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第5章

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 長い道の脇には、幾つもの建造物が建ち並ぶ。
 どれも地上では見慣れた建物ではあれど、それが迷宮ダンジョン[ダイスボード]であれば話は別だ。
「着いたか」
 ガンスレイブの呟き声。
 その数歩後ろを歩くヒポクリフトに、言葉なかった。
 地下7階層のダンジョンマスター(階層主)を直ぐにも見つけ出したガンスレイブは、そのまま次の階層へ。
 続く暗い表情を浮かべたヒポクリフト。
 二人はついに、地下8階層やってきていた。
 階段を下った先の光景を見て、いつものヒポクリフトなら大層驚き、感嘆めいた声を上げていたことだろう。
 でもそれがないのは、先のガンスレイブとのやり取りを未だ引きずっているからである。
 会話のない二人の足が、建物に挟まれた長い道を黙々と進んでいった。
 途中、幾人もの人間達とすれ違う。
 ガンスレイブはフードを深々と被り、ヒポクリフトは俯き歩く。
 側から見た人間からすれば、異常な二人としてと映ったに違いない。
 しばらく歩いて、ガンスレイブの足は止まった。
 その場所は建物群より少し離れたところにあり、何重にも渡る細道を抜けた先にはあった。
 今にも崩れ落ちそうな石造りの建物。
 その建物の中に入ると、栗色の長髪を揺らす綺麗な女性が一人。
 歳は若そうで、キチンと着こなされた礼装姿の女性。
 雰囲気は人間と少し違う。
 言って、それは獣人族(ビースト)の者であろうか。
 獣人族(ビースト)とは、その呼び名の通り人と獣の丁度中間に位置する種族である。
 ガンスレイブが獣の姿をした人型に対し、彼等の見た目は一見して人間に近い。
 ただ獣人族(ビースト)の特徴として、頭から生えた獣耳に、突飛つした獣鼻、そして口元から覗く鋭い八重歯が光る。
 その女性は二人を見るや否や、パァと明るい表情を作った。
「いらっしゃいませ冒険者諸君!転移魔法陣(ゲート)をご所望かい!?」
 と、開口一番そんなことを口走り、パタパタと足を弾ませ二人に近寄ってきた。
 そんな女性は、深いフードを被るガンスレイブに近づくや否や、クンクンと鼻を鳴らした。
「おやおや、誰かと思えば君かい?獣の」
 獣の、彼女はガンスレイブをそう呼んだ。
 つまり、ガンスレイブの事を知っている人物なのだろう。
 ガンスレイブの正体を知る者は、このダイスボードに於いてかなり限られている。
 そのガンスレイブを知る人物とは、それだけで普通じゃない存在、ということである。
 ガンスレイブはゆっくりとした動作でフードを取ると、ムッとした獣顔を露わにした。
「その呼び方はやめろと以前にも言った筈だが?それに貴様とて獣だろうが」
「あはははは!ごめんごめん!ただ言わせてくれ、私は確かに獣人族(ビースト)だけど、君は根っからの獣だろ?一緒にはしてほしくないな!」
 あははは、と愉快そうに女性は言った。
 そして、おや?と声を上げ、ガンスレイブの後ろに目を向ける。驚いていた。
「なんと珍しい。君が誰かと一緒にいるなんて!もしかして、君は人を食べるようになったのかい?」
「ふざけるな。その五月蝿い口を二度と開けなくてしてやってもいいのだぞ?」
「あははは、冗談だよ冗談!でもさ、またどうして人を?」
 女性はガンスレイブの背後に回ると、俯くヒポクリフトの顔を覗き込む。
「君、お名前は?」
「ヒポクリフト……です」
「ほうほう、中々に可愛い子じゃないか。彼が心を奪われるのも不思議じゃない」
 と、悪戯な笑みをガンスレイブに向ける女性。
 ガンスレイブは無視したままである。
 ちぇ、やっぱり面白くない奴。
 女性はつまらなさそうに言って、再びヒポクリフトへと視線を戻した。
「それにしても疲れているね。どこから入ったの?」
「地下1階層からここまで」
「わぁお、そりゃあご苦労な事で!ここまでたどり着く冒険者は少ないというのに、よく頑張ったね!」
 女性はヒポクリフトの頭を撫でて、ヒポクリフトは顔を赤らめモジモジと身をよじっていた。
「あ、申し遅れたね!私はボムズ、獣人族(ビースト)だよ!」
「あ、はい。ボムズさん、よろしくお願いします」
「うん!にしても可愛いな君は!お姉さん気に入ったよ!ささ、取り敢えず奥へ!ゆっくり風呂にでも浸かるといい!」
「え!お風呂があるんですか!?」
「ああ、もちろん!ここはダイスボードに於いて最も地上に近い場所だからね!何でも揃っているよ!」
 えっへんと胸を張るボムズを、ガンスレイブがジロリと睨んだ。
「おい。余計なお世話はいらん。そんな事をするよりも早く転移魔法陣(ゲート)を開け。その方が早い」
「何だよ!別に風呂ぐらいいいじゃないか!それに、次の転移魔法陣(ゲート)は三日後だよ。彼女、地上に戻るんだろ?」
 ボムズは首を傾げた。
「……三日後か。長いな」
「長い?馬鹿言うな!これでも最短だぞ!?大体、何百年も生きる君に三日なんて大した事じゃないだろうに」
 ボムズは鼻息を鳴らし呆れていた。
 そんなボムズに、ガンスレイブは何も返す言葉がないのか黙り込む。
 以上、一見のやり取りを目撃したヒポクリフトとは、ただただ面食らっていた。
 すごい。あのガンスレイブさんを言いくるめているーー
 ガンスレイブを目の前にして物怖じをしないボムズとは、一体何者だろうか?
 と、ヒポクリフトが考えている最中にも、ボムズの口がヒポクリフトの耳に近づいた。
 そしてひそひそと、囁き声。
「君もあれと一緒だと苦労するよね?いやぁ、感心感心」
「あ、いえ……ガンスレイブさん、優しいので」
「優しい?あはぁ……君はなんて良い子なんだ。あれの事を優しいだなんて、ほんと出来た娘さんだよ全くぅ」
「聞こえているぞ」
 そう言ったのはガンスレイブで、横目で二人を見る。
「地獄耳め」
「抜かせ」
「変わらないな、君も」
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