上 下
55 / 75

第55話「漆黒の鎧」

しおりを挟む
 強い風が吹いていた。
 少女たちは睨み合う。杖を構えるパンパカーナと、無防備に両手を下げてただ見つめている運転手だ。
 間歇的に吹く強弱を伴った悪戯な風は、パンパカーナの洋紅色のフードを取り払った。金色の髪の全貌が露わになる。だが、視線は外さない。狼狽えなかった。
 同時に、運転手の小さなマントが軍旗みたく翻った。飛んでいる。垂直にはためく様を見て、そう思った。見比べてみると、パンパカーナよりも小さい。パンパカーナが約百五十八センチなので、随分と背が低い。色とりどりの髪の束を貼り付けている。風に煽られ、束が持ち上がると、隠れた額が顔を見せた。そこには薄藤色の紋章があった。
 息がつまるほどの沈黙。静寂を破り、まず口を開いたのは、パンパカーナだった。

「私を憶えているか」

「......ノー」

 運転手は臆面なく答える。いいえ。違います。わかりません。ではなく、彼女は『NO』といった。英語でいったのだ。この世界に送還された時点で、言語の隔たりは自動的に解決されているようだったが、しかし、元々モンドモルトにいる民が、わざわざ外来語を用いるだろうか。現実世界から輸入され、勇者たちの手によって既に普遍化されていたと仮定するなら納得がいく。
 俺は運転手に対し、懐疑の念を抱きはじめていた。些細なことだが、可能性は大いにあった。小さな違和感。それが心の湖に一石を投じた。波紋は広がり、疑念の波はより強くなった。

「本当に、憶えていないのか」

 パンパカーナの声音は熱を帯びはじめる。

「......イエス」

 対照的に落ち着いた声音だった。運転手の顔には焦燥の影すら伺えない。

「バンダの酒場へ行っただろう」

「......バンダ」

「お前は白いフードをした女性と酒を酌み交わし、あるものを少額の金銭と引き換えに手に入れたはず」

「......あ」

「バレッタの杖。私の魂の神器だ。それを、返していただきたい」

「......ない。売った」

「貴様!」

 感情の急激な上昇。矢庭に放たれる紅蓮の弾丸。突発的に引き金を引いたのだ。螺旋状に回転しつつ、ターゲットの左胸部を狙う。

「殺すつもりか」

 俺は怒声を放った。パンパカーナがはっと我に返ったような顔をした。冷や汗が垂れる。着弾した。しかし、漆黒の鎧に阻まれ、炎は花のように散った。

「......」

 うなじの部分から、虹色の一本の髪束が垂れ下がっている鎧兜の顔には、斜めに斬撃を受けたように空いた穴があった。暗いので中はよく見えない。背丈は少し大きくなっただろうか。強堅な鎧が彼女を大きく見せていた。鋭利な刃物のような装飾が肩や背などに見られる。感触を確かめるように手を握っては解くを繰り返している。

「その姿......。まさかっ」

 運転手は拳を固めて構えた。草地に足が食い込み、土を掻き出す。駆けた。

(トガさん!)

 ラルエシミラが叫んだ。わかっている。止めなければ。

「穿孔・改の剣——第二の刃・端敵(はがたき)」

 俺は刃の切っ先をパンパカーナの方へ向けると、鍵を回すように捻った。地面を割り、彼女の眼の前に泥の人形が出現する。両手を広げ、庇う格好になる。
 それを運転手は鎧を纏った拳で勢い良く殴りつけた。フック気味に放たれた強烈なパンチは、いともたやすく人形の首を断った。頭が遥か遠くへ飛んでいく。泥人形は崩れた。

「そいつから離れろ! パンパカーナ」

 剣を振るう。鎧の腕が受け止める。火花が散り、金属同士の衝突する音がした。両者引かぬ鍔迫り合い。俺はガラ空きの腹部へ蹴りを入れる。後方へ飛んだ。運転手はハンドスプリングをするように回転し、空中で体を四回転捻って着地した。鎧のガチャリという重い音がする。彼女は既に拳を構えて立っていた。

「強いな」

「......」

 返事はない。篭った息遣いだけが聞こえてくる。
 魂の神器だ。着弾する寸前に運転手を鎧が覆いつくした。その現象と凄まじい力は、魂の神器でしかなし得ないことだった。彼女の精錬された動き。扱いに慣れているようだ。何者だ。真相を確かめるべく、無力化を図る。少々手荒になってしまうが、致し方ないこだと割り切って挑む。

(無理しないでくださいね。私の技はまだ第二までしか使えませんから)

 剣を担ぐ。ラルエシミラのいう通り、現状、未だ会得するに至っていない。技量が未熟であるからだ。鍛錬と経験を積むしかない。

「了解」

「戸賀勇希」

 パンパカーナが駆け寄る。スナイパーライフルを模した杖を構えていった。

「あいつが私のアルマ・アニマの片割れを持っていた」

「持っていた?」

「どこぞへ売り飛ばしたらしい」

 パンパカーナは悔しげに歯ぎしりした。

「じゃあ、どこへ売ったのか白状させないとな」

 俺は剣を地面に突き刺していった。

「ああ。私は支援射撃をする。バイザーや関節部を狙うから。崩れた隙を突け」

「相解った!」(相わかりました!)

