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ゲジゲジするほど愛してる
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「実花ちゃん、なにしてるの?」
六月のある晴れた日曜日。
我が家の庭に植えられたガーデニングスペースの一画にてうずくまる私に、お隣との境界である垣根の上からお声がかかる。
「おはよう、可南太ちゃん。ってゆーか、もう昼だよ? 大学生はお気楽だねぇ」
気持ちの良い太陽を背にして、起き抜けでボサボサの頭にぴょこんと立ったアホ毛を揺らしながら、四歳年下の幼なじみの可南太ちゃんが大あくびをしていた。
「実花ちゃんこそ、そんな格好はOLさんのするものじゃないと思うよ」
可南太ちゃんの指摘は、麦わら帽子に小花模様のフードの付いた園芸用の帽子。ホームセンターで千円で購入した首元の日焼け対策もばっちりな―――よく、農家のおばちゃんが被っている、アレだ。
「仕方ないでしょ。紫外線は女の敵なんだもの」
見た目のかわいさよりも実用性。フード付きで首の後ろの日焼け対策もバッチリなこの帽子は、私の趣味の必須アイテムだ。
「二十四歳の女の人の趣味が土いじりとか、本当に実花ちゃんは変わってるよね」
「土いじりじゃなくてガーデニング。梅雨の晴れ間は貴重なの。今のうちに雑草を抜いておかないと、あっという間に伸びちゃうんだから」
手にしたスコップをザクザクと振るい、足下に生える草を根元から取っていく。
数年前に植えたアジサイの株は、もう随分と高さを増してきた。枝に茂る青々とした葉っぱの先端には黄緑色の蕾が球状に集まり、まもなく可憐な花を咲かせることだろう。
「剪定までしちゃうとか、本当、実花ちゃんは園芸が好きだよね」
「実に花と書いての実花だからね。あと、園芸じゃなくてガーデニングだから」
私が幼稚園の頃に両親が一世一代の買い物で購入した我が家には、小さな小さな庭がある。元々は母親が管理していたが、子供の頃から手伝っているうちに、いつしか私の趣味にもなった。
土の匂いや草木の匂い、太陽の光に雨露の滴。日々の喧噪を忘れて無心でそれらと向き合っているだけで、私の心が洗われていく。
そして、私が庭に出ていると、決まって可南太ちゃんが興味津々に近寄ってくる。
昔は垣根にも届かなくて隙間に顔を突っ込みながら『みかちゃん、なにしてゆの?』と愛らしい言葉で話しかけては追いかけてきたものだが、そんな彼も今年で二十歳の立派な青年へと育った。
「……ちょっと育ちすぎたかしらね?」
垣根を遙かに超える身長。栄養は縦方向ばかりに行き渡ったようで、肉付きの少ない細身の体ではあるが意外に筋肉もある。
顔立ちも悪くはないんだけど、昔はもっとほっぺたがふっくらしていて、まんまるもちもちで可愛かった。それが今では無精ひげで鼻の下が青くなってるし、面影があるのはクリッとした犬のような瞳くらいだ。
「俺、実花ちゃんに育てられたわけじゃないけど?」
「似たようなもんじゃない。私は可南太ちゃんが哺乳瓶咥えてた時から知ってるんだから。……あ、ほら、居たよ。可南太ちゃんのオトモダチ」
私の言葉に危機を感じた可南太ちゃんの顔が瞬時に強ばる。
アジサイの葉っぱの上で見つけたソレを軍手をはめた手でひょいと摘まんで、可南太ちゃんに向かって放り投げた。
「ぎゃあああああっ!」
「おお、すごい。可南太ちゃんってば助走もなしに結構な距離を飛んだぞ!」
「な、なんてことするんだ、実花ちゃんはっ!」
両手でギュッと身体を抱きしめながら、若干涙目の可南太ちゃんが悲壮な声を上げる。
「その毛虫は無毒なヤツだから心配いらないよ~」
怯える可南太ちゃんに、ようやく私のストレスはすべてリセットされた。
可南太ちゃんは、虫が大の苦手である。そして、我が家の草花に宿った害虫で彼を驚かすことが、私のもうひとつの趣味でもある。
「お、女のクセに虫が平気とか、実花ちゃんは絶対に変わってる!」
「女のクセに、とか性差別してんじゃないわよ。虫も触れずにガーデニングができるもんですか」
腰に手を当てて高らかに笑う私を恨めしそうに睨みながら、可南太ちゃんは『変な汗かいた。シャワー浴びる』とさっさと自分の家へ戻っていった。
虫が嫌いなクセして、昔から可南太ちゃんは私が庭木をいじっているとノコノコと現れる。その度に私にからかわれるのだから、いい加減に学習してもよさそうなものなのに。
年は下でも、可南太ちゃんは男の子。日頃から私の方が如何に上位の存在であるかを示しておかなければ、年上の威厳が保たれない。
それに、私もただ単に嫌がらせをしているわけではない。可南太ちゃんには性差別だのと言ってみたものの、男子たるもの虫の一匹や二匹で悲鳴を上げるなんて情けないじゃないか。これは、少しでも苦手を克服してもらいたいという私の親心でもあるのだが、肝心の可南太ちゃんは『克服どころか最早トラウマ』と、なかなかに根に持っているようだ。
私にとって可南太ちゃんはお隣に住む可愛い弟。
そんな可南太ちゃんと、紆余曲折合って男女の関係になったのは、つい先日のことだった。
とある企業で事務職として働いている私には、四歳年上の営業職の彼氏がいた。お付き合いは、私が入社してすぐから始まったので、かれこれもう二年になる。きっかけは、新人歓迎会の席上で口説かれた、という単純なものだ。
それでも彼のことはそれなりに好きで、付き合いが長くなれば先のこともチラホラと頭を過ぎっていた矢先、彼の二股が発覚した。お相手は、取引先の部長さんのお嬢さんというベタなもので、これまたベタな展開だが彼女の妊娠により彼はアッサリと私を捨てた。
一方の可南太ちゃんも、大学生という青春を謳歌しながら可愛い女の子とお付き合いをしていたらしいのだけれど、こちらも、同じサークルの先輩のことを好きになったとかでちょっと前に振られたのだそうだ。
失恋した者同士慰め合いながら、可南太ちゃんの部屋で酒を酌み交わし……気がつけば、違う意味でも慰め合ってしまっていた。
翌朝に目が覚めたら素っ裸の幼なじみが横で寝ていたとか、これまたベタな展開により、私たちはお付き合いをすることになった。
それまで恋愛感情どころか異性として意識することもなかったのだが、ヤッてしまったからには仕方ない。一夜の過ちで片付けるには私たちの関係は近すぎて、ここはやはり責任がとれる大人の女というものを示さなければならなかったのだが――
『責任取ってとか、普通は男の台詞でしょ? それに俺、実花ちゃんのこと好きだし、全然後悔してないから』
朝日の中、シーツに包まり気怠そうに微笑む可南太ちゃんは、意外にも男の色気がダダ漏れだった……
「うぎゃあああああっ!」
とか回想している内に、お隣から男らしさのかけらもない悲鳴が木霊した。
「可南太ちゃん!?」
軍手とスコップを放り出し、勝手知ったるお隣の家へと上がり込む。どうやらおじさんもおばさんも留守のようだ。
そうしている間にも情けない声は続いていて、私は声のする場所―――浴室のドアを開けた。
「可南太ちゃん、どうしたの!?」
「み、実花ちゃぁぁぁん……」
ドアの先に居たのは、素っ裸の可南太ちゃん。
いや、辛うじてタオルで大事なトコロは隠してるけど、なんて格好してるの、あんたは!?
あられもない姿の可南太ちゃんは、私を見るなり生まれたての子鹿のように震えながら胸元へとしがみついてきた。
「あ、あれ……あれ……!」
ぶるぶると震える指先で可南太ちゃんが指さした先は、浴室の小窓。換気のために開けられた窓の網戸に、なにかがビタっと張り付いている。
長い触覚と何本もの足をウジャウジャと持つ体長三センチほどの、灰色のまだら模様の虫―――
「あ、ゲジゲジだ」
ゲジゲジ、正式には『ゲジ』と言う。
「んなことどうでもいいよ! なんとかしてっ!」
冷静に観察する私に対し、可南太ちゃんはこの世の終わりみたいな悲鳴を上げる。
まったく、あんたはか弱い女の子か!?
「ゲジゲジは無害だよ? それどころか、ゴキブリとかを食べてくれる益虫なんだから。見たことはないけど、頭からガブーッと食べちゃうんだって。いや、バリバリか? 木の上とかに潜んで、獲物がいたらジャンプするんだって。ってことは、網戸に張り付いている今は、捕獲のためのスタンバイ中!?」
「そんな解説はどうでもいいし、ジャンプするとか気持ち悪すぎ! お願いだからやっつけて!」
「やっつけろと言われてもねぇ」
いくら虫に耐性のある私でも、これを素手で掴むのには些か抵抗がある。こんなことなら軍手を外すんじゃなかった。でも、ゲジゲジって足の多さに違わずにすばしっこいから捕まえるのは一苦労……ってゆーか、軍手してたら掴めるとか。そもそも捕まえるのが前提って、可南太ちゃんじゃなくとも本当にうら若き乙女がやることかって心配になるよな?
一応は女の尊厳に配慮をして悩んだ挙げ句、身体にしがみついたままの可南太ちゃんをズルズルと引きずりながら網戸に近づいた私は、ゲジゲジのお尻であろうところの近くを、えいっと指で弾いた。
数秒後。
カサッ―――乾いた土の上に、落ちた音。
すぐさま小窓を閉めて鍵をかける。よし、駆除完了。
「終わったよー」
一仕事を終えて、被りっぱなしだった帽子を外してふうと息を吐いた。
可南太ちゃんはといえば、未だに胸元に張り付いている。若い男に裸で抱きつかれているというのに、全然、まったく、嬉しくない。
仕方なく浴槽の縁に腰掛けて外した帽子でパタパタと自分を仰ぐ。可南太ちゃんはまだシャワーを浴びてもいなかったようだが、窓を閉め切ったことで浴室特有の湿っぽさもあってなんだか暑い。
「もう、いい加減離れてよ」
……暑苦しいのはコイツのせいだ。
引きはがそうと肩を揺すると、可南太ちゃんはますますその腕に力を込めた。
「ダメ、無理、パワーが切れた」
それどころか、ますますギュウギュウと顔をすり寄せてくる。
ちょっとコイツ、ゲジゲジよりもしつこいんだけど。
それに、可南太ちゃんが顔を埋めているのは私の胸。いくら服の上からでも、そんなに刺激されると困るんですが?
「ちょっと、いい加減に……ひゃあっ」
背中にぞわぞわとした感触が走り、全身がビクついた。
可南太ちゃんの手が、いつの間にかTシャツの裾から入り込んで腰骨の辺りを這っている。
「実花ちゃんの背中もしっとりしてる」
「そりゃ、さっきまで庭で、んんっ」
指の腹が背筋をなぞり背中が仰け反る。
微妙なタッチでするすると滑った場所から痺れが広がり、今度は私が可南太ちゃんの身体にしがみついた。
「実花ちゃんって背中弱いよね。それにくすぐったいのも苦手。なのになんでウニョウニョ動く虫は平気なんだろね?」
可南太ちゃんのくぐもった声が胸に響く。可南太ちゃんの指は、まるで虫の動きを真似するかのように 右へ左へと蛇行しながら背中を這い回り、ぞくぞくと広がる痺れに無意識に身体が揺れる。
「知らな……あっ」
彼の指は徐々に上へと移動して、ついにはブラのホックを外した。
背中の締め付けが楽になると同時に、Tシャツと同時に緩んだブラが一気に引き上げられる。
可南太ちゃんは露わにされた裸の胸に舌を伸ばし、中央の突起をぺろりと舐めた。
「……しょっぱい」
「あ、当たり前でしょ!?」
畑仕事の後なんだから、汗をかいていても仕方がない。
私は全然悪くないのに、自分の身体が汚れていると指摘されたみたいで、どうしてこうも恥ずかしくなってしまうのだろうか。
「じゃあ、一緒に浴びようか」
ニッコリと笑った可南太ちゃんがシャワーコックを捻り、頭上から水が降り注いだ。
「つめたっ……ぁ!」
火照った肌に突然感じた冷たさに、一気に鳥肌が立つ。
すがりついた可南太ちゃんの身体が温かくて、思わず腕に力が入る。
「実花ちゃん……」
切なげに私の名を呼んだ可南太ちゃんの身体が伸び上がり、唇にやわらかな熱が押し当てられた。
ちゅっ、ちゅ、と音を立てながら、角度を変えて何度も何度も唇を重ねた。
――次第に、シャワーの冷たさも気にならなくなっていく。
髪をつたう滴が可南太ちゃんの頬を濡らし、キスをしながらそっと頬を拭う。
シャワーとは違う水音を立てながら、割って入った舌に私の舌も絡め取られ、長い長い口づけを終えてようやく唇を離す頃には、二人ともびしょびしょになっていた。
「……服、濡れちゃったじゃない」
「ああ、帰りの服くらい貸してあげる」
たいしたことはないと言い切って、可南太ちゃんは私の衣服を乱雑に取り払っていく。床に放り投げられたそれらは、水分を含んでベシャっと大きな音を立てた。
露わにされた肌に頬を寄せ、水滴が流れる鎖骨を唇が這う。時折ピリッとした痛みを生みながら、可南太ちゃんは服を着たら見えないところにいくつもの痕をつけていく。
「もう、しょっぱくない?」
「さっきのそんなに気にしてたの?」
困ったような苦笑いを浮かべた可南太ちゃんだったけど、次の瞬間、悪戯を思いついた子供のように瞳を輝かせた。
「そうだ、ついでに洗ってあげるね」
可南太ちゃんはボディソープを手の平に広げると、胸の膨らみにこすりつけた。
「う、や……っ、くすぐった……い」
大きな手の平が膨らみを包み込み、持ち上げるようにゆっくりと円を描く。
泡で滑ってはこぼれ落ちる胸を、可南太ちゃんは何度も追いかけて、ぬるぬるとした指先が先端をかすめるたびに吐く息が徐々に甘いものへと変わっていく。
「はあ、んん、可南太、ちゃ……ん」
「ん? 実花ちゃん、気持ちいいの?」
「ちが……っ」
否定しようとしたが、反応しているのはバレバレだ。
可南太ちゃんは、私の身体を隅々まで洗っていく。胸以外にも、肩とか腕とか、普段であればなんともない場所であっても、彼の手が滑るたびにビクビクと身体が震えた。
出しっ放しのシャワーで泡の流れた乳房に、可南太ちゃんの熱を帯びた唇がそっと触れる。
「あ、ん」
固く尖った先端を、可南太ちゃんはあめ玉を転がすように弄ぶ。片手でもう一方の乳首を捏ねながら、もう片方の手は敏感な背中やウエストラインを撫で続け、執拗な愛撫にジワジワと身体の奥が疼いていく。
「ここも、洗ってあげる」
びっくりするほど甘く耳元で囁きながら、太腿を辿った手が茂みの奥へと入り込んだ。
「あ、あっ、ん」
「あれ、おかしいな。なんでこんなにぬるぬるしてるの?」
割れ目に添えられた長い指がひだを揺らす。そこは、自分の中からこぼれ落ちた蜜で濡れていた。
「ば、かぁ……、なにって……」
こんなことされたら、嫌でも反応するでしょうが!
ましてや、相手はあのお隣の可南太ちゃんなのだ。おばさんのおっぱいを飲んでいる姿や、大開脚しておむつを替えられている姿だって見てきたんだ。
――まさか、お隣の可南太ちゃんに『女』の自分をさらけ出す日が来るとは、思ってもなかった。
「なーんかまた、不愉快なこと考えてない?」
急に不機嫌そうな顔になった可南太ちゃんは自分の身体をざっと流し、それから私の身体についた泡を丁寧に洗い流した。
どうやら、恥ずかしいプレイは唐突に終わったらしい。
ほっとした反面、物足りなさも否定できない。
身体の奥に灯った疼きはズキズキと主張しているが、これくらい、大人の余裕で耐えるしかないだろう。
座ったまま動けないでいると、膝の下に可南太ちゃんの腕がするりと入り込んだ。
「可南太ちゃん?」
「実花ちゃん、ベッドに行こうね」
私の身体を横抱きにしてひょいと持ち上げる。
語尾に音符でもつきそうなくらいにウキウキした様子の可南太ちゃんは、脱衣所にあったバスタオルで二人の身体を拭き上げると、二階の自分の部屋へと直行した。
ぼすん、とベッドの上に投げ出された私に覆い被さる可南太ちゃんは、相変わらずニコニコしている。
いや、正確には、目が笑っていない。
これから行われる行為について考えれば、私だって自然と期待をしてしまう。弄ばれた身体の熱は落ち着くどころか、時間を追うごとに高まってしまっているのだ。
だがしかし、彼の表情は私のそれとは少し違う。
「いいこと考えたんだ」
ニヤリと笑った可南太ちゃんは、ヘッドボードのティッシュに手を伸ばした。
――ん? ティッシュはまだ、早いんじゃないか?
可南太ちゃんの動きを目で追っていた私は、一抹の不安を感じた。
なぜなら、彼のもう片方の手が私の手をひとつにまとめて枕元へと束ねてしまったからだ。
「え、ちょっと……?」
「苛めてあげる」
一枚だけ取り出したティッシュを目の前で動かした可南太ちゃんは、ゆっくりと私の胸に近づけた。
「ひゃ、ああ……っ」
ふんわりとやわらかいティッシュが固く尖った乳首を掠め、ぞわぞわとした快感が突き抜ける。
「や、だぁ……!」
「嫌じゃないよ」
生まれたままの私の姿を上から下までじっくりと見つめながら、可南太ちゃんは手にしたティッシュで上から順に身体を辿っていく。
鼻筋から、唇。首、胸、腰。大腿をなぞり、足の小指にまで届くと、また逆の順序で戻る。
「あん、ダメってばぁ……」
言葉とは裏腹に、全身が性感帯にでもなったようだ。
薄いティッシュが産毛を梳くように肌を滑り、くすぐったさに似たぞわぞわとした快感が追いかける。
「実花ちゃんってばクネクネして、毛虫の真似?」
「そんなわけ……あ、あっ」
意地悪く見つめる可南太ちゃんの視線の先で、私は面白いくらいに身体をくねらせた。
それはさながら地面を這う虫のようで、彼の目にはさぞかし滑稽に映っているのだろう。
まさか、これまでの数々の嫌がらせが、こんな形で我が身に戻ってくるとは。
「や、可南太ちゃ……ん、いじ、わるで……嫌ぁ」
「実花ちゃんは、意地悪な俺は、嫌いなの?」
「……好き」
「矛盾してるよ?」
言いながら、可南太ちゃんの唇がゆっくりと近づく。
口の端から溢れた唾液が流れることもいとわずに、夢中で彼の舌に絡みついた。
そうなんだ。可愛くって臆病者で泣き虫の可南太ちゃんは、ベッドの中では意地悪くって男らしくて、あとねちっこい。
最初の夜はあまりの豹変ぶりに驚かされたけど、同時に普段とのギャップで、私はすっかり堕とされてしまった。
「んぁっ、あ、あっ、ふ、あん……ん……っ」
細くて繊細で、それでいて男を感じさせる骨張った指が、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てながら蜜壺をかき回す。
「すごいよ。実花ちゃんのナカも、うねうね動いてる」
涼しい顔をした可南太ちゃんは、耐えず私のイイところを擦りながら、赤く尖った乳首を舌で転がし、時折甘噛みしては強く吸い付く。
「あ、んっ……いや、も、許し……」
伸ばした足がシーツを掻いて、腰が淫らに大きく揺れる。
お風呂場から続く長い愛撫に、理性も羞恥心ももう限界だった。
「可南太……ちゃん、もう、お願……あぁっ」
「実花ちゃん、欲しいの?」
「欲しい、の。可南太ちゃんの、ちょうだい」
年下の幼なじみに意地悪く責め立てられた挙げ句に自分からお願いをするなど恥ずべきことかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
いつもと立場が違うかろうが、今後の主導権が移ってしまおうが、今はただ身体に籠もって高まりきった熱を解放してほしい。
「じゃあ、さ。もう虫で嫌がらせしない?」
「しない、しないからぁ! ごめん……ごめん、なさい……っ!」
「……実花ちゃんのこんな可愛い姿を見られる日が来るなんて思わなかった。本当に、諦めなくて良かったよ」
愛おしそうに私の頭を撫でる可南太ちゃんの声色は、思いの外優しかった。
――前言撤回。優しいなんて気のせいだ。
「あー、実花ちゃんのナカ、気持ちいー。挿れただけでイッちゃいそー」
背後にぴったりと張り付いた可南太ちゃんが、耳元でクスクスと笑う。
「ふ、あっ、やだ、、もう、動いてよぉ!」
背後から一気に貫かれたまではいい。お互いに側臥位になって横たわっているのも、不本意だけどいい。
……だけど、一向に動きゃしねえのは、許せない!
私のお尻には可南太ちゃんの下半身がぴったりと密着したままで、ピストン運動がまるで起こらない。
焦らしに焦らされて自分から腰を揺らしても、後から追いかけてきてはまた張り付かれる。身体をくの字に折り曲げながらジタバタする私を、可南太ちゃんはさも愉快そうに嘲笑しては、時折グッと引き寄せる。
「えー? もう少し、このまま。実花ちゃんこそどうしたの? 今度はシャクトリムシの真似?」
「も、それいいからぁ……っ!」
――しつこい、しつこい、夜中の蚊ぐらいしつこい!
終わったら絶対に、仕返ししてやるんだから!
寝ている可南太ちゃんの枕元に、とっておきのやつを置いてやるんだから!
――だって。また、こんな風に、苛められたいもの。
六月のある晴れた日曜日。
我が家の庭に植えられたガーデニングスペースの一画にてうずくまる私に、お隣との境界である垣根の上からお声がかかる。
「おはよう、可南太ちゃん。ってゆーか、もう昼だよ? 大学生はお気楽だねぇ」
気持ちの良い太陽を背にして、起き抜けでボサボサの頭にぴょこんと立ったアホ毛を揺らしながら、四歳年下の幼なじみの可南太ちゃんが大あくびをしていた。
「実花ちゃんこそ、そんな格好はOLさんのするものじゃないと思うよ」
可南太ちゃんの指摘は、麦わら帽子に小花模様のフードの付いた園芸用の帽子。ホームセンターで千円で購入した首元の日焼け対策もばっちりな―――よく、農家のおばちゃんが被っている、アレだ。
「仕方ないでしょ。紫外線は女の敵なんだもの」
見た目のかわいさよりも実用性。フード付きで首の後ろの日焼け対策もバッチリなこの帽子は、私の趣味の必須アイテムだ。
「二十四歳の女の人の趣味が土いじりとか、本当に実花ちゃんは変わってるよね」
「土いじりじゃなくてガーデニング。梅雨の晴れ間は貴重なの。今のうちに雑草を抜いておかないと、あっという間に伸びちゃうんだから」
手にしたスコップをザクザクと振るい、足下に生える草を根元から取っていく。
数年前に植えたアジサイの株は、もう随分と高さを増してきた。枝に茂る青々とした葉っぱの先端には黄緑色の蕾が球状に集まり、まもなく可憐な花を咲かせることだろう。
「剪定までしちゃうとか、本当、実花ちゃんは園芸が好きだよね」
「実に花と書いての実花だからね。あと、園芸じゃなくてガーデニングだから」
私が幼稚園の頃に両親が一世一代の買い物で購入した我が家には、小さな小さな庭がある。元々は母親が管理していたが、子供の頃から手伝っているうちに、いつしか私の趣味にもなった。
土の匂いや草木の匂い、太陽の光に雨露の滴。日々の喧噪を忘れて無心でそれらと向き合っているだけで、私の心が洗われていく。
そして、私が庭に出ていると、決まって可南太ちゃんが興味津々に近寄ってくる。
昔は垣根にも届かなくて隙間に顔を突っ込みながら『みかちゃん、なにしてゆの?』と愛らしい言葉で話しかけては追いかけてきたものだが、そんな彼も今年で二十歳の立派な青年へと育った。
「……ちょっと育ちすぎたかしらね?」
垣根を遙かに超える身長。栄養は縦方向ばかりに行き渡ったようで、肉付きの少ない細身の体ではあるが意外に筋肉もある。
顔立ちも悪くはないんだけど、昔はもっとほっぺたがふっくらしていて、まんまるもちもちで可愛かった。それが今では無精ひげで鼻の下が青くなってるし、面影があるのはクリッとした犬のような瞳くらいだ。
「俺、実花ちゃんに育てられたわけじゃないけど?」
「似たようなもんじゃない。私は可南太ちゃんが哺乳瓶咥えてた時から知ってるんだから。……あ、ほら、居たよ。可南太ちゃんのオトモダチ」
私の言葉に危機を感じた可南太ちゃんの顔が瞬時に強ばる。
アジサイの葉っぱの上で見つけたソレを軍手をはめた手でひょいと摘まんで、可南太ちゃんに向かって放り投げた。
「ぎゃあああああっ!」
「おお、すごい。可南太ちゃんってば助走もなしに結構な距離を飛んだぞ!」
「な、なんてことするんだ、実花ちゃんはっ!」
両手でギュッと身体を抱きしめながら、若干涙目の可南太ちゃんが悲壮な声を上げる。
「その毛虫は無毒なヤツだから心配いらないよ~」
怯える可南太ちゃんに、ようやく私のストレスはすべてリセットされた。
可南太ちゃんは、虫が大の苦手である。そして、我が家の草花に宿った害虫で彼を驚かすことが、私のもうひとつの趣味でもある。
「お、女のクセに虫が平気とか、実花ちゃんは絶対に変わってる!」
「女のクセに、とか性差別してんじゃないわよ。虫も触れずにガーデニングができるもんですか」
腰に手を当てて高らかに笑う私を恨めしそうに睨みながら、可南太ちゃんは『変な汗かいた。シャワー浴びる』とさっさと自分の家へ戻っていった。
虫が嫌いなクセして、昔から可南太ちゃんは私が庭木をいじっているとノコノコと現れる。その度に私にからかわれるのだから、いい加減に学習してもよさそうなものなのに。
年は下でも、可南太ちゃんは男の子。日頃から私の方が如何に上位の存在であるかを示しておかなければ、年上の威厳が保たれない。
それに、私もただ単に嫌がらせをしているわけではない。可南太ちゃんには性差別だのと言ってみたものの、男子たるもの虫の一匹や二匹で悲鳴を上げるなんて情けないじゃないか。これは、少しでも苦手を克服してもらいたいという私の親心でもあるのだが、肝心の可南太ちゃんは『克服どころか最早トラウマ』と、なかなかに根に持っているようだ。
私にとって可南太ちゃんはお隣に住む可愛い弟。
そんな可南太ちゃんと、紆余曲折合って男女の関係になったのは、つい先日のことだった。
とある企業で事務職として働いている私には、四歳年上の営業職の彼氏がいた。お付き合いは、私が入社してすぐから始まったので、かれこれもう二年になる。きっかけは、新人歓迎会の席上で口説かれた、という単純なものだ。
それでも彼のことはそれなりに好きで、付き合いが長くなれば先のこともチラホラと頭を過ぎっていた矢先、彼の二股が発覚した。お相手は、取引先の部長さんのお嬢さんというベタなもので、これまたベタな展開だが彼女の妊娠により彼はアッサリと私を捨てた。
一方の可南太ちゃんも、大学生という青春を謳歌しながら可愛い女の子とお付き合いをしていたらしいのだけれど、こちらも、同じサークルの先輩のことを好きになったとかでちょっと前に振られたのだそうだ。
失恋した者同士慰め合いながら、可南太ちゃんの部屋で酒を酌み交わし……気がつけば、違う意味でも慰め合ってしまっていた。
翌朝に目が覚めたら素っ裸の幼なじみが横で寝ていたとか、これまたベタな展開により、私たちはお付き合いをすることになった。
それまで恋愛感情どころか異性として意識することもなかったのだが、ヤッてしまったからには仕方ない。一夜の過ちで片付けるには私たちの関係は近すぎて、ここはやはり責任がとれる大人の女というものを示さなければならなかったのだが――
『責任取ってとか、普通は男の台詞でしょ? それに俺、実花ちゃんのこと好きだし、全然後悔してないから』
朝日の中、シーツに包まり気怠そうに微笑む可南太ちゃんは、意外にも男の色気がダダ漏れだった……
「うぎゃあああああっ!」
とか回想している内に、お隣から男らしさのかけらもない悲鳴が木霊した。
「可南太ちゃん!?」
軍手とスコップを放り出し、勝手知ったるお隣の家へと上がり込む。どうやらおじさんもおばさんも留守のようだ。
そうしている間にも情けない声は続いていて、私は声のする場所―――浴室のドアを開けた。
「可南太ちゃん、どうしたの!?」
「み、実花ちゃぁぁぁん……」
ドアの先に居たのは、素っ裸の可南太ちゃん。
いや、辛うじてタオルで大事なトコロは隠してるけど、なんて格好してるの、あんたは!?
あられもない姿の可南太ちゃんは、私を見るなり生まれたての子鹿のように震えながら胸元へとしがみついてきた。
「あ、あれ……あれ……!」
ぶるぶると震える指先で可南太ちゃんが指さした先は、浴室の小窓。換気のために開けられた窓の網戸に、なにかがビタっと張り付いている。
長い触覚と何本もの足をウジャウジャと持つ体長三センチほどの、灰色のまだら模様の虫―――
「あ、ゲジゲジだ」
ゲジゲジ、正式には『ゲジ』と言う。
「んなことどうでもいいよ! なんとかしてっ!」
冷静に観察する私に対し、可南太ちゃんはこの世の終わりみたいな悲鳴を上げる。
まったく、あんたはか弱い女の子か!?
「ゲジゲジは無害だよ? それどころか、ゴキブリとかを食べてくれる益虫なんだから。見たことはないけど、頭からガブーッと食べちゃうんだって。いや、バリバリか? 木の上とかに潜んで、獲物がいたらジャンプするんだって。ってことは、網戸に張り付いている今は、捕獲のためのスタンバイ中!?」
「そんな解説はどうでもいいし、ジャンプするとか気持ち悪すぎ! お願いだからやっつけて!」
「やっつけろと言われてもねぇ」
いくら虫に耐性のある私でも、これを素手で掴むのには些か抵抗がある。こんなことなら軍手を外すんじゃなかった。でも、ゲジゲジって足の多さに違わずにすばしっこいから捕まえるのは一苦労……ってゆーか、軍手してたら掴めるとか。そもそも捕まえるのが前提って、可南太ちゃんじゃなくとも本当にうら若き乙女がやることかって心配になるよな?
一応は女の尊厳に配慮をして悩んだ挙げ句、身体にしがみついたままの可南太ちゃんをズルズルと引きずりながら網戸に近づいた私は、ゲジゲジのお尻であろうところの近くを、えいっと指で弾いた。
数秒後。
カサッ―――乾いた土の上に、落ちた音。
すぐさま小窓を閉めて鍵をかける。よし、駆除完了。
「終わったよー」
一仕事を終えて、被りっぱなしだった帽子を外してふうと息を吐いた。
可南太ちゃんはといえば、未だに胸元に張り付いている。若い男に裸で抱きつかれているというのに、全然、まったく、嬉しくない。
仕方なく浴槽の縁に腰掛けて外した帽子でパタパタと自分を仰ぐ。可南太ちゃんはまだシャワーを浴びてもいなかったようだが、窓を閉め切ったことで浴室特有の湿っぽさもあってなんだか暑い。
「もう、いい加減離れてよ」
……暑苦しいのはコイツのせいだ。
引きはがそうと肩を揺すると、可南太ちゃんはますますその腕に力を込めた。
「ダメ、無理、パワーが切れた」
それどころか、ますますギュウギュウと顔をすり寄せてくる。
ちょっとコイツ、ゲジゲジよりもしつこいんだけど。
それに、可南太ちゃんが顔を埋めているのは私の胸。いくら服の上からでも、そんなに刺激されると困るんですが?
