上 下
8 / 43
第2章

3

しおりを挟む


「よく寝ているな」
 そう言ったバードの声は静かだった。
 それはスヤスヤと、穏やかな寝息を立てるヒポクリフトを思ってのことだろう。
 ソファに横になるヒポクリフトとは、いつの間にか眠っていた。
 疲れがドッと押し寄せてきたのだろうと、バードは眠るヒポクリフトの体に毛布をかける。
 ここまでの行き路で、様々な異常事態に巻き込まれた事だろう。
 それはヒポクリフトにとって衝撃的で、ショッキングな出来事の連続だったに違いない。
 今も尚、テーブルで平然そうなにはしているガンスレイブと違い、ヒポクリフトは普通の冒険者なのだから。
「なぁガンブ。あんた、この子をどうするつもりなんだい?」
「どうするとは?」
「だから、この子をこのままずっと動向させるのかと、そう聞いてる」
 「まさか。8階層までだ。そいつとはそこまでの付き合いで、それ以上はない」
 無論であろう。
 ガンスレイブはそうは言いだけに、ヒポクリフトの横顔を覗く。
「それと彼女は、まだ死ぬのには早すぎる」
「あははは、何だい?それは老いた私に対する嫌味かい?」
「お前はそんな玉でも在るまい。少なくとも俺の知っているバードという人間は、な」
 途端に、ガンスレイブの声は低く、またその眼は鋭い眼光を放つ。
 眼光を向けた先に、バードとは映る。
「まだ、あれをやっているのか?」
 あれーーその呼方は、ガンスレイブとバードにしか分からない。
 言って、それは比喩としての呼び方である。
 他人が聞いたら気分を害する言葉。
 暖かな小屋の中に、不穏な空気が流れ始めていた。
 外に広がるダンジョン同様には、どんよりとした雰囲気が二人の間を漂っていた。
 バードの表情に、濃い闇が見え隠れする。
「言わせるなよガンブ。私がまだ生きているってことは、そうに決まってんじゃないか?ああ、やってるとも、やってるさ……だからさ」
 バードは、チラリとヒポクリフトを流し見。
「てっきり、この子は私の為のご馳走か何かと、そう思ったじゃないか……」
 ご馳走、バードは確かにそう言った。
 その言葉の意味について、ガンスレイブはよく理解してようである。
「馬鹿言え、何故俺がお前のカニバリズム(食人)に手を貸さねばならん」
 カニバリズム(食人)、それは人が人を食うという狂気を孕んだ食行である。
 この世界に於けるカニバリズム(食人)とは、狂人の為せる愚行とは呼ばれていた。
 人間を生み出した神に対する反逆行為として、もしもカニバリズム(食人)を行なっている人間を見つけた場合、重刑を処されても文句は言えない。
 少なくとも、地上ではそのような扱い。
 それを、このバードは繰り返し行なっているという。
 ガンスレイブはその事実を知っていて尚、バードを普通の人のようには接する。
 何故ならガンスレイブもまた、人の理(ことわり)を外れた異端者である。
 なればこそ、ガンスレイブはバードのカニバリズム(食人)を黙認する。
 今いるこの場所がダイスボードであればこそ、人の定めた法など適用されない。
 ガンスレイブはその事を、よく理解していた。
「ガンブ、あんたは変わらないね」
「お互い様だ。だからこそお前と俺は、こうして再び合間見えた」
「はは、じゃあわざわざ聞いたりするな。捻(ひね)くれ者め」
 バードは笑って、マグカップの中身を唆(そそ)る。
 中身は普通の水。
 だが今の話を聞けば、人はそのマグカップの中身が人の血か何かと不審がることだろう。
「どうだ、最近の冒険者達は?手強いか?」
「まさか。この老体で屠(ほふ)れる程には優しいもんだよ」
「そうか。なら、そこの娘は、やはり俺が連れて行かねば死んでしまうな」
「だろうね。何だいガンブ、やけにその娘に入れ込んでるようじゃないか?」
「違う。彼女との間に契約が結ばれてしまっただけの事」
「そうかい?私には、あんたが自分の意思でその子を守っているように見えるけど?」
「まさか、俺はただ契約に従い、その娘を守ってやってるに過ぎない」
「どうだかね。それに、あんたの言う契約だって、私は信じちゃあわけじゃないだからね?」
 バードのガンスレイブへ向けた眼差しが、一層に険(けわ)しくなった。
「”死に行く運命を辿る冒険者を見つけてしまった場合、その冒険者の運命を覆さなければならない”。あんたは昔、私にそう言っていたね。今いち腑に落ちないんだよ。大体、あんたはそれを自身をこのダイスボードに堕とした神との、その契約とは言うが、神って、一体なんだい?」
「人間に理解できる話ではないし、神は神だ。お前達人間を生み出した創造主にして、この世界の超越者たる存在」
 それ以上でも、またそれ以下でもない。
 淡々とガンスレイブは言って、席を立つ。
 そのまま小屋の入り口まで足を進める。
「どこへ行く?」
「ダンジョンマスター(階層主)を探してくる。そいつと行動を共にするより、一人の方がずっと楽だ」
「成る程ね……でもいいのかい?私がその子を、食べてしまうかもしれないよ?」
「仮にそうだとしても、俺はお前を責めたりしないさ。それに、俺の知っているバードという奴は、」
「そんなことはしない、だろ?」
「……ふん。では、ヒポクリフトを頼む」
 言い残して、ガンスレイブは小屋の外へと出て行った。
 ズシズシと、重たい体を揺らして。
 ゆっくりと足音は小屋から遠ざかっていく。
 バードはガンスレイブの足音に耳立てて、かつての彼もまた、今のようにはぶっきらぼうに去っていったなとは、懐かしく思っていた。
 次にバードは、ヒポクリフトへと視線を移す。
 やはり、ヒポクリフトはよく眠っていた。
「人間はさ、このダイスボードじゃ良いタンパク源なんだからさ、仕方ないだろう?」
 そんな声とは、ヒポクリフトに届くことはなかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

アーティファクトコレクター -異世界と転生とお宝と-

一星
ファンタジー
至って普通のサラリーマン、松平善は車に跳ねられ死んでしまう。気が付くとそこはダンジョンの中。しかも体は子供になっている!? スキル? ステータス? なんだそれ。ゲームの様な仕組みがある異世界で生き返ったは良いが、こんな状況むごいよ神様。 ダンジョン攻略をしたり、ゴブリンたちを支配したり、戦争に参加したり、鳩を愛でたりする物語です。 基本ゆったり進行で話が進みます。 四章後半ごろから主人公無双が多くなり、その後は人間では最強になります。

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

ハズレスキル【収納】のせいで実家を追放されたが、全てを収納できるチートスキルでした。今更土下座してももう遅い

平山和人
ファンタジー
侯爵家の三男であるカイトが成人の儀で授けられたスキルは【収納】であった。アイテムボックスの下位互換だと、家族からも見放され、カイトは家を追放されることになった。 ダンジョンをさまよい、魔物に襲われ死ぬと思われた時、カイトは【収納】の真の力に気づく。【収納】は魔物や魔法を吸収し、さらには異世界の飲食物を取り寄せることができるチートスキルであったのだ。 かくして自由になったカイトは世界中を自由気ままに旅することになった。一方、カイトの家族は彼の活躍を耳にしてカイトに戻ってくるように土下座してくるがもう遅い。

政略より愛を選んだ結婚。~後悔は十年後にやってきた。~

つくも茄子
恋愛
幼い頃からの婚約者であった侯爵令嬢との婚約を解消して、学生時代からの恋人と結婚した王太子殿下。 政略よりも愛を選んだ生活は思っていたのとは違っていた。「お幸せに」と微笑んだ元婚約者。結婚によって去っていた側近達。愛する妻の妃教育がままならない中での出産。世継ぎの王子の誕生を望んだものの産まれたのは王女だった。妻に瓜二つの娘は可愛い。無邪気な娘は欲望のままに動く。断罪の時、全てが明らかになった。王太子の思い描いていた未来は元から無かったものだった。後悔は続く。どこから間違っていたのか。 他サイトにも公開中。

悪役令嬢にざまぁされた王子のその後

柚木崎 史乃
ファンタジー
王子アルフレッドは、婚約者である侯爵令嬢レティシアに窃盗の濡れ衣を着せ陥れようとした罪で父王から廃嫡を言い渡され、国外に追放された。 その後、炭鉱の町で鉱夫として働くアルフレッドは反省するどころかレティシアや彼女の味方をした弟への恨みを募らせていく。 そんなある日、アルフレッドは行く当てのない訳ありの少女マリエルを拾う。 マリエルを養子として迎え、共に生活するうちにアルフレッドはやがて自身の過去の過ちを猛省するようになり改心していった。 人生がいい方向に変わったように見えたが……平穏な生活は長く続かず、事態は思わぬ方向へ動き出したのだった。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

俺だけLVアップするスキルガチャで、まったりダンジョン探索者生活も余裕です ~ガチャ引き楽しくてやめられねぇ~

シンギョウ ガク
ファンタジー
仕事中、寝落ちした明日見碧(あすみ あおい)は、目覚めたら暗い洞窟にいた。 目の前には蛍光ピンクのガチャマシーン(足つき)。 『初心者優遇10連ガチャ開催中』とか『SSRレアスキル確定』の誘惑に負け、金色のコインを投入してしまう。 カプセルを開けると『鑑定』、『ファイア』、『剣術向上』といったスキルが得られ、次々にステータスが向上していく。 ガチャスキルの力に魅了された俺は魔物を倒して『金色コイン』を手に入れて、ガチャ引きまくってたらいつのまにか強くなっていた。 ボスを討伐し、初めてのダンジョンの外に出た俺は、相棒のガチャと途中で助けた異世界人アスターシアとともに、異世界人ヴェルデ・アヴニールとして、生き延びるための自由気ままな異世界の旅がここからはじまった。

処理中です...