異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

噂を流そう

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街を出て、人が少ない所を目指す。

「また夜になるのを待って、クレナイに頼むしかないか」

皆で一緒に密入国状態になっているので、このまま国境を通るのは怖い物がある。
そしらぬ顔で、クレナイの背に乗って、夜の闇に紛れて国境を越えてしまえば大丈夫だろう考える。しかし、

「いや、昼間のうちにできるだけこの国の隅々までクレナイ殿に飛んで貰って、山脈を越えて戻ろう」

とクロさん。

「いや、ドラゴンが飛んでたら大騒ぎになるでしょうが」
「それが狙いだの」

何を狙ってるんだ。

「王都に戻ったら、ギルドマスターに相談して、とある噂を流してもらう。その時に信憑性を持たせる為に、クレナイ殿に飛んでもらわなければならんの」
「ほう、どんな噂?」
「こういう噂だの」

・・・・・・。

「それって…。似たような話を昔なんかのドラマで見た気がする」
「良い案だとは思わぬか?」
「・・・。う~ん、面白そうではあるけど、上手く行くのかしら?」
「その噂を流すと、どうなるのじゃ?」
「まあ、上手く行けば、この国から人がいなくなる」
「人がいなくなる?」
「動ける者はこの国から逃げ出すだろう。動けぬ者は、希望を見いだせなくなり活力がなくなる。結局国とは、人がいて成り立つ物であるからの。人がいなくなれば、動かなくなれば、徐々に滅んでいくしかなくなるものよ」

結構怖い事言ってるよ?

「ということで、クレナイ殿、よろしく頼むのだの」
「うむ! 任せるのじゃ!」

人気のない、少し広い場所に来て、クレナイがドラゴンの姿に変わる。
またえっちらおっちらクレナイの背に登頂して、シロガネに結界を張ってもらって、クレナイに飛んで貰う。
まずは、あのおでこさんのいた街から。
見せつけるように街の上を2周して、それから道沿いに街々を巡り、帝国の各都市でクレナイの姿を見せつけるように飛び回った。

しかし、

「シロガネの背から見る景色とはまた違う味わいがあるね~」

飛んでる私達は楽しい空の旅を楽しんでいた。

「夜は星空が美しかったですが、昼は広がる森や山々が綺麗ですね~」

コハクも楽しんでいるようだ。

「ハヤテよりはやい~」
「そうなんだ~。まあ、クレナイだからね~」
「あい」

シロガネの時とは違い、街の上空をゆっくり回る時はともかく、移動はかなり早い。景色が左から右にまさに流れていく。

「我も、本気を出せばこれくらい…」
「出さなくていいから、シロガネ。変な所で張り合わないで。シロガネは安全運転でいいのよ」
「うむ! 主の為に安全運転なのである!」

シロガネちょろい。
帝都らしき街の上空もこれ見よがしに飛び回り、大体見せつけたところで、東にそびえる山脈を目指す。

「うふふ。妾も昼間にこんなのびのび飛べるのは気持ちいいのじゃ」

クレナイも楽しそうで良かったね。でも、ドラゴンの姿だと、重低音…。

高い山並みも軽々飛び越え、寒かろう高い所も、シロガネの結界のおかげで気温も気圧も変わる事なく、そびえる山並みを歓声を上げて下に見て飛び越え、あっという間にマメダ王国に帰ってきた。
さすがにこの先はクレナイのドラゴン姿で飛び回る事も出来ないので、人影のない山裾で地面に降りて、シロガネと交代。陽が暮れる直前までシロガネに飛んで貰い、陽が暮れた後は再びクレナイの背に乗り、あっという間にマメダ王国の王都の近くに。

なんて便利。

その日は遅くなったけど野宿して、次の日早めに、私にとっては早い時間に起きて支度して、早々に街へと入った。真っ直ぐギルドへ向かい、人が少なくなり始めているギルドの扉を開けると、

「ああ! 帰って来ました! ヤエコさんです!」

誰が発したか、ギルド内に声が響き渡った。
視線が集まる。
とカウンターの向こうから受付のお姉さんの1人がズカズカと凄い勢いでやって来て、

「どこに行ってたんですか! 心配していたんですよ!」

怒られた。
あれ?ギルドマスターに一応断って行ったはずなんだけどなぁ?














