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楽園破壊編
それぞれの結末
しおりを挟むビルマとハスラーの最終決戦が始まろうとしていた、同時刻──満月の夜空へと登る、虹色の光柱が光り輝く頃。
殺戮魔として恐れられるデュラハン『首狩り』の変則的かつ大胆不敵な攻撃に、ゼペスは防戦一方を強いられていた。
また、首狩りの鎧から漏れ出す冷気の魔力が、徐々にゼペスが行動の自由を奪っていく。
実際に刃を交えてみて、実感する──『首狩り』と恐れられた名もなきデュラハンの実力は本物だ。多種多様の武器を巧み扱い、なおかつ魔法の練度もなかなかに見事なものだ。
これ程の力を身につけることは、並大抵のはことではない。それこそ、単なる殺戮のみを手にした力ではないのだろう。何年、何十年と、ただひたすらに磨き抜かれた技術が、この首狩りにはある。
だが、首狩りからすれば強さの所以などどうだってよいのだろう。
ただ、首を刈り落とすだけ──言わば、それは快楽。そして純粋なる狂気が、首狩りの力を何倍にも増幅させていた。
(些か、この状況はまずいな……)
と、首狩りの予想以上の実力にゼペスの焦りが見え始めていた、そのときだった。
遠方の方にて、夜空へ登っていく虹色の光を目の端で捉えるゼペス。
(あの光は、ビルマ様の創造魔法の力……)
美しいその光の放流に心を奪われて──ゼペスの中で、なにかが弾けた。
「約束したのだった、な。もう二度と、生きることを諦めない、と……」
憑き物がはれた表情で言ったゼペスが、ゆっくりと手のひらを手前へ翳した──刹那。ゼペスの全身を覆っていた氷が、溶けていく。ゼペスの全身から溢れ出す莫大なる熱量が、その場一体を異常な熱気で包み込んでいた。
ゼペスは、脳裏に浮かぶその言葉を口にした──
「鳳凰黒龍 ──解放」
敬愛するビルマから授けられた黒剣がゼペスの手に握られたとき──ゴゥッと、黒い炎がゼペスの全身を覆う。
そんな未知なる力を目の当たりにして、首狩りは動揺を隠せない。
「な、なんだ、その力はッ……!?」
「……知る必要は、ない。知ったところで、貴様はここで朽ち果ててしまうのだからな」
「けっ! 死に損ないが、なにを──」
と、首狩りは言いかけて、
(……は?)
気付いたとき、視界は真っ暗闇に包まれていた。なにより、体が妙に熱い。
これは、一体──
「うぎゃあああああああああッ!」
首狩りは絶叫する。そうして、ようやくことの状況を理解した頃には全てが遅かった。
体が、熱くて、痛い。
肉体を捨て怨霊と化した首狩りにとって、それらの感覚は幾百年以来であった。
なにより、絶対零度の地下監獄に封印されていた時よりも、ずっと冷たくて暗い感覚に、首狩りは精神崩壊をきたしていた。
心の奥深くに眠っていた記憶が、ふつふつと甦ってくる。
『頼む! 誰か、助けてくれぇえ!』
彼が、まだ人であった記憶。
彼はかつて、ひとりの冒険者であった。そんな彼はあるとき、仲間たちと共に迷宮へと訪れ、魔獣に襲われ身動きが取れなくなってしまった。
そんな彼を、仲間たちは平然と見捨てていった。彼は何度も叫んだ。「助けて」と。だが、誰ひとりとして彼を助けようとする者はいなかった。
そうして、彼は魔獣に頭から貪られ、暗い迷宮の奥底にて絶命。
死後、彼の魂は怨霊と化し、迷宮を彷徨い続け……同じく迷宮で命を落とした冒険者の鎧に憑依──そうして、『首狩り』という残虐なる怪物は誕生した。
ひたすらに首だけを刈り続け、数百年……人としての感情などとうに失われ、殺戮のみが彼の存在理由そのもの。死すらも超越した彼に、恐れなど皆無に等しかったのだが……。
ここにきて、死の記憶が鮮烈に甦る。
嫌だ、死にたくない──
「頼む。殺さないでく──」
「もう遅い」
希望を打ち砕くそんな無常な言葉と共に、ゼペスの突き出した剣の切先が首狩りの本体である黒い靄のような塊を貫いていた。
痛みはない。その時となれば、あれ程までに苦しかった熱すらも感じられない。
残ったのは、虚無感だけだった。
「……死ぬのか、オレは……」
実感はない。ただ、次第に霞んでいく意識、感覚が、逃れられない死という現実を首狩りへ突きつける。
「……ずりぃな。なんで、こんな島で平和に暮らしていたオマエなんかに、こんな力があるんだ……」
「…………」
「不条理だ。ほんと、こんな世界狂ってやがる……オレは、間違ってねぇ……」
「…………」
「ああ、クソが……死にたくねぇなぁ……ちくしょう、ちくしょおぉぉ……」
「すまない」
そんな謝罪は、ゼペスの本心からであった。
「敵でなければ、俺たちは、良きライバルとしてあれたのかもしれない。そう思うくらい、賞賛に値する見事な戦いだった。敵ながら、天晴れと言っておこう」
「……けっ、なんだ、それ……やっぱ、ずりぃわ、オマエ……」
それが最後の言葉となり、首狩りの魂はサラサラと砂のように、風に吹かれて消えていった。
◾️
一方その頃、魔王城近くの森林地帯にて──
魔王城攻略組としてこの地を訪れた冒険者たちの悲鳴が森中に反響する。また最初こそ威勢を放っていた冒険者たちも、その異常事態を受けてついには沈黙していた。
彼ら魔王城攻略組とは、魔王城へ直接侵攻する者たちの別働隊。そして彼らの侵攻する森は魔王城の後方に位置していた。言わば、彼らは奇襲部隊。その数、数百規模の大部隊である。
しかも、彼らの隊を率いるのは、五つの最強格冒険者クラン『五天』の一角を担う教会聖騎士団の構成員たち。ハスラー不在の中、隊を任された実力者たちだ。
故に、冒険者たちは油断していた……。
彼らの進行方向に、ひとりの少年が現れたのだ。
背丈はまだ小さいが、気品のある顔つき。一見、それは皇族の御子息を彷彿とさせるが──その正体は、まるで別物であった。
少年が、ぼそりと呟く。
「おいで、みんな……出番だよ」
少年のその声に呼応して、地中から、草木の茂みから突如として現れた無数の屍たち──ゾンビが、冒険者たちへと襲いかかる。とんでもなく強いゾンビたちの強襲に、中には逃げ出す冒険者たちもちらほらで始めるが──
「『処刑少女』、解放──」
少年が手にした杖の真っ青な水晶体がギラリと怪しく輝き、みな鉄の棺に閉じ込められていく。
そうして一人、また一人と、いなくなっていく……。
少し時間を遡る──
魔王城へ侵攻する冒険者たちの対処について、ハデスが頭を悩ませているときだった。
「ハデス、ボクはどうしたらいい?」
いつの間にかハデスの隣に立っていたシャンティが、真剣な表情を見せている。
「あれ、みんな敵なんでしょ?」
「ああ、だろうな。シャンティ、君は城内に残っている魔族たちを集めて、地下シェルターに──」
「やだ」
ぴしゃりと、シャンティは言い放つ。それは普段の楽観的なシャンティからは想像もつかない、えらくまじめ腐った顔で、
「敵が攻めてきてるんでしょ。だったら、ボクも戦う」
シャンティは、ハデスの手を握りながら言った。
「なにが起きてるのかはよく分からないけど、でも今がすごく大変なときだったことは、分かるよ。だから、ボクも力になりたいんだ」
「シャンティ……」
「ハデス。ボクらは、仲間……家族、でしょ?」
仲間、家族──その言葉に、ハデスの心が揺れ動く。その通り、シャンティはハデスにとって大事な仲間であり、家族といっても過言ではないかけがえのない存在なのである。でもだからこそ、自分が守ってあげなくてはと、そうは思うのだが……。
「なにをグチグチやっている。早く命令を出せ、ハデス」
と、太々しい態度で入ってきた武甕雷は、鼻息を鳴らしながら言った。
「ビルマ様以外の命令など聞きたくはないが、今の大将は貴殿なのだろうが。だったら、迷っている暇などあるまい」
「……」
「ひきこもりはひきこもりらしく、大人しく自宅警備でもしていればよい」
