異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

自由だよ1日

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冒険者クリュエは面白くなかった。

クリュエは先日やっとCランクに上がった、それなりに実力のある冒険者だ。
それなのに、それなのにだ。昨日討伐から帰ってみたら、いきなりCランクに上がった連中が出て来た。どんな奴らかと見てみたら、なんの武器も持たない、どこかの有閑貴族か商人かのような連中。
あの査定に厳しい「鬼のウルグ」が認めたと言う話で、大半の者が真偽を疑っている。

どんなに実力があろうとも、余程の事がない限りは上がってもDランクからだ。そりゃ、登録する前にすでに高い功績をあげているなどなら話は別だが、そういう話なら事前に話題に上るはずである。
どんな汚い手を連中が使ったのかと、今密かに囁かれている。
あの「鬼のウルグ」を騙せるほどの何か。はたまた弱みでも握ったのか。ほとんどの者がそう考えていた。

クリュエもその1人だ。あんな珍道中みたいな連中にあっという間に追いつかれたなどと面白くもない。
やっとだ。やっとCランクになれたのだ。その苦労を嘲笑われているように感じた。
昨日の討伐でちょっと疲れたので、今日は休みにしたのだが、部屋で寝ていても面白くないので、街をぶらついていた。

すると目の前を、あの一行でも目を引く、赤い髪の女性が、大量の屋台の食べ物を抱えて通り過ぎて行った。

あの細身のどこに?

ふとそんなことを考えてしまっていた。それほどに抱えている量が半端ではなかった。
いや、他にも連れがいたのだ。その連中の分かもしれない。そう考えた方が自然だ。
なんとなく、その女性の後をつける形になる。意識しているわけではないが、なんとなく足が向かう。

赤髪の女性は、その手に持つ色々を食べつつ、見かけた屋台に寄ってはまた買って、それを食べつつまた寄って買ってを繰り返していた。
荷物は減ったり増えたりを繰り返す。しかし、先程見かけてからかなりの量を食べているのだが…。

後をつけつつ、自分はどうしてつけているのかとも考えていた。
別に関わる必要はない。もし本当に実力があるなら、Cランクだって妥当なのだ。
だがしかし、どこかで煮え切らない自分がいる。モヤモヤしながら、女性の後をつけていく。

すると、女性がふいに横道に逸れた。
迷ったが、そのままつけて行くことにする。どうしようというのか、自分でも分からない。
人気のない道を女性が歩いて行く。この先はあまり治安のよくない場所だ。
注意しようか迷うが、女性に実力があるならそんなことの必要ない。
様子を見てどうするか考えることにし、先程より慎重に後をついて行った。

と、途中で女性が足を止めた。

「さて、この辺りでいいじゃろう」

気付かれていたか?!
焦るが、後をつけていたのは事実。悪気はなかったと弁明しようとしたその時。

「よお、クリュエもか?」

後ろから声を掛けられ、驚きを隠しつつ振り向いた。
そこにいたのは馴染みの冒険者パーティー。Cに近いと言われるDランク冒険者達だった。

「お前ら、なんで…?」
「お前と同じさ」

何が同じなのか分からないが、自分の後ろにいたことに気付かなかったことにショックだった。どれだけ女性に気を取られていたのか。

「あのウルグさんが認めたっつーパーティーの姉ちゃんだろ? 少し付き合ってもらいたくてなぁ」

下卑た笑い声を上げながら、無防備に女性に近づいていく。
どうやらこの連中は認めない派の過激派連中らしい。実力行使に来たのだろう。

「お、おい、俺はそんな事じゃないぞ…」
「何言ってるんだ。だったらなんでつけてた」

それに関しては何も言えない。なんとなくつけていたなどと理由にならない。

「まあまあ、お前も少しは楽しみたいだろう?」
「お、俺は…そんな!」

確かに女性は王都でも滅多に見ない美人である。キモノという珍しい服が良く似合っているし、それでも隠しきれない体の線がなんとも魅力的ではある。
だがしかし、乱暴を働こうと思っていたわけではない。

「なんだ? ここまでつけてきたくせに、何びびってんだ?」
「そうじゃない!」

自分はやましいことは考えていない、そう言いたかったが、なら何故つけていたのかと聞かれたら何も言い返せない。

「ちょ~っと聞きたい事とかあるんだ。来て貰えるかな?」

男の1人が女性の肩に手を掛けようとして、飛んだ。

「「「「「「は?」」」」」」

飛ばされた者も、それを見ていた者も、訳が分からず声を上げた。

どっしゃん!

積んであった生ゴミの山に、男が頭から突っ込んでいった。
あれは後で相当臭くなるだろう。

「な、何を…」

残った4人のうちの1人が問いかけるも、

「ふん。雑魚が。妾に触れるでないわ」

触られかけた肩を、さも汚そうに手で払う女性。
そこでクリュエは気付いた。女性が手に持っていた荷物が、ほとんどなくなっていることに。
え?食べきったの?あの量を?
1人違う方向に頭を混乱させていた。

「このアマ、大人しく…」

女性に手を伸ばした男が、また飛んだ。

「「「「は?」」」」

そして、先程の男の後を追うように、生ゴミの山に突っ込んでいった。

「な、何をした?!」

パーティーのリーダーの男が声を荒げた。
女性が何をしたのか、どうして仲間が飛んだのか、さっぱり分からない。

「ふ。妾が何をしたかも分からぬのなら、其方らはその程度ということじゃ。今ならまだ見逃してやるが? 去らぬか? はっきり言って雑魚の相手なんぞしたくもないのじゃが」

