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楽園破壊編
魔王として在り続けることにしました
しおりを挟むディスガイアが襲撃を受けてから、数日後。城の客間にて──
「…………っ」
「あ、起きた!」
わたしは、ベッドへ乗り出し彼女の顔を覗き込んだ。
「おはようハスラー。よく眠ってたね」
「……えっと、あなたは……」
「ああ、ごめん。そう言えば、わたしたちは初めましてだったね」
ハスラーは、朧げな様子でわたしの顔を見つめて、次に部屋全体を見回して、
「……すみません。わたしは今、どういう状況なのでしょうか? ちょっと頭が混乱していて……確か、妹のメアリーと一緒に逃げ出して──あっ」
ハスラーは、眠る以前の記憶を思い出したのか青ざめた表情となる。体を震わせながら、わたしの肩を掴んできた。
「め、メアリーはどこですか!? あの子も、ここにいるんですよね!?」
「……ここには、いないよ」
「なら、どこに! あの子も無事なんでしょう!? メアリーは、今どこに──」
「そこにいるよ」
と、わたしは取り乱すハスラーの胸へと触れる。
わたしが戦っていたハスラー・ハイクラッド──その正体は、かつて無能と蔑まれ続けいた可哀想な少女、メアリー・ハイクラッドだった。
メアリーは、姉であるハスラーの立場を偽り、ハイクラッド家の頭首の座へ。様々な研究分野に於いて偉業を打ち立て、またS級冒険者クラン『教会聖騎士団』の隊長【鮮血の探求者】となり、その名を世界へ轟かせることとなる。
それが幸せだったかなんて、わたしには分からない。理解もしてやれない。ただ一つ言えることは──メアリーは、ハスラーとなることを選んだあの日の出来事を、心の奥底でずっと悔いていたのだろう。
またそれは姉のハスラーにしても。メアリーと戦っている時にも、わたしは魔装神器の中から必死に訴えてくる彼女の声を聞いたのだ──『お願い。メアリーの心を、救ってあげて』と。
その思いを受けて、わたしはメアリーの精神世界へと干渉。せめて彼女たちの心だけでも救いたいと、そう思わされたのだ。
輪廻再生──それはテスラがわたしに教えてくれた、心を創り直す魔法だ。この魔法を受けた者は、今一度自身の心と向き合い、生命力溢れる強い心へと再構築され復活する。
わたしがメアリーの毒を受けて死ななかったのは、テスラがこの輪廻再生を施してくれたからだと、メアリーとの戦闘後にもテスラが教えてくれた。
また、そのことについても。
『全員が全員、この輪廻再生で生命力を取り戻すわけではないわ。時として、間違った方向に心を再創造させた場合は、とんでもない化け物となって蘇ることもあるの。あの時の錯乱したメアリーなら、間違いなくそうなっていたでしょうね』
でも、そうはならなかった。
『創世ノ狼の真の能力は精神干渉よ。ビルマ、あなたもあの子たちに救われたはずよ』
そうなのである。わたしが精神世界にて灰狼勇華団のみんなと幸せな日々を送っていた時、狼が現れた。あの狼がいなかったら、わたしは一生あのままだったかもしれない。
幸福な夢に溺れたまま、なにもかも忘れたまま。いつか蘇ることがあったにせよ、その時には既にわたしの体を借りたテスラが全てを片付けてくれたのかもしれない。いや、間違いなくそうなっていただろう。
そうして、メアリーのことについて── 創世ノ狼の能力で彼女の精神世界へ干渉したわたしは、彼女に『自身の運命に屈するな。戦え』と、そう訴えた。その結果、彼女はかつて犯した自身の過ちを認め、自身の命に一つの答えを出した──それこそが、魔装神器の中で生き続けた痛み姉ハスラーの魂に、その身を譲るという選択であった。
あの時、魔装神器を解放したことによって彼女たちの体と魂は繋がっていた。その事実を自ずと悟ったメアリーは、輪廻再生の発動時にも自身の体にハスラーの魂を移すことを決めたようだ。
