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第2章

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 ガンスレイブの足行きは、やたらと明確な意思を帯びている。
 まるで既に行き先は、決まっているかのように。
 実際にも、ガンスレイブにはダンジョンマスター(階層主)の気配を感じ取ることが出来た。
 それはガンスレイブに備わった異能の力の一部であり、また偉大なる神がガンスレイブに施した呪いの力でも呼べる。
 ガンスレイブはその異能を、『悪魔の囁き』とは呼ぶ。
 というのも、迷宮の奥から伝わるダンジョンマスター(階層主)の不気味な反応とは気持ちの悪いものでしかないと、ガンスレイブはそう思うからである。
 故に、『悪魔の囁き』被虐的な意味合いとして、
 ガンスレイブは、『悪魔の囁き』を酷く嫌っていた。
 ただ言って、ガンスレイブはその悪魔の囁きにずっと耳を傾けてきては今日此れ迄を歩んできた。
 それはガンスレイブの使命にして、唯一の目的であればこそであり
 ガンスレイブのダンジョンマスター(階層主)を駆逐する日々は、これからも終わらない。
 使命が果たされるその日まで、ずっと。
「見つけた……」
 ガンスレイブの視界先で、無数の魔物が蠢いていた。
 グール、人の形を成した魔物達である。
 そんなグール達とは、元は冒険者であったのだろう。
 各々の服装、武装が、その事を物語っていた。
 かつては冒険者。
 ただ今では醜い化け物として、ガンスレイブの敵となる。
 数は10体。
 その中に於いて、一際(ひときわ)大きなグールはいた。
 キンググール、奴らグールの親玉である。
 またこの5階層に於ける、ダンジョンマスター(階層主)。
 キンググールといっても、ガンスレイブからすれば図体だけ肥大したグールに過ぎない。
 少なくとも低階層であるグールからすれば、そういうことである。
「殲滅、開始」
 ガンスレイブは駆け出し、グール達との距離を詰める。
 その瞬間にもグール達とはガンスレイブの足音に気づいて、光の失った眼を獣顔へと向けた。
 グール達の眼に、ガンスレイブとはどのように映ったのか?
 またその様子を側から見た場合、果たしてどちらが魔物であるのか?
 その様子を見てしまった誰かは、疑問に思う事だろう。
 偶然にも、そんな誰かとは居合わせていた。
 群がるグールに体をグチャグチャに食い散らかされ、いつ絶命してもおかしくはない、そんな誰か。
 冒険者、年若き青年。
 冒険者の青年は、迫るガンスレイブを見て、新手の魔物が現れたと絶望に落ちていた。
 ただ、そんなガンスレイブの印象を一新させたのは、ガンスレイブがグール達を瞬く間に駆逐していくからである。
 身の丈以上もある鉄の塊のような大剣を、まるで棒切れを振るかのようには軽々と振り回し、一体、また一体とグールを切り裂いていく。
 襲い来るグールの鋭い爪を拳で砕き。
 頭突きで跳ね飛ばし、粉砕する。
 大蛇のようには太い足を鞭の如くしならせ、グールの腐った肉体を破壊する。
 ガンスレイブと、グール達による死の舞踏会。
 主役はガンスレイブにして、華麗な舞踏の如き闘い様を見せつける。
 他の演者達であるグールとは、ガンスレイブの引き立て役に過ぎない。
 役目が終わった演者とは、ただ、舞台を降りるだけ。
 役不足な演者は、その舞踏会に相応しくない。
 ガンスレイブの闘劇を前にして、グール達に成す術など、どこにもありはしなった。
 それは最後に残ったキンググールとて例外ではない。
 一介の冒険者からすれば脅威大のキンググールさえ、ガンスレイブからすれば、肥えたグールが無様な腹を晒しているようには見えていた。
 また、不快感は他のグールに比べより一層には高まっている様子。
「失せろ」
 一言だけ、ガンスレイブは発した。
 ガンスレイブの大剣が、キンググールの手足を削ぎ落とす。
 その行為には理由があった。
 次に、ガンスレイブの口から発せらる呪文のような言葉を受け、キンググールの体はドロドロと、液状化しては溶けてなくなっていく。
 そして、
「他愛もない」
 ガンスレイブの手に、赤いオーブの塊が握られていた。
 それが何なのか、地下5階層までやってきた冒険者に分からない訳がない。
 何せその絶命寸前の冒険者とは、今まさにガンスレイブの手に握られた赤いオーブを求め、グールに挑み、そして……
 死の淵に沈みゆくのだから。
「……冒険者か」
 ガンスレイブの声が鳴る。
 そして鳴った声の先に、死の運命を辿るだろう冒険者はいる。
「あ、あなたは……」
 冒険者は恐る恐る尋ねた。
「……死神だ」
「死……神?」
「そうだ。お前の死に様を拝みに来た、獣顔の死神。少なくともお前には、そう映るだろう?」
 ガンスレイブは冒険者を見下して、
「お前もう、助かりはしない。最早それを、死の運命だとは言わない。必然」
 契約外だ。
「だから俺は、お前を見殺しにする。かつての俺のようには、死を呼ぶ獣として、お前の最後を見届けてやる」
 冒険者には、ガンスレイブの言っている意味が理解できていなかった。
 だがしかし、自身がもう助からない事ぐらい傷を負った自分が一番よく分かっているとは、実感していた。
 冒険者は口に出さずとも、己が顛末は悟っている。
 死にゆく者に、生者の素性、もとい言動は無意味、無価値。
 それがダイスボードに足を踏み入れた、冒険者であればこそ。
 冒険者は死を潔く受け入れ、目を瞑った。
 刹那、
「時に冒険者よ」
 ガンスレイブは言った。
「名を、聞いておこう」
 冒険者は、耳を疑った。
 彼は、何を言っているのだろうか?
「俺が憶えて於いてやると、そう言っている。嫌なら構わんが」
「………」
 冒険者は、迷う。
 果たしてこのやり取りに意味はあるのだろうか、と。
 ただ、意味のあるなし関係なしに、冒険者は嬉しく思っていた。
 少しばかりの延命を施してくれたこの獣顔に、またこれからもこのダイスボードで行き続けるだろう獣顔に、自分の行きた証を、名前を、憶えておいてほしい……
 冒険者は、一筋の涙を流していた。
「……ヒューイ、です」
「冒険者ヒューイ、それがお前の名か?」
「……はい」
「了解した。では、冒険者ヒューイよ。俺はお前の最後を、忘れない。また、その顔、その声を、この身朽ち果てるその時まで、お前に変わり現世に繋ぎ止めておくと、ここに誓う。だから、俺からの願いも、聞いてくれるか?」
 ガンスレイブは言う。
 俺の願いも聞いてくれるか?、と。
 冒険者は無言で、コクリと一回、頷いた。
「では冒険者ヒューイよ。俺の願いを伝える。もしもだ、死についたその先で、神に合間見える機会が訪れたとしたならば、伝えてほしい。このガンスレイブが、いつか絶対、貴様の喉元に刃を突き立ててやると。だからそれまで、首を長くして待っていろと、そう伝えてくれ……」
「………」
 返事は、ない。
 何故なら既に、冒険者はこの世界を去った後であったからだ。
 虚ろな眼をガンスレイブへと向け、果たしてその耳に、ガンスレイブの願いが届いたのか、
 それは、誰にも分からない。
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