はっきり男達を雑魚と言い切った。

「こ、この女!」

男達が束になって女性に襲いかかる。

だがしかし。

クリュエは見ていたが、やはり何が起きたか分からなかった。
男達は仲良く宙を飛び、やはり仲良くゴミ箱に突っ込んでいった。

「して、其方は何用じゃ?」

残ったクリュエに、女性が話しかけてきた。

「え?! え、俺…、俺は…」

なんと答えたら良いのか、どもるクリュエ。
それを見てふと笑みを浮かべる女性。クリュエの胸が高鳴った。

「ふ、其方からは害意を感じぬ故、見逃してやろう。女子《おなご》の後をつけるのも、ほどほどにせいよ」

そう言って、女性は来た道を戻って行った。
それをぼんやりクリュエは見送った。
気付けば、モヤモヤはきれいさっぱりなくなっていた。














湿ったカビ臭い臭い。冷たい石の床の感触。何かを思いだしそうになったが、ズキリと頭が痛み、考えが飛んだ。
薄く目を開けると、目の前によく眠っているハヤテの顔。
周りを見渡してみれば、知らない場所。
複数の子供達と一緒に、牢屋のような場所に入っていた。
子供達の顔は一様に暗く、泣いている子も見えた。

体を起こし、現状の確認。持ち物、買ったクッキーがなくなっている。どこかで落としたか、誰かに取られたか。ポケットに入れていた金貨もなくなっている。
場所は知らない場所。鉄格子の向こうに、暇そうに座っている男が1人。見張りだろう。

誘拐された。

コハクは確信する。
身体検査もされたのだろう。耳つき帽子がなくなって、ご主人様が可愛いと褒めてくれた耳がぴょこんと立っている。
獣人の耳など汚らわしいと蔑む目で見る人が多いのに、今のご主人様はまったく変わっていらっしゃる。
部屋の中を見回すが、帽子の影も形もない。
あれはご主人様が似合うと言って買ってくれた大事な物だ。絶対に取り戻すと決める。もしなかったら…。その先は容赦しない。

暗い目でこちらを見てくる少年少女。もう諦めきってしまっているのだろう。
自分より幼い子供が多い。もしかしたら、年齢を間違えて拐われたのかもしれないと思う。ご主人様にも、もっと食べて肉をつけろと言われているし。
しかし、身体検査をしたなら、自分は奴隷紋がある。誰かの所有物であることは分かったはずだ。奴隷に関してはきちんとした法律が定められている。盗んだと分かればそれなりに重い罰を受けるはず。何故自分だけ解放されなかったのか首を傾げるが分かりっこない。
とにかく、なんとか帰る為には、ハヤテの力が必要だ。

「ハヤテ、ハヤテ。起きなさい」
「むう…。おねえたん?」

目を擦りながら、ハヤテが起きた。
ふと気付く。あれ?ハヤテ、元の姿に戻っていない。
うまく制御出来るようになったのだろうか。まあ今はそれはどうでもいい。

「ここ、どこ?」

ハヤテが周りを見渡し、問いかけてくる。

「分かりません。ただ、私達は攫われてここにいるということは分かっています。
「さわわれて?」
「攫われたんです。このままここにいると、2度とご主人様に会うことは出来なくなりますよ」
「え…?」

ハヤテの顔が曇った。

ご主人様の従魔達は、ご主人様が大好きだ。端で見ていて丸わかりだ。

皆でご主人様の気を引こうと、色々一生懸命だ。
そんな従魔達は、見ていて面白かった。最強のドラゴンがご主人様に甘えたくてうずうずしていたり、高潔なはずのペガサスが、髪を梳いて貰いたくてブラシを持って側で立って待っていたり。妖精のリンちゃんは、人型になるとご主人様と手を繋げないから頭の上に乗っているらしいし。グリフォンのハヤテも何かにつけてご主人様にべったり。
ご主人様も皆を従魔というより、ペットに近い感覚で接している気がする。

クロさんの影響も少なからずあると思うが…。

それにご主人様は、自分にも優しい。奴隷だというのに仕事を与えないとか、一緒にご飯を食べるとか、一緒のお風呂に入るとか、綺麗な服を買ってくれたりとか、フカフカのベッドで寝かせてくれたりとか…。自分が奴隷だと言うことを忘れそうになるほどに、ご主人様は甘い。
いや、そんなことを考えている場合ではない。

「ハヤテ、かえるー!」

ご主人様に会えないと分かったハヤテが立ち上がり、ずんずん鉄格子に向かって行く。

「あ、ハヤテ、待って…」

考え事をしていて、遅かった。
ハヤテが鉄格子を握ると、

「やあ!」

かけ声一発。鉄格子がぐにりと曲がり、小さい子なら余裕で抜けられる隙間が出来た。
それを見て、唖然となる一同。
檻から出て、そのまま目の前の階段を行こうとするハヤテに、

「は! こ、この…」

見張り役の男が迫った。

パン

いい音がすると同時に男が吹っ飛び、壁にぶち当たって動かなくなった。
唖然となる子供達。
そして、ハヤテがトコトコ行きそうになった所に、

「ハヤテ! 待ちなさい! まだ行ってはいけません!」
「う?」

コハクのストップがかかった。
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