そうして、魔装神器へと移ったメアリーの魂なのだが──その後にも、光の粒子と化し魔装神器が自壊をはじめた。輪廻再生という心を創り直す能力を逆手にとって、魔装神器の中で蠢いていたハイクラッド家の意思ともども、滅びる道を選んだのだった。
その真実を打ち明けると、ハスラーはこれまでの記憶を思い出したのか、大声を上げて泣きました。自身の体を抱きしめ、何度もメアリーの名を呼んでいた。
わたしはハスラーが泣き喚く間、ずっと彼女の側に寄り添うことに。そのうち泣き疲れたのか、彼女は再び眠りついた。
「ようやく眠りましたか」
「ザラト」
部屋に入ってきたザラトが、眠るハスラーの顔へ目線を落としながら言った。
「可哀想な少女です。せっかく蘇ったというのに、彼女を待っていたのは残酷は現実だけだった。こんなことなら、なにも知らぬままメアリーと共に滅びていた方が幸福だったかもしれません」
「そんなこと、ないよ」
わたしは、ハスラーの手を握り締めながら言った。
「今は辛いかもしれないけど……でも、生きていたら、幸せなことはきっとたくさんある。ハスラーは、これから自分の人生を、自分の力で創っていくんだよ」
「全く……ビルマ、君はどこまでお人好しなんだ」
と、次に部屋へ訪れたのはハデス。ゼペスとシャンティ、それにマドルフも一緒だった。
ハデスは、呆れた調子でため息を吐きながら、
「敵側の事情にまで首を突っ込むなんて、度が過ぎている」
「ふっ、それでこそビルマ様であろう、ハデスよ」
「ゼペスの言う通りだよ! ビルマ様は敵味方関係なく、寛大なんだから!」
「ふん、甘いなシャンティ。あたしはハデスの言うことが最もだと思うぞ?」
「駄犬。あなたがそれを言うのはお門違いですよ」
と、普段通りの面々を眺めては、楽しい気持ちになると同時に、申し訳ない気持ちとなってしまう。
わたしは、頭を下げた。
「みんな、ごめんね……たくさん、迷惑かけたね……魔王としての自覚が、足りてなかった……」
此度の襲撃について、わたしはなにも見抜けなかった。また襲撃を受けた時のことについてを、なにも考えていなかった。
みんなが頑張って戦ってくれたからよかったものの……一歩間違えれば、このディスガイアは滅んでいたかもしれない。今回のことは、それ程の一大事であった。
反省しても、しきれない──
「頭を上げてください、ビルマ様。今回のことでビルマ様が責任を感じることは何一つありません。むしろ我々が不甲斐ないせいで、ビルマ様の身に危険に晒してしまいました。謝るのは、我々の方です」
そう言って頭を下げるザラト。ハデスたち四魔皇も同様の気持ちなのか、ザラトに続いて頭を下げ出した。
胸が痛い……みんなは悪くないのに、わたしが魔王として不甲斐ないだけなのに。
でも、それこそが魔王という立場なのだろう。わたしは彼らの王であり、わたしの失態は彼ら配下の責任となる。王とは、そういう存在なのだ。
「ごめん! 湿っぽい話はこれでおしまい! さあ、ご飯にしよ!」
課題はまだまだたくさんあるが、今は彼らを心配に与えないよう、元気な姿を見せようと思った。
だって、わたしは魔王なのだから。
それから数日後、魔王祭を開催することとなった。襲撃後すぐだから皆お祭りって気分でもないかもしれないが、むしろこんな時だからこそお祭りをして気分を上げようって、わたし自らが提案した。
そんなわたしの提案をみんなは快く受け入れてくれ、魔王祭を盛り上げてくれた。
そうして宴もたけなわとなった夜のこと、わたしは皆をとある場所へ集めることに──それは、魔狼族のみんなが披露する筈だった演劇の、その野外舞台だ。
わたしは舞台の上から、集まったみんなを見下ろす。そうして、みんなの高揚としていた気分が盛り下がっていくのを感じていた。
「追悼セレモニー、ですか」
そんなザラトの声は、静まり返った会場によく響いた。
「確かに、区切りは必要ですね。短い間とは言え、彼らも我々の仲間……いえ、家族だったのですから──」
「区切りとか、そういうことじゃないの」
張り詰めた空気の中で、わたしはこれから行うとある儀式ついてを打ち明けるとことにした。
「これから、ガンブたちをこの世界に再び創造しようと思う」
会場がどよめき出す。そんな中、ハデスが立ち上がり言った。
「無理だ、ビルマ。彼らは、もう死んだんだ。失われた魂は、二度と甦ることはない」
「みんなの魂なら、ここにあるよ」
わたしは自身の胸に手を当てて、ハスラーとの戦いで起きたことを彼らに説明した。
ガンブたちに助けられたことと、みんなの魂がまだわたしの中で生き続けていることを。
そして、次第にみんなの魂から光が失われていることを。
時間は、あまり残されていない。
「だが、しかし……ビルマ、お前だって分かっている筈だ。魔族の肉体を創造することは、莫大な魔素を媒介とする必要がある」
「……うん、そう。よく知ってたね、ハデス」
「ああ……昔、いろいろと研究したことがあるからな。魔素とは、俺たち魔族の体を構成する物質そのものであり、魔素の変換された魔力とは全くの別物質だ。つまり魔素を用意するならば、同じく魔素で精製されたものでしかならない。例えは、そう……」
「それなら、ご心配には及びませんよ」
と、その声は突然鳴った。見ると、壇上の脇にハスラーが立っていた。わたしと目が合うなり深々と一礼し、壇上へと上がってくる。
わたしの前に立ち、真摯な瞳を浮かべながら言った。
「ようやく、全てを思い出しました……洗礼の儀を終えた後のこと、これまでのことを……」
そうして、ハスラーはもう一度深々と頭を下げた。
「メアリーを、ハイクラッド家の呪縛から解放していただき、本当にありがとうございました。そして、この島の皆さまに多大な迷惑をかけたことを、メアリーに代わり深くお詫び申し上げます。本当に、申し訳ありませんでした」
もしも罪滅ぼしの機会があるとするならば、今しかありません──そう続けて、悲痛な顔を上げるハスラーは、
「副産物、とでも言うのでしょうか。長年に渡り魔素種蟲に侵食され続けていたことで、今のわたくしは膨大な魔力を有しております。ですのでビルマ様、どうかわたくしを魔素の触媒に使ってください。長きに渡るハイクラッド家の因縁に、わたしの命で終止符を──」
「もういいんだよ」
「……え?」
「ハスラーは、もう充分苦しんだはずだよ……真っ暗闇の中で一人で、ずっと……つらかったよね」
ハスラーは大きく目を見開き、言葉を失っていた。なぜそのことを知っている?と、視線のみで語っているみたく。
実際、メアリーの精神世界へ干渉した時にも、わたしは彼女がずっとどういう状況だったのかを少しだけ覗いた。
魔装神器の内部──そこに広がっていたのは、途方もない闇でしかなかった。
暗くて、じめじめしていて、全身を無数の蟲を這うような悪寒に襲われる、そんな場所。希望なんてなにもないはずなのに、メアリーが幸せになることだけを、ただひたすら願い、悩み、苦しみ、そうして祈り続けた結果、その思いがわたしに、ついにはメアリーにも届いたのだ。
だからこそ、メアリーは最後の最後で、その言葉をわたしに託したのだろう──
『幸せになってね、ハスラー。大好きだよ』
そんなメアリーの言葉が、今でもわたしの胸の中で生き続けている。確かに彼女は敵で、魔王であるわたしが彼女をことを許したらいけないのだろうし、実際許せないけれど……でも、許したいとは思っている。
だからこそ、わたしはハスラーに幸せになって欲しい。メアリーがわたしへ託した最期の願いを、叶えてあげたいのだ。
「あなたは生きて、ハスラー……ううん、生きなくちゃダメだめなんだ」
「ビルマ様……」
「もう、あなたの体は一人だけのものじゃないのよ。あなたの中には、メアリーもちゃんといるんだからさ」
わたしがそう言った次の瞬間、ハスラーは途端に目から大粒の涙を溢し、その場で泣き崩れた。その涙につられてわたしも泣きそうになったけど、ぐっと堪える。
泣かない。まだ、泣くわけにはいかない。
泣くのは、全てが終わった、その後にもだ──
「わたしは今から、この島に存在する、わたしがこれまで創造したものから魔素をかき集める」
わたしのその発言に、みんなは唖然としていた。それでも、わたしは話をやめなかった。
「わたしの創造魔法で生み出されたもの、元はと言えば魔素の塊。それらを再び魔素に変換し直せば、きっと、大丈夫」
「それで本当によろしいのですか、ビルマ様」
ザラトだけが、強い口調でそう言ってきた。
「そんなことをすれば、この3年間が、全てなかったことになってしまいます」
そう、この島にある殆どのものが、わたしが創造したもの基礎にして作られたものだ。即ち、今からわたしがやろうとしていることはディスガイアそのものを一度リセットしてしまうことに等しい。
また創造し直せばいい、なんて単純な話じゃないことは分かっているけれど──
「もう、決めたことなの」
わたしは、譲れなかった。
「ガンブたちを、絶対に助ける。わたしは、そう決めたんだ」
「……本気ですか、ビルマ様」
「うん」
「考え直す気は……いや、愚問でしたか。ありませんよね、絶対に。あなたは、そういうお方、です」
「……ごめんね。勝手なことばかり言って」
「全くです」
大きなため息を吐いたザラトは、
「ですが、それでこそ我らが魔王、ビルマ・マルクレイドの在り方。私は、そんなあなただったからこそ、ここにいる。そうですよね、皆の衆」
ザラトのそんな呼びかけには、皆が頷いてくれる。
「やりましょう、ビルマ様!」「一からやり直しか、それもまた楽しそうだ!」「ちょうど体が鈍ってきたところだしな、がははは!」
先ほどまでの重たい空気がいっぺん、みんなの愉快な掛け合いが会場全体を覆っていた。わたしに変な気を遣わせないで済むよう、いつも以上に明るく振る舞っているのが、よく伝わってくる。
その時が来るまで泣かないと決めたのに、ちょっとだけ目が潤んでしまう。
「……ありがとう、みんな」
わたしは、目尻から落ちそうになった涙を拭う。覚悟を決めた。
「じゃあ、いくよ」
そうして、創造物の破壊とは始まる。
これまでわたしたちが築き上げてきたものが、光の粒子へと形を変えていく──魔素へと変換され、わたしの手のひらへと集約されていく。
その光景は幻想的で、美しくて、綺麗で、でも寂しくて、切なくて。
わたしたちが築き上げたディスガイアの3年間が、呆気なく消えていく。
それでも、不安はなかった。不安を安心へと変えてくれる、そんなにも心強い仲間がたくさんいるのだから。
それに、わたしもちょっとだけ強くなった。いつかの仲間に見捨てられ、ただ泣くことしかできなかったわたしじゃない。
魔王なんだ──
『ねぇテスラ。わたし、ちゃんと魔王……やれてたかな?』
『ふふふ。ええ、立派だったわよ』
胸の内で、テスラが可笑しそうに笑っている声が聞こえてきた。
また、その言葉も──
『あなたなら、これからもきっと大丈夫。自分を信じて、突き進みなさい。魔王ビルマ・マルクレイド、それが今のあなたよ』
冒険者だったわたしが魔王だなんて、最初の頃は務まるわけないって思っていたし、不安で堪らなかったけれど……振り返ってみれば、楽しいことばかりだった。
だったら、これからだってきっと大丈夫。
だってわたしには、創造する力があるのだから。
幸せを創造する、そんな力が。
だからこれからも、大切な仲間たちに囲まれて、また新たな国を創造していく。破壊されたって、何度だって創り直していく。
そんな未来を、魔王であるわたしは創造する。
おわり
──────────
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
(´・∀・`)」次回作で逢えたらまたよろしくお願いします!
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感想ありがとございます(╹◡╹)♡
そうなんですよ、酷い奴らなんですよ!
そんな彼らなんですけど、もう少し先の展開でまた再登場致しますので、どうか暖かい目で見守ってやってください!
˚✧₊⁎❝᷀ົཽ≀ˍ̮ ❝᷀ົཽ⁎⁺˳✧༚