし、少女は両腕で膝を抱え、そこに頭を突っ伏して、動こうとはしない。
もう… 何も見たくない…
もう… なにも感じたくない…
こんな世界…
無くなってしまえばいい…
膝を抱えて丸まったまま、キーナは何も考えないようにしていた。
と、その耳に、どこからか、何か叫んでいるような音が聞こえた気がした。
ゆっくりと顔をあげ、辺りを見回す。
誰?
誰も… いるわけないか…
そう、ここはキーナだけの世界。
誰も入っては来られない場所。
誰もいるわけがないのだ。
キーナがまたゆっくりと頭を落とす。
もうずっとここで、こうしていられれば…
もう何も、考えなくて済む…
また、何も考えないようにと、腕の中に顔を埋める。
ここでこうしていられれば、悲しい事も苦しい事も何もない。
それでいいのだ。それで…。
誰かの手が、頭を優しく撫でた。
手?
誰の?
温かい…
誰?
キーナが顔を上げた。
だが、誰もいない。
いるわけがない。
誰も…
いないよね…?
では、今の手の感触は?
なんだったのだろう?と首を捻ったその時、
「…!」
誰かが叫んだような声が聞こえた気がした。
誰?
誰か…いるの?
もう一度しっかりと辺りを見回す。
ダン!!
何かが壁を叩くような音が響いた。
音のした方向へ振り向く。
そこには、今まで誰もいなかったはずなのに、人影。
キーナと同じ顔をした少女が、長い髪を振りかざし、仕切りに何か叫んでいるようだった。
あ…
前にも2度程見た事のある少女。
名前も知らないが、何故か自分にそっくりな少女。
その少女が、何かを叫んでいるらしく、仕切りに口をパクパクと動かしている。
「え?」
キーナは立ち上がり、少女の側へ行く。
近づけば聞こえるかとも思ったのだが、厚いガラスの壁にでも遮られているのか、まったくその声は聞こえてこない。
「何? 何て言ってるの?」
キーナの言っている事が分かったのか、少女がとても悲しそうな顔をした。
悔しそうに涙を流す。
そして、キーナに見えるように、その口をゆっくりと動かし始めた。
「た」
「い」
「せ」
「つ」
「な」
「も」
「の」
「大切な、もの?」
「キーナ!」
名を呼ばれ、振り返る。
遠くの方で、
「キーナ!」
またその声がした。
「テ…ル…」
その声の主の名を思い出す。
「テルッ!!」
キーナは走り出した。
声のする方へ向かって。
その後ろ姿を、悲しそうに涙を流しながら、少女は見送っていた。
白い空間を、キーナはひたすら走り続けた。
「キ…ナ…」
激痛を堪えながら、テルディアスがキーナの肩と腕を掴む。
なんとかキーナを正気に戻さなければならないと分かってはいるのだが…。
ビキイ!!
「ぐあああああああ!!」
また全身を激痛が走り抜ける。
その時、キーナの瞳に光が戻り…
キュオ!!
広がり続けていた光のドームが、一瞬にして消え去った。
そして、髪が黒くなり、耳が丸くなり、顔の半分が肌色に戻ったテルディアスの目の前に、いつもの少女が、髪を長くし、虚ろな目をして、テルディアスをぼんやり見下ろしていた。
「テ…ル?」
キーナはそう呟くと、瞳を閉じた。
途端に、長い髪は消え、いつもの短い髪に戻り、体を纏っていた光も、消えた。
ぐらりと体が揺れる。
テルディアスがその体を両腕で優しく包み込んだ。
テルディアスの腕の中で、キーナはいつものように、眠り込んでいた。
「あ…ああ…」
「う…うう…」
力の奔流が収まり、二人がドサリと地面に倒れ込んだ。
周りに何もなくなった大地に、サーガとメリンダは転がった。
ゾクッ
テルディアス、サーガ、メリンダの背筋を、言いようのない悪寒が走った。
目の前の建物の間から、光のドームが見えた。
先ほどまでは無かった物。
そして、その方向を、双子石は指し示している。
「あれは…?」
(光…? キーナか?)
ドームは凄い早さで、どんどん大きくなっていく。
はっきり言って、目の前に見える物から背を向けて逃げ出したかった。
しかし、キーナを迎えに行かなければならない。
テルディアスは足に力を入れ、地を蹴った。
光の方へ。キーナの方へ。
自分が行かなければならないのだと言い聞かせながら。
(今のは…?)
悪寒のする方へ顔を向けると、光のドームが見えた。
(それに、あの光…)
突如現われた光のドーム。嫌な予感が背筋を走る。
そんなメリンダの腕をガシリと掴む者。
「逃げるぞ! 姐さん!」
サーガが怖い顔して風を集め出す。
「な、ちょ、ちょっと待ってよ!」
まだキーナがと言う前に、
「感じなかったのか?! 今の!!」
サーガが怒鳴り返す。
「か、感じたわ! 感じたけど…」
メリンダが言い終える前に、風が舞った。
「きゃ!」
風が二人を包み込み、空へと持ち上げる。
そのまま勢いよく、建物の上を飛んで逃げ出した。
「まってサーガ! まだ…! まだ、キーナちゃんが…!」
「分かってる! だが今は…! あれから逃げねーと!」
メリンダが振り向くと、光のドームは先程よりも大きくなっている。
そしてその膨らみはまだまだ終わらないようで、周りの建物を巻き込みながら、どんどん大きくなっていく。
(あれは…何?!)
その正体は分からないが、とてつもなくやばい物だということは、何故か肌で感じていた。
いくつかの曲がり角を曲がり、光の方へ光の方へと走って行く。
そしてその曲がり角を曲がった時、目の前に、光のドームが迫ってきていた。
はっきり言って逃げ出したい。
回れ右して絶対に安全と思える所まで走り抜けたい。
だが、この中にキーナがいるとするならば、そんなわけにはいかない。
テルディアスは腹を決め、なんとなしに左手を伸ばした。
光が迫り、左手の先から飲み込まれていく。
フオン
全身が光のドームの内側に入った。
(なんだ…? 浮遊感?)
引力は正常に働いているのに、体が浮き出しそうなおかしな感覚がする。
(どこまでも白い…空間?)
見渡してみても、今まですぐ側にあった壁さえも失くなっていた。
辺り一面、空も地上も分からない、ただただ白い空間だった。
「う…うあ…」
後ろの方からうめき声が聞こえて来た。
振り向くと、何人かの人影が見えた。
立っている者、うずくまっている者。
そこにはやはり建物も何もなく、ただ人がいた。
「あ…あ…ああ…! うああああああ!!」
いくつかの人影が悲鳴を上げる。
すると、
ボヒュッ
という音だけを残し、人影が次々と失くなっていくではないか。
(人が…消えて…?!)
その時、ピシ…パキ…という微かな音が聞こえてきた。
耳を澄ますと、どうやら腕の辺りかららしい。
なんだ?と思い、袖を捲ると、亀裂の入った腕が現われた。
「?!」
そして、顔の辺りでも、パキ…という音が鳴った。
「サーガ!」
「なんだ?!」
「早いわ! 追いつかれる!」
「くっそー!!」
サーガが全速力で飛んでいるのに、光のドームは易々と追いついてきた。
もう少しで街壁を飛び越えられるというのに。
そして、光のドームは、二人も飲み込んでいった。
辺りが一面真っ白くなる。
サーガも、風を纏っていられなくなり、二人は落ちるかのように地面へと舞い降りる。
「う…うう…」
メリンダがうめき声を上げた。
「あ…ああ…」
サーガもうめき声を上げた。
「あ…ああ! ああああああ!!」
「か…があ! ああああああ!!」
堪えきれなくなった二人が、悲鳴を上げた。
「ああ―――!!」
「うあ―――!!」
メリンダの体から、火の力が噴き出した。
サーガの体から、風の力が湧き出した。
二人は溢れる力を押さえることができず、ただ悲鳴を上げ続ける。
光の中心へとテルディアスが走る。
双子石がその音を鳴らし、片割れがそこにいると告げる。
(間違いない。キーナはあそこに…)
ズキイ!!
突如、左手の先が痛んだ。
(なんだ?)
足を止め、手先を見る。
体中がピシピシ…、パキパキ…という音に包まれている。
左手の手袋を取ってみた。
「!」
左手の先、中指の先端が、肌色になっている。
ズキイ!!
「ぐ…」
その部分が痛みを発していた。
(呪いの解ける痛み? いや、呪いが解けた場所が痛んでいる…?)
ズキイ!!
「く…!」
顔が突如痛み始めた。
おでこの辺りがほんのちょっぴり。
しかも、ただ痛いのではない。
激痛だ。
ある程度の痛みには耐えられるとは言っても、この痛みが体中に広がれば…。
(このままだといずれ痛みで動けなくなる…!)
テルディアスが今まで以上に足を動かし始めた。
(キーナ!)
とにかく、キーナの元へ行かなければならないのだ。
「あああああああ!!」
「うああああああ!!」
炎の柱と風の柱が大きく猛り狂う。
その中心部で悲鳴を上げ続ける二人。
(体が…! 力が…!)
(内側から…! 全てが…!)
(弾ける!!)
二人の体から、ミシリ…という音が聞こえ始めた。
光の中心。
光が最も強い場所で、その少女は浮かんでいた。
ぼんやりと立ちながら空を見上げるような格好で、少女は光っていた。
ズザッ
側で膝をつく者がいた。
荒い呼吸を繰り返し、頭を上げる。
その髪は黒くなっており、耳も丸くなっている。
顔もところどころ、ペンキが剥げたかのように、肌色になっていた。
ただ、その表情は苦痛に歪んでいた。
「く…」
体中から痛みが走る。
パキリ…カキリ…と音が続く。
痛みで気絶してしまいそうになる。
「キ…ナ…」
なんとか目の前の少女に向かって手を伸ばそうとするが、
パキィィン!!
顔の青緑の部分が、ガラスが割れるように剥がれ落ちた。
「うああああああ!!」
耐えきれない痛みに、テルディアスが悲鳴を上げた。
白い白い、どこまでも白い空間。
上も下も右も左も分からない、そんな白い空間。
白以外何も見えない空間に、ぽつんと座り込む人影があった。
人影の名はキーナ。
光に選ばれた特異な者。
しかし、少女は両腕で膝を抱え、そこに頭を突っ伏して、動こうとはしない。
もう… 何も見たくない…
もう… なにも感じたくない…
こんな世界…
無くなってしまえばいい…
膝を抱えて丸まったまま、キーナは何も考えないようにしていた。
と、その耳に、どこからか、何か叫んでいるような音が聞こえた気がした。
ゆっくりと顔をあげ、辺りを見回す。
誰?
誰も… いるわけないか…
そう、ここはキーナだけの世界。
誰も入っては来られない場所。
誰もいるわけがないのだ。
キーナがまたゆっくりと頭を落とす。
もうずっとここで、こうしていられれば…
もう何も、考えなくて済む…
また、何も考えないようにと、腕の中に顔を埋める。
ここでこうしていられれば、悲しい事も苦しい事も何もない。
それでいいのだ。それで…。
誰かの手が、頭を優しく撫でた。
手?
誰の?
温かい…
誰?
キーナが顔を上げた。
だが、誰もいない。
いるわけがない。
誰も…
いないよね…?
では、今の手の感触は?
なんだったのだろう?と首を捻ったその時、
「…!」
誰かが叫んだような声が聞こえた気がした。
誰?
誰か…いるの?
もう一度しっかりと辺りを見回す。
ダン!!
何かが壁を叩くような音が響いた。
音のした方向へ振り向く。
そこには、今まで誰もいなかったはずなのに、人影。
キーナと同じ顔をした少女が、長い髪を振りかざし、仕切りに何か叫んでいるようだった。
あ…
前にも2度程見た事のある少女。
名前も知らないが、何故か自分にそっくりな少女。
その少女が、何かを叫んでいるらしく、仕切りに口をパクパクと動かしている。
「え?」
キーナは立ち上がり、少女の側へ行く。
近づけば聞こえるかとも思ったのだが、厚いガラスの壁にでも遮られているのか、まったくその声は聞こえてこない。
「何? 何て言ってるの?」
キーナの言っている事が分かったのか、少女がとても悲しそうな顔をした。
悔しそうに涙を流す。
そして、キーナに見えるように、その口をゆっくりと動かし始めた。
「た」
「い」
「せ」
「つ」
「な」
「も」
「の」
「大切な、もの?」
「キーナ!」
名を呼ばれ、振り返る。
遠くの方で、
「キーナ!」
またその声がした。
「テ…ル…」
その声の主の名を思い出す。
「テルッ!!」
キーナは走り出した。
声のする方へ向かって。
その後ろ姿を、悲しそうに涙を流しながら、少女は見送っていた。
白い空間を、キーナはひたすら走り続けた。
「キ…ナ…」
激痛を堪えながら、テルディアスがキーナの肩と腕を掴む。
なんとかキーナを正気に戻さなければならないと分かってはいるのだが…。
ビキイ!!
「ぐあああああああ!!」
また全身を激痛が走り抜ける。
その時、キーナの瞳に光が戻り…
キュオ!!
