異世界は黒猫と共に

小笠原慎二

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黒猫と共に迷い込む

それぞれの証言

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証言1
私は先頭の荷馬車に乗っていました。
緩やかなカーブを抜けていくと、その先に男達が立っているのが見えました。
男達の服装はみすぼらしい物。
嫌な予感がしました。

護衛を頼んでいた冒険者達も気付いて後ろへ合図を送りました。
男達から大分距離を取って、馬車を止めました。
冒険者のリーダーのクィドという青年が、道を塞ぐように立っている男達へ話しかけました。
男達は盗賊の決まり文句、「金目の物は全て置いてけ」と言いました。
今荷馬車に乗っている商品を全て取られてはたまりません。
ここは雇った冒険者達を信じて、見守るしかありません。

盗賊達は4人、先頭の荷馬車に乗っていた冒険者は3人。なんとかなりそうな気がしました。

「後ろからも来てるよ!」

そんな声が聞こえてきました。やはり挟み撃ちにするようです。
剣士のクィドが切り込んでいき、僧侶の女性も体術が使えるのか、1人を相手にし始めました。弓士の男性がその2人の援護に入ります。

これなら大丈夫だろうと安堵した所に、森の中から矢が飛んできて、僧侶の女性に掠めました。
それに気を取られた女性が盗賊に倒されそうになり、それを助けようとした剣士が、それまで相手にしていた盗賊達から手痛い一撃をくらい、形勢が悪くなっていきました。
弓士の男性がフォローに入ろうとするも、森の中からの矢がそれを邪魔します。
私は荷台から震えながらそれを見ていました。
ダメかもしれない。そう思った時。

馬のいななきが聞こえ、突如、盗賊達が何かに押されたかのように地面に転がりました。
そこに現われたのが、あの美しいペガサスです。
ペガサスが翼を羽ばたかせると、森の中で何かが落ちる音がしました。
きっと木の上に上っていた射手を風の魔法で落としたのでしょう。

そしてペガサスは風を纏ったまま、盗賊達に向かって走って行きました。
馬に蹴られたらたまりません。盗賊達も必死に逃げようとしますが、馬の足に敵うはずもなく、盗賊達は文字通り蹴散らされていきました。
森の中も走り抜け、1人の盗賊を咥えて出て来ました。
盗賊達が気を失うと、もう一度いななき、そのまま後ろの荷馬車へと戻って行ってしまいました。
きっとあの女性の主の元へ戻ったのでしょう。

しかし、さすが伝説の聖獣と呼ばれるペガサスです。
あの美しさ、気高さ、走る姿の神々しさ。それを目に出来て私は何と果報者なのでしょうか。







証言2
私は一番後ろの荷馬車に乗っていました。
前から盗賊が出たとの合図が来て、前の馬車に続いて馬車を止めました。
なんとかやり過ごせたらいいなと考えていたら、

「後ろからも来てるよ!」

この荷馬車に乗っていた女性の冒険者が声を張り上げました。
体格のいい戦士の男が前に立ち、魔術師の女性がその後ろに立ちました。
盗賊は3人のようです。

これならなんとかなるのではないかと、荷馬車の影から見ておりますと、戦いが始まりました。
戦士の男が突っ込んでいき、盗賊2人を相手にします。
1人は後ろに控えて、杖を振り上げています。どうやら魔術師があちらにもいたようです。
冒険者の女性も杖を翳し、魔力を練り、ファイヤーボールを打ち出しました。
あちらはウォーターボールを打ち出し、相殺されました。

そのまま何度か打ち合っていると、相殺しきれなかった炎の欠片が、運悪く戦士の方に当たってしまったのです。
その隙を突いて戦士は倒され、魔術師の女性も術が間に合わず男達に押さえ込まれそうになったその時、

「クアー!」

甲高い鳥の声が聞こえたかと思うと、幾つものファイヤーボールが飛んできて、辺りが爆炎に包まれました。
何事かと見上げると、そこにはあのグリフォン。なんと勇壮な姿でしょう。
怯んだ盗賊達を、上空からその鋭い爪や牙で何度も攻撃し、盗賊達を行動不能にしてしまいました。
盗賊達が動かなくなると、誇らしそうに前の馬車に戻って行ってしまいました。
さすがは獰猛と恐れられるグリフォンです。味方になるとこんなに心強いことはないでしょう。









証言3
私は真ん中の荷馬車に乗っておりました。
前の馬車から盗賊が出たとの合図を受け、前の馬車に続いて静かに馬車を止めました。
少しすると剣戟の音が聞こえ始め、

「後ろからも来てるよ!」

と後方から声が飛んできました。
どうやら挟み撃ちにされたようです。
でも今回雇った冒険者さん方は、頼りになりそうな方達だったので、私は大丈夫ではなかろうかと思っていました。

ちょっと不安なのは、私の馬車に付いている冒険者さん。
立派な従魔を3頭も連れた、本人はひ弱そうな女性の冒険者さんです。
ペガサスが前に駆けて行くのが見え、後ろにも少し遅れてグリフォンが来たことが分かりました。
前と後ろの助勢にでも行ったのかと思いました。

その時です。

横の森の中から、3人の盗賊達が飛び出して来ました。

「ひいっ!」

女性の小さな悲鳴が聞こえました。
やはり頼りにならなそうだと落胆し、ここでもうダメかもしれないと思いました。
女性が小さなナイフを一生懸命構えています。あんなナイフでどう立ち向かうというのでしょう。

