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第六話 作戦

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「はぁ……。何故あんな女を俺は――」

 一人ため息をついたミハイルだったが、規則正しく執務室の扉がノックされる音で気を引き締めた。

「入れ」
「失礼する」

 貴族らしく、滑らかで品のある動作で入室したのは、ヘクター・オースティン侯爵だった。
 若くして爵位を継ぎ、ミハイルさえいなければ確実に宰相補佐の席に座っていたであろう将来有望な若手貴族だった男だ。

「それで? 何の用だ」
 
 ミハイルは随分と砕けた言い方で要件を尋ねた。
 しかし、ヘクターはそのことを不快に思うどころか、当然のように受け入れた。

 彼らは平民と貴族とはいえ、同じ帝立イルゼ・アカデミー出身の同窓だったからだ。
 お互い同級生の中ではどこか浮いた存在で友達がいなかったため、ペアを必要とする授業では仕方なく何度も組んだことがあり、お互いの実力を認め合う、皇宮でも気心の知れた存在だった。

「システィーナ皇女殿下に、先日の舞踏会での発言についての真意を聞いてきた」
「何だと!?」

 ミハイルは、一瞬我を忘れて今にも怒りのままにヘクターを怒鳴りつけてしまいたかった。
 
 しかし、ミハイルは眉間に皺を寄せながらも、動揺を悟られないように、グッと衝動を抑え込んだ。
 
 そして冷静に聞き返す。

「何故そんな真似をした」
「皇女殿下が何故突然あのような発言をしたのか、気掛かりだったんだ」
「ハッ! そんなことを気にしていたのか? あれはただの新手の嫌がらせだ。いつもの悪趣味のな」

 ミハイルは吐き捨てるようにそう言った。
 
 そんなミハイルを、ヘクターはじっと見つめていた。
 表情から何かを読み取ろうとするように。

 ミハイルは不快げに眉を寄せた。

「皇女殿下の2番目の愛人とはいえ、随分と思い切った質問だな。殿下の機嫌を損ねたところで、自分ならば許されるとでも? 自信があるようだな。本当の愛人でもないというのに」

 ミハイルは、嫌味ったらしい言い方を止めることができなかった。
 ヘクターが本当の愛人関係ではないと、元々知っていたとしても尚、何度も皇女の寝室に足を運んだというだけで複雑な気持ちだった。

 そんなミハイルを、静かながらも怒りを湛えた眼差しでヘクターは見ていた。

「もう、俺をそのような名称で忌々しく呼ばなくてもいい。俺は皇女殿下に別れを告げられた。ミハイル。お前と真剣に交際するためだと言って――」
「なん、だと?」

 ミハイルは驚愕の表情でヘクターを凝視した。
 
 悔しさに顔を歪め、何処か怒りを滲ませたヘクターの瞳に、ミハイルは彼が嘘をついているわけではないと思った。

「あのシスティーナ皇女が別れを告げるのはまだしも、俺と交際するために関係を切ったと言っているのか?」
「あぁ――。他の愛人とも手を切るそうだ」
「今度は一体どんな悪趣味な嫌がらせを思いついたんだ!!」


 ミハイルは眉間に皺を寄せて、怒鳴り声を上げた。
 いつも予想外の行動しかしないシスティーナだ。
 これからはもっと厄介で面倒な追い詰め方をするのかもしれない。

 ミハイルは頭を抱えながらも、僅かな嬉しさを隠し切ることはできなかった。

 そんなミハイルを、ヘクターは冷めた目で見つめていた。




 ■■■





「こ、皇女殿下!! 発見しました! 数々の恋愛指南書、及び恋愛小説を読み漁り、恋愛経験豊富な侍女たちから仕入れた赤裸々な体験談を聞いて、このアニーは恋愛における次の一手を発見したのです!!」

 興奮で顔を赤くしながら、ノックもせずにシスティーナの自室へ駆け込んできたのは、侍女のアニーだった。

 他の使用人であれば、無礼者! と罵って厳しい処罰を与えていたところだが、腹心の侍女であるアニーのすることに関しては、システィーナは異様に寛容だった。

 むしろ、今か今かとアニーを待ち構えていたのだ。
 システィーナだけではあのミハイルに振り向いてもらうことは確実に出来ない。

 自分たちの今までの関係性からして、ミハイルはシスティーナを愛していても、反逆が起こり、システィーナが死にかけるような状況にならない限り、想いを伝えるような真似は絶対にしないだろう。

 システィーナからの告白を素直に受け入れなかったのも、これまでの自分たちの拗れすぎた関係性のせいだと思う。

 システィーナはソファーに悠々と腰掛け、足を組み、膝の上に肘を乗せて両手を組み顎を乗せ、真剣な表情で、走ってきたからか息を荒くして床にバテてしまったアニーを見下ろした。

「それで? 貴方の考える次の一手は何だと思う?」

 システィーナの鋭く細められた瞳に射抜かれたアニーは、ゴクリと唾を飲み込んで、捲し立てるように話し始めた。
 
「は、はい!! 皇女殿下は先日舞踏会でミハイル様に交際を申し込みました! しかし、今までの関係性から言って、きっと皇女殿下のお気持ちを誤解なさっていると思うのです!」
「確かにそうね。確実に冗談か嫌がらせだと思われているわ」
「そうなんです! だからこそ、まずは皇女殿下のお気持ちをミハイル様に信じてもらう事が第一に大切だと思ったのです!」

 システィーナはうんうんと真面目な顔でアニーの考えを聞きながら、やはり自分の侍女は頼りになると、改めて感心していた。
 
 アニーの言う通り、まずはシスティーナが嫌がらせをしているわけではないことを理解してもらわなくてはならない。

 もしもこのまま勘違いされたままでは、どんな恋愛テクニックを駆使しても、ただの嫌がらせの延長にしか思われないだろう。

「それで? 具体的にはどうしたらいいと思う?」
「ご安心ください皇女殿下! 既に準備は整っております!」
「何ですって?」

 アニーはテーブルの上に何枚もの便箋を並べた。
 どれも色とりどりで繊細な柄の書かれた一眼見て上質だとわかる高級品だ。

「これは?」

 システィーナは頭をかしげる。
 そんなシスティーナに、得意げにアニーは言い放った。

「もちろん、ミハイル補佐官に皇女殿下の思いを綴った手紙を書くのです!」
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