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楽園破壊編
灰狼勇華
しおりを挟む「おいビルマ、なにぼさっとしている! 後ろだ!」
「えっ」
突然、野太い男の叫び声が聞こえて、はっと我に返ると──今まさに、全長3メートルはあるだろう蛇型の魔獣がわたしへ噛みつこうとしている瞬間であった。
「う、うわぁッ!」
「下がれ、ビルマ!」
ガキン──わたしの脇から前へ飛び出した声の主が、バトルアックスで魔獣の攻撃を受け止める。それは、灰狼旅団の団長、ガイルであった。
「ビルマ! 大丈夫⁉︎ 怪我してない⁉︎」
また背後から、慌ててわたしの体を支えてくれたのは聖騎士のクレアだった。
心配そうに、わたしの顔を見つめてくる。
「痛いところない⁉︎」
「う、うん…………」
「はぁっー! よかったぁああ……んもう、心配したじゃない!」
「ごめん……ちょっと、ぼぅとしててさ」
「ほんと、勘弁してよね……心臓が止まりそうだったわよ……」
と、クレアがわたしの頭を優しく撫でてくれた。
「それにしても、あたしの大事な親友に牙を向けるなんて、許せないわっ!」
「ああ……全くだぜっ!」
そう言って槍を構えたギルが、血相を変えて魔獣へと飛びかかっていく。
「俺たちのビルマに怪我を負わせようとした罪、その身でとくと味わいやがれゴラァぁあああッ!」
状況が、いまいちよく掴めない。
わたしは、いままでなにをしていたんだっけ……いや、魔獣と戦っているのだから、灰狼勇華団のみんなとクエストに来ているのだろうけど……それ以前のことが、全く思い出せなかった。
なにか、大事なことを忘れているような気がしてならない。その大事なことは、分からないけれど……。
そうして、ギルの加勢もあり魔獣はすぐにも退治された。帰りの馬車の中で、わたしはみんなにすごく心配された。クレアなんて、わたしのことをずっと抱きしめてくる始末だ。
(なんか……へんな気分。みんな、こんなに優しかったっけ?)
「ビルマ、どうしたの?」
「え? ううん、なんでもないよクレア」
「なんか今日、本当に変よ? なにかあったの?」
どうなんだろうか……記憶にはない。
ただ、なんとくだが、とても長い夢を見ていた気がする。
すごく暖かい、心がぽかぽかする夢を──
「まあ、ビルマも疲れているんだろう。ここ最近、クエスト続きでろくに休んでいないからなぁ」
「えっと……ごめんね、ガイル」
「はぁ? ビルマ、どうして謝るんだ?」
「いやだって、わたしが足を引っ張ってばかりだから……追放されたんだよね……」
「追放? ビルマ、お前はなんの話をしてるんだ?」
「……あれ? えーと……なんの話だろう?」
いよいよ頭が混乱してきた。追放もなにも、わたしはこうして灰狼勇華団のみんなと一緒にいるではないか。
どうやら、今日のわたしは本当にどうにかしているらしい。
「ふぅ、どうやらビルマはだいぶお疲れの様子だな」
「仕方ないだろ。俺たちが不甲斐ないせいで、ビルマの心労が溜まってんだろう」
「そ、そんなことないよっ!?」
ギルは「いいやビルマ。俺たちは、お前がいなきゃダメなんだよ」と、らしくないことを言った。えっと……ギルってこういうキャラだっけ?
「本当は、俺だって気づいてんだ。俺たちがS級冒険者クランになれたのは、お前がいなきゃなしえなかった偉業だ、ビルマ。お前はあらゆる危機に対応できる創造魔法っていう、特別な力がある。冒険者の中には大したことねぇって言うやついるけどよ……あいつらは、本当になにも分かってねぇバカ野郎どもだ」
「そうね、今回のことに関して言えばギルが正しいわ」
と、クレアがわたしの頭を優しく撫でてくれながら、
「ビルマがいなかったら、あたしたちなんてとっくに死んでるわよ。いつも奇跡的に生還できているのは、ビルマがいてくれておかげなんだから」
「クレアまで……今日はやけに、褒めてくれるんだね」
「だって、本当のことだもの! 口に出すのは恥ずかしいから今まで言えなかったけどね、本当に感謝してるんだから!」
最後に、団長のガイルがわたしの肩に手を乗せながら言ってきた。
「……と、言うわけだビルマ。さっき、足を引っ張ってるとか言っていたが、そんなことは全然ないぞ。お前は、灰狼勇華団の大事な仲間だ」
夢でも見ているかのような気分だ。
どういう風の吹き回しかは分からないけれど、今日はとにかくみんなが優しい。いや……昔からそうだったのかな?
いずれにせよ、わたしは嬉しかった。
「……み、みんなぁ~」
「「「び、ビルマ!?」」」
ああ、本当に幸せだ。
それからも、わたしは灰狼勇華団の一員として毎日、充実した日々を過ごした。
しかも最近は、魔獣や魔族たちとの戦闘もなくて、穏やかな日常が続いている。
みんなで楽しく、ワイワイと過ごすだけの日々。
ただ、たまに「このままで本当にいいのかな?」と思うときがある。
なにか、大事なことを忘れているような気がした。
それから、さらに数週間が過ぎた頃だった。
「あ、子犬だ」
その日もなんの予定もなかったわたしたち灰狼勇華団のメンバー。体が鈍ってもなんだと周辺地域の巡回を行っていたときだった。
天気が良いなぁと空を仰いでいた折、わたしは偶然、木の上にいる灰色の毛並みをした小さな犬を……いや、あれは……。
「狼だ!」
「え、どこよ?」
「ほら、あそこ!」
わたしが指差した方を、クレアは目を細めながらまじまじと眺める。
「……いないけど?」
クレアの位置からは死角になっているのだろうか。ガイルとギルの反応もクレアと同様だった。
わたしは改めて、木の上にいる狼を見上げる──日向ぼっこでもしようとして登ったがそのまま降りられなくなったのか、下を見つめぶるぶると震えていた。
「わたし、ちょっと助けてくる!」
考えるよりも先に体が動いて、わたしは木をよじ登りはじめていた。
「ビルマ! あんたおりなさい!」
「大丈夫だよクレア! わたし、これでも木登りは得意だから!」
子供のころ野山を駆けずり回っていたから、木登りには少し自信があった。それに、あの島にいたときもこうやって木登りしては木の実を採取して──って……あれ?
(あの島って……わたし、一体どこのこと言ってるんだろう?)
おかしな感覚だった。島に行った記憶もないし、ましてや木登りなんて本当に久しぶりなはずなのに、全然そんな感じがしなかった。ここ最近は、こんな感覚に陥いることがよくある。
自分でもよく分からない感覚に頭を悩ませていると、そのままあっという間に木を登りきっていた。枝にしがみつくつき震える狼の体を、そっと掴む。
「おーよしよし、もう大丈夫だよ!」
そして、ぎゅっと抱きしめた──その瞬間、枝がバキッと根元から折れていた。
体は真っ逆さまに地面に落ちてゆく。この高さだ。落ちたら、ただじゃ済まないだろう──と、そんな悪い予感が脳裏はよぎるが、不思議と恐怖はなかった。
むしろ胸の中に広がる、それは安堵感だった。
もしもあのまま何も気づかずに通り過ぎていたら、この狼が落ちて大変なことになっていたかもしれない。そうならずに済んでよかったと、わたしは心の底から落とされていた。狼は、わたしの胸の中にいる。
「もう、絶対に離さないから……」
どうして突然そんなことを言い出したのか、自分自身が一番驚いている。でも、仕方ない。正体不明の感情が、胸の底から濁流のように溢れ出して止まらないのだから。
そして、頭から真っ逆さまに落ちて──ゴキッ! 頭を激しい鈍痛が襲った。目が回る。世界が暗転する。
灰狼勇華団のみんなが、わたしの元に駆け寄ってきてくるのが見えるが──その姿は、ここにはいない誰かとかぶって見えた。
また、声が聞こえてくる。
『ビルマ様、大丈夫ですか!? 邪竜よ、ビルマ様の危機だ! 封印を解くぞ!』
『ビルマ様ぁ!? ねぇねぇ、大丈夫!? ボクにできること、なにかある!?』
『おいお前たち、ビルマを僕の部屋まで運べ! 直ぐに薬を創造──じゃなくて、部屋に薬があるんだ!』
走馬灯のように駆け巡る情景──それは、いつかわたしが木から落っこちて頭を打ったときだ。
『大丈夫ですよ。ビルマ様は、雑草のように強い子なので……いや、花でしたね』
そう言って、優しく抱き抱えてくれる彼は──
「大丈夫か、ビルマ?」
ガイルが、わたしの体を抱き起こしてくれた。
「ビルマ! どこか痛いところは⁉︎」
「ったく、お前はいつも無茶ばっかり!」
クレアとギルも駆け寄ってくる。
違う、彼らじゃない。
わたしのことを本当に心配してくれていたのは、彼らではないのだ。
わたしは頭をさすりながら、ゆっくりと起き上がる。そして、狼がいなくなっていることに気がついた。あたりを見回してみると、狼は少し離れた場所にある丘からわたしの方を見ていた。目があった瞬間にも遠吠えをして、どこかへ走り去ってしまった。「俺について来い」って、そう言われた気がした。
それはまるで、長い夢から目覚めたような感覚。
「……行かなきゃ」
わたしは、ひとり狼のことを追いかけようとする。そんなわたしの手首を、クレアが力強く掴んできた」
「ちょっとビルマ、今度はなに! 一体どうしたのよ!」
「離して、クレア。わたしは、わたしの世界に帰らないといけないの。みんなが、待ってるから」
「……なにを言ってるのか、分からないわ」
クレアは、悲痛な顔をして言ってきた。
「わたしの世界もなにも、あんたの世界はこここじゃない」
「ううん、違う。わたしには分かるの」
「違わない! ビルマ、あなたのいる世界はここよ!」
いよいよ、クレアは泣き出していた。
「ねぇ、お願いよ……もうどこにもいかないで。あたしの側に、ずっといてよ……あたしたち、仲間でしょ?」
「うん。そうだよ。わたしたちは、仲間だったんだ」
わたしは、クレアの手を振り払った。
「でも、もう違うの」
ここでの時間は、本当に幸せな時間だった。
わたしにとって幸せなことばかり。いつまでも、この幸せに浸かっていたかった。
でも、それじゃあダメだって、わたしの心が叫んでいる。
「だから……ごめんっ!」
わたしは、みんなの制止を振り切り狼のあとを追いかける。
もう二度、あの幸せな空間には戻れないだろう。
でも、後悔はなかった。
だって、わたしにはもう既に大切な仲間たちが──かけがえのない家族たちがいるのだから。
どのくらい走ったかは分からないくらい、必死に狼のあとを追いかけた。狼のきせきから、ほのかに甘い香りが漂ってくるので迷うことはなかった。
既にあたりはすっかり暗くなり、空には満月が浮かんでいて──
そして、わたしは一面の花畑にたどり着いていた。白と桃色の綺麗な配色をしたその花々は、灰狼勇華。
そんな花畑で待っていたのは狼ではなく、ひとりの女の子であった。
薄い黄緑色の髪に、緋色の瞳。そして、その身に纏うはわたしが来ているものと同じ、深淵ノ理だ。
わたしと瓜二つの容姿をした彼女が、そこにいた。
「あなたは、テスラ……?」
彼女は、ゆっくりと頷いた。
やっぱり、彼女だった。かつて、この世界に魔族や魔装神器を生み出した存在、初代魔王、テスラ・ラフレシア。
「驚いたわ。まさか、あなたがこの場所に訪れるなんて」
「えっと、ここにわたしを呼んだのは、あなたじゃはいの?」
「わたしじゃないわ。わたしはただ、あなたに夢を見せてあげていただけ」
「夢……?」
「そう。あなたにとって、とても幸福な夢。それこそ、二度と目覚めたくないと思うくらいに、ね。あなたがかつて望んでいたものは、全部与えたつもり」
やっぱり、そうなのか。
この世界は、わたしにとって都合の良いことしか起きない。追放もされず、仲間たちとも仲良し。毎日が楽しくて、ずっとこの日常が続けばいいとすら思わされるくらい。
かつてのわたしが、心の底から求めていた夢そのものだった。
「でも、どうしてそんなことを……」
「感謝のつもり。あなたが、あのときわたしを庇ってくれたから」
「あのとき……?」
「そう。あなた、ハスラーに言ってくれたじゃない。わたしと会わせるわけにはいけないって」
「あれは……あなたがあの子に会いたくないんだろうなって、そんな気がしたから……」
「その通りよ。だって嫌じゃない。わたしの遺したものが、あんな風に利用をされていたんだもの」
語るテスラは、なんだかつらそうに見えた。
「平和の使徒となるはずだった魔族たちが、魔獣からみんなを守るために創った魔装神器が、争いの火種として利用されていたのよ……認めたくないじゃない、そんなの」
わたしには、彼女の本当の気持ちまでは理解できない。だけど、怒りや悲しみに打ちひしがれていることは、よく伝わってきた。
「でも、こうなってしまったのなら仕方のないこと。全ては、わたしの責任。わたしがかつて創りだしたものが、世界に災いを齎そうとしている。そしてこれは、きっとはじまりに過ぎない。これから、もっと酷いことが起きる。だから、わたしが終わらせないといけない」
なにも言えないでいるわたしの肩を叩いて、テスラはふっと優しく微笑んだ。
「ごめんなさいね。優しいあなたを、こんなことに巻き込んでしまって。もう少しだけ体を借りることを、許して頂戴……あなたが目覚める頃には、全てが終わっているだろうから」
そう言って、テスラはパチンっと指を鳴らした。すると、彼女の隣に新たな扉が出現する。
見覚えのある扉……あれは確か、冒険者ギルドの扉だ。あの扉を何度も開き、わたしは数々の冒険の旅へと出発した。
「この扉に入れば、あなたはまたあの夢の世界へ帰ることができる」
それは彼女なりの優しさか──
「ビルマ、あなたはよく頑張った。人間でありながら、魔族たちと真摯に向き合い、ついにはディスガイアという国まで創り上げた。投げ出したいときだった、あったでしょうに」
そう、たくさんあった。ディスガイアという荒廃した大地をひとつの国として創り上げるまで、それこそ数えきれない程の困難があった。でも、それを苦労と思ったことはない。むしろ、わたしがやりたくてやったことだ。
そうじゃないのだ。
「だから、もう充分。これ以上、苦しむことはない──」
「違うよ!」
彼女は、なにか誤解している。
「わたしは、巻き込まれたわけじゃない。わたしはわたしの意思で、あの場所で……ディスガイアで生きることを選んだの!」
「それこそ、勘違いだわ。あなたはただ、リリスに利用されただけ。あの男はただ、わたしを引き出す器を欲しがっていただけ。本来なら、あなたの前にもうひとり創造の力を持つ娘がいたのだけれど……その子が死んで、選ばれたのが、あなた。ただ、それだけよ」
「いいや、違うよ」
「それは、あなたがそう思いたいだけでしょう?」
わたしは、思いっきり首を横に振っていた。別に、彼女を言っていることを否定したわけでもないし、また認めたくないわけでもない。ただ、そうじゃないのだ。
「利用されていたとか、そんなことはわたしには分からないけど……だとしても、やろうと決めたのはわたしの意思。強制されたわけじゃないよ」
テスラは言葉を失っている様子だった。それでも、わたしは無我夢中ッで話し続けた。
「この3年間、本当に楽しかった。大変なこともたくさんあったけど、それをひっくるめても、楽しかったよ!
ああでもないこうでもないって言いながら、いろんなものを創ったよ。わたしひとりじゃ手が足りないから、みんなに協力してもらいながらさ。
これも、そのひとつ。 深淵ノ理。あのときはなにも考えてなく創造したけど……でも良かった! テスラ! こうして、あなたにも会うことができたしね!
でも、あなたはそう思ってなかったりするのかな。いろいろと、迷惑ばかりかけちゃったね……本当に、ごめんなさい。
とまあ、わたしはそんな感じ。巻き込まれただなんて、思ってないよ。テスラが謝ることもない。これまでのことは全て、わたしがやりたくてやったことだから。それは、これからも変わらない。わたしは、ディスガイアで生きていく。みんなと一緒に、いつまでも幸せに暮らすんだ」
もう、迷いはなかった。
「だから、わたしは行くよテスラ。あの世界に、わたしは帰るんだ」
そこまで言ったあたりで、やっとテスラの口が動いた。悲痛な顔をして、わたしのことを見つめながら。
「……あなたは、なにも分かっていない。帰ったら、また地獄のような苦しみがあなたを待っているかもしれない……いや、今度こそ本当に、死んでしまうかもしれないわ」
「うん、分かってるよ」
「いいや、分かっていない。あなたひとりじゃ、なにも──」
「ひとりじゃないよ」
その言葉は、すっと胸の内から紡がれた。そして、ゆっくりと先ほどテスラが創りだした扉の方へと振り返る。
扉の前には、狼がいた。
さっきわたしが追いかけていた狼。それと、その両脇に3匹の小さな狼がいる。どうやら、みんなでわたしを迎えてに来てくれたようだ。
狼たちが遠吠えをする。そのときのわたしには、彼らがなんて言っているのかが分かっていた。
「ありがとう、みんな……うん、一緒に戦おぅ」
そして、扉は開かれる──扉から溢れ出した眩い虹色の光の中に、狼たちが走り駆けていった。
わたしはテスラの方へと振り返り、「ほらね?」と笑って見せた。
テスラは呆然とした様子で、ため息を吐いた。
「本当に、いいのね?」
わたしは、力強く頷いた。
「うん! いろいろと心配してくれてありがとう、テスラ」
「別に、礼を言われる筋合いはないわ。わたしも、やりたくてやったことだから」
「そっかぁ。テスラは優しいんだね」
「優しい? わたしが?」
「うん! なんだかんだ、いつも助けてくれるし。それに、いつもわたしたちのことを一番に考えてくれてる。わたしには、ちゃんと分かってるから」
「なんだか、心の中を読まれてるみたいで不快だわ。本当に、おかしな子」
「よく言われる!」
「……はぁ、もういいわ。好きにしなさい」
と、テスラは呆れたように鼻息を鳴らして、わたしの隣に並ぶ。
「ただ、さっきみたいな無鉄砲な戦い方ではダメよ。あの毒は、わたしだって苦しいんだから」
そんなことを言って、わたしの手を握りしめてきた。
えっと、これって……。
「もしかして、付いてきてくれるの?」
「……当然でしょ。あなたひとりには、任せられないわ」
「テスラ……」
「ふん、でも勘違いしないことね。戦うのは飽くまでもビルマ、あなたよ。自分でやるって決めたことは、最後まで責任を持ちなさい」
「うん、分かってる……わたし、負けないよ」
「ええ、負けたら承知しないわ」
「テスラ」
「……なに?」
「…………ありがとう。あなたが一緒にいてくれて、すごく心強い」
わたしは、手の震えを誤魔化すようにテスラの手を握り返す。本当の本当は、恐怖で今にも泣き出しそうだった。でもテスラの温もりが、その恐怖を中和してくれる。
テスラは、微笑みながら言った。
「当然、付いていくわよ。だって、わたしはもうテスラじゃない。ふたりとひとりの魔王──ビルマ・マルクレイドなんだから」
わたしは自然と溢れ出す涙を拭いながら、何度も何度も頷いた。
ありがとう──と、何度も繰り返し呟きながら──そして、共に虹色の輝きを放つ扉の中へと一緒に歩き出す。
さながら、そこは虹色のトンネルだった。そうして虹色の光を通して想起される、ディスガイアで過ごした日々。
そのときにも、思ったのだ。
わたしがディスガイアで創造してきたのは、なにも物だけじゃない。
わたしは、わたし自身を創造してきたのだ。
運命や神、そういった曖昧なものに頼らない、自分の意思で歩めるわたしへ。
そんなわたしも、今ではたくさんの仲間たち、家族に恵まれている。
本当に、幸せいっぱい。
そんな幸せを、この手で守りたい。
奪われない。
奪わせさせない。
これからも、創造していく──そんな生き方を、わたしは自分の意思で突き進む。
そんな魔王に、わたしはなるんだ!
◾️
「さて、深淵ノ理を回収していきましょうか……ふふふ、メアリー。やっと、わたくしの夢が叶うのよ」
ハスラーは、地面に付したままピクリとも動かないビルマを見て、その死を実感した。
そうして、ゆっくりとビルマへ手を伸ばす。厳密には、彼女の纏っている深淵ノ理へ──と、そのときだった。
どこからともなく現れた四つの光球が、四方八方からハスラーへ向かって飛んできていた。ハスラーはそれらをひらりとかわし、ビルマと距離を取った。
(あれは……まさか……)
それら光球から発せられるものの正体の源が、なんなのか分からないハスラーではない。それもそのはず、その源を人造魔族へ込めたのはハスラー自身なのだから。
原理として、ネクロマンサーが死者の魂を朽ちた肉体へ乗り移らせ使役するのと同じ。何代か前のハイクラッド家頭首が心血を注いだとされる『魂装』だ。
かつてのハイクラッド家頭首とは、『魂装』を我が物とし死なない兵隊を作るため翻弄したとされている。結局は不慮な事故が発生し、志半ばで死亡。『魂装』に目覚めかけていた検体も、そのとき喪失されているとされるが……そしてその研究は、現代のハイクラッド家頭首ハスラーへと引き継がれていた。
人造魔族や、魔装神器の創造に大いなる貢献をもたらしたのだ。
「ふふふふ。よもや、肉体を失