ところが、

「うああああ?!」

盗賊達がツタに足を取られ、逆さまの宙づりになっているではありませんか。
女性を見ると、女性も呆気にとられていました。
その頭の上から緑の優しい光を放つ者が降りて行きます。
どうやら、あの妖精がやってくれたようです。
女性はへたり込んでしまいましたけれど。

少しすると、盗賊達も諦めたのか、気が抜けたように大人しくなりました。
その後、妖精がツタで盗賊達を縛ってくれました。なんと便利な力なのでしょう。
攻守に優れ、しかも妖精は癒やしの力に特に秀でていると聞きます。しかもあの可愛らしさ。
従魔にするなら是非とも妖精を従魔にしたいものです。











証言4
俺達はいつも通り獲物を見つけた。
ペガサスがいるとの情報も入ったが、どうせまやかしか張りぼてか。
何処かの街でペガサスを従魔にした冒険者が出たとか聞いたが、あれにはグリフォンも一緒だと聞いている。
見ればグリフォンはいない。つまり偽物だ。

手はず通りに配置し、奴らが来たら一網打尽。前後から襲い、油断した所を横手から襲う。
この手法で今まで上手くやって来た。
ちょっと厄介そうなのは先頭の荷馬車の剣士風の男か。それは俺が相手しよう。
準備が整い、やつらがやって来た。

話し合いなどで済むわけもなく、すぐに剣と剣を合わせ始める。
なかなか手強かった相手も、一瞬の隙を突いて態勢を崩した。あとはなし崩しだ。

そう思った時。

馬のいななきが聞こえ、俺達は風に押され、地面に転がされた。
何かと思って見上げると、そこには翼の生えた白い馬。

まさか、ペガサス、本物なのか?

疑問に思ったその目の端に、空を飛んでくる茶色い影を捕らえた。
あれは、グリフォン…。
俺達は手を出してはいけない相手に手を出してしまったことに気付いた。

慌てて撤退しようとしたが、馬が風を纏いながら駆けてくる。
馬に蹴られたらたまったものじゃないが、そこに風の力が加わると、それこそ死んでしまうかもしれない。
全力で逃げるも、すぐに追いつかれてしまい、何度も馬に轢かれた。

何度轢かれたか、気がつくと、俺は暗闇に立っていた。
そこには馬も馬車も部下達もいなくなっており、1人でポツンとそこに立っていた。
前も後ろも右も左も全て闇。
自分の体は何故かハッキリ見えるが、それ以外は何も見えなかった。

いつの間にそんな所に来たのか覚えておらず、とにかく何かないかと歩き始めた。
しかし、行けども行けども壁も果てもなく、同じ闇が広がるばかり。
前がダメなら横にでもと歩いて行くが、やはり端は見つからない。

そればかりか、いつからか、背後から何かが迫ってくるような、恐怖を感じ始めていた。
振り向いても何も見えない。音がするわけでもない。
だが、何故だろう、そこに何かいる感じがする。
歩きが早歩きになり、小走りになり、ついには走り始める。

ところがそれはどんどん迫ってきており、追いつかれそうになる。
必死に走り続けた。
足を止めたらそれに掴まってしまう。
恐怖で何度も足がもつれ、転んでしまうこともあった。すぐさま起き上がり、また走り出す。
疲れて、喉が渇いて、休みたくても、後ろからそれが迫ってくる。
訳が分からない恐怖に苛まされ、足を止めることも出来ない。
どこまでも広がる闇。どこまでも広がる空間。どこまでも追ってくる何か。

気が狂いそうになり、声を上げて走った。
助けてと叫んでも誰もいない。誰も答えない。
走り疲れ、とうとう動けなくなる。それでも這って進んだ。
それが追ってくる。止まったら追いつかれる。
その恐怖故に。

どれくらいそれから逃げ回っていたのだろう。
時間の感覚も分からなくなり、何処へ向かっているかも分からない。
ただ恐怖に駆られ、前へ進んでいる。
と、ふと気付くと、前方に、金に光る何かが見えた。
丸い満月の、中を満月より少し小さな黒丸がくり抜いているような、金の環のようなもの。
それが2つ。

目だ。

直感でそう思った。
誰かがこちらを見ている。
金の瞳が細められ、声が聞こえてきた。

「また同じような事をすれば、今度は永遠にここから出られないと思え」

その言葉を聞いた瞬間、俺は光のある場所へと戻ってきていた。

「ん? なんだ? 答える気になったのか?」

目の前に座る衛兵らしき人物が、こちらを睨み付けてきた。
ああ、人がいる。光がある。なんて素晴らしい…。

「ほら、早く答えろ!」

当たり前の光景に、涙が出て来た。
あそこから出られた。俺は助かったんだ…。
おいおいと泣き始めた俺に、衛兵が呆気に取られていた。

「おい、お前、何言ってんだ…」

訝しげに尋ねてくる衛兵に、俺は全てをぶちまけた。
あんな所にまた放り込まれるくらいなら、農奴だろうが鉱山奴隷だろうが、まだましだ!
心を入れ替えてまっとうに生きよう。一生奴隷の身分から逃れられないとしても。

あそこよりはまし!

俺は、初めて生きていることに感謝したのだった。
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