広がり続けていた光のドームが、一瞬にして消え去った。
そして、髪が黒くなり、耳が丸くなり、顔の半分が肌色に戻ったテルディアスの目の前に、いつもの少女が、髪を長くし、虚ろな目をして、テルディアスをぼんやり見下ろしていた。
「テ…ル?」
キーナはそう呟くと、瞳を閉じた。
途端に、長い髪は消え、いつもの短い髪に戻り、体を纏っていた光も、消えた。
ぐらりと体が揺れる。
テルディアスがその体を両腕で優しく包み込んだ。
テルディアスの腕の中で、キーナはいつものように、眠り込んでいた。
「あ…ああ…」
「う…うう…」
力の奔流が収まり、二人がドサリと地面に倒れ込んだ。
周りに何もなくなった大地に、サーガとメリンダは転がった。
0
お気に入りに追加
11
あなたにおすすめの小説
記憶がないので離縁します。今更謝られても困りますからね。
せいめ
恋愛
メイドにいじめられ、頭をぶつけた私は、前世の記憶を思い出す。前世では兄2人と取っ組み合いの喧嘩をするくらい気の強かった私が、メイドにいじめられているなんて…。どれ、やり返してやるか!まずは邸の使用人を教育しよう。その後は、顔も知らない旦那様と離婚して、平民として自由に生きていこう。
頭をぶつけて現世記憶を失ったけど、前世の記憶で逞しく生きて行く、侯爵夫人のお話。
ご都合主義です。誤字脱字お許しください。
【完結】私だけが知らない
綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。
優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。
やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。
記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。
【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ
2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位
2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
【完結】20年後の真実
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。
マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。
それから20年。
マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。
そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。
おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。
全4話書き上げ済み。
三年目の離縁、「白い結婚」を申し立てます! 幼な妻のたった一度の反撃
紫月 由良
恋愛
【書籍化】5月30日発行されました。イラストは天城望先生です。
【本編】十三歳で政略のために婚姻を結んだエミリアは、夫に顧みられない日々を過ごす。夫の好みは肉感的で色香漂う大人の女性。子供のエミリアはお呼びではなかった。ある日、参加した夜会で、夫が愛人に対して、妻を襲わせた上でそれを浮気とし家から追い出すと、楽しそうに言ってるのを聞いてしまう。エミリアは孤児院への慰問や教会への寄付で培った人脈を味方に、婚姻無効を申し立て、夫の非を詳らかにする。従順(見かけだけ)妻の、夫への最初で最後の反撃に出る。
冷宮の人形姫
りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。
幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。
※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。
※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので)
そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。
旦那様、どうやら御子がお出来になられたようですのね ~アラフォー妻はヤンデレ夫から逃げられない⁉
Hinaki
ファンタジー
「初めまして、私あなたの旦那様の子供を身籠りました」
華奢で可憐な若い女性が共もつけずに一人で訪れた。
彼女の名はサブリーナ。
エアルドレッド帝国四公の一角でもある由緒正しいプレイステッド公爵夫人ヴィヴィアンは余りの事に瞠目してしまうのと同時に彼女の心の奥底で何時かは……と覚悟をしていたのだ。
そうヴィヴィアンの愛する夫は艶やかな漆黒の髪に皇族だけが持つ緋色の瞳をした帝国内でも上位に入るイケメンである。
然もである。
公爵は28歳で青年と大人の色香を併せ持つ何とも微妙なお年頃。
一方妻のヴィヴィアンは取り立てて美人でもなく寧ろ家庭的でぽっちゃりさんな12歳年上の姉さん女房。
趣味は社交ではなく高位貴族にはあるまじき的なお料理だったりする。
そして十人が十人共に声を大にして言うだろう。
「まだまだ若き公爵に相応しいのは結婚をして早五年ともなるのに子も授からぬ年増な妻よりも、若くて可憐で華奢な、何より公爵の子を身籠っているサブリーナこそが相応しい」と。
ある夜遅くに帰ってきた夫の――――と言うよりも最近の夫婦だからこそわかる彼を纏う空気の変化と首筋にある赤の刻印に気づいた妻は、暫くして決意の上行動を起こすのだった。
拗らせ妻と+ヤンデレストーカー気質の夫とのあるお話です。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断
Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。
23歳の公爵家当主ジークヴァルト。
年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。
ただの女友達だと彼は言う。
だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。
彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。
また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。
エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。
覆す事は出来ない。
溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。
そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。
二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。
これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。
エルネスティーネは限界だった。
一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。
初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。
だから愛する男の前で死を選ぶ。
永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。
矛盾した想いを抱え彼女は今――――。
長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。
センシティブな所へ触れるかもしれません。
これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる