11 / 13
喝采
しおりを挟む
惜しみない賞賛の拍手。
捲き起こるは歓然、歓笑、大歓呼。
先ほどと比べ、人が増えた気もする。おお、口を押さえて泣いているではありませんか、お姉さん、大丈夫、無事ですよ、みなさん、ところでちょっと引っ張り上げてもらえませんか? そうです、そこのダンスミュージックを嗜んでそうな蛍光緑のキャップを召した人、手が見えますか? さあ、お兄さん、掴んで、手を、絶対に離してはいけませんよ、いえいえ、おかまいなく、自力で這い上がることができますから、私は。はい、鍛えているものですから、やれプロレスラーだとかやれキン肉マンなどと言われまして、はい。怪我? それなら、お兄さんと泣き虫坊ちゃんを心配してあげてください、無事ですから、私は。
さて、出口はあちらの方か。階段は急斜面、忙しそうに降りる人々、群衆がバリケードを張っている。
「すいません! ちょっと通してください、待って、『恩人』! そこの『恩人』さん!」
スーツの男が叫んでいる。
『恩人』? ああ、私のことか。立ち止まり、振り返る。女子高生らしき人にサインをせがまれる。まいったな、さっきまで犯罪者だったのになあ。また、後ろから声が聞こえる。人混みをかき分け、息を切らしてやってきた。
「待ってくださいよ、『恩人』。お礼がしたいんです。飯、行きましょう! なんでもご馳走しますから」
いいえ、結構、これは、罪滅ぼしみたいなものです。罪滅ぼしとは何かと聞かれ、それとなく流す。立ち話もなんだ、とりあえず、喫茶店にでも行こうかと提案。渋々、申し訳なさそうな顔をしたお兄さんが付いてきた。
「助けていただいて、本当に、ありがとうございました!」
木目調のテーブルに、額を乗せる。顔をあげてください、お兄さん、だから、もう注文は結構です、そのメニュー表を片付けてください、アイスコーヒーだけで、十分です。「そうですか......」と渋々メニュー表を下げる。適温に保たれた空間、清潔な店内、控えめなジャズが心地よい。客はまばらで、それぞれ、会話や読書を楽しんでいる。ちらりと手元を見やると、時刻は、19時14分を指し示していた。
「それにしても、どうして、あんな場所にいたのですか?」
返答に困る。『なぜ』と聞かれても、『なぜ』と返すしかない。わからないのだ、私にも、おそらく、バスで起きたことが原因だろう。しかし、非現実的な話なため、到底、理解する範囲を超えている。きっと、信じてはもらえない。
「私、これから死ぬつもりなんです」
一瞬の静寂。再び、会話が聞こえ始める。しまった。言うつもりはなかったのだ。スーツの男は、突如とび出した物騒な言葉に顔を強張らせる。
「すいません、急に。でも、本当に死ぬつもりなのです。これ以上、生きていても辛いだけと言いますか......私、未来で1度、罪を犯しまして、その償いも兼ねて、ということで......」
はっきりしない物言い、我ながら女々しい。突然、両肩に衝撃。顔を上げると、正面には、見事な男泣き。
「どうして、そんな悲しいことを......あなたは、私を助けてくれたではありませんか......死ぬなんて、言わないでください! それに、未来なんて、まだわからないじゃないですか!」
「大丈夫ですか?」心配したウェイトレスがハンカチを持ってやってくる。迅速で、いい判断だ、ありがとう。頭を下げ、厨房へ戻っていく。チラチラと、好奇心に満ちた視線を感じて落ち着かない。
「すいません、泣いてしまって、もう、大丈夫です。そういえば、『恩人』の名前、聞いてませんでしたね、教えて下さいよ」
鼻水を拭くスーツの男が訊ねる。しかし、迷う。正直に教えていいものだろうか。なるべく、人と関わり合いたくはない。もし、借金取りにちょっかいをかけられるかもしれないことを考えると、胃が痛くなる。いっそ死んだ方がいいのだ、これ以上、迷惑をかけたくはない。
「あ、ちなみに僕の名前はですねぇ、『桑方歴木』といいます。桑田佳祐の『桑』に、方位磁石の『方』、故事来歴の『歴』に、木村拓也の『木』です」
聞いてもいない、勝手に名乗ったスーツの男は、机に指で文字を書く。『くわがた』、その言葉には、見覚えがあった。バスの男の子だ、あの携帯電話のディスプレイに表示された文字。そう、ひらがなで、たしか、『くわがた』。
「そうだ! どうせ死ぬなら、その前に、家に寄って行ってくださいよ! きちんと、お礼がしたいんです。嫌と言っても連れて行きますからね! 妻にも、事情を話せば歓迎してくれるはずです」
弱った、どうしたものか、早く死にたいのだが。腕を引っ張るスーツの男は、いつの間にか会計を済まし、「名前、道中で教えてもらいますよ」などと言って、強く、背中を押してくる。「断っても、聞いてはくれないんでしょうね」
外へ出ると、すっかり暗い。ふと、目についた、背の高い時計塔の針は、19時45分を差していた。
捲き起こるは歓然、歓笑、大歓呼。
先ほどと比べ、人が増えた気もする。おお、口を押さえて泣いているではありませんか、お姉さん、大丈夫、無事ですよ、みなさん、ところでちょっと引っ張り上げてもらえませんか? そうです、そこのダンスミュージックを嗜んでそうな蛍光緑のキャップを召した人、手が見えますか? さあ、お兄さん、掴んで、手を、絶対に離してはいけませんよ、いえいえ、おかまいなく、自力で這い上がることができますから、私は。はい、鍛えているものですから、やれプロレスラーだとかやれキン肉マンなどと言われまして、はい。怪我? それなら、お兄さんと泣き虫坊ちゃんを心配してあげてください、無事ですから、私は。
さて、出口はあちらの方か。階段は急斜面、忙しそうに降りる人々、群衆がバリケードを張っている。
