35 / 43
第5章
6
しおりを挟むすっかり出来上がった二人の女性はグラスを片手に、トロンとした瞳を浮かべ向き合っていた。
そんな彼女達の周りで、卓を囲む冒険者達。
彼等もまた彼女達同様には、アルコールの酔いに顔を赤らめていた。
「俺は地上ではそこそこ有名だった」
「いや、俺の方が」
「私は実は名のある魔法使いの家系で」
冒険者達各々が自分語りに華を咲かせ、酔い浸る。
そんな彼等、冒険者達とその二人の女性に違いがあるとすれば、それは会話の内容ほかならない。
二人の女性、ヒポクリフトとボムズの会話には、度々かの異端な存在が見え隠れする。
「で、あいつは冒険者達を皆殺しにしたと、そう言うんだね?」
すっかり骨だけとなった手羽先へと齧り付くボムズは訊いた。
「ええ、ええ、そうなんですよ!しかもですよ!?虫だとか良い囮だとか、そんな事を言うんです!酷くないですか!?」
と、普段と比べれば些か様子のおかしいヒポクリフトとは、慣れないアルコールにすっかり溺れていた。
いつもより何トーンも高い声を発して、ボムズの顔へ詰め寄ると。
「私、もう何が何だかよく分からなくて!一体、ガンスレイブさんが何を考えているのか、サッパリなんですよ!」
ヒポクリフトは叫んだ。
叫んだその声が、酒場中に良く通り、一瞬酒場がシンと静まり返っていた。
「まぁまぁ、ちょっと声を落としてヒポちゃん?」
ボムズは周りを見流して、訝(いぶ)かしげな冒険者達の目線に頭を下げ回る。
そんなボムズを見て、冒険者は各々の宴を仕切り直していた。
「あ、すみません……つい」
「いやいいんだけどさ、酒の席には有りがちだから」
あはははと、気にもとめていない様子でボムズは笑った。
「話を戻すけど、あいつ、何でそんな事をしたんだろうね?」
「さぁ、私も分かりません。寝て起きて、じゃあダンジョンマスター(階層主)を倒しに行こうって、そんな時に突然だったので……」
ヒポクリフトは俯き、言った。
「でも、ガンスレイブさんが何も考えなしに殺生するなんて、どうしても思えなくて…でもでも、ガンスレイブさんは何を言ってくれないし……はぁ、私、一体どちらのガンスレイブさんの信用すれば……」
「どちらの、とは?」
「それは、普段のガンスレイブさんと、あの時見た怖い顔をしたガンスレイブさんで、」
「…それって、よく分からないな……いやね?私からすれば、普段のあいつも何も、あいつはあいつで、あの毛むくじゃら顔のままだからさ。だってほら、獣の、頑なに感情を表には出さないじゃない?」
不思議そうな尋ねるボムズに、「そんな事ないですよ」とヒポクリフト。
「ガンスレイブさんは確かに分かりづらい方ですけど、あれでもたまに楽しそうに笑ったり、怒ったり、寂しそうしてたり、色々、あるんです」
「そう、かな?」
「そうですよ。少なくとも私の知っているガンスレイブさんは、そんな方です」
ピシャリと、ヒポクリフトはそう言い切った。
やけに断定的な物言い。
そんなヒポクリフトを見て、ボムズはただただ困惑の顔を作っていた。
あいつって、そんな奴だっけか?ーー
少なくとも、ボムズにとってのガンスレイブに、そんな印象は見受けられなかった。
ガンスレイブはいつもぶっきらぼうで、冷たい口調で、いつも退屈そうな瞳を浮かべて、明後日の方向ばかりを見ていて、心ここに非ずといった具合で。
大体、私、あいつの名前、今初めて知ったしーー
ガンスレイブ。ヒポクリフトは獣のをそう呼んでいた。
ではそれがあの毛むくじゃらの名前で、それをヒポクリフトに教えたことになる。
私には教えてくれなかった。
聞いたって、無言の眼差しを向けるだけ。
ただ黙り込んで、「教える義理はない」とは言いたげで。
私と同じ永遠の寿命を持つ、呪われた存在ーー
ボムズにとってのガンスレイブとは、ただのそんな異常者でしかなかった。
また、ボムズ自身、ガンスレイブの素性について知ろうとも思ってはいなかった。
またボムズとは、ガンスレイブがどうせ碌(ろく)でもない素性の持ち主である事に変わりはないと、薄々にも勘付いていた。
伝承の魔獣、そしてダイスボードに突然現れたという魔獣の男、ウルフマン。
その辺りに関連するだろう獣の男とは、生半可に気持ちで関わっていい存在であるわけでないーー
「ヒポちゃん、やっぱあんたの方が凄いわ…」
言ったボムズとは、心の底からそう思っていた。
「……ど、どうしてですか?」
