キーナの魔法

小笠原慎二

文字の大きさ
上 下
15 / 296
テルディアス過去編

テルディアスの過去

しおりを挟む
「テルディアスーーーー!」

可愛らしい女の子の声が通りに響いた。
黒髪の目つきの鋭い少年、テルディアスが振り向いた。
右手には剣を携え、左肩から荷物を下げている。
髪を高い位置で二つに結んだ、瞳のパッチリした可愛い女の子が、手を振りながら走ってくる。

「ティアか。何か用か?」

仏頂面のままテルディアスが答えた。

「相変わらずそっけないわね」

毎度のことなのか、ティアと呼ばれた少女も、あきれながら言った。
ティアは幼馴染の女の子で、テルディアスが通っている剣の道場の娘でもある。
テルディアスは今まさにその道場へ行く途中なのだ。

「こ~んな可愛い子が声掛けてやってんのよ」

可愛いという自覚があるらしい。

「少しは嬉しそうな顔を・・・」

聞く耳持たんとばかりにテルディアスは早歩きで歩き出す。

「待ちなさいよーーー!」
怒りながらティアが追いかけてくる。
テルディアスは溜め息をついた。実はティアが少し苦手・・・というか、女が嫌いなのだ。
ぺらぺらとよく喋るわうるさいわ・・・。

「道場まで一緒なんだから手でも引いたりしたらどう?!」

少し赤くなりながらティアがテルディアスに食い下がる。

「生憎俺の両手は荷物でいっぱいだ」

そっけなく答えると、テルディアスはすたすたとティアを置いて歩き出す。
その後ろからは、ティアが膨れっ面になりながら、必死でテルディアスの後を追いかけていく。











この街唯一にして一番でかい剣の道場。
剣の腕を磨くべく、沢山の男達が剣を振るっていた。
その風景を見守っているのが、この道場の息子であり、ティアの兄であるアスティだ。
着替えを済ませたテルディアスとティアがそろって出てくるのを見つけ、アスティはにんまりとする。

「仲がいいなお前ら。また一緒かよ」

軽くからかうように言ったのだが・・・。

「違うぞこいつが勝手にくっついてきたんだ」

テルディアスには通じないらしい。

「来る所は一緒でしょ!!」

ティアが顔を赤くしながらテルディアスに食いつく。
そんなティアの様子をさっぱり気付かない様子で、テルディアスはさっさと練習に励みだす。

「さっぱりだな。テルディアスは」

アスティが呟く。

「兄さん・・・」

兄の独り言を捕らえ、ティアが嫌な顔をしてアスティを睨む。

「お前も大変だな。ティア」
「何の話よ!」

いや、周りの皆にはもうバレバレなのだが・・・。
気付いていないのは当の本人、テルディアスくらいだろう。この唐変木は。

テルディアスが適当に相手を見つけ、打ち合いを始める。
相手は見るからにテルディアスよりも年上なのだが・・・。
何度か打ち合った後、

カーン

という気持の良い音を残し、テルディアスの相手の剣が見事に空高く舞い上がる。

「ま、まいった・・・」

相手に剣先をつきつけ、仕合の終わりを告げる言葉を吐かせる。
そしてクルクルと落ちてきた剣を、器用にその手に受け止めた。
互いに礼をし、テルディアスは新たな相手を探し始める。
しかし、この道場にはすでに、テルディアスの相手をつとめられる者が、アスティと剣の師匠だけとなってしまっていたのだ。

「相変わらずつえ~なぁ」

ぼやくアスティに、

「アスティ、相手してくれ」

テルディアスが頼み込む。
たまには本気で打ち込まねば剣の腕が鈍ってしまう。

「俺は無理さ。剣の才能まったくねーし。一応仕方なくここにいるだけだし。ティアのほうが強いぞ」

(うそつけ。面倒くさいだけだろ)

テルディアスが心の中で突っ込む。
未だにアスティに勝った事はない。だが、追い越してしまうのも時間の問題だった。
先延ばしにしたい気もするが、自分がどこまで強くなれるか試してみたいと思うのも事実だ。
ティアは女でありながら、その剣の腕は男に負けないくらいの実力者だ。
だが、テルディアスはティアには負ける気がしなかった。

「ティアも女だてらに良くやるよな」

アスティが呟く。
その動機は分かってはいるが・・・。

「あと2、3年したら誰も敵わなくなるんじゃね?」

たしかにティアの実力も伸びている。

「それはないな」

テルディアスが自信満々に応える。
打ち合いをするティア。やはり振りが甘いときがある。女という壁を越えるのはやはり難しいものか。

「あいつはいい女剣士になるさ。ただ、お兄さんの希望としては、もう少し女らしくなって欲しいなぁ・・・」

だんだん声のトーンが落ちていく。
そう、アスティも例に漏れず、シスコンである。ただし、認めた男がすでに目の前にいるという点で、世間一般とはちょっとずれたシスコンとでも言おうか。

「そう思わんか? テルディアス! あいつお嫁に行けるかな?!」

是非もらってくれ!
聞く人によってはそうとも聞き取れた。
が。

「知らねーよ」

テルディアスには分からなかった。

「物好きな奴がもらってくれると有難いんだけど・・・」

ちらちらとテルディアスを見ながら言うも・・・。

(妹のことになると途端にアホになるんだから・・・)

頭を抑えて考え込むテルディアスは、やはりさっぱり気付いていないのだった。













日も落ちかけ始めた夕暮れ時。家路に着くテルディアスの影が長く伸びている。

「テルディアスーーーー!!」

またテルディアスを呼ぶ声が響いた。
振り向くと、

「またお前か」
「何よその言い方」

ティアが走ってきた。
手に何か持っている。

「これ、父様からおばさまにどうぞって。北の方の果物でカルパラッツですって」

ティアが差し出した袋の中には、黄緑色の丸い果物が入っていた。
見るからに美味しそうだ。

「ああ、すまないな」

テルディアスの家は決して裕福な方ではない。そのためかこうして差し入れをもらうことがよくある。

「また私行きますからって言っといて」

しょっちゅう用事をつけては、ティアはテルディアスの家に通っていた。
テルディアスにとってはいい迷惑であったが。

「じゃね!」

軽く手を振ると、来た時と同じようにティアが走り去っていった。
その後姿を見送ると、テルディアスはまた歩を進めだした。
テルディアスの家は少し街から離れた丘の上にあった。少し急な上り坂を登り、林の中を進むと、赤い屋根のそれ程大きくはない可愛らしい家が見えてくる。家の周りも木に囲まれていたが、ある一方だけは開け、街がよく見えるようになっていた。
玄関の扉を開け、中に入る。

「ただいま・・・」
「お帰りなさいまし、テルディアス坊ちゃま」

テルディアスを待っていたのか、すぐに声がテルディアスを迎える。
家政婦のマーサだ。
小柄なマーサは背丈だけならば子供に間違えられそう・・・と言ったら本人は傷つくかもしれないが、11歳のテルディアスよりも拳一つ分ほど小さかった。ただ、その笑顔はとても柔らかく、見ているだけで安心できる。

「師匠の所から。カルパラッツとか」
「あらまあ、毎度毎度」

嬉しそうにテルディアスの差し出した袋をマーサが受け取った。

「今度お礼に伺わないとねぇ」

にこにこと袋の中をのぞき、マーサが言った。

「あっちから来ると言ってたぞ」

やはり無愛想にテルディアスが言った。ちょっと迷惑そう?
それを聞いてマーサは思った。

(ティアお嬢様だな・・・)

突っ込まないことにした。
テルディアスが家に帰ると必ずすることがある。
それは、

コンコン

扉をノックした。

「どうぞ」

中から声が応える。

「失礼します」

テルディアスが扉を開けて中に入っていった。

「お帰りなさい。テルディアス」

夕日は既に落ち、部屋の中は温かい灯りで照らされていた。その真ん中にベッドが置かれ、ベッドの上では、テルディアスの母親が座ってテルディアスを迎えた。
テルディアスの母は、昔はとても健康だったと言うが、テルディアスを生んでから体調を崩し、ほぼ寝たきりの生活だった。あまり外に出られないせいか、顔色も青白い。
その手には、紙とペンが握られていた。
それを見て一瞬、テルディアスの顔が曇る。

「ただ今・・・帰りました」

そう言って頭を下げた。

「ご苦労様でした」

帰ったら必ず母に挨拶をしに来ること。これはこの家の決まりごとだった。

「起き上がっていてよろしいのですか?」

少し心配そうにテルディアスが尋ねる。

「ええ。今日は大分いいの。少し散歩もしたのよ」

確かに今日の母の顔はいつもより赤みが差しているようにも見える。
その後、今日起きた出来事などを話し、テルディアスは、

「失礼します」

とまた頭を下げて部屋を出て、扉を閉めた。

(また手紙を書いていたのか・・・)

部屋で着替えを済ませ、いつものように一人で食事を済ませた。
あらかた片付け、部屋に戻るとベッドの上にどさっと横たわる。

「ふうっ」
(いくら手紙を出したって、今までこないもんが今更来るかよ)

いつものように母が書いている手紙に悪態をつく。
宛名は分かっている。

父親だ。

テルディアスが聞いたところによると、テルディアスの父はさる国の豪族、つまりは結構位の高いお貴族様らしい。
ある時母から少し聞いたところによれば、父と母は本当に愛し合っていたとか。
お貴族様の本当というのがどの程度なのか・・・。
結局母はただの愛人だったのだろう。
テルディアスを身篭ったことで国を追われ、この街に来たとか・・・。
詳しくはよく知らなかった。母もあまり話したがらないし、少し事情を知ってそうなマーサにも、何となく聞けない雰囲気だった。

