ヒーロー劣伝

山田結貴

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第五話 狙われたヒーロー! 遊園地の決戦

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 騒ぎが沈静化した後、美江は疲れの色を顔に浮かべながらステージ近くのベンチに腰かけていた。
「疲れた……」
 どちらかというと、肉体的ではなく精神的にである。
 あの屈強な怪人がとてつもなく間抜けな散りざまを披露したというのも要因の一つであるが、一番はやはりこの珍妙なスーツだ。
 恥ずかしいというのもさることながら、それがまだ継続しているというのはイタいにも程がある。
 そう、美江は黒沢に変身の解き方を聞くのを忘れてしまったせいで、いまだにアニメヒロインみたいな格好のままなのである。
「やだ、もう。どうにかならないかしら」
 ああ、早く控えめな服装に戻りたい。いまだに飛んでくる、周囲からの視線がつらい。
「せめてこの怪人が、別のところに現れてたら……」
 美江はいつになくギロっとした目つきで隣りを睨む。
 そこには、縄でぐるぐる巻きにされて荷車に乗せられている怪人の姿があった。
「こいつの親玉は、何を考えてるのかしら。こんなポンコツを地球に派遣するなんて。ひょっとして、皇帝とかいう奴もかなりのポンコツだったりして」
 今回の一件が皇帝の指示による一計だろうが、この怪人の勝手な行動だろうが、迷惑極まりない案件であったことには変わりない。特に、この傷ついた心はどうしてくれようか。
「よ、プチ火山。何暗い顔してんだよ」
 美江がどんよりとしていると、近くに見える売店の方から永山が歩いてきた。
 奴もまた、まだ『スターダスターズ』なる戦闘員姿のままであり、その手には缶ジュースが二つ握られている。
「だから、プチ火山はやめて。ま、どうせ言っても無駄なんでしょうけど」
「お、俺のことを段々理解してきたじゃねえか。そんなプチ火山に、俺からのサプライズだ」
「あっ」
 永山に持っていた缶のうちの一つを投げ渡され、美江はあわてて受け止めた。
 どうやら中身はしっかり入っているらしく、ゴミ箱代わりにされたわけではないらしい。
「これって」
「俺のおごりだ。たったこれだけしか入ってないのに、一缶百二十円だとよ。ぼったくりもいいところだぜ。……いいか、これは俺が百二十円も出しておごってやったジュースなんだからな。それがどれだけ価値があることなのかを理解していただけよ」
「誰がおごろうと、百二十円には百二十円分の価値しかないわよ。で、これはどういう風の吹き回し? 金の亡者のあんたが物をおごるなんて」
「人の善意くらい素直に受け取れよ。ほら、お前がそんな格好でここに飛ばされるはめになったのって、俺にも若干原因があったかなって思ってさ。俺が事前にここに来て監視してろって言ってたら、ここまで生き恥をさらすことにはならなかったんじゃねえかなあと。あとはまあ、うん。とにかく、それは色々ひっくるめての慰謝料代わりだよ」
「ふーん。その言葉、信じていいのね? いざとなった時のために監視役を買収しておこうとか、そういう魂胆とかじゃないのね」
「うたぐり深い奴だな。ジュース一缶で買収できるんだったらとっくにやってるっての。そういうねちっこい性格してるから、彼氏の一人もできねえんじゃねえのか」
「余計なお世話よ! 大体、何で私に彼氏がいないの知ってるわけ」
「ほほーう、やっぱりいなかったか。鎌をかけただけでこうもあっさりと引っかかるとはなあ」
「なっ……謀ったわね!」
 そもそも、人に平気で鎌をかけるような奴を信じろという方に無理があるのだ。
 急激に不満が心に蓄積した美江は、乱暴な手つきで缶を開けて中身を一気に飲み干した。
 それを見た永山は「そうそう。最初からそうすりゃあいいんだよ」などと言いながら美江の隣りに腰かけた。
「ほら、どうだ。俺がおごったジュースは特別美味いだろ」
「誰からもらおうが中身は同じ。ていうか、気分が悪い分かえって不味いわよ。あ、そうだわ。あんたに聞きたいことがあったんだった」
 美江は気分が晴れないながらも、ふと尋ねておきたいことを思い出した。
 どうしても、解決しておきたい疑問。これを聞いておかないと、今夜は眠れないかもしれない。
「あのさ、どうしてあんたはこの遊園地に先回りできたわけ。昨日から、ここに怪人が出るって薄々勘づいてたんでしょ」
「あーそれな。そりゃあ気になるわな」
 永山は、のんびりとジュースをすすりながら答える。
「今はあの馬鹿をボッコボコにして気分がいいからタダで教えてやるよ。俺はな、常にこの地域でどんなバイトを募集してるのかを調べてて、大体暗記してるんだ。それで、戦闘員役のスーツアクターの募集があったのを覚えてて、今日ここでヒーローショーがあることを知ってたのな。で、そんな時にお前からのお役立ち情報。ヒーローショーが片っ端から襲われてるって話を聞いたわけだ。俺の知る限りだと、近いうちに行われるヒーローショーはその……何だ? 今日の土星何とかマンの奴だけだったんだよ。これはもう、絶対怪人が出るな。そうビビっときたってわけだ」
「端から聞いてたらさ、とんでもない博打行為に聞こえるんだけど」
 過去にも永山は、己の勘を信じて成功を収めたことがある。
 こいつの勘は、もしかして相当すごいのではないだろうか。
「でさ、まだ気になることがあるんだけど。肝心のヒーローショーにはさ、どうやって潜り込んだわけ? まさか、偶然ここでバイトすることになってたとか言わないわよね」
「んなわけねえだろ。でも、それは案外簡単だったな。今日のショーに出る予定のバイトの一人に、こっそり『タダでバイトを代わってやる』って声かけたんだよ。そうしたら、すんなりと戦闘員に紛れられたぜ」
「タダで役を代わった? あんたが? それ、下手したらタダ働きになりかねなかったんじゃないの」
「俺にはな、ここに絶対怪人が出るっていう揺るぎない自信があったんだよ。だから、未来へのちょっとした投資だと思えば屁でもなかったな」
「ふーん」
 勘や自信だけで、ここまで行動できるものなのだろうか。何だか納得できたような、できなかったような。
「さーてと、休んだことだしそろそろ怪人をKTHに届けるとするか。特別手当も俺のことを待っていることだし、足取りも軽いな。お前も一緒に帰って、俺の活躍をしっかり報告しろよな」
 永山は話を切り上げると、空になった缶を美江に押しつけてから立ち上がった。
 そして、怪人を積んだ荷車の取っ手を掴み、ガラガラと押して歩いた。
「あ、待ってよ!」
「何だ。金出してやったんだから、人のゴミくらい一緒に捨てろよ」
「そこはいいの。そうじゃなくて、その」
「はあ?」
 このタイミングで、もう一つ聞いておきたいことがあったというのはおかしいというのは重々承知している。しかし、ここで聞かないと手遅れになってしまう。
「言うなら早く言えよ。時は金なりっていう名言があるって、前にも言ったよな」
「じゃ、じゃあ聞くけど……あんたさ、変身の解き方知ってる?」
「はあ?」
 ヒーローショーの出演者や、遊園地の従業員に間違われるうちはまだいい。だが、この格好のまま外に出ればそれだけでは済まされない。このままでは、コスプレ好きの変な奴というとんでもないレッテルを貼られかねない!
 美江は決死の覚悟で尋ねたのだが、それを聞いた永山は一瞬眉をひそめてから「ぷっ!」と吹き出した。
「な、何よ! こっちはこれでも真剣なんだから! 笑わないでよ」
「最低で結構だ。でも、やっぱその格好を気にしてたんだなあと思うとさあ……ぷっ! 俺も腐れスーツを支給されてる身としては、気持ちはわからなくもないんだけどさあ。でもよ……かっははは! 普段地味なお前が、そんなぶりぶりした服着てるってのが……くくく、駄目だ。ここまで我慢してきたが、やっぱり笑える!」
「ふ、ふざけないでよ!」
 ついさっき、同情するような素振りでジュースをおごったあんたはどこへ行った。あの微妙な優しさは嘘だったのか? それとも、笑いが起きそうなのをカモフラージュするために芝居をうっていたとでもいうのか。
 怒りの導火線に火がついた美江は、目をつり上げて怒鳴った。
「人が本気で悩んでるのを笑うなんて、考えられない。最低の中でもさらに最低よ!」
「ははははっ……くく、そろそろやばそうだな。よし、ダッシュで逃げるとしよう」
「待ちなさいよ! コラっ永山!」
 荷車を押しながら走り出した永山を、美江はやけになって追いかけ回し始めた。
 少し前までは丈の短いスカートをずっと気にして歩いていたというのに、現在は怒りに我を忘れてはためかせまくっている。
「謝りなさいよ、この外道。待ちなさいったら!」
「やだね。あんまり言うと、変身の解き方教えてやらないぞ」
「やっぱり知ってるのね。でも、それで弱みを握ったつもり?」
「別に。でも、俺が教えないとKTHに戻るまでずっとその服のままなんだよな。ま、俺はかまわないさ。金も出さずに無駄な豊乳を拝めるわけだし」
「はあはあ……無駄じゃないし、何気に人のことをエロい目で見てんじゃないわよ!」
「エロい目で見てるのは、お前にそれを勧めた黒沢も一緒だろ。嫁の尻に敷かれてるくせに、いい根性してやがるなあ」
「ケホっ。はあはあ……黒沢さんは違うわよ。だって、私がスーツ着たのを見た瞬間『そんなつもりはなかった。ごめん』って土下座して謝ってきたもの」
「ほほう、それは面白い光景だっただろうな。俺も見たかったぜ」
 既に息が上がっている美江に対し、化け物並みの身体能力を持つ永山は呼吸を乱さず走る。
 本当にこのコスプレスーツは、耐久性重視で運動能力の向上にはほとんど貢献していないらしい。
「で、そんなことはどうでもいいのよ。は、は、早く解き方を」
「おっと、捕まってたまるかよ。いいじゃねえか、しばらくそのままでも。さっきは笑ったが、案外似合っててかわいいぞ」
「なっ……かわっ……」
 は? かわいい?
 ぼうっとし始めた頭に、かわいいなどという言葉が飛んできて思考が一瞬真っ白になる。
 この期に及んで、機嫌でもとろうというのか。それとも……?
「嘘だよ」
「はっ……はあ⁉」
 ほんの少しでも、変な方向に発想が飛躍しそうになってしまった自分が馬鹿だった。
 あの脳内筋肉怪人の、何倍も何倍も愚かだった。
(やめてやる。次の仕事が見つかったら、監視役なんて絶対にやめてやるんだから!)
 心の中でそう呟いてみたものの、その前にやるべきことがある。
 この最低ど腐れ外道に、一矢報いなければ!
 すっかり下手なアトラクションよりも目立ってしまっている二人の鬼ごっこは、人々の注目をヒーローショー以上に集める。しかし、そんなことは知ったことではない。
「せいっ!」
「いてっ!」
 美江が全力で投げた空き缶が、永山の後頭部に命中するまでこの騒動は収まらなかった。
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