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第49話「異世界征服の狼煙」

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 俺たちは穴から外へ飛び出すと、シーボ国橋梁を目指し、例によって迷路のように入り組んだ住宅街を通り、そのまま屋台街を抜けていこうとしたが、スーツ姿で肩にローブをかけた銀髪の青年と歪な杖を持つ白いネグリジェを着た少女という珍妙たるアベックを見た道行く人々が訝しげな目で、ひそひそと話をするので、たまらず、目立たない路地脇を見つけてそこへ隠れた。作戦会議をするためだった。

「おい。なんか、やたらと人に見られるんだが」
 
 目と鼻の先で、俺は内緒話をするようにいった。

「当たり前でしょ! 誰だって、こんな怪しい二人組みが歩いてたら、嫌でも目に止まるだろう」

 パンパカーナも同様に声を落としていう。しゃがみこんで、時折、大通りの方へ目を配り、そちらから通行人が好奇的に近寄ってくることを警戒する。

「じゃあ、どうする」

「服装がいけない。私の服は処分されてしまったから、代わりに何か買わなければ」

「お金は?」

 俺はそう訊ねると、パンパカーナはっとした表情になり、すぐに眉根を寄せて俯き、人差し指で石畳に円を描くようになぞりはじめた。

「ない......。うぅ。私のウパちゃん財布」

 俺はそれがウーパールーパーの姿を模した背中にチャックが付いた人形であるとわかった。

「まあ、その、うん。また買ってやるよ」

「ダメ......。あれは現実世界から持ち込んだもの。この世界にはどこにも売ってないの」

 すっかりと意気消沈したパンパカーナの頭上には暗雲がたちこめ、雨を降らせているかのように彼女の表情を曇らせた。よほどお気に入りだったのだろう。あの中に雀の涙ほどの金額しか入っていなかったことを言おうと思っていたが、パンパカーナを見ているとその気は失せた。

「財布のことは残念だけど、今は、とりあえず金を稼がないと」

「うっ......。うん。そうだな。では、どうしよう」

 どうやら不本意ながら愛執の念を断ち切ったようだ。俺はさて、どうしたものかと考えながら、パンパカーナをじっと眺めた。ゆったりとしたレースが装飾された胸元から小ぶりな谷間が覗いていた。形のいい脚を寄せ合っていた。すると、パンパカーナは自身の体を守るように抱きしめると、

「い、いったいなにを考えているのよ! まさか、まさか」

 顔を紅潮させて、蔑むような視線を俺に浴びせる。

「え。いや、違う! そんなつもりじゃ」

(あれえ。なにが違うんですか、トガさん)

 強くかぶりを振って必死に弁解しようと努めている最中、あろうことか、俺の中にいるラルエシミラの意識が揶揄してきた。ちくしょう。面倒くさい。帰ってくれ。

「こ、答えろ! 戸賀勇希」

(ねえねえ。なにをさせようとしてたんですか)

 頭の中で反響する声声に堪えきれなくなった俺は腰からスコップを抜くと、その先端をパンパカーナに見せた。するとパンパカーナはああっ、先端恐怖症なのに。といって悶えた。この魂の神器は伸縮自在で、スコップ状態と剣状態を瞬時に切り替えられるのだ。宮殿から脱出する際、ラルエシミラから教わったのである。

(あ、誤魔化しましたね)

 去れ。ラルエシミラよ、去れ。そう心の中で念じると、ラルエシミラはむくれて、「ちょっとからかっただけじゃないですか! せっかく魂の神器でほにゃららしてお金を稼げばいいと教えてあげようと思ってたのに。もう教えてあげませんからね!」という捨て台詞を吐いて意識の奥へ身を潜めた。

 魂の神器を使う、か。俺の能力は物質の構成成分を解析し、それらを選択して掘り起こす。もしくは物質どうしの組み合わせができることだ。また、痛みや感情などの精神に関与する、形として捉えることができない抽象的な事柄を含まない、あくまでも成分分析が可能な量や質をもった実質的なものに限定される。それをどのようにして活用すればいいのだろうか。