「いや……なんか、あんたにはかなわないなって、そう思った」
ボムズは溜息をついて、まじまじとヒポクリフトを観察する。
見た目は普通の、ただの人間の少女で、一介の冒険者。
だがこのヒポクリフトとは、この場にいる冒険者達とは全く違う、特別なものを感じるボムズ。
それが何なのかは分からないが、ガンスレイブは、ヒポちゃんに、何かを感じとっていたのかなーー
「ボ、ボムズさん?」
「あ、ごめんごめん!しんみりしちゃった!いやぁ、にしてもヒポちゃんは獣の……いや、ガンスレイブの事をよく見ているんだね。私の知らない奴の事を、よく知っていらっしゃる」
ボムズはグラスに口をつけて、中身は既に空であった。
「あ、追加、頼みますか?」
「え?ああ、いいのいいの!今日はこの辺にしとくよ。飲みすぎも良くないからね」
「……ですか」
「あははは、じゃあ勘定してくるよ!」
そう言って、ボムズは席を立つ。
ヒポクリフトもそれに続こうとして、ボムズは「いや大丈夫」だと、やんわり断った。
酒場を離れて。
時刻は昼過ぎで、外は未だ冒険者で賑わいを見せていた。
これからどこかに出向く元気もないヒポクリフトとボムズは、真っ直ぐ帰路へと向かっていた。
そんな帰り道。
「……ヒポちゃん、さっきの話だけどさ」
徐(おもむ)ろに、ヒポクリフトへと向き直ったボムズが話始めた。
「え?あ、はい」
「私はさ、その…冒険者達を殺したっていうガンスレイブが、何を考えていたかなんて、やっぱり分かんないや」
力になれなくてごめんね。
ボムズは頭は下げて言った。
「そんな……頭を上げてくださいボムズさん!話を聞いて貰えただけでも、私は気が楽になりましたんで!わざわざ付き合ってもらって、有難う御座いました」
丁寧なお辞儀を見せるヒポクリフト。
ボムズはそんなヒポクリフトが、愛おしく思えて仕方がなかった。
ははは、やっぱり、可愛いなぁ、ヒポちゃんはーー
忘れていた筈の母性が、途端にボムズへ襲いくる。
守ってあげたくなっちゃうなぁとは、その事を口にする事はなかったが。
「じゃあヒポちゃん。これはボムズお姉さんからの助言としてだけど、聞いてくれる?」
「はい」
「自分が信じるもの、信じたいものを、ただ真っ直ぐ信じればいいんじゃないのかな?」
「……信じたい、もの」
「そうそう、あいつがさ、ヒポちゃんにとって理解し難い事をしたのは分かるよ?でもね、それもまたあいつ自身で、あいつなりの考えがあったんじゃないのかなって、ボムズお姉さんは、そう思うかな?」
ボムズはヒポクリフトの手を握って、微笑んだ。
「ヒポちゃんの信じるガンスレイブを、信じてあげれば、それでいいんだよ」
「………」
ヒポクリフトは、何も答える事ができなかった。
◆◇◆◇
大方の情報を聞き出して、ガンスレイブは席を立った。
サーチはやたらと大きな図体をしたガンスレイブの背を見て、尋ねた。
「あんた、一体何もんだい?」
「……答える義理はない」
「まぁそう言ってくれるなよ。だって気になるじゃないか?こんな大金を持つ冒険者なんて、俺は聞いたことないんだ」
サーチはガンスレイブに歩み寄る。
その心に、疚(やま)しい感情を灯して。
こいつは、もしかしたらいい鴨(かも)になるかもしれないーー
大量の金貨を持ち歩く冒険者、そしてその金貨に糸目もつけない決断力。
少なくとも一介の冒険者では決してない。
時の富豪、又は闇組織の頭か、様々な憶測が考えられる。
どうであったにせよ、この冒険者がまだまだ莫大な資金を持っていることは確かであろう。
そうでなきゃ、こうもあっけらかんに金を出せるものか。
故に、この者の情報もまた、金になる。
間違いないーー
そう思うサーチとは、手に持った金貨の山では飽き足らず、さらなる財を得ようと考えていた。
それはこの冒険者の情報で、「莫大な資金を蓄えた奴がいる」と、その情報を高値で売りつけるのだ。
故にどんなに些細な情報であれ、引き出せるまでは引き出す覚悟のサーチ。
何ならこの金貨をいくらか返しても構わない。
何故ならこの冒険者の情報があれば、その何倍かは直ぐにも稼げるだろうから。
彼が何処に拠点を持っていて、普段はどんな生活を送っていて、どのようにして資金貯めているのか、またどうして一人行動しているのかーー
引き出したい情報は幾らだってある。
だからこそサーチ、このままむざむざガンスレイブを帰すつもりはなかった。
最悪、こいつを襲ってでもーー