「お兄様の言う通りですよ、ひきこもりのハデス様。さっさと命令を下しやがるのです」
武甕雷の背に続き現れた、再調整を終えたばかりの天照。
また、城で待機していた魔族たちがぞろぞろと入ってきながら、
「ハデス様! 我々にお任せください!」
「久々に大暴れしてやるぜ!」
「ビルマ様に逆らう不届き者を殲滅だ!」
「君たちまで……」
その場に集まる全員が、武器を掲げて交戦の意思をあらわにする。それはかつて、魔王軍として暴れていた当時を彷彿とさせるみたく。
ただ、以前の彼らとは違う。ハデスは皆を見回して、その変化、成長を実感していた。
特に、ディスガイアに来るまでは誰よりも臆病者で、自身の生み出したゾンビたちにしか心を開かなかったシャンティの堂々したその姿に、ハデスは心打たれていた。
「ハデス、やろう! みんなで、ボクらの家を、守るんだ!」
そこで、もう余計な心配事は不要だと思わされる。仲間たちを信じること、それだけでいい──
(まさか、この僕がこんな面倒な役目を引き受けるなんておかしな話だ)
──だがしかし、悪い気分ではない。
ハデスは決心する。皆の前へと立ち、堂々した立ち振る舞いで、皆へ命令を下し……見事、その命令は的を得た。
敵は幾つもの奇襲部隊を用意しており、城の周囲に潜んでいた。本部隊が交戦を始めた折にも、意表を突くつもりだったのだろうが──だったら逆に、奇襲してやればいい。
ハデスは城に残った戦力を分散させ、敵が奇襲を仕掛けてきそうな場所へと向かわせることにした。またこの時、再調整を行われた天照が大いに役に立った。
「城の周囲に、生体反応を確認。人だと思われますですコンチクショー」
それは天照の新機能、『生体感知機能』である──
天照を再調整するにあたって、ハデスは一から天照を創り直すことにした。
その中で、一番の問題とされたのが『モード・阿修羅』──制作者であるこの未知の能力はハデス自身も知らず、また天照に関する資料にもなんら記載はされていなかった。
だとすれば、発動のキッカケは何だったのか……ハデスは三日三晩、睡眠することすら忘れて、ただひたすらに天照と向き合った。
そうして四日目の朝にも、一つの答えに辿り着いていた──
『もしかして……心、なのか?』
その答えには、考えついたハデス自身が驚いていた。だがいくら頭をひねったところで、天照が暴走するような不確定要素は見つからなかった。だからこそ、考えることをやめて……不確定な心が誤作動を起こしたのならば? という結論に至る。
その結論に至るには、ハデスのこれまでの生き方も気づきを齎す大きな要因となっていた。
かつて、親に見捨てられ、幽閉された暗い地下室で絶望し、心を廃らせたハデス。そんなハデスの心は、リューズ、そしてビルマたち大切な仲間たちの出会いによって大きく変化した。
復讐と自身の死、それだけ生きる目的だったハデスとは、いつしか大切な仲間たちと共に生きていきたいと希望を持つまでとなった。
そしてそれは、もしかしたら天照もそうなのかもしれない。かつて天照を設計した者は、破壊の為の兵器ではなく、大切な誰かを守る為の兵器となることを天照に望んでいたとしたら──そんなハデスの考えが、天照を本来あるべき姿へと導くこととなり、未知とされていた『モード・阿修羅』の解析に成功。
『生体感知機能』は、その中で見つけた新機能の一つ。この機能は、感情によって変動する魔力の微弱な揺れすらも感知する。そして、この城へ侵攻する者たちの魔力を見事に察知することとなり──敵の奇襲部隊の発覚に至り、シャンティらによって壊滅状態へ追い込むことに成功した。
「さて、ここからは僕の出番だ……」
自らの意思で外へでることを嫌がっていた引きこもりのハデスが、ついに動く──覚悟の決まった真摯な表情で、ハデスは力強く扉を開け放つのだった。
◾️
此度のディスガイアの侵攻に於いて、敵の本拠地である魔王城攻略作戦の総指揮を任されたその男、教会聖騎士団の副隊長バレンガシア・ノービスは、荘厳と佇む城を目の当たりにして、ようやくこの時が来たかと気持ちを昂らせていた。
「長かった……本当に、長かった……」
伯爵の家柄に生まれたバレンガシアとは、幼少期よりその将来を有望視される程の才能に恵まれていた。そうして彼が教会聖騎士団への入団が決まった頃には、既に時期団長を示唆されるくらいに。
バレンガシア自身、団長の座は既に自分で決まりだと疑いを抱くことはなかった。というのも、バレンガシアはその座に見合うだけの研鑽を積み重ね、皆に期待されるだけの結果を打ち立ててきたのだ。
故に、ハイクラッド家はじまって以来の最高傑作とた謳われる才女──ハスラー・ハイクラッドが弱冠14歳にて教会聖騎士団の新しい隊長に就任した時は、悪夢を見せられているような気分だった。
教会聖騎士団は、その名の通り元は教会連合の者たちで組織された聖騎士団。それがいつしか、教会連合のトップが貴族たちからの活動資金という形の賄賂を受け取るようになり、その代わりに貴族たちは教会聖騎士団を自由に動かす権利を得た。
そして、貴族たちは武力の象徴ともされる五つの最強格冒険者クラン『五天』へ教会聖騎士団を導いた。時に、彼ら貴族たちに有利な状況が働くような荒事を任せていた……と、公にされていない悪行は数え出したらキリがない。
バレンガシアが教会聖騎士団に入団したこととて、そんな貴族たちの推薦があってのこと。
貴族の生まれであるバレンガシアを上手く利用できると貴族たちは考え、名誉ある地位を欲したバレンガシアと意見が合致した。故に、ハスラーが隊長就任には納得できなかったのだが……ハスラーの功績を間近で垣間見て、素直に白旗を振っていた。貴族たちが優秀な自分を見限るのも納得してしまうほどの、ハスラーは超優秀なる逸材だったのだから。
それからは、従順に与えられた任務だけをこなしてきたバレンガシア。永遠の二番手という光の当たらない立場であることに満足感すら覚えていた──頃にも、その話は突然やってきた。
『バレンガシアよ。此度の結果次第では、お主の立場を身改めよう』
つまりは、結果を残せということだった。その結果次第で、もう一生訪れないだろうと思われた栄光の座を勝ち取ることができる──バレンガシアの心に、消えた筈の野心の炎が再び灯った瞬間だった。
しかも、作戦は単純明快かつ、さほど難しいものでもない──ただ、醜い魔族たちを殲滅するだけ。言ったら害虫駆除だ。
魔族は、何度も殺したことがある。それこそ冒険者となっての初任務は、辺境の地で暮らす魔族の駆逐作戦。彼ら魔族たちが住む地の潤沢な自然資源を欲した貴族たちに、魔族たちの皆殺しを任されたのだ。
そのときばかりは、なにも悪いことをしていない魔族を殺すことに心を痛めないこともなかったが、それは最初のうちだけ。いつしか、命乞いをしてくる幼い魔族を嘲笑いながら殺せるくらい強靭な精神力を会得していた。
魔族は、人類の敵。存在自体が罪の、殺されて当然の害虫風情だ。部屋に害虫が現れたら、誰だって潰すだろう? 魔族を殺すことも、それと同じことだ。
(まあでも、貴族たちへの手土産として、何匹か奴隷として連れ帰ってもいいかもな……ククク)
そうして、バレンガシア率いる本部隊は、ついに魔王城に辿り着いて──ガチャリ、城の扉が開くのを見た。
扉の中から、背丈の低い魔族が一人。まだ成熟しきっていない、いかにも弱そうな魔族の少年だった。
「ようこそいらっしゃいました、冒険者の皆さま。僕は吸血鬼のハデス、どうぞよろしくお願いします」
ハデスを名乗る吸血鬼は、丁寧なお辞儀を交えそんなにもかしこまった挨拶をする。
そんなハデスの態度に、拍子抜けする冒険者たち。てっきり怪物のような魔族が出てくることを予想していたが……張り詰めていた冒険者の表情に、安堵の笑みが見え始めていた。
中でもその男、バレンガシアの表情は明るい──神は、まだ俺のことを見捨ててはいないようだ。
(ハデス、聞いたこともない吸血鬼だ。だとすれば無名の、しかもまだ子供じゃないか、あれは……ククク)
バレンガシアは卑屈な笑い声を漏らしつつ、ゆっくりとハデスの前へと出た。
「ハデス、と言ったか。なあ、そこを通してくれないか」
「それはできかねます。魔王様並びに幹部勢不在ゆえ、僕が留守を任されておりますので」
「なるほど、そうだったのか」
これまたとない望ましい状況に、冒険者たちは溢れ出す笑い声を抑えきれないでいた。そんな冒険者たちを落ち着かせ、バレンガシアは腰から剣を引き抜き、切先をハデスへ向けながら、
「ならば、言い方を変えよう。死にたくなかったら、今すぐそこをどけ。吸血鬼の餓鬼」
「ですので、それは無理です。それに、どうせどかずとも、あなた方は僕を殺すおつもりなのでしょう?」
「…………ああ、その通り。よく分かってるじゃないか」
もはや言葉は不要──バレンガシアは剣を構えながらハデスへ特攻、そのか細い喉元を貫かんと勢いよく剣を突き出した。
「……やはり、こんな下手な芝居しても仕方がないか」
やれやれと、ハデスはため息を吐く。その指先で、バレンガシア渾身の突きを軽々しく払ってみせた。
バレンガシアは、いまいち状況が掴めない。またそれは、他の冒険者たちも同様に。
──いったい、なにがおこった?
冒険者たちに動揺が広がるその一方で、ハデスだけが不敵な笑みを浮かべている。
「人間は同情に弱い生き物、という認識は既に失われているみたいだね」
「き、貴様……なにをした?」
「見ての通りさ。飛んできたゴミを払い退けた。同じ状況なら、君だってそうするだろう?」
「ゴミ、だと……貴様、この俺を愚弄したなぁッ⁉︎」
「君のことじゃなくて、その剣のことさ」
と、ハデスはこれまた必要最低限の動作にてバレンガシアから剣を奪い取った。月光を乱反射させギラギラと輝く剣身を眺めて──次の瞬間、錆び剣へと変わっていた。
「あまり、ゴミを増やしたくないんだ」
バレンガシアは慌てて後ろへと下がり、体制を立て直した。警戒心をあらわにする。
ハデスはそんなバレンガシアの動揺を知ってか知らないでか、錆び剣を適当に捨てながら言った。
「というわけで、これは僕からの提案なんだけど……このままなにもせず、大人しく帰ってくれないか。できることなら、君たちを殺したくはないんだ」
それは何も、苦し紛れに言い放ったハッタリなどではないのだろう……バレンガシアには、それが分かってしまうが──
「ふははははッ! 吸血鬼の餓鬼ごときがよく言ったものだ! ご褒美に、その可愛い顔をズタボロにしてやるよ!」
冒険者の男の一人が、バレンガシアの命令を待たずしてハデスへ斬りかかろうと飛び出していた。ハデスがただの吸血鬼ではないことは誰の目から見ても一目瞭然であったが──そんな彼もまた、バレンガシア同様に名声を欲した者の一人だった。
誰もが臆し動けないこの状況とは、彼からすれば誰よりも先に功績を残すことができる千載一遇のチャンス、と──
「一応忠告はしたんだけど、理解を得られなくて残念だ」
一瞬にして、その冒険者の姿が消失する。いや、消失とは語弊がある。彼が先程はまで立っていた位置には、おびただしい血と肉塊が散乱していた。
一体、なにが起こった? ──各々が戦闘態勢へと移り、武器を構えハデスを睨みつける。バレンガシアだけがなにもできずに、ただ呆然と立ち尽くすだけだった。
なんだ、これは……?
「この島には、魔王がふたりいる」
ハデスの瞳から、すぅーと、光が消えた。
「僕は、ビルマほど優しくはないよ。歯向かう敵は、潰す。二度と立ち向かってこれないよう、徹底的にね」
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