キーナの魔法

小笠原慎二

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テルディアス過去編

魔女

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「テルって・・・」

キーナが感想を洩らした。

「ひねくれてたんだね~」

実に素直な感想だ。

「・・・・・」

返す言葉が出ないテル君。
一応自覚しているのだな。

「実はティアさんに惚れてたんでしょ」

じと目でテルを睨むキーナ。

「なんでそーなる!」

そこは自覚してないらしい。

「人を愛するのが馬鹿馬鹿しいって、今でも思ってるの?」

実に素直に質問するキーナ。

「まあな・・・」

濁った答え方をするテル。素直じゃない。

「へそ曲がり!」

よくぞ言った。まさにその通りだ。

「だが・・・、この姿になってからは・・・まあ、少しは・・・なんて思ってきてはいるぞ」

よく分からない答え方をするテル。実に素直じゃない。

「少しは? 少しは何? ん?」

突っつくような物言いのキーナ。そうだ。そのまま突っついてやれ。

「ま、人には一つくらい大事なものがあってもいいんじゃないかってな・・・」

言葉を選んでるなこいつ。

「少しは成長したんね」

にこにことうなずくキーナ。

(お前に言われたかない)

心の中で突っ込むテル。
分かる気はするが。

「そろそろ眠くなってきたから寝るね」

言うが早いか、キーナの両目がとろ~んとしてきた。

「ああ」
(つーか寝ろ)

お子様はもう寝ている時間じゃ。
次の瞬間。

すかっ。

もう寝た。

(もう?!)

突っ込む間のなく寝息をたてて、すぴすぴ寝だすキーナ。
どこぞの漫画のの○太君並に早い寝つき。競争できるんでないか?

「早すぎだろう・・・」

聞こえないとはわかっていたが、呟かずにはいられなかった。
突然、

ゴロッ

とテルディアスの方に寝返りを打つキーナ。

ビクッ

とびびるテルディアス。

「~~~むにゃ・・・・テルぅ・・・・~~~・・」

むにゃむにゃと呟くキーナ。かろうじてテルという単語だけ聞こえた。
いや、空耳かもしれないが。
キーナを見つめるテルディアスの顔が優しい。
その瞳は今までに誰にも向けたことがない光を湛え、優しさと愛しさに満ち溢れていた。
キーナの前髪をかきあげる。その手つきも優しい。
久々昔を思い出したせいもあるのだろう。
あの頃の記憶が蘇ってくる。

ダーディンの姿になって、テルディアスは思い知った。
自分があの街をどれほど愛していたか。
あの街の人々をどんなに愛していたか。

(俺はずっと、あの町の人々に支えられて生きてきたんだ・・・)
「俺はずっと、独りではなかった・・・」

夜の闇が静かに二人を包み込む。
あの時のことを、テルディアスは思い出していた。
そう、あの魔女と出合った頃のことを・・・。

















王都への道筋を順調に進んでいるはずだった。

「くそ! どこで間違えたんだ!」

いつの間にか森の中に迷い込んでいた。
行く道も帰る道も分からず、ひたすら歩き続ける。

(王都への道は一本のはずなのに、どうやったら迷うんだ!?)

ガサガサと草木をかき分けかき分け、森の中を進んでいくと、突然、目の前に大きな屋敷が現れた。

「城? 屋敷か?」

城とも呼べるほどに大きいその屋敷。
なんだか嫌な感じはしたが、とにかく道を聞かなければならない。
屋敷の入り口と思わしき扉をコンコンと叩いた。
不思議な音の広がりを感じた。

ギイ・・・

すぐに扉は開かれた。

「お待ちしておりました」

金に近い髪の色をした、少したれ目の好青年が目の前に立っていた。

(お待ち・・・?)

言葉の違和感を感じたテルディアスではあったが、今はそんなことを気にしている場合ではないと、口を開きかけた。が、

「どうぞ、遠慮なさらずに」

先に目の前の男が、意味不明の言葉を吐き出す。

「あ、いや、俺は・・・」

弁明しようとするが、

「こちらです」

そう言って男はすたすたと屋敷の中へ向かって歩いていってしまう。

「おい! ちょっと!」

慌ててテルディアスは後を追った。
とにかく道を聞かなければ王都へ行けない。

「待ってくれ!」
(誰と間違えているんだ?)