サーチがニヤニヤと笑みを浮かべ、ガンスレイブの背に手を触れようとした。
その時だった。
「おい」
フードの奥から、声が鳴る。
何処までも低い、身がすくみそうになる恐ろしい声だった。
「あ、いや」
サーチはたじろぎ、手を下ろした。
「余計な真似はするな。その命を数秒でも長引かせたいのならな」
「え?それは、どういう、」
サーチの言葉はそこで詰まる。
刹那、
「こういうことだ」
ガンスレイブがフードを剥ぎ取り、ギラつく赤い眼光をサーチへと向けた。
薄暗い室内に、赤い二つの閃光。獣顔。
魔獣の男、ガンスレイブ。
「は……はは、被り物か?」
よく出来てるな?
こめかみに冷や汗を垂らしたサーチはそう尋ねようとして、途端に悲鳴を上げた。
悲鳴を上げたサーチの瞳に、背負った大剣を引き抜くガンスレイブは映る。
「お、おい…冗談、だよな?」
「冗談、ではない」
ガンスレイブは一蹴して、大剣を振り上げた。
「ま、待てよ!?どうしてこうなる!?」
「どうして?愚問だな情報屋。これ以上貴様に情報をばら撒かれては困ると、つまりはそういうことだ。俺がこの場に来た瞬間から、貴様の命はなかったんだよ」
「ふ、ふざけるな!!なぁ!?俺はちゃんと情報は売っただろ!?何なら、まだまだ情報を売ってやってもいい!いや、無償で構わない!だから!」
「いらん。目ぼしい情報は粗方(あらかた)聞いた。それに対する金貨も支払った。安心しろ、貴様を殺したとしても、その金貨を奪ったりはせん。あの世で悠々自適には暮らすといい」
最も、あの世でその金貨が使えるかは知らんがな。
ガンスレイブは、そう語尾につけたし言った。
そして、
「感謝するぞ、情報屋」
ガンスレイブが大剣を振り下ろした。
「ま、待てよ!冗談はーー」
言いかけて、サーチの体はグシャリと叩き潰される。
それは切り裂くと言うよりは、やはり叩き潰すといった表現が正しいか、無残な姿へと変わり果てたサーチが、それ以上口を開くことはなかった。
代わりに、ガンスレイブは、静かに呟いた。
「悪いな、俺は冗談が嫌いなんだ……」
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-
一星
ファンタジー
至って普通のサラリーマン、松平善は車に跳ねられ死んでしまう。気が付くとそこはダンジョンの中。しかも体は子供になっている!? スキル? ステータス? なんだそれ。ゲームの様な仕組みがある異世界で生き返ったは良いが、こんな状況むごいよ神様。
ダンジョン攻略をしたり、ゴブリンたちを支配したり、戦争に参加したり、鳩を愛でたりする物語です。
基本ゆったり進行で話が進みます。
四章後半ごろから主人公無双が多くなり、その後は人間では最強になります。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
悪役令嬢にざまぁされた王子のその後
柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。
その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。
そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。
マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。
人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~
シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。
目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。
『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。
カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。
ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。
ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる