9 / 43
第2章
4
しおりを挟むガンスレイブの足行きは、やたらと明確な意思を帯びている。
まるで既に行き先は、決まっているかのように。
実際にも、ガンスレイブにはダンジョンマスター(階層主)の気配を感じ取ることが出来た。
それはガンスレイブに備わった異能の力の一部であり、また偉大なる神がガンスレイブに施した呪いの力でも呼べる。
ガンスレイブはその異能を、『悪魔の囁き』とは呼ぶ。
というのも、迷宮の奥から伝わるダンジョンマスター(階層主)の不気味な反応とは気持ちの悪いものでしかないと、ガンスレイブはそう思うからである。
故に、『悪魔の囁き』被虐的な意味合いとして、
ガンスレイブは、『悪魔の囁き』を酷く嫌っていた。
ただ言って、ガンスレイブはその悪魔の囁きにずっと耳を傾けてきては今日此れ迄を歩んできた。
それはガンスレイブの使命にして、唯一の目的であればこそであり
ガンスレイブのダンジョンマスター(階層主)を駆逐する日々は、これからも終わらない。
使命が果たされるその日まで、ずっと。
「見つけた……」
ガンスレイブの視界先で、無数の魔物が蠢いていた。
グール、人の形を成した魔物達である。
そんなグール達とは、元は冒険者であったのだろう。
各々の服装、武装が、その事を物語っていた。
かつては冒険者。
ただ今では醜い化け物として、ガンスレイブの敵となる。
数は10体。
その中に於いて、一際(ひときわ)大きなグールはいた。
キンググール、奴らグールの親玉である。
またこの5階層に於ける、ダンジョンマスター(階層主)。
キンググールといっても、ガンスレイブからすれば図体だけ肥大したグールに過ぎない。
少なくとも低階層であるグールからすれば、そういうことである。
「殲滅、開始」
ガンスレイブは駆け出し、グール達との距離を詰める。
その瞬間にもグール達とはガンスレイブの足音に気づいて、光の失った眼を獣顔へと向けた。
グール達の眼に、ガンスレイブとはどのように映ったのか?
またその様子を側から見た場合、果たしてどちらが魔物であるのか?
その様子を見てしまった誰かは、疑問に思う事だろう。
偶然にも、そんな誰かとは居合わせていた。
群がるグールに体をグチャグチャに食い散らかされ、いつ絶命してもおかしくはない、そんな誰か。
冒険者、年若き青年。
冒険者の青年は、迫るガンスレイブを見て、新手の魔物が現れたと絶望に落ちていた。
ただ、そんなガンスレイブの印象を一新させたのは、ガンスレイブがグール達を瞬く間に駆逐していくからである。
身の丈以上もある鉄の塊のような大剣を、まるで棒切れを振るかのようには軽々と振り回し、一体、また一体とグールを切り裂いていく。
襲い来るグールの鋭い爪を拳で砕き。
頭突きで跳ね飛ばし、粉砕する。
大蛇のようには太い足を鞭の如くしならせ、グールの腐った肉体を破壊する。
ガンスレイブと、グール達による死の舞踏会。
主役はガンスレイブにして、華麗な舞踏の如き闘い様を見せつける。
他の演者達であるグールとは、ガンスレイブの引き立て役に過ぎない。
役目が終わった演者とは、ただ、舞台を降りるだけ。
役不足な演者は、その舞踏会に相応しくない。
ガンスレイブの闘劇を前にして、グール達に成す術など、どこにもありはしなった。
それは最後に残ったキンググールとて例外ではない。
一介の冒険者からすれば脅威大のキンググールさえ、ガンスレイブからすれば、肥えたグールが無様な腹を晒しているようには見えていた。
また、不快感は他のグールに比べより一層には高まっている様子。
「失せろ」
一言だけ、ガンスレイブは発した。
ガンスレイブの大剣が、キンググールの手足を削ぎ落とす。
その行為には理由があった。
次に、ガンスレイブの口から発せらる呪文のような言葉を受け、キンググールの体はドロドロと、液状化しては溶けてなくなっていく。
そして、
「他愛もない」
ガンスレイブの手に、赤いオーブの塊が握られていた。
それが何なのか、地下5階層までやってきた冒険者に分からない訳がない。
何せその絶命寸前の冒険者とは、今まさにガンスレイブの手に握られた赤いオーブを求め、グールに挑み、そして……
死の淵に沈みゆくのだから。
「……冒険者か」
ガンスレイブの声が鳴る。
そして鳴った声の先に、死の運命を辿るだろう冒険者はいる。
「あ、あなたは……」
冒険者は恐る恐る尋ねた。
「……死神だ」
「死……神?」
「そうだ。お前の死に様を拝みに来た、獣顔の死神。少なくともお前には、そう映るだろう?」
ガンスレイブは冒険者を見下して、
「お前もう、助かりはしない。最早それを、死の運命だとは言わない。必然」
契約外だ。
「だから俺は、お前を見殺しにする。かつての俺のようには、死を呼ぶ獣として、お前の最後を見届けてやる」
冒険者には、ガンスレイブの言っている意味が理解できていなかった。
だがしかし、自身がもう助からない事ぐらい傷を負った自分が一番よく分かっているとは、実感していた。
冒険者は口に出さずとも、己が顛末は悟っている。
死にゆく者に、生者の素性、もとい言動は無意味、無価値。
それがダイスボードに足を踏み入れた、冒険者であればこそ。
冒険者は死を潔く受け入れ、目を瞑った。
刹那、
「時に冒険者よ」
ガンスレイブは言った。
「名を、聞いておこう」
冒険者は、耳を疑った。
彼は、何を言っているのだろうか?
「俺が憶えて於いてやると、そう言っている。嫌なら構わんが」
「………」
冒険者は、迷う。
果たしてこのやり取りに意味はあるのだろうか、と。
ただ、意味のあるなし関係なしに、冒険者は嬉しく思っていた。
少しばかりの延命を施してくれたこの獣顔に、またこれからもこのダイスボードで行き続けるだろう獣顔に、自分の行きた証を、名前を、憶えておいてほしい……
冒険者は、一筋の涙を流していた。
「……ヒューイ、です」
「冒険者ヒューイ、それがお前の名か?」
「……はい」
「了解した。では、冒険者ヒューイよ。俺はお前の最後を、忘れない。また、その顔、その声を、この身朽ち果てるその時まで、お前に変わり現世に繋ぎ止めておくと、ここに誓う。だから、俺からの願いも、聞いてくれるか?」
ガンスレイブは言う。
俺の願いも聞いてくれるか?、と。
冒険者は無言で、コクリと一回、頷いた。
「では冒険者ヒューイよ。俺の願いを伝える。もしもだ、死についたその先で、神に合間見える機会が訪れたとしたならば、伝えてほしい。このガンスレイブが、いつか絶対、貴様の喉元に刃を突き立ててやると。だからそれまで、首を長くして待っていろと、そう伝えてくれ……」
「………」
返事は、ない。
何故なら既に、冒険者はこの世界を去った後であったからだ。
虚ろな眼をガンスレイブへと向け、果たしてその耳に、ガンスレイブの願いが届いたのか、
それは、誰にも分からない。
0
お気に入りに追加
20
あなたにおすすめの小説
アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-
一星
ファンタジー
至って普通のサラリーマン、松平善は車に跳ねられ死んでしまう。気が付くとそこはダンジョンの中。しかも体は子供になっている!? スキル? ステータス? なんだそれ。ゲームの様な仕組みがある異世界で生き返ったは良いが、こんな状況むごいよ神様。
ダンジョン攻略をしたり、ゴブリンたちを支配したり、戦争に参加したり、鳩を愛でたりする物語です。
基本ゆったり進行で話が進みます。
四章後半ごろから主人公無双が多くなり、その後は人間では最強になります。
〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。
藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった……
結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。
ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。
愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。
*設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。
*全16話で完結になります。
*番外編、追加しました。
異世界転生はどん底人生の始まり~一時停止とステータス強奪で快適な人生を掴み取る!
夢・風魔
ファンタジー
若くして死んだ男は、異世界に転生した。恵まれた環境とは程遠い、ダンジョンの上層部に作られた居住区画で孤児として暮らしていた。
ある日、ダンジョンモンスターが暴走するスタンピードが発生し、彼──リヴァは死の縁に立たされていた。
そこで前世の記憶を思い出し、同時に転生特典のスキルに目覚める。
視界に映る者全ての動きを停止させる『一時停止』。任意のステータスを一日に1だけ奪い取れる『ステータス強奪』。
二つのスキルを駆使し、リヴァは地上での暮らしを夢見て今日もダンジョンへと潜る。
*カクヨムでも先行更新しております。
生活魔法は万能です
浜柔
ファンタジー
生活魔法は万能だ。何でもできる。だけど何にもできない。
それは何も特別なものではないから。人が歩いたり走ったりしても誰も不思議に思わないだろう。そんな魔法。
――そしてそんな魔法が人より少し上手く使えるだけのぼくは今日、旅に出る。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い
平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。
ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。
かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。
政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~
つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。
政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。
他サイトにも公開中。
チートがちと強すぎるが、異世界を満喫できればそれでいい
616號
ファンタジー
不慮の事故に遭い異世界に転移した主人公アキトは、強さや魔法を思い通り設定できるチートを手に入れた。ダンジョンや迷宮などが数多く存在し、それに加えて異世界からの侵略も日常的にある世界でチートすぎる魔法を次々と編み出して、自由にそして気ままに生きていく冒険物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる