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前編

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 王子様はお姫様と末長く幸せに暮らしましたとさ。
 おしまい……じゃありません。
 あの王子、調子にのるな、ですわ。

 わたくし、ピカリンと申すものです。このピカリンという名は本当の名前ではありません。あの王子アホが勝手につけたあだ名ですわ。

「お前はピカリンな。ヒカルだからピカっと明るくなるってことだろ? でも、ピカだけじゃ可愛くないから、ピカリンで! どうだ?」

 はっ? 人の名前で遊ばないでくださいな。しかも、わたくしの名はヒカルではありません。一体どこの女と間違えているのかしら?

「王子様、わたくしの名前は……」
「おお、気に入ったか! それじゃ、ピカリンだな。ピカピカ光る、ピ・カ・リ・ン~」

 わたくし、冷めた目を向けていると思いますが、この王子様は気づいていないのでしょうか? まぁ、嬉しそうにダサい歌を歌っているので、気づいていないのでしょうね。脳内お花畑の王子様は楽しそうで何よりです。

 わたくしは嫌がらせされているとしか思えませんが……。このポンコツ王子様。

「ピカ・ピカ・ピカ・リン! 僕の大切なお姫様~~」

 下手くそで聞くに耐えないものです。その口をさっさと糸で縫いつけて、黙らせてやりたいくらいですわ。

「ピカリンは崇高な僕と付き合えて運がいいよ。器量良し、頭良し、性格も良し。そんな僕と付き合えるだなんて、なんて幸せなんだろう!!」

 王子様、わたくし頭が痛くなってきましたわ。自分で自分を褒めるのは構いませんが、よく鏡を見て言ってくださいな。それに、お勉強も教師に怒られてばかりでしょう。性格はとてもとても残念ですよ。人の話は聞かないし、ペラペラと自分だけ喋って満足するし、救い用がありません。

「王子様、暴走しないでくださいませ!」
「何!? 僕はうるさくなどないぞ! この無礼者! 僕と付き合えるのだからそれくらい我慢するべきだ」

 わたくし、この王子様の婚約者にされました。ですが、さっさと破棄してほしいですね。うっとおしくてかなわないし、ポンコツ王子様の自慢話は飽き飽きしているのです。我慢するべきとおっしゃいますが、わたくしいつも我慢していますわ。

「それで今日はな、ルナちゃんとファルちゃんとアクアちゃんとマリちゃんと一緒に遊ぶんだ。ピカリンはお留守番な。アハハハハハハハ!!」

 はぁ、他の女と一緒に遊ぶと堂々と宣言するな、ですわ! この腐れ王子様。

「あの? 王子様、なぜわたくしは一緒に行けないのでしょうか?」
「え、だってピカリンうるさいだろ? 他の女と遊んでいるとすぐ注意するじゃん。二人っきりでもないのにさ。嫉妬するのは醜いよ? でも、ピカリンや他の女が嫉妬するのは僕が罪深い男だからだよね。僕ってなんて素敵な男なんだ~!!」

 自分に酔いしれているのは構いませんが、うざいですわね。誰も王子様のことなんて好きではありません。王子様の権力、地位が魅力的で近づいているにすぎませんわ。王子様が好きなわけではありませんよ。この王子様は自分のいいように納得しているようですがね。

「救い用のないアホですわね」
「そうだな。ピカリンは救い用のないアホだ。よくわかっているじゃないか! 他の女が僕の周りにいようとも、お前が一番に決まっているというのにな~。そうそう、ピカリンは何も心配する必要などないのだ!!」
「……」
「アハハハハハハハ!!!」

 この腐れ王子様、縄で牛の体とつないでやりたいですわ。そのまま牛を走らせて、引きずられて悲惨な姿になればいいのに……。
 それとも、良い急斜面の坂道を紹介しましょうかね。あのまん丸なお顔やまん丸なお鼻、まん丸な体でしたら、コロコロとよく転がりそうです。
 はぁ、どちらもできないことですけど。一応、国の大切な王子様です。そのお体に傷がついたら、大変ですもの。

「そろそろ時間だ。じゃあな! ピカリン!」

 ガタンッと音を立てて、急いで走り去っていく王子様。その姿に、思ったことは二つ。
 挨拶くらいしていけですわ、ポンコツ王子様。
 わたくしと話す時間は遅刻できるのに、他の女と過ごすのは遅刻できないってどういうことかしら、ということ。

「話をよく聞かない。話が通じない。わたくしとの時間より他の女を優先させる。他の女を侍らせてニタニタ笑っている。救いようがなく、本当に気持ち悪い王子様ですこと」

 わたくしが嫉妬してるなどとふざけたことを抜かすなんて、どういう思考回路をしているのでしょう?
 王子様の頭を半分に割ることができましたら、あのバカみたいな思考を少しは解明することができるのでしょうか?
 あら、バカは言ってはいけませんでしたわね。アホというなら言いとあの王子様は言っていましたが……。

「アンリリカ様、また王子様は他の女のところへ?」
「そうですわよ、キース。聞かなくても見ればわかるでしょう?」

 わたくしのお迎えに来た執事のキースです。よくわたくしの愚痴を聞いてくれます。主に王子様の。

「アンリリカ様も苦労されますね。この国の王子様が遊び放題でお勉強もできないバカ・・だと、アンリリカ様がその分を補う必要がありますから」
「キース、許されているはアホですよ。バカ・・と言ってはいけないわ。バカなのは確かですけれど」
「アンリリカ様もおっしゃっていますよ。では、帰りましょうか」

 滞在時間にして五時間。ポンコツ王子様とのおしゃべり(主に自慢話しを聞くだけ)が二時間。待たされた時間は約三時間。
 今まで何時間も待たされるなんていうのは何回も繰り返しています。それに対して、ご自慢のまん丸顔を殴ってやりたい気持ちもあるのですが、相手が王子様なのでいつも怒りを抑えています。

 朝早起きしてわざわざ来てるのに、呼び出した本人は夢の中。スヤスヤと気持ちよさそうに寝ている姿を見たのは一度や二度ではありません。
 時間指定をして呼び出すくらいなら、起きていてほしいものです。わたくしの時間の無駄はだいたい王子様が原因です。わたくしも暇ではありませんのに。いっそのこと、寝ている隙に家畜小屋に吊るしておいてやろうかしら?

 はぁ、一応この国の王子様ですし、耐えましょう。耐えるのです、わたくし。忍耐力が試されているのです、きっと。

「アンリリカ様。自分に言い聞かせて嘘をつくのは構いません。でも、王子様への不満が爆発した時に、その不満を向けるのはどうか王子様であってくださいね」
「何を当たり前のことを言っているのです? わたくしがキースたち使用人に当たったことがあるかしら?」
「いえ、ありません。だからこそ心配なのですよ。私たちからしたらアンリリカ様は、将来王妃になるとはいえ、まだ子供ですからね」

 そうですわね。わたくしはまだ子供です。大人のふりをしているだけの子供ですわ。本当は泣いて不満を王子様にぶつけたいわ。でも、子供のように感情を思うままにぶつけてはいけないの。わたくしは大人のフリをしなければならないのです。楽しくもないのに、ニッコリと微笑んで、楽しくもない会話に相槌を打つの。正直、もううんざりしていますが、それがわたくしのお仕事の一環です。

「なにもかもを放り出して、次代の王妃などという重要な地位から降りたいわ。何も知らなかった頃の子供に戻れたらどんなに幸せなのでしょうね」

 過去は過去。わたくしは、ポンコツ王子様の妻として、将来彼を支えていかなければいけない。ですから、いつまでもポンコツのままでいられると困るのよ。わたくしの仕事が増えるのは嫌ですもの。

「とりあえず、あの腐れ王子様はどこかへ飛ばしましょう。薄い服を着せて、どこか寒い地域に。そして、人の住んでいない遠いところに」
「お気持ちはお察ししますが、王子様が死ぬからダメですよ。あれでも一応この国、唯一の王子様ですからね」
「知ってるわ。言ってみただけです。言うだけならいいのです、言うだけなら」
「そうですね、言うだけならいいと思います。言うだけでしたら。アンリリカ様の目が笑っていないので、心配になっただけです」

 あら、これでもあのポンコツ王子様がやるさまざまなことに、いつも我慢してきたんですのよ。今回も王子様にやってやりたい、と思ったことくらい抑えられます。

「そうです、わたくしは晴れた庭でキャハハハ、ウフフ、としている王子様や女達に思うところはなんともないのです」
「それにしては、怖い目で睨んでいますよ。今なら熊も逃げ出しそうですね。はぁ、窓から見える位置でピクニック遊ばなくてもよろしいのに。しかもアンリリカ様が通る道にあるところで」
「平常心ですわ。わたくしは何も見てません。そうです、わたくし、何も見ていないのです。あの王子様がわたくしに気づいて、ブンブンと元気よく手を振ってる姿など見えていません」
「あの王子様、火に油を注ぐようなことをして、どうしてくれるんでしょう。余計なことはしないでいただきたい」

 キースが頭を抱えてため息を吐いていますが、そんなことはどうでもいいのです。わたくし、ニコニコと笑って手を振る王子様のご自慢のお顔に、傷をつけてやりたいです。我慢です、アンリリカ。我慢するのです。そう、平常心を保つのです。

 わたくしの堪忍袋の緒が切れるのも時間の問題ですわね。
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