キーナの魔法

小笠原慎二

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ちょっと寄り道編

したら騒動

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ドウッ!

闇の触手が勢いを増して穴から噴き出してきた。

「うわっ! たっ!」

向かってきた触手を器用にキーナが避ける。
テルディアスも難なく触手を躱し、剣で触手を断ち切って行く。

「イラ…」

もう一発お見舞いしてやろうとキーナが構えるが、

「きゃわ!」

横から触手が襲い掛かってくる。

「ウキャー!」

猿のような悲鳴を上げながら逃げ惑う。
次々と穴から噴き出してくる闇は、また形を成していく。
その姿はまるで巨人のようだった。

(数が多いうえにでかすぎる!)

さすがに対処しきれないと悟ったテルディアス。

「キーナ! 一旦退くぞ!」
「うん!」

と返事したキーナの周りに、取り囲むように触手がうごめいていた。

「キーナ!」

逃げ切れない!

テルディアスがキーナの元へ走ろうとするが、触手が襲い掛かってくる。
器用に二本の触手を避けたキーナだったが、足を滑らせ転倒。そこへ襲いくる触手。
触手は蛇のように二股に別れ、

「テル…」

呟いたキーナを飲み込んだ。

「き…」

キーナの名を叫ぼうとしたテルディアスは、触手に薙ぎ払われた。
大木に激突し、そのまま動かなくなる。
闇の塊はしっかりとした形を整えつつあった。

その頭部らしき場所には、ギョロリとした目玉が一つ。
両の手でしっかりと地面を掴み、まるで穴から這い出てくるかのように体が形成されていく。














「あ…あ…」

闇の巨人に呑まれたキーナの耳に、あらゆる絶望の言葉が響いていた。
それは人の持ちゆる負の感情。
恐怖・憎悪・悲哀・嫉妬・羨望

「やめて…やめて…」

それらが言葉となってキーナの耳に届く。
絶望が形となって襲いくる。

「いやーーーーー!!!!」

絶望に意識が染められていく…。











その間にも呑まれていく生き物たち。
ウサギも、小鳥も、リスも、シカも、ありとあらゆる生き物たちが呑まれていった。
動くものは次々と捕えられ、花は枯れ、木々も葉を落としていく。

そこに、ゆらりと一つの影が立った。
異様な気配を纏ったテルディアスだった。
テルディアスの周囲から、闇の気配が漂い出す。
触手が襲いくる。
だが、

ドッ!

片手で易々と止めてしまった。
俯いていた顔が上げられる。
その眼は…人の者ではなかった。
次の瞬間、巨人の首と触手が何本も切り落とされていた。
獣のように地面に降り立つテルディアス。
咆哮をあげ、さらに巨人に斬りかかろうとするが、

「う…ぐあああ!」

頭を抱えて地面に崩れ落ちた。
荒い息をするその瞳は、人の輝きを取り戻していた。

(あの状態になるわけにはいかない! あの状態になったら…、全てを破壊するまで止まらない! 全てを…! キーナも!)

必死に立ち上がるテルディアス。
だがそれを嘲笑うかのように、闇は元の巨人の形を取り戻していく。

(これじゃあいつまでたってもキリがない! くそ…、キーナ!)

闇に呑まれた魂は救い出すことはできない。
だが、体ごと呑まれたのならば、短時間であれば救い出すことも可能ではある。
意識が闇に呑まれ、闇と同化してしまう前であれば。
しかし、テルディアスは闇に呑まれた人を救い出す方法を知らない。










闇の中を漂うキーナ。
そこには、悲しみ、苦しみ、憎しみ・・・絶望しかない。
意識がどんどん呑まれていく…。
意識は薄らいでいき、何も考えられなくなっていく…。
その先にあるのは…、ただ何もない、絶望という名の闇。

……!

耳でか、脳でか分からないが、音が響いた。

…ナ!

それは聞きなれた音…。

…ーナ!

ただの音ではないそれは…

「キーナ!」

いつもすぐ側にいる声。
キーナの薄らいでいた意識が覚醒する。

テル…

そうあれは、テルディアスの声。
気づくと、目の前に人がいた。
鏡があるのかと錯覚するほど、自分にそっくりな人。
その人は腕の中に、先ほどキーナが追いかけまわしていたウサギを抱きかかえていた。
そのウサギをそっと、キーナに手渡す。
キーナもウサギを優しく抱きとめた。
ウサギは震えていた。
恐怖に怯え、震えていた。
キーナは思った。
この子を助けたい。
すると、目の前の人は、キーナを見つめて優しくうなずいた。











襲い来る触手を切り裂き撥ね退けながら、テルディアスは必死にキーナを救い出す方法を考えていた。
しかし、闇や光に属する魔法に関してはそもそもの情報がほとんどない。
打つ手も見つかぬまま、ひたすらに触手を退けるしかなかった。

(キーナ!)

その時だった。
巨人の心臓のあたりが光り始めた。
小さな灯はやがて大きな輝きとなり、

「ギョギョギョ!! ギョギャウ!!」

巨人が悲鳴のような音をたてた。
光が巨人を包み込み、そして、

「ギャウ!」

巨人が光の中へ溶けるように崩れ去っていった。
そして、その光の中心に、白く長い髪をたなびかせた少女が浮かんでいた。

「キーナ…?」

顔は確かにキーナだったが、いつもとはあまりに印象の違うその姿に、テルディアスは戸惑った。
いつもは髪が短いせいで少年にしか見えないのに、今虚空に浮かぶ少女は、美少女にしかみえない…。
本人聞いたら…怒る? 喜ぶ? どっちだろう?

うっすらと目を見開いた少女が、口を動かした。

『せめて、この場だけでも』

テルディアスにはそう動いたように見えた。
少女がさらに光を放ち始めた。
巨人に浸食され、死に絶えていた台地が、光を受けて元の姿を取り戻していく。
テルディアスの体の傷も、あろうことか服の傷や汚れさえも消え去っていった。

(これが、光の御子の力なのか・・・?)

ガサリと音がして振り向くと、呑み込まれた動物たちが木々の間からこちらをのぞいていた。
恐れるように、そして敬うように。
すべてが元の姿を取り戻すと、キーナの体の光は小さくなった。
すると、

「うっ…」

キーナの顔が険しくなる。

「ああっ!」

悲鳴とともに長い髪は消え、光も消えた。

「!」

元のこげ茶のショートカットに戻ったキーナが、支えを失ったかのように地に落ち始めた。

「キーナ!?」

テルディアスが走る、が間に合わない。

「風巻《カウギリ》!」

風を繰り、キーナの体を落下から食い止める。
そして、テルディアスの腕の中に、キーナは優しく抱きとめられた。
ゆっくり、優しくキーナの体を地面に下ろす。

すると、ウサギが一匹近づいてきた。
テルディアスを警戒するように、少し離れてこちらの様子を伺う。
その姿を見て、テルディアスは語りかけた。

「安心しろ。こいつの面倒は俺がみる」

人の言葉など通じているかも分からないのに、何故か語りかけてしまっていた。
多分キーナのせいだ。
そう思うことにした。
言葉が通じたのか、その場の空気を読んだのか、木々の間から顔を覗かせていた動物たちが、森の奥へと去っていった。
ただ一匹、ウサギだけはその場を動かなかった。

「お前は残るのか…。いつ起きるかわからんぞ?」

すやすや眠るその顔は、いつものキーナだった。












風が優しく野を疾る。
キーナに足を貸して枕代わりにしてやり、マントを上から被せてやる。
まるで保護者だな。
テルディアスが何もしないと分かったのか感じたのか、近づいてきたウサギがキーナの胸の上に乗っていた。
起きるのを待っているのか。

(聖域から魔の気配が完全に消えた…)

元の静けさを取り戻した一帯は、ドールが侵入してくる前のように平和な空気が流れていた。

(御子…か)

光をまとい、白く長い髪をたなびかせていたあの姿は…。

(確かに、あれは…、御子らしいというか…、奇麗だったというか…)

ちらりと膝元の少女を見る。
夢でもみているのか、デヘデヘとにやけるその顔は、先ほどみた美少女と同一人物にはまるで見えない。

(御子…か?)

陽当たりもよく、気持ちのいい風の吹く野原で、テルディアスは見えない迷宮に入り込んだような気分だった。













パチリとキーナが目を覚ますと、目の前にかわいいウサギのドアップ。
一瞬驚いたものの、そのあまりの可愛さに、

「きゃわいい…」

と思わずナデナデ。
びっくりしたウサギは、脱兎のごとく、というかそのままだな、逃げました。

「起きたか?」
「フラレタ…」

寝起きにフラレ、ちょっと悲しい気分のキーナ。

「ずっと腹の上に乗って心配してたみたいだったぞ」

というテルディアスの言葉を聞いて、

「本当?!」

顔が輝いた。

「ああ…」

御子姿のキーナの影がちらつくテル君でありましたが、いつも通りのキーナに一安心。

「ありがとー! うさぎさーん!」

野原のどこかに去っていったウサギにキーナは手を振った。
草葉の陰からそれを見ていたウサギは、安心したように、花の咲き乱れる野原に消えていった。

「とんだ道草をくったな」
「だねぇ…」

マントにフードをしっかり被ったテルディアスは、足早に街道を歩き始める。
キーナもそれを追いかける。
早く次の街に着かないとなんちゃらかんちゃらと説明するテルを横に、キーナは薄ぼんやりと覚えていることを考えていた。

(あれは…夢?)

自分にそっくりな人が、あの闇の中で自分に助けを求めていた。

(前にも…、ガラスの壁みたいなものの向こうで…)

自分にそっくりな人が、ここから先に行けないと助けを求めていた。

(あれは…、誰なんだろう…)

夢なのか、幻なのか、はたまた違うものなのか。
その答えを、今はまだ、知る術はなかった。
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