塚口真司短編集

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水晶生命体~序章~

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「ごっそさん」小銭をじゃらじゃらとトレーに置いた男に頭を下げる。
「ありがとうございました。」という声と扉が閉まる音が重なる。
他の客がいなくなり、首を鳴らしながら時計を見る。
仕事終わりまであと10分。
なのに、次のアルバイトが来ないことに舌打ちしながら、上司に電話をかける。

結局、無断欠勤のしわ寄せを被り、深夜2時クロスバイクに跨がる。
漕ぎ出してスピードに乗りながらお気に入りの曲を片耳に流す。
家に帰る途中の最寄り駅から延びている商店街は最近のシャッター商店街と呼ばれてる所に比べ、喫茶店、パン屋、うどん屋等々、そこまでテナント募集を出してる建物を見かけない。

流石に、この時間はコンビニとチェーン店の居酒屋くらいしか開いていないが。

creepy nutsが恨んでいないと歌ってる辺りで前方の右側、判子屋さんーもちろん営業時間はとうに過ぎているので閉まっているーの前で人影に気付く。
酔っ払いかと思い、素通りしようと自転車の漕ぐスピードをあげようとしたら、ふいに人影が顔を上げて目が合う。
急ブレーキをかけ、その人の前で止まる。
「どうしたん?こんな時間にこんな場所で。」
大きめのキャップを目深にかぶり、ピンクのパーカーは少し薄汚れて、チノパンの膝を抱えて座る幼い、という言葉がぴったりの女性が一言も発さずにこちらを見ていた。
深夜2時に、しかも一人で、誰かが迎えに来そうにもない場所で何をしているんだろう?
たっぷり、数秒見つめ合ったけれど返事を返しそうもなかったのでペダルに右足をかける。

明らかに何かがあったんだろうが、助けを求めてもいないのにこちらから手を差し伸べるのは違うと思っている、人は辛い時に辛いと言っても救う人が出てこない事なんて多々ある、何も言わないなら尚更だ。
見たところ、大怪我をしてる訳でもなし。

それでも、一番始めに目が合った時に少し瞳が…まぁ、良いか。
人とぶつからない為には、一定の場所以上に踏み込まない事だと、20数年の経験から知ってるから見ないフリを決め込む。

「え~っと…夜は冷えるから、建物の中に入るとかした方が良いよ?じゃあね。」
そう言ってゆっくりとペダルを漕ぎ出したけど、数メートル走った辺りでやっぱり立ち止まり、もう一度彼女の方に振り向く。
微動だにしてなかった、変化といえば抱えた膝と腕の間に顔を埋めた事位。

全てを拒絶している塊に声をかける。
「もし、誰かに助けて欲しいならどんな形でも良いから行動に移すんだよ?」そう言って、帰り道の方に体を向け今度こそペダルに力を込めた。
その瞬間、服の右側が引っ張られてる感触が。

振り返るとやっぱり彼女の瞳は濡れていた。

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