いつものように奥に通されて、今まで何処で何をしていたんだと詰問される。
いえいえ、私はナットーの街に戻ると言いましたよと反論。
そこで話を突き詰めていくと、どうやらギルドマスターはナットーの街に戻ると言っても、その日のうちにではなく、また後日の事になると思っていたらしい。それなのに私達が夕方に街を出て、幾日経っても戻ってこないので、何かあったのかと心配していたらしい。

なんか、すんません。

その後、ギルドマスター達が落ち着いた頃、それまでにあった経緯を話したら、また怒られた。

いきなり馬車に乗るとは何事だとか、警戒心がなさ過ぎだとか、隣国に行って屋敷を破壊するなとか…。

散々怒った後は、ギルドマスターのオンユさんと、一緒に付いてきていた凜とした受付のお姉さんがげんなりとなって頭を抱えた。

「もう少し、色々自覚を持ってくれ…」

オンユさんが力なく発言。
そして、一段落した後。

クロに言われていた事を、2人に相談した。こういう噂を出来るだけ早めに隣国とその周辺に流せないかと。ついでに、王国で流れてきた人を受け入れる場所なんかを作ってはどうかと。
オンユさんの目が輝いた。早速動いてくれる事になった。受付のお姉さんも話を聞いて、噂を流す当てがあると息巻いた。

「帝国はね…。色々あってね…」
「帝国を潰せるかもしれないなんて…。そんな面白い話…」

2人共黒い笑顔になっていたよ。そんなに帝国って嫌われてたの?














それから数日後。
帝国内部とその周辺で、とある噂が流れ始めた。
帝国がドラゴン持ちの従魔師に喧嘩を売り、従魔師がその喧嘩を買ったと。準備が出来次第、その従魔師がドラゴンをけしかけて、帝国を滅ぼそうとしていると。
噂は瞬く間に広がり、帝国内部ではドラゴンが飛行しているのを目撃されている事もあり、その噂が真実であると人々は信じた。

そして、素早い者、冒険者や他国に店を構えている者、流れの者などがいち早く帝国から脱出していった。なにせ、その従魔師の準備とやらがどれくらいの期間なのかはハッキリ分からないからだ。
そして、なんとか動ける者が後に続いた。出来るだけ財産を持ち、新天地を求めて旅立っていった。
農村でも、一部の者は早めに見切りを付け、帝国から去って行った。
どうしても動けない者は、我が身の不幸を呪いながら、いつ来るともしれない破滅の日を恐ろしい思いで待ち続けた。

そして、一部の貴族も、我が身可愛さに逃げ出す者が出て来た。
色々言い訳しながら、諸国で体を休めるのだとか、ちょっと旅に出るとか。
一部の領民がそんな貴族に憤慨して、屋敷を襲ったなどとの話も出て来た。

帝国からどんどん人が出て行き、あれほどに栄えていた帝都も、ほとんどの商業施設が閉まり、賑わいはなくなり、どこか寂れた空気を醸し出し始めた。
最初は返り討ちにしてやろうと頑張っていた帝国も、どんどん人がいなくなっていく惨状を見て、最初の意気込みもだんだんと消えて行った。
民がいなければ、人がいなくなれば経済は回らない。物資の仕入れも難しくなっていく。
頑張っていた帝国も、さすがに寂れて行く帝都に焦りを感じたのか、はたまたこの事態の真の意味に気付いたのか。

しばらく経った後、マメダ王国に連絡を取り、正式にドラゴン持ちの従魔師に謝罪する旨を発表。
堅苦しい場を嫌う従魔師に合わせ、出来るだけフランクな場を用意し、正式に謝罪した。
ドラゴン持ちの従魔師はこれを受け、以降危害を加えられなければ決して手は出さないと約束。
こうして、帝国とドラゴン持ちの従魔師の争いは幕を閉じた。

しかし、人がいなくなった帝国が持ち直すのは、かなりの時間を要する事となってしまったのだった。
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