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 エリザあの女と|《キース》おまけの嫌がらせは続いている。あの女は、ふかふかのソファーに座り、優雅に紅茶を飲んでいた。外見はいいけれど、中身は最悪。あの大人の女性らしい体つきにデレデレする人もいそうだ。私からしたら、嫌味ったらしいあの女のどこがいいのか、不思議でならない。

「さっさと、洗いなさいよ。グズ。やることはいろいろあるのよ?」
「お母様、仕方ないよ。僕でも使える生活魔法を、あいつは使えないから。出来損ないだね」
「そうね。欠陥品はこのアルバレス家の後継にはふさわしくないわ」

 現在、私は食器を洗っている。
 魔法を使えないから、一つ一つの作業に時間がかかるのだ。それをわかっていて、あの二人はわざわざ聞こえるように言ってくる。それに、私だけ、水道を使うの禁止された。だから、近くの井戸まで水を汲みに行かないと行けない。そのせいで、なかなか作業が進まない。
 生活魔法があれば、日常で使う火や水などを出すことができる。だが、私にはオルニスがいないから、生活魔法も使えない。あの二人は、とことん私をいじめぬいている。

「あら? いつまで食器を洗っているの? 紅茶がなくなったわよ」
「ほんとうにトロイやつだ」

 あなたの周りにいる執事やメイドは飾りものですか? その人たちに、紅茶くらい入れ直してもらえばいいと思います。

 そう言いたいのを我慢して、手を動かしていく。悪趣味なことばかりするやつらだ。相手にしていると、また嫌味がとんでくる。相手にしなくても嫌味はとんでくるが……。
 せめて、立っているだけのお飾りの執事やメイドは仕事してほしい。私と違って、お金をもらってるはずだ。そんなことを願っても、あいつらと一緒に笑っているだけで、何もしないと思う。
 給料泥棒ばかり揃ってて、この家はもうダメかもしれない。

「ねぇ、リンネちゃん。いつまで、この家にいる気なの? 魔法を使えないあなたはこの家の恥。そのせいで、カイン様にも迷惑になっていると気づかないのかしらね?」

 甘ったるい声。鳥肌がたった。リンネちゃんなんて、いつもは呼ばない。呼び捨て、またはあなただ。機嫌が悪い時は、あんたやお前と呼ばれることもある。急に、この女はどうしたのか。ちなみに、カインとは私の父の名前である。

「エリザ様がこの家にいろとおっしゃったはずですが……」
「ほんとうに生意気な娘ね。私の大っ嫌いな女に似ているわ。特に、顔。あなたの顔がカイン様に似ていたら、いくらでも可愛がってあげられたのに……。なぜ、私の嫌いな女を思い浮かべるような顔をしているのかしら?」

 それは、私があなたの大嫌いな女から生まれた娘だからだよ。私の大好きなお母様。正真正銘の母親。この性悪とは違う。おしとやかで、ふんわりしていて、優しい人だった。お母様は、体が弱くて、死んでしまった。けれど、私はお母様が大好きだった。それと同じくらい、お父様とお母様と私で過ごす日々も大好きだった。

 体の弱かったお母様。突然の死。お母様がいなくなってから、家の中はまるで光がなくなったようであった。寂しくて、悲しくて、苦しくて、出口の見えない暗闇がそこにはあった。それから、お父様は、お母様がいた時以上に仕事をするようになった。仕事仕事で私と話す時間はほとんどなかった。そして、唐突に、お父様はこの女を連れてきた。「仲良くするように」と残して、お父様は仕事へ行った。

 私たちは、仲良くなんてできない。お母様を嫌っている女が、私と仲良くするわけない。それなのに、お父様はこの人を連れてきた。なぜ、この女なのか。

「……邪魔になったの。リンネちゃんの顔も見たくなくなったのよ。だから、出て行ってもらうことしたわ。十四歳にもなったのだから、結婚させればいいのよ。大丈夫、わたくしがいい人を選んであげるわ」

 婚約をすっ飛ばして、結婚!? ありえない。それに、恥だと言った私のことを外へ出すの? 変な人に私を売り渡す未来しか見えない。

「嬉しいでしょう? もう相手は決めてあるわ。四十代だったかしら? 危ない薬を開発している医者なのよ。だから、お金はたんまり持っているはずよ」

 四捨五入して三十歳も年上。そんな年上に嫁いだということは、私自身に何か問題があるとしか思われない。普通なら、それなりに歳の近い人をパートナーとするのだから。私にオルニスがいないことは、私自身に問題があるから何も言えない。けれど、年上すぎる。しかも、危ない薬って何?

「大丈夫よ。リンネちゃんをちゃ~んと、可愛がってくれるらしいから」

 寒気がした。今逃げないと、身の危険に晒される。マズイ! 私は、手を止める。タイミングを見計らって、外へ逃げようとした。そして、走り出す。その瞬間――

「リンネを捕まえなさい!」

 ――お飾りであった大勢の執事やメイドに追いかけられた。必死に逃げたものの、外へ出れる一歩手前のところで捕まってしまった。

「リンネ、あなたを休ませてあげるわ。しばらくは大人しくこの部屋にいなさい。食事は届けてあげるから」

 埃かぶった小さな倉庫部屋。この部屋に閉じ込められることを思うと嫌になってくる。全員あの女の言いなり。だから、助けてくれるものもいないだろう。
 窓もない部屋でどうしたら、抜け出すことができる? 何も打開策が浮かばなかった。
 ――はぁ、とうぶん、まともな食事を食べることもできなさそうだ。
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