水神の棲む村

月詠世理

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2話

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 母の幸せを奪ってしまった私が言えることではないが、この村の人間は皆異常だ。

「あら? まだいたの化け物」
「卑しく薄汚れた子はさっさとボロ小屋に帰りなさい」

 強く体を押された。体は傾き、倒れていく。とっさのことで自分の体をかばいきれなかった。

「あら、やだ。さわっちゃったわ!」
「汚いわよ。早く手を洗った方がいいわ」
「それより先に……」

 倒れた私を囲む三人の女性。彼女たちは私を蹴りはじめた。これは、母が死に、少し経った頃に面白がった村人たちによって始まったこと。もともと村の人間から嫌われていた私は、虐げられる運命だったのだろう。

「あんたの母は名誉な死を与えられた。だって、水神様の生贄になったんだもの」
「神の生贄なんて、普通の人間が選ばれることはないわ。貴方の母親は余計なことをした人間。けれど……」
「全てを許された人間でもある。掟破りのあの女が救われた。それが、とても気に食わないわ!!」

 容赦なく体を蹴られる。胸らへんに与えられた衝撃で咳がでた。それを無視され、続けられる行為。所かまわず体全体を攻撃されるため、傷をかばうことはできない。口内はすでに血の味。止める者は誰もいない。面白がって見る者、私をいない者と扱う者、軽蔑の目を向ける者など様々だ。助けてくれる者はいない。いないのに、――。

「やめよ!」

 辺りに響いたのは、迫力のある声。痛みに耐えながら、声の方に目線を向けた。そこにいたのは、毅然とした態度をしている村の偉い人。

「大叔母様! こんな奴のことを助けようとしなくても……」
「黙らんか!」

 一喝され、口を開こうとしていた人たちは、何も言えなくなってしまったようだ。

「容易に人を虐げる者ではない。いつしかその行いが自分に返ってくる。よいか?
自分がやって欲しくないことを他人にやるべきではない」

 辺りはしんっと静まった。全ての人間が大叔母様という人の話に耳を傾けていた。

「大丈夫かい? ミクルの子よ」

 私は、大叔母様という人が差し出した手を取った。
「家まで送って行こう」

 私は、あまりの痛みに、言葉を発することができなかった。ただ、頷くことしかできなかった。この行動を不満に思った人間は多くいるだろう。集まった村の人の様子をチラッと見た時、皆怖いくらい睨んでいたから。
 私はきっとこれからも壊されていく。人の手によって、死んでいくんだ。
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