別にそれでもいいと思っていた。今更父親のことを知ってどうしようというのか。
そんなふうに健気に父を愛し続けている母を小さな頃から見続けていたテルディアスは、いつしか馬鹿馬鹿しいと思うようになっていたのである。

『人を愛するなど馬鹿馬鹿しい』と。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

婚約破棄されたら魔法が解けました

かな
恋愛
「クロエ・ベネット。お前との婚約は破棄する。」 それは学園の卒業パーティーでの出来事だった。……やっぱり、ダメだったんだ。周りがザワザワと騒ぎ出す中、ただ1人『クロエ・ベネット』だけは冷静に事実を受け止めていた。乙女ゲームの世界に転生してから10年。国外追放を回避する為に、そして后妃となる為に努力し続けて来たその時間が無駄になった瞬間だった。そんな彼女に追い打ちをかけるかのように、王太子であるエドワード・ホワイトは聖女を新たな婚約者とすることを発表した。その後はトントン拍子にことが運び、冤罪をかけられ、ゲームのシナリオ通り国外追放になった。そして、魔物に襲われて死ぬ。……そんな運命を辿るはずだった。 「こんなことなら、転生なんてしたくなかった。元の世界に戻りたい……」 あろうことか、最後の願いとしてそう思った瞬間に、全身が光り出したのだ。そして気がつくと、なんと前世の姿に戻っていた!しかもそれを第二王子であるアルベルトに見られていて……。 「……まさかこんなことになるなんてね。……それでどうする?あの2人復讐でもしちゃう?今の君なら、それができるよ。」 死を覚悟した絶望から転生特典を得た主人公の大逆転溺愛ラブストーリー! ※最初の5話は毎日18時に投稿、それ以降は毎週土曜日の18時に投稿する予定です

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

冷宮の人形姫

りーさん
ファンタジー
冷宮に閉じ込められて育てられた姫がいた。父親である皇帝には関心を持たれず、少しの使用人と母親と共に育ってきた。 幼少の頃からの虐待により、感情を表に出せなくなった姫は、5歳になった時に母親が亡くなった。そんな時、皇帝が姫を迎えに来た。 ※すみません、完全にファンタジーになりそうなので、ファンタジーにしますね。 ※皇帝のミドルネームを、イント→レントに変えます。(第一皇妃のミドルネームと被りそうなので) そして、レンド→レクトに変えます。(皇帝のミドルネームと似てしまうため)変わってないよというところがあれば教えてください。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

婚約破棄の後始末 ~息子よ、貴様何をしてくれってんだ! 

タヌキ汁
ファンタジー
 国一番の権勢を誇る公爵家の令嬢と政略結婚が決められていた王子。だが政略結婚を嫌がり、自分の好き相手と結婚する為に取り巻き達と共に、公爵令嬢に冤罪をかけ婚約破棄をしてしまう、それが国を揺るがすことになるとも思わずに。  これは馬鹿なことをやらかした息子を持つ父親達の嘆きの物語である。

【本編完結】さようなら、そしてどうかお幸せに ~彼女の選んだ決断

Hinaki
ファンタジー
16歳の侯爵令嬢エルネスティーネには結婚目前に控えた婚約者がいる。 23歳の公爵家当主ジークヴァルト。 年上の婚約者には気付けば幼いエルネスティーネよりも年齢も近く、彼女よりも女性らしい色香を纏った女友達が常にジークヴァルトの傍にいた。 ただの女友達だと彼は言う。 だが偶然エルネスティーネは知ってしまった。 彼らが友人ではなく想い合う関係である事を……。 また政略目的で結ばれたエルネスティーネを疎ましく思っていると、ジークヴァルトは恋人へ告げていた。 エルネスティーネとジークヴァルトの婚姻は王命。 覆す事は出来ない。 溝が深まりつつも結婚二日前に侯爵邸へ呼び出されたエルネスティーネ。 そこで彼女は彼の私室……寝室より聞こえてくるのは悍ましい獣にも似た二人の声。 二人がいた場所は二日後には夫婦となるであろうエルネスティーネとジークヴァルトの為の寝室。 これ見よがしに少し開け放たれた扉より垣間見える寝台で絡み合う二人の姿と勝ち誇る彼女の艶笑。 エルネスティーネは限界だった。 一晩悩んだ結果彼女の選んだ道は翌日愛するジークヴァルトへ晴れやかな笑顔で挨拶すると共にバルコニーより身を投げる事。 初めて愛した男を憎らしく思う以上に彼を心から愛していた。 だから愛する男の前で死を選ぶ。 永遠に私を忘れないで、でも愛する貴方には幸せになって欲しい。 矛盾した想いを抱え彼女は今――――。 長い間スランプ状態でしたが自分の中の性と生、人間と神、ずっと前からもやもやしていたものが一応の答えを導き出し、この物語を始める事にしました。 センシティブな所へ触れるかもしれません。 これはあくまで私の考え、思想なのでそこの所はどうかご容赦して下さいませ。

処理中です...