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第一幕:悪役令嬢? お断りです!

03. 王太子のご来訪

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 コンコン、とノックの音が響き、扉の外から侍女の声が聞こえた。


「アリスティア様、ソーイです」


 わたしは問題の小説をソファーのクッションの下に隠しながら、どうぞと返事をした。



「失礼いたします。お嬢様、ラファエル王太子殿下がいらしております」

「殿下が? 急いで支度をしなくちゃ……! ソーイ、手伝って!」

「もちろんでございます」


 ソーイはすでに二人の侍女と一緒にドレスとアクセサリーを持ってきてくれていた。

 さすがわたしの専属の侍女、仕事が早い。


 わたしが北の地で暮らし始めた頃、侍女長の孫娘だったソーイが私の侍女見習いとして仕えてくれるようになった。
 艶のある黒をした美しい髪はいつもしっかりとひとつに纏められており、乱れた所など見た事がない。



 そういえば、あの小説でアリスティアが毒を入手したり暗殺者を探させてきていたのは侍女だったのよね。

 ソーイは仕事の出来る素晴らしい女性だけれどまさか……

 いやいや、それは考えすぎよ。


 震えるわたしをよそにテキパキとドレスや髪を整え、あっという間に準備ができた。



 細かなレースに優しい水色のドレス。
 髪はハーフアップをドレスと同じ色のリボンが纏めている。

 わたしはドレスに合うように、サファイヤとダイヤの揺れるイヤリングと華奢なネックレスを選んだ。



「王太子殿下は青の庭園のテラスでお待ちです。ご案内いたします。オルフェウス様はいかがなさいますか?」


 マカロンタワーのマカロンを全て食べ終えサンドイッチを頬張っていたオルフェにソーイが尋ねた。


「アタシはいいわ~。今日は暑いし。そうね、アイスが食べたいわ。ストロベリーアイスにホイップクリームをた~っぷり乗せてちょうだいね!」


「かしこまりました」


 ソーイがそういうと侍女の一人が退出した。きっとアイスを持ってくるのだろう。


「オルフェ、食べ過ぎはダメよ。あと例のあれ、ジュエリーボックスにしまっておいて」


 わたしは視線をソファーへと移す。それを見たオルフェは、サンドイッチを持っていない方の手を上げて爪をクイクイっと動かした。



「分かってるわよ。早く行きなさい。ストーカー王子がお待ちよ」


 ストーカーって……
 殿下はわたしをストーカー出来るほどお暇ではないと思うのだけれど。

 オルフェにまた後でと告げ、ソーイと共に庭園のテラスへと向かった。





* * * * * *




「アリスティア!」



 青と白の薔薇に囲まれた庭園、そこに佇む銀色の美しい髪。

 碧色の瞳がわたしの姿を映し、同時に細められる。



「王太子殿下にご挨拶申し上げます。お待たせしてしまい大変申し訳ありません」



 幼い頃から何度も叩き込まれた淑女の礼

 急いで庭園まで向かったので少し息が上がっていたが、そつなくこなす事ができて少々ホッとした。


「先触れもなく訪ねた私が悪いんだ。仕事が一段落ついたから、どうしてもアリスティアに会いたくなってしまってね。許してくれ」


 そう言いながら近づいてきた殿下がわたしの手を取ろうとしたが、わたしはドレスを直すフリをしてそれを回避した。


「とんでもございません。殿下にお会いできてとても嬉しゅうございます。本日は冷たいレモンティーもご用意いたしました。温かいアールグレイとどちらがお好みでしょう?」


 淑女の笑みを浮かべ、殿下をテラスに用意された席へと促す。



「それでは、レモンティーをいただくよ」


「承知いたしました」


 その言葉を聞いて、控えていた数人のメイドがレモンティーの用意を始めた。


 二、三段の低めの階段を上り、テラスの中へ入るとソーイがわたしの椅子を引いてくれたのでゆっくりと座る。



 メイド達の手によって、白いテーブルの上にはアイスレモンティーをはじめ、軽食やケーキが並べられていくのを見つめていると「アリスティア」と殿下に名前を呼ばれた。



 はい、と返事をして顔を上げれば、殿下の碧い瞳と目が合った。

 殿下の瞳の一番濃い碧が一瞬揺れたように感じたが気のせいだろう。



「シュネーハルト公爵家の庭園は、いつ見ても本当に美しいな」


 テラスを囲む青と白の薔薇に目を移しながら殿下はそう言った。


「ありがとうございます。殿下にそう仰っていただけると、この庭園の庭師もとても喜ぶと思います」


「この青の薔薇は、アリスティアが開発したのだと聞いたが?」


「いえ、開発など大それた事では……。少し魔法で色を変えてみたら上手く染まっただけなのですよ」


「色を変える魔法は簡単だが、定着させるのは緻密な魔法だ。アリスティアは天才なのだな」


 それに……と殿下がキラキラの王子様スマイルを向けてきた。



 いけない、この顔は前触れ

 わたしは机の下でぎゅっと手を握り締めた。





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