もらったもの

小笠原慎二

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盗んだもの

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「お、これ鍵付いてねえや」

軽い気持ちだった。ちょっと借りる。そんな言い訳をしつつ、駅前に置いてある自転車の1つに目を付けた。
鍵の付いていないその自転車に跨がり、漕ぎ始めた。誰も他人の自転車に跨がっているなどとは思いもしないだろう。
もちろん家まで乗っていくわけはない。途中で捨てていくつもりだ。やはり一応バレては困るという認識くらいは持っている。
家に近づき、途中の空き地にその自転車を置いて歩いて帰った。後の事は誰かがどうにかするだろう。そういう世の中だ。

「ただいまっと」

今年大学生となり、念願の一人暮らしが始まった。しかし家事などほとんど出来ない俺。時折母親がやって来て溜まった洗濯物を片付けてくれたり部屋の掃除をしてくれたりする。食事だけは小遣いも限りがあるので、多少の自炊はしていた。
しかしこのアパートの良い所は、歩いて5分の所にコンビニがあるという所だろう。今日もコンビニでいいやと買って来た。
部屋の電気を点け、テーブルに弁当を広げて食べ始める。
先週から始めたばかりのファミレスでのバイト。時給はそこそこ。覚えることがまだまだ山積みで大変だが、一緒に働いている山根明里ちゃんという同い年の女の子が可愛いので楽しい。
おっと、俺の自己紹介がまだだった。俺は大場博人。18歳。バイクの免許を取りたいのでバイトを始めたばかりである。
あそこの職場を選んだのは学校から近いのと、たまたま行った時に明里ちゃんに出会い、可愛いなと思ったことである。不純でも何とでも言え。それがモチベーションになっているなら良いことだろう。

「と、茶…」

食べることにかまけて飲み物を忘れていた。麦茶など作り置きしてあるわけもないが、母親が水出し出来る緑茶のパックをいくつか置いておいてくれている。有り難い。

ガン!

「て!」

立ち上がった拍子にテーブルの脚に小指をぶつける。地味に痛い。

「ちきしょう~…」

しばし痛みと格闘した後、なんとか茶を入れてくる。と言っても水にパックを入れただけだが。

「なんでぶつけたかな~?」

暮らし初めて実は半年は経つこの部屋。今までにぶつけたことはないのに何故今回に限って。

「疲れか」

きっとそうだな。初めての事ばかりが続いてきっと疲れてるんだ。
弁当をかっ込むとさっさと風呂に入り、ベッドに潜り込んだ。











「う…」

なんとなく寝苦しさを感じて目が覚める。
あれ? 体が動かない。これって金縛りって奴か?
横向きになった体勢。扉を開け放して眠っていただろうか。玄関がよく見える。

「?」

なんか、玄関に黒い物があるような…。

「!」

目を凝らすと、玄関先に人型の黒い物が立っているように見えた。
それが、こちらを見つめているように見えた。



気付くと朝だった。
寝惚けていたのか、いつも閉めている扉を開けたまま寝てしまっていたらしい。あれが夢なのかよく分からないが、確かこの部屋そういう物件では無かったはず…。

「夢だな、夢!」

疲れから見た幻覚だろう。そう思うことにした。
今日は土曜日。学校はないから朝から明里ちゃんと会える!
ウキウキしながら職場に向かった。

「おはようございま~す」
「おはよう…! ございます…」

振り向いた明里ちゃんの顔が青ざめた。

「? どうしたの?」
「い、いえ! なんでも! さ、仕事仕事…」

なんとなく不自然に明里ちゃんが遠ざかって行く。
俺、何かしたかな?
その日の仕事はさんざんだった。注文は間違える。皿を盛大に割ってしまう。料理は零すしお客様に間違えて体当たりかましてしまうし…。

「すいません! すいません!」

とにかく謝りまくりだった。
なんてついてない日なんだろう。

「お疲れさまです…」
「お疲れさまです!」

俺が上がろうとすると明里ちゃんはすでに着替え終わったのか、さっさと事務所から出て行ってしまった。
明里ちゃんにもなんだか距離を取られているし。
なんだか良いことがない1日だった。






その日の夜も夢を見た。
玄関先に黒い人影。
それが一歩部屋の中に入ってきている。
そして気付くと朝になっていて、昨夜ちゃんと閉めたことを確認した扉は開かれていた。










その後も俺はついていなかった。
大事なレポートは失くすし、必要な講義を忘れるし、なんだか友達とも訳も分からずギスギスし始めた。
なんとなく友人達とは距離が出来、学校も面白くなくなり休校することが多くなっていった。部屋でゴロゴロしていると食欲も湧かなくなり、どうせ金もないしと食事を抜くことも増えた。
そして、毎晩あの夢を見る。
あの黒い影が玄関から少しずつだが、ゆっくりと俺に近づいて来ている。
夢なのに、夢なのになんだかとてつもなく怖い。
もうあの影は部屋の前まで来ている。このまま近づかれたら、俺のベッドまで来たら、どうなってしまうんだろう。
毎晩きちんと扉を閉めたかどうかチェックして寝ているのだが、何故か朝になると開いている。
俺の頭に「心霊現象」という言葉が浮かぶ。
これが、そうなのか? だとしたら誰かに相談した方が良いのか? かといって誰に?
分からないままに時は過ぎる。

「あんた、ちゃんと食べてるの?」

母親に心配される。暇があれば寝ているだけの俺は、だいぶやつれてきているらしい。

「食べてるよ」

そう言わないとうるさいからな。
バイトだけは行っていた。明里ちゃんに会いたい一心で。恋心だけは元気だった。しかし俺の顔色を見て店長が難色を示す。

「大場、大丈夫か? 顔色、というか全体的にげっそりして来てるが…」
「大丈夫っす」

それしか言えないじゃないか。休んだら、明里ちゃんにも会えなくなっちゃうし…。
明里ちゃんは心配そうな顔をしながらも、やはり俺から一定の距離を置いている。やっぱり嫌われちゃったのかなぁ…? 俺、なんかしたっけかなぁ?

「大場、君」

仕事終わり、なんだか久しぶりに明里ちゃんから話しかけられた。

「な、何?」

嬉しくて思わず声が裏返る。あ、やべ、嬉しすぎて涙出そう。

「そ、その、少し…、話せるかな?」

微妙に視線をずらしながら、明里ちゃんが言ってきた。

「話せます! 話せます! 時間はたっぷりあります!」

この思わせぶり…。もしかして、告白、とか?
ウキウキしながら着替えを終わらせ、明里ちゃんが待っている裏口へと急いだ。

「お待たせ」
「う、うん」

相変わらず視線を合わせてくれない。どうにも照れているから、というわけでもなさそうなのが気になる。
一緒に歩き始める。駅までは一緒だ。前は帰りが合うと一緒に帰ったりもしていたのだが、近頃は何故かさっさと明里ちゃんが帰ってしまうので一緒に帰る事もなかった。
そして今も、なんだか、一歩、距離がある。遠いな、この距離…。
あれ? 嫌われてる? となると告白じゃなくて「ストーカーはやめて」とかあらぬ誤解をされているとか? いやしかし、まだ彼女の家も知らないんだが?
何の話しなのかと内心ドキドキしつつ、なかなか話しだそうとしない彼女にヤキモキしつつ、俺達は黙って歩いていた。

「あ、あの!」

明里ちゃんが勇気を出して、という感じで声を出す。

「あたし、実は…その…」
その、なんだろう。ドキドキしながら次の言葉を待つ。

「視える人、なの」
「え?」

見える? 何を?

「だから、その…、この数日、大場君が…」

俺が?

「どこでその黒い人を拾ったのかって…。ちょっと心配してて…」

明里ちゃんの言葉に、俺の背筋は凍った。
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