まさか本当に自分のことだとは思わない。
男を追ってテルディアスはどんどん屋敷の中へ入っていく。

「こちらです」

ある部屋の前で男が立ち止まり、促すように振り向いた。

「いや、だから、俺は・・・」
「お待ちしていましたわ。テルディアス・ブラックバリー★」

テルディアスの言葉を遮るかのように、女の声がこだました。
見ると、部屋の中央に、長い黒髪の、美しい女が座っていた。
着ているドレスも真っ黒で、部屋の中も何故か薄暗い。
しかし、何故かその女だけははっきりと見えた。

「何故俺の名を?」

初めてテルディアスは警戒心を覚えた。
違和感がある。
この場所に。
この女に。
何故ここまで来るのに気付かなかったのか。

「あなたは有名ですからね♪」

案内してきた男が、テルディアスの背中を押した。

「うおっ」

急に押され、テルディアスは部屋の中へ入ってしまった。
それを狙っていたかのように、どこからか触手のようなものが伸びてきて、テルディアスの両腕を捕らえた。

「な、なんだ?!」

触手はテルディアスの腕をギリッと締め上げる。

「ぐうっ!」
「あら、だめよ。もっと優しくしてあげて◇」

女がにっこりと微笑んだ。

「何の真似だ!」

近づく女にテルディアスが吼える。

「あら、怒った顔も素敵☆」

女が嬉しそうにテルディアスの顔に手を伸ばす。

「ますます私好み♪」

テルディアスが女を睨みつける。

「あなたは選ばれたのよ。私のコレクションに★★」

女が手を広げる。
すると、今まで何もなかった部屋が突如暗闇に変わり、何か透明な箱のようなものに入れられた人影が数体、現れた。

(なんだありゃ?!)

よく見ると、その人影は全て男だった。

「気に入った男を水晶に閉じ込めて集めてるのよ♪ いい眺めでしょ」

女はさも嬉しそうに水晶体を眺める。

「時々出して遊ぶの◆ 今はこれ☆」

先程の案内してきた男が女に寄り添う。
その目は虚ろで、何も映っていないかのようだった。

「さ、あなたもまずは心を封じるためにそれをお飲みなさい★ 最初はちょっと苦しいかもね☆」

にこやかに女が告げる。
と、どこから持ってきたのか、男の手に、壷のような物が握られていた。

「ふざけるな! 誰が!」
「お館様に従え」

有無を言わさず、テルディアスの口が開けられ、よく分からない液体を流し込まれた。
たまらずゴクリと飲んでしまう。
その途端。

「がああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」

テルディアスが絶叫した。
頭の中が。
手足が。
体中が。
みしみしと音を立て、激痛が走る。

「っあう!!」

苦しみ悶えるテルディアスの姿を見て、女が官能的な表情をする。

「ああ・・・、いい・・・」

自分の体を抑え、湧き上がる衝動に身を任せているようだ。

「そそられちゃう・・・★」

ぞくっとするような情熱的な瞳をテルディアスに向けたまま、女が自分の唇を指でなぞる。

「ぐ・・・・あ・・・・・」

激痛で、言葉さえまともに出てこない。
その苦悶の声さえ、女には甘美に聞こえているようだ。

「レイ、私達も楽しみましょう♪」
「はい。お館様」

二人はそう言って連れ添いながら、テルディアスを後に、部屋を出て行った。

「ま・・・ち・・・、やがれ・・・・・」

二人に向かって、テルディアスが言葉を絞り出す。
だが、その言葉を聞いているものはもう誰もいなかった。

「くそったれーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!」

テルディアスの最後の足掻き声が、部屋にこだました。














全てが順調だった。
王都へ行って、軍士の試験に合格し、騎士になり、ゆくゆくは将軍さえも狙おうと思っていた。
自分にはそれができるはずだった。
だが、こんな所であんな女に捕まって、おもちゃにされようとしている。
もう終わりなのか?
夢が、全て描いてきた夢が、手に届くはずの夢が、終わるのか?

(違う! 俺はまだ終わってなどいない!)

身に付けていたものは全て剥がされ、かろうじてズボンは履いていた。
激痛が治まる感覚が、短くなってきていることにテルディアスは気付いていた。
このまま何もしなければ、あの女の目論見どおりになってしまう。

(あんな女に屈する気もない! 逃げてやる! 必ず逃げてやる!)

そればかりを考えていた。

「この部屋を出てすぐの窓はいつも鍵が開いている」

何か聞こえた気がした。
変な液体を飲ませるあの男が、立ち去る所だった。

(今、何か・・・? 気のせいか?)

『この部屋を出てすぐの窓はいつも鍵が開いている』

そう聞こえた気がする。
だけど、どういう意味だ?

『出てすぐの窓はいつも鍵が開いている』
『鍵が開いている』

外に出られる?
だがしかし、両腕に巻きついた枷が外せなければ、この部屋を出ることもできない。
部屋を、出られたら・・・。
部屋を、出るには・・・。
この枷を、外すには・・・。
屈辱的ではあったが、テルディアスは一つの賭けに出た。

「粘るわねぇ」

女がテルディアスの様子を見に来たのだ。

「もう半年よ。大した精神力だこと」

あきれ半分、女が呟く。

「呪力が効いてないわけでもなさそうだし・・・」

う~んと女が考える。
そこに。

「お・・・かた・・・さま」

テルディアスの小さな声が聞こえた。

「あら?」
「お・・館・・・様」

テルディアスがはっきりと言った。

「なぁ~んだ♪ ちゃんと効いてるじゃない★ 待ちに待ったこの時がやっと来たのね◇」

女がはしゃぎ、テルディアスの顔を優しく両手で自分に向かせる。

「あたしの可愛いテルディアス。焦らした分楽しませてもらうわよ☆」

恋を知らない乙女のような顔をして女がテルディアスに語りかけた。

「綺麗にしてあたしの部屋に連れてきて★」
「は」

男がうなずいた。

「テルディアス待ってるからね」

頬を赤く染め、初恋でもしているかのような顔をする女。
その時、テルディアスの枷がするるっと静かに外された。
床に倒れこむテルディアス。

ホホホホホ・・・

不気味な笑い声を残し、女が部屋を出て行った。
その後姿は、まるで黒い悪魔のようだった。
後に残った男が、女に言われた通り、テルディアスを綺麗にしようと抱えあげたその時。
テルディアスが突然目を覚まし、

ガッ!!

「ぐあっ」

男の顎に肘をくらわせた。
痛さのあまり顎を押さえる男。
すかさず体を捻り、

ずどっ

「はあっ・・・」

テルディアスが男の鳩尾に拳を叩き込んだ。

「ぐ・・・・」

くず折れる男。
テルディアスは力の限り走り出した。

(やった! やったぞ!)

部屋を出る。
すぐ窓があった。
頭から突っ込む。

バン!!!

確かに鍵は開いていた。
ゴロッと一回転し、すぐさま起き上がり走り出す。

(出られた!!)
「ハハッ! ハーッハッハッハッハ!!」

喜びのあまり興奮して、笑い声が出た。

(あの魔女を出し抜いた!!!)

低い灌木を飛び越える。
何よりも逃げ出せた喜びで体中が力に溢れている。
木々の間から、あれ程探していた街道が見えてきた。

(俺は、自由だ!!!)