 それを皮切りに、運転手が滑るように間合いを詰めてきた。炎の銃弾が二、三発。当たっては弾かれる。突如、地中に大穴が空く。巨大な落とし穴だ。タイミングを見計らい、運転手がそこへたどり着くのを待っていた。
 彼女は奈落の底へ落ちていく。ちょっとやそっとでは這い上がれないように深く設計したのだ。魂の神器使いだ。死ぬことはあるまい。

「さて。ゆっくり話でも聞こうか」

 俺は穴を覗きこんだ。姿が見えない。深く掘りすぎたのだろうか。それにしても、鎧の擦れる音一つ聞こえないとは。不気味な——

「灼熱魔弾(アルスーラ)!!」

 背後でパンパカーナの声がした。凄まじい熱気を背中に感じた。振り向く。運転手の拳を躱しながら、パンパカーナが軽やかに跳び回っていた。

「馬鹿な」

(トガさん! あそこを)

 想像で指を差すラルエシミラ。その方を見やると、人一人が通れるほどの穴があった。あいつ。地中を掻き分けてきたのか。なんというパワーだ。
 このままパンパカーナに相手をさせるのはキツいだろう。実力は未知数。疾風怒濤のインファイター。ここは退くべきだろうか。体を動かしながら考える。

「こっちを向け!」

 俺は吠えた。兜がこちらを向く。そうだ。こっちへ来い。相手をしてやる。

「穿孔・改の剣——第三の刃」

(——っ! まだ早い!)

 俺はラルエシミラの制止を振り切り、あのときを思い出しながら、見よう見まねで居合いの構えをとった。

「馬簾」

 一本の太い糸が地面から飛び出してきた。不規則な動きで乱舞している。運転手はそれに気づくと、立ち止まり、腕をクロスさせて、ガードの体制に入る。ムチのようにしなる具現化した斬撃の束は、彼女の脇腹を打った。体がくの字になり、吹き飛ばされる。地面にバウンドする度に土を抉った。やがて、肩がめり込む形で沈黙した。数十メートル先まで吹き飛んでいた。

「追いかけるぞ」

 いうと、パンパカーナは運転手を見据えたまま、小さく頷いた。ラルエシミラが、あれは軽率で危険な行動だと憤慨していたので、想像で謝った。
 いつ起き上がり、反撃に転じてくるかわからないため、武器を構えながらゆっくりと近寄った。
 黒い鎧は消えていた。運転手は眠るように横たわっていた。息はある。気を失っているだけのようだ。

「どうしようか」

 俺はパンパカーナに処遇を問う。

「とりあえず、縛ろう」

 剣で地面を穿ち、炭素で出来た手枷足枷を嵌めた。念のため、地中に下半身を埋めておいた。
 俺たちは運転手が目を覚ます間、幾つか質問したいことをリストアップした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

マイナー18禁乙女ゲームのヒロインになりました

東 万里央(あずま まりお)
恋愛
十六歳になったその日の朝、私は鏡の前で思い出した。この世界はなんちゃってルネサンス時代を舞台とした、18禁乙女ゲーム「愛欲のボルジア」だと言うことに……。私はそのヒロイン・ルクレツィアに転生していたのだ。 攻略対象のイケメンは五人。ヤンデレ鬼畜兄貴のチェーザレに男の娘のジョバンニ。フェロモン侍従のペドロに影の薄いアルフォンソ。大穴の変人両刀のレオナルド……。ハハッ、ロクなヤツがいやしねえ! こうなれば修道女ルートを目指してやる! そんな感じで涙目で爆走するルクレツィアたんのお話し。

【完結】20年後の真実

ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
公爵令息のマリウスがが婚約者タチアナに婚約破棄を言い渡した。 マリウスは子爵令嬢のゾフィーとの恋に溺れ、婚約者を蔑ろにしていた。 それから20年。 マリウスはゾフィーと結婚し、タチアナは伯爵夫人となっていた。 そして、娘の恋愛を機にマリウスは婚約破棄騒動の真実を知る。 おじさんが昔を思い出しながらもだもだするだけのお話です。 全4話書き上げ済み。

皇太子の子を妊娠した悪役令嬢は逃げることにした

葉柚
恋愛
皇太子の子を妊娠した悪役令嬢のレイチェルは幸せいっぱいに暮らしていました。 でも、妊娠を切っ掛けに前世の記憶がよみがえり、悪役令嬢だということに気づいたレイチェルは皇太子の前から逃げ出すことにしました。 本編完結済みです。時々番外編を追加します。

愚かな父にサヨナラと《完結》

アーエル
ファンタジー
「フラン。お前の方が年上なのだから、妹のために我慢しなさい」 父の言葉は最後の一線を越えてしまった。 その言葉が、続く悲劇を招く結果となったけど・・・ 悲劇の本当の始まりはもっと昔から。 言えることはただひとつ 私の幸せに貴方はいりません ✈他社にも同時公開

余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました

結城芙由奈 
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】 私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。 2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます *「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています ※2023年8月 書籍化

大切”だった”仲間に裏切られたので、皆殺しにしようと思います

騙道みりあ
ファンタジー
 魔王を討伐し、世界に平和をもたらした”勇者パーティー”。  その一員であり、”人類最強”と呼ばれる少年ユウキは、何故か仲間たちに裏切られてしまう。  仲間への信頼、恋人への愛。それら全てが作られたものだと知り、ユウキは怒りを覚えた。  なので、全員殺すことにした。  1話完結ですが、続編も考えています。

処理中です...