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最終章

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 災(わざわ)いとは、いつも突然にやってくる。
 対策の仕様はない。
 何故なら、それが世の常というものだから。
 そんな災いを、彼等とて幾度なく繰り返してきた。
 強姦、殺人、窃盗、凡(あら)ゆる手段を用いて、それら数えきれない程の暴挙の果てに、彼等は地下深くのダイスボードへと辿り着いた。
 また、彼等は被害者ぶっていた。
 地上で非道徳的な行為に明け暮れた後も、自分達は「不遇な人生を送ってきた」と主張し、あろうことか「復讐」などとは口走る。
「醜い」
 ガンスレイブはそんなもの達を視界先に、侮蔑的な発言。
「醜い?誰が?貴様のその面がか?言えよ、化け物が」
 バンクは血走った目で、ガンスレイブを睨んだ。
 そのまま臆する仕草一切を見せずに、刀を構えた。
「貴様、どこの差し金だ?」
 俺はこんなの聞いていないぞ。
 バンクにとって、自身の予定調和から逸脱して姿を見せたガンスレイブとは、ただただ不快な存在でしかなった。
 故の苛立ち、怒り、憎しみ。
 総じて、それらは殺意に帰結する。
「言えよ化け物。貴様の主人は…誰だ?」
「そんなものはない。俺は、俺自身の信念に従いこの場に立っている…ただの、其れだけだ」
「はは、単独での決行というわけか。では聞き方を変えよう」
 つまり、俺はこう尋ねたい。
「目的は何だ?やはり、お前も例のブツを狙っていると…そういう事か?」
 ガンスレイブは黙っていた。
 うんともすんとも言わずに、ただ凍てつく波動を放つのみ。
 その態度のみで、答える義理はないと、そう語っているかの如く。
 ガンスレイブは流れる動作のままに、背負った大剣を引き抜いた。
 それこそが、ガンスレイブの答え。
 そして、ガンスレイブはその答え合わせが、始まる。
 迷いなく突出したガンスレイブが、バンクの隣を瞬時には通り過ぎる。
 通り過ぎて、男の断絶魔が室内へと響き渡る。
「一(いち)」
 ガンスレイブは一人の男の胸元を大剣にて串刺し、呟いた。
 死体の数を数え始める。
「奴を殺せぇ!!!」
 誰かが言った。
 言って、その者が次に見た光景とはガンスレイブの鋭い眼光で、また数を聞いた。
「二」
 ガンスレイブの拳が、その者の顔面を粉々に粉砕する。
 そこに慈悲も、躊躇いもなく。
 ガンスレイブは殺戮を止めるつもりはないようだった。
「殺せ!殺せ!」
 焦る顔つきを浮かべる男達は次々にそう叫んだ。
 叫ばずにはいられなかったのである。
 威勢を発していなければ、その場に立っている事さえかなわなかったからだ。
「三」
「四」
「五」
 ガンスレイブの発する数がどんどん増えていく。
 比例して、伏せる屍が次々と量産されていく。
 辺り一帯はすっかり血の海で。
 事の窮地をバンクが察した時には、ガンスレイブの唱える数が「十」過ぎた後であった。
 まさに一瞬。
 ガンスレイブは常軌を逸した動きで、その場に居合わせた約半数の男達を殺し切っていた。
 殺戮の最中にいるガンスレイブとは、ゆっくり口を開いた。
「災いとは、いつの世も無慈悲には訪れる。貴様らとて、災いの権化(ごんげ)であったのだろうが…だったら、分かるだろう?」
 ガンスレイブの強烈な回し蹴りが、並ぶ二人の男の脊椎(せきつい)を蹴り砕いた。
「これで十二だ」
 ここでようやく、バンクは理解した。
 此奴(こいつ)は、この場にいる誰よりも強い。
 そう、俺を除く誰よりもーーー強い。
 バンクは卑しい笑みで、一人離れた椅子へと着いた。
 傍観者を貫くと、その行為で語り見せて。
『さぁて、ゆっくり観察でもしてやろうじゃないか?』
 その間に於いても、ガンスレイブの殺戮は止まらない。
 横たわる屍が十三、十四、十五…そして十六人目と差し掛かる、そんな時だった。
「これでも、食らいやがれ!!」
 そう叫んだ十六人目に男の掌に、轟轟(ごうごう)と燃え滾る火球の玉が生み出される。
 それは火の魔法。
 十六人目のその男とは、魔法使いであった。
 しかも、並み居る魔法使の中でも数少ないとされる火の魔法を巧みには操る。
 言って、それは才能というやつだろうか。
 ガンスレイブに有無を言わさず殺される筈だったその十六人目とは、魔法の才に愛された男であったのである。
 そんな魔法の才とは、その男に幾度とない奇跡を齎してくれていた。
 彼は地上で、犯罪の限りを尽くしていた。
 数えだしたらキリのない、犯罪のオンパレードだ。
 ただ彼に足が付くことは一切としてなかった。
 その理由こそが、彼の授かり受けた火の魔法の恩恵、奇跡のお陰である。
 犯罪を犯した後、彼は決まって、全てを消し炭に変えていた。
 故に証拠は残らない。だからまた繰り返す。
 繰り返して繰り返して、また繰り返す。
 終わりのない犯罪の連鎖。
 いつしか、彼の周りには不幸の影しか残らなくなっていった。
 いつしか、彼の周りには憎悪を抱く報復者が集まっていた。
 いつしか、彼は地上を追われていた。
 復讐してやるーーー
 いつしか、彼はそう思うようになっていた。
 彼は今、地下迷宮ダイスボードの、地下8階層で、その獣顔と対峙する。
 右手に火球を、左手に火球を。
 それら火球を、正体不明の獣顔へと投じていた。
 燃え盛る豪炎が、その獣顔を消し炭に変えてくれることだろう。
『いつも見たく、俺ははその燃え盛る様を笑って見てればいいんだ』
 彼はそれを信じて疑わなかった。
 だからこそ、火球を受けて諸共しないガンスレイブに、驚愕の瞳をぶつけていた。
「う、嘘だろ…」
 全身に炎を纏って尚、悲鳴の一つもあげないその獣顔とは一体ーーー
「ほう、貴様。どうやら神に愛されたようだな」
 ガンスレイブが呟いた。
 そして、ゆっくりと彼に歩み寄って、近づいてくる。
「く、来るなぁああッ!!」
 彼の叫び声を上げ、次々と生み出した火球をガンスレイブに向け投じた。
 一つ、二つ、三つ、四つ…計六つの火球はガンスレイブへと向かって飛んでいく。
 ただ当たったのは四つ目の火球のみで、その他全ては空ぶっていた。
 彼は、気を動転させていたのだった。
「よかったなぁ…神に、愛されて…」
 炎を纏い歩くガンスレイブは、そう言った。
 また続けて、
「ただ言って、俺は死神だ。奴とは、違うんだよ…」
 ガンスレイブは手が、ゆっくりと伸びて、彼の首元へ。
 彼の体に、燃え盛る火の束が伝達されていく。
 悲鳴はなかった。何故なら、ガンスレイブがそれを許さないから。
 ガンスレイブは彼の首元を締め上げ、火だけを伝達させていた。
「熱いだろう?そうさ、お前の才能は、熱いんだ。その事をよく理解して、そして死ね」
 ガンスレイブの手から、丸焦げの人型がドサリと崩れ落ちた。
「十六」
 ガンスレイブは屍の数を数える。
 いつしかその数が、二四と到達する頃、辺り一帯は血の海から火の海へと様変わりしていた。
 十六人目の男が放った火球が、建物へと燃え広がっていたのだった。
 火の海に残るは、二つの人型。
 一つの人型は、椅子を腰をつかせたまま、尚も動かない。
 その人型ーーバンクは、何処までも冷めた目付きでガンスレイブを見つめていた。
「そうかそうか、やはりこうなってしまうのか」
 総勢にして24人もの男達を軽々と殺し切ったもう一方の人型ーーガンスレイブもまた、冷めた目付きでバンクを見つめる。
「貴様で、最後だ」
「…くくく、そうみたいだな」
「安心しろ。直ぐに貴様も仲間の元へと送ってやる」
「仲間ぁ?おいおい馬鹿言うな。そんな屑虫共、仲間でも何でもねぇ。そりゃあ、ただの駒だ」
 そう言ったバンクの口元が、卑しく歪み緩む。そして笑う。
「俺は違う。俺はな化け物よ?こんなところじゃあ終われねぇのさ…」
 
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