「ちょっと、いい加減に……ひゃあっ」
背中にぞわぞわとした感触が走り、全身がビクついた。
可南太ちゃんの手が、いつの間にかTシャツの裾から入り込んで腰骨の辺りを這っている。
「実花ちゃんの背中もしっとりしてる」
「そりゃ、さっきまで庭で、んんっ」
指の腹が背筋をなぞり背中が仰け反る。
微妙なタッチでするすると滑った場所から痺れが広がり、今度は私が可南太ちゃんの身体にしがみついた。
「実花ちゃんって背中弱いよね。それにくすぐったいのも苦手。なのになんでウニョウニョ動く虫は平気なんだろね?」
可南太ちゃんのくぐもった声が胸に響く。可南太ちゃんの指は、まるで虫の動きを真似するかのように 右へ左へと蛇行しながら背中を這い回り、ぞくぞくと広がる痺れに無意識に身体が揺れる。
「知らな……あっ」
彼の指は徐々に上へと移動して、ついにはブラのホックを外した。
背中の締め付けが楽になると同時に、Tシャツと同時に緩んだブラが一気に引き上げられる。
可南太ちゃんは露わにされた裸の胸に舌を伸ばし、中央の突起をぺろりと舐めた。
「……しょっぱい」
「あ、当たり前でしょ!?」
畑仕事の後なんだから、汗をかいていても仕方がない。
私は全然悪くないのに、自分の身体が汚れていると指摘されたみたいで、どうしてこうも恥ずかしくなってしまうのだろうか。
「じゃあ、一緒に浴びようか」
ニッコリと笑った可南太ちゃんがシャワーコックを捻り、頭上から水が降り注いだ。
「つめたっ……ぁ!」
火照った肌に突然感じた冷たさに、一気に鳥肌が立つ。
すがりついた可南太ちゃんの身体が温かくて、思わず腕に力が入る。
「実花ちゃん……」
切なげに私の名を呼んだ可南太ちゃんの身体が伸び上がり、唇にやわらかな熱が押し当てられた。
ちゅっ、ちゅ、と音を立てながら、角度を変えて何度も何度も唇を重ねた。
――次第に、シャワーの冷たさも気にならなくなっていく。
髪をつたう滴が可南太ちゃんの頬を濡らし、キスをしながらそっと頬を拭う。
シャワーとは違う水音を立てながら、割って入った舌に私の舌も絡め取られ、長い長い口づけを終えてようやく唇を離す頃には、二人ともびしょびしょになっていた。
「……服、濡れちゃったじゃない」
「ああ、帰りの服くらい貸してあげる」
たいしたことはないと言い切って、可南太ちゃんは私の衣服を乱雑に取り払っていく。床に放り投げられたそれらは、水分を含んでベシャっと大きな音を立てた。
露わにされた肌に頬を寄せ、水滴が流れる鎖骨を唇が這う。時折ピリッとした痛みを生みながら、可南太ちゃんは服を着たら見えないところにいくつもの痕をつけていく。
「もう、しょっぱくない?」
「さっきのそんなに気にしてたの?」
困ったような苦笑いを浮かべた可南太ちゃんだったけど、次の瞬間、悪戯を思いついた子供のように瞳を輝かせた。
「そうだ、ついでに洗ってあげるね」
可南太ちゃんはボディソープを手の平に広げると、胸の膨らみにこすりつけた。
「う、や……っ、くすぐった……い」
大きな手の平が膨らみを包み込み、持ち上げるようにゆっくりと円を描く。
泡で滑ってはこぼれ落ちる胸を、可南太ちゃんは何度も追いかけて、ぬるぬるとした指先が先端をかすめるたびに吐く息が徐々に甘いものへと変わっていく。
「はあ、んん、可南太、ちゃ……ん」
「ん? 実花ちゃん、気持ちいいの?」
「ちが……っ」
否定しようとしたが、反応しているのはバレバレだ。
可南太ちゃんは、私の身体を隅々まで洗っていく。胸以外にも、肩とか腕とか、普段であればなんともない場所であっても、彼の手が滑るたびにビクビクと身体が震えた。
出しっ放しのシャワーで泡の流れた乳房に、可南太ちゃんの熱を帯びた唇がそっと触れる。
「あ、ん」
固く尖った先端を、可南太ちゃんはあめ玉を転がすように弄ぶ。片手でもう一方の乳首を捏ねながら、もう片方の手は敏感な背中やウエストラインを撫で続け、執拗な愛撫にジワジワと身体の奥が疼いていく。
「ここも、洗ってあげる」
びっくりするほど甘く耳元で囁きながら、太腿を辿った手が茂みの奥へと入り込んだ。
「あ、あっ、ん」
「あれ、おかしいな。なんでこんなにぬるぬるしてるの?」
割れ目に添えられた長い指がひだを揺らす。そこは、自分の中からこぼれ落ちた蜜で濡れていた。
「ば、かぁ……、なにって……」
こんなことされたら、嫌でも反応するでしょうが!
ましてや、相手はあのお隣の可南太ちゃんなのだ。おばさんのおっぱいを飲んでいる姿や、大開脚しておむつを替えられている姿だって見てきたんだ。
――まさか、お隣の可南太ちゃんに『女』の自分をさらけ出す日が来るとは、思ってもなかった。
「なーんかまた、不愉快なこと考えてない?」
急に不機嫌そうな顔になった可南太ちゃんは自分の身体をざっと流し、それから私の身体についた泡を丁寧に洗い流した。
どうやら、恥ずかしいプレイは唐突に終わったらしい。
ほっとした反面、物足りなさも否定できない。
身体の奥に灯った疼きはズキズキと主張しているが、これくらい、大人の余裕で耐えるしかないだろう。
座ったまま動けないでいると、膝の下に可南太ちゃんの腕がするりと入り込んだ。
「可南太ちゃん?」
「実花ちゃん、ベッドに行こうね」
私の身体を横抱きにしてひょいと持ち上げる。
語尾に音符でもつきそうなくらいにウキウキした様子の可南太ちゃんは、脱衣所にあったバスタオルで二人の身体を拭き上げると、二階の自分の部屋へと直行した。
ぼすん、とベッドの上に投げ出された私に覆い被さる可南太ちゃんは、相変わらずニコニコしている。
いや、正確には、目が笑っていない。
これから行われる行為について考えれば、私だって自然と期待をしてしまう。弄ばれた身体の熱は落ち着くどころか、時間を追うごとに高まってしまっているのだ。
だがしかし、彼の表情は私のそれとは少し違う。
「いいこと考えたんだ」
ニヤリと笑った可南太ちゃんは、ヘッドボードのティッシュに手を伸ばした。
――ん? ティッシュはまだ、早いんじゃないか?
可南太ちゃんの動きを目で追っていた私は、一抹の不安を感じた。
なぜなら、彼のもう片方の手が私の手をひとつにまとめて枕元へと束ねてしまったからだ。
「え、ちょっと……?」
「苛めてあげる」
一枚だけ取り出したティッシュを目の前で動かした可南太ちゃんは、ゆっくりと私の胸に近づけた。
「ひゃ、ああ……っ」
ふんわりとやわらかいティッシュが固く尖った乳首を掠め、ぞわぞわとした快感が突き抜ける。
「や、だぁ……!」
「嫌じゃないよ」
生まれたままの私の姿を上から下までじっくりと見つめながら、可南太ちゃんは手にしたティッシュで上から順に身体を辿っていく。
鼻筋から、唇。首、胸、腰。大腿をなぞり、足の小指にまで届くと、また逆の順序で戻る。
「あん、ダメってばぁ……」
言葉とは裏腹に、全身が性感帯にでもなったようだ。
薄いティッシュが産毛を梳くように肌を滑り、くすぐったさに似たぞわぞわとした快感が追いかける。
「実花ちゃんってばクネクネして、毛虫の真似?」
「そんなわけ……あ、あっ」
意地悪く見つめる可南太ちゃんの視線の先で、私は面白いくらいに身体をくねらせた。
それはさながら地面を這う虫のようで、彼の目にはさぞかし滑稽に映っているのだろう。
まさか、これまでの数々の嫌がらせが、こんな形で我が身に戻ってくるとは。
「や、可南太ちゃ……ん、いじ、わるで……嫌ぁ」
「実花ちゃんは、意地悪な俺は、嫌いなの?」
「……好き」
「矛盾してるよ?」
言いながら、可南太ちゃんの唇がゆっくりと近づく。
口の端から溢れた唾液が流れることもいとわずに、夢中で彼の舌に絡みついた。
そうなんだ。可愛くって臆病者で泣き虫の可南太ちゃんは、ベッドの中では意地悪くって男らしくて、あとねちっこい。
最初の夜はあまりの豹変ぶりに驚かされたけど、同時に普段とのギャップで、私はすっかり堕とされてしまった。
「んぁっ、あ、あっ、ふ、あん……ん……っ」
細くて繊細で、それでいて男を感じさせる骨張った指が、ぐちゅぐちゅと卑猥な音を立てながら蜜壺をかき回す。
「すごいよ。実花ちゃんのナカも、うねうね動いてる」
涼しい顔をした可南太ちゃんは、耐えず私のイイところを擦りながら、赤く尖った乳首を舌で転がし、時折甘噛みしては強く吸い付く。
「あ、んっ……いや、も、許し……」
伸ばした足がシーツを掻いて、腰が淫らに大きく揺れる。
お風呂場から続く長い愛撫に、理性も羞恥心ももう限界だった。
「可南太……ちゃん、もう、お願……あぁっ」
「実花ちゃん、欲しいの?」
「欲しい、の。可南太ちゃんの、ちょうだい」
年下の幼なじみに意地悪く責め立てられた挙げ句に自分からお願いをするなど恥ずべきことかもしれないが、そんなことはどうでもいい。
いつもと立場が違うかろうが、今後の主導権が移ってしまおうが、今はただ身体に籠もって高まりきった熱を解放してほしい。
「じゃあ、さ。もう虫で嫌がらせしない?」
「しない、しないからぁ! ごめん……ごめん、なさい……っ!」
「……実花ちゃんのこんな可愛い姿を見られる日が来るなんて思わなかった。本当に、諦めなくて良かったよ」
愛おしそうに私の頭を撫でる可南太ちゃんの声色は、思いの外優しかった。
――前言撤回。優しいなんて気のせいだ。
「あー、実花ちゃんのナカ、気持ちいー。挿れただけでイッちゃいそー」
背後にぴったりと張り付いた可南太ちゃんが、耳元でクスクスと笑う。
「ふ、あっ、やだ、、もう、動いてよぉ!」
背後から一気に貫かれたまではいい。お互いに側臥位になって横たわっているのも、不本意だけどいい。
……だけど、一向に動きゃしねえのは、許せない!
私のお尻には可南太ちゃんの下半身がぴったりと密着したままで、ピストン運動がまるで起こらない。
焦らしに焦らされて自分から腰を揺らしても、後から追いかけてきてはまた張り付かれる。身体をくの字に折り曲げながらジタバタする私を、可南太ちゃんはさも愉快そうに嘲笑しては、時折グッと引き寄せる。
「えー? もう少し、このまま。実花ちゃんこそどうしたの? 今度はシャクトリムシの真似?」
「も、それいいからぁ……っ!」
――しつこい、しつこい、夜中の蚊ぐらいしつこい!
終わったら絶対に、仕返ししてやるんだから!
寝ている可南太ちゃんの枕元に、とっておきのやつを置いてやるんだから!
――だって。また、こんな風に、苛められたいもの。
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