光の中へ。
ずっと描いていた夢を叶える為に。
もう少しで・・・。

コオン・・・・

サワサワと鳴っていた草木などの音が途切れ、闇が周りに広がった。
前も、後ろも、右も、左も、そして、上も、下も。
闇。

「な、なんだ?」

突然の変容にテルディアスは戸惑う。

≪よくも私を謀ってくれたわね、テルディアス≫

女の声が響いた。

「魔女か!」

辺りを見回すが何も見えない。

≪本当にあなたは私を楽しませてくれるわ☆ だけど、私の元から逃げ出したのだから、あなたには罰ゲームをしてもらわなきゃ◆≫

ドクン

テルディアスの心臓が高鳴った。

≪そしてもっと私を楽しませてね♪≫

激痛がテルディアスの体中を走った。

「・・・が、・・・ぐあああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」

闇の中、テルディアスの声だけがこだまする。

≪寂しくなったらいつでも戻ってらっしゃい◇ 私の可愛いテルディアス・・・≫

そして女の声は消えていった。












ふと目を覚ます。
どうやら気絶していたらしい。
どれくらい気を失っていたのか。
辺りは元の森の中に戻っており、顔を上げると、街道が見えた。

(街道だ・・・。街道が見える・・・)

ズルズルとまだ痛む体を引きずりながら、テルディアスは街道を目指す。

(俺は・・・助かったのか・・・?)

あのまま魔女が引き下がるとも思えなかったが、とりあえず逃げ切れたようだ。
街道の端の柵に辿り着き、身をもたれかける。
街道にはなにやら話し込んでいる二人の男たちがいた。

(人がいる・・。助かった・・・)

助けを呼ぼうとしたその時、
二人がこちらに気付き、ぎょっとした顔になった。
そして叫んだ。

「ダーディンだ!」

二人は慌てて荷馬車に戻る。

(え?)

テルディアスは慌てて振り向いた。

(どこに?)

何もいない。

「弓を射れ! 早く!」

男たちが弓矢を持って荷馬車から降りてくると、テルディアスに向かって弓を引き絞る。

「!」
(俺?!)

わけが分からない。
だが男は矢を放った。

「わ!」

ターーン!

矢は柵に刺さった。
その時初めて、テルディアスは自分の腕を見た。
青緑色の腕・・・。

(この・・・腕は・・・?)

両手共に同じ色。
腹も。足の先も。
この色は・・・。

ヒュン!

テルディアスの顔の横を矢が走った。
ハッとなり、男たちを見ると、新しい矢を番えているところだった。

「待ってくれ! 俺は・・・・!」

矢が走る。

ドッ

「う・・・」

テルディアスの左肩に矢が刺さった。

「やった! 当たったぞ!」
「もっとやれ!」
「死ね!」
「死んでしまえ!」

男たちの目は本気だった。

「う・・・あ・・・」

突然のことに頭が理解できない。
何故こうなっているのか。
何故こうなってしまったのか。
答えはわかっている。
魔女だ。
だが、頭の中はぐちゃぐちゃで、何を考えたらいいのかもよく分からない。
あの激痛はこの変異の為・・・。
自分は・・・、自分は・・・、ダーディンにされてしまったのだ。
異形のものに。
化物に。

男達が矢を番える。
ダーディンを殺すために。
何を言っても無駄だろう。
突然現れたダーディンの言う事など誰が信じよう?
喰われないように退治する。
たぶん自分も同じことをするだろう。
テルディアスは街道に背を向け、森の中を再び走り出した。

「逃げたぞ!」
「今うちに警備隊に連絡を・・・・」

男たちのそんな声が聞こえた。

(嘘だ・・・)

助かったと思った。

(嘘だ!)

王都を目指し、軍士の試験を受け・・・。

(うそだーーーーーーー!!!!!!!)

夢を再び追えるものだと信じていた。
夢を・・・。












どこをどう走ったのか。
目の前に池が現れた。

(水・・・)

喉の渇きを覚えていたテルディアスは、ふらりを池に足を向けた。
何も考えずにガブガブと水を飲む。
一息ついて、テルディアスは水面に映る自分の顔に気付いた。
青緑の肌。銀色の髪。そして、とがった耳。
噂に聞いていたダーディンそのものが、自分そっくりな顔をして、目の前にいた。
ぐぐ・・・と拳を握り締め、

「くそおっっっっ!!!!!」

ばしゃあっ!

水面を叩き付けた。
消えるわけではないとは分かっていても。

「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお・・・・・・・」

悲しげなテルディアスの声が、森に響いた












それからの俺は、人間に戻る方法を必死に探した。

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