掘り起こしてみよう。頭の中から蓄えた知識の泉から、掘り起こそう。そして考えよう。この街には何が必要だろうか。人々はいったい、日々の生活に何を求めているのだろうか。思い返せば、運搬業や立ち仕事をしている人が多いような気がする。

すると、重い荷物を扱うことで筋肉に疲労が溜まる。立ち仕事を続けていると、膝や腰に負担がかかるだろう。どちらもハードワークだ。さて、俺が疲れを癒すためにはどうするか。ひとつは按摩をしてもらうこと。だが、これは素人ではなかなか難しい。経験と知識が必要だ。それに、能力の使いどころがない。では、あれをやるしかないだろう。多くの日本人が愛して止まない伝統的文化である、あれを。

「よし、決めたぞ。パンパカーナ」

 俺はそういって立ち上がると、パンパカーナに白いローブを被せた。

「わっ。ちょっと。なに、どうするの」

 突然降ってきた布生地に視界を支配され、慌てふためくパンパカーナは訊ねる。俺はようやく顔を出したパンパカーナに、親指で行き先を示して答えた。

「一旦、この国から出よう」




 人目を避けるように素早く橋梁を越え、俺たちはそこから少し離れた土道から外れた、背の低い草木や所々に岩石が埋まっている広大な大地へやってきた。RPGでいえば最初の村の近郊にある草原のような感じだ。幸いにも、敵となるモンスターの類は見当たらなかった。

「ねえ、こんなところで何をするの」

 思惑を明かさずに連れてきたパンパカーナが訊ねた。俺はそれに対し、簡単な説明をはじめた。

「そんじゃ、今から温泉を掘り当てます」

「温泉? あの赤の他人たちと水着で一つの湯に浸かるあれね」

「水着......? まあいいか。そう、それだ。ちなみに泉源探査、水理地質総合解析、整地、揚湯、濃度調整、設備諸々はこの魂の神器、もといスコップ一つで出来るので、重機や業者、莫大な資金と工事期間、温泉井戸工事計画などは不要だ」

「随分とお手軽というか、どうしてそこまでできるのよ」

 俺は自分の能力について、具にパンパカーナに伝えた。少し時間はかかったが、どうやら納得してもらえたようだ。俺は再び説明に入る。

「さて、ここで懸念されている問題の、温泉を掘るにあたっての許可や書類申請などだが、これらは現在問題視されているであろう女王失踪の混乱に乗じて、勝手にやってしまいましょう」

「——っ! ちょっと、それ、法に触れてるんじゃないの」

 パンパカーナは憮然としたような面持ちでいった。

「いいか、俺たちは女王に叛いた。故に国家転覆罪で指名手配されてもおかしくはないし、すでに各国へ通達されているかもしれない。だが、手配書が出回り、俺たちが国家にとって敵であると民衆に認知されるには時間がかかるだろう。そこで、俺たちは一時の温泉稼業で旅費や生活必需品にかかる費用を賄える資金を蓄え、十分であると判断したら店じまいをして、次の国へトンズラってわけだ」

「なんだか、倫理に反するというか、悪党というか、詐欺師というか」

 腕を組み、眉根を寄せて口をへの字に曲げているパンパカーナ。たしかにその通りだ。間違っている。恥じるべき行為だ。だが、その価値観は是正せねばならない。綺麗事を言っている場合ではないのだ。ここは現実世界とはあらゆることが違う異世界。ここまでやってしまえば、もう、後戻りはできない。

「パンパカーナ、覚悟を決めろ。俺たちは世界を救った英雄である勇者を倒そうとしている者。いわば征服者なんだ。征服者に世界の常識は通用せず、ただ一個の目的に直往邁進するのみ——さあ、スコップ1つで異世界征服を始めよう」
 
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