「すいません! ちょっと通してください、待って、『恩人』! そこの『恩人』さん!」
スーツの男が叫んでいる。
『恩人』? ああ、私のことか。立ち止まり、振り返る。女子高生らしき人にサインをせがまれる。まいったな、さっきまで犯罪者だったのになあ。また、後ろから声が聞こえる。人混みをかき分け、息を切らしてやってきた。
「待ってくださいよ、『恩人』。お礼がしたいんです。飯、行きましょう! なんでもご馳走しますから」
いいえ、結構、これは、罪滅ぼしみたいなものです。罪滅ぼしとは何かと聞かれ、それとなく流す。立ち話もなんだ、とりあえず、喫茶店にでも行こうかと提案。渋々、申し訳なさそうな顔をしたお兄さんが付いてきた。
「助けていただいて、本当に、ありがとうございました!」
木目調のテーブルに、額を乗せる。顔をあげてください、お兄さん、だから、もう注文は結構です、そのメニュー表を片付けてください、アイスコーヒーだけで、十分です。「そうですか......」と渋々メニュー表を下げる。適温に保たれた空間、清潔な店内、控えめなジャズが心地よい。客はまばらで、それぞれ、会話や読書を楽しんでいる。ちらりと手元を見やると、時刻は、19時14分を指し示していた。
「それにしても、どうして、あんな場所にいたのですか?」
返答に困る。『なぜ』と聞かれても、『なぜ』と返すしかない。わからないのだ、私にも、おそらく、バスで起きたことが原因だろう。しかし、非現実的な話なため、到底、理解する範囲を超えている。きっと、信じてはもらえない。
「私、これから死ぬつもりなんです」
一瞬の静寂。再び、会話が聞こえ始める。しまった。言うつもりはなかったのだ。スーツの男は、突如とび出した物騒な言葉に顔を強張らせる。
「すいません、急に。でも、本当に死ぬつもりなのです。これ以上、生きていても辛いだけと言いますか......私、未来で1度、罪を犯しまして、その償いも兼ねて、ということで......」
はっきりしない物言い、我ながら女々しい。突然、両肩に衝撃。顔を上げると、正面には、見事な男泣き。
「どうして、そんな悲しいことを......あなたは、私を助けてくれたではありませんか......死ぬなんて、言わないでください! それに、未来なんて、まだわからないじゃないですか!」
「大丈夫ですか?」心配したウェイトレスがハンカチを持ってやってくる。迅速で、いい判断だ、ありがとう。頭を下げ、厨房へ戻っていく。チラチラと、好奇心に満ちた視線を感じて落ち着かない。
「すいません、泣いてしまって、もう、大丈夫です。そういえば、『恩人』の名前、聞いてませんでしたね、教えて下さいよ」
鼻水を拭くスーツの男が訊ねる。しかし、迷う。正直に教えていいものだろうか。なるべく、人と関わり合いたくはない。もし、借金取りにちょっかいをかけられるかもしれないことを考えると、胃が痛くなる。いっそ死んだ方がいいのだ、これ以上、迷惑をかけたくはない。
「あ、ちなみに僕の名前はですねぇ、『桑方歴木』といいます。桑田佳祐の『桑』に、方位磁石の『方』、故事来歴の『歴』に、木村拓也の『木』です」
聞いてもいない、勝手に名乗ったスーツの男は、机に指で文字を書く。『くわがた』、その言葉には、見覚えがあった。バスの男の子だ、あの携帯電話のディスプレイに表示された文字。そう、ひらがなで、たしか、『くわがた』。
「そうだ! どうせ死ぬなら、その前に、家に寄って行ってくださいよ! きちんと、お礼がしたいんです。嫌と言っても連れて行きますからね! 妻にも、事情を話せば歓迎してくれるはずです」
弱った、どうしたものか、早く死にたいのだが。腕を引っ張るスーツの男は、いつの間にか会計を済まし、「名前、道中で教えてもらいますよ」などと言って、強く、背中を押してくる。「断っても、聞いてはくれないんでしょうね」
外へ出ると、すっかり暗い。ふと、目についた、背の高い時計塔の針は、19時45分を差していた。
0
お気に入りに追加
6
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
スケートリンクでバイトしてたら大惨事を目撃した件
フルーツパフェ
大衆娯楽
比較的気温の高い今年もようやく冬らしい気候になりました。
寒くなって本格的になるのがスケートリンク場。
プロもアマチュアも関係なしに氷上を滑る女の子達ですが、なぜかスカートを履いた女の子が多い?
そんな格好していたら転んだ時に大変・・・・・・ほら、言わんこっちゃない!
スケートリンクでアルバイトをする男性の些細な日常コメディです。
監獄館の殺人
あらんぽ
現代文学
梅雨に差し込んだ六月のある日。小説家岸辺の元に、一人の少年が訪ねてきた。
彼が持ってきたのは、実際の体験を元に描いたと云う犯人当て小説。彼の提案に乗り、犯人当てに臨む岸辺だったが、読み進める内に徐々に違和感を感じ始める。
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話
赤髪命
大衆娯楽
少し田舎の土地にある女子校、華水黄杏女学園の1年生のあるクラスの乗ったバスが校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれてしまい、急遽トイレ休憩のために立ち寄った小さな公園のトイレでクラスの女子がトイレを済ませる話です(分かりにくくてすみません。詳しくは本文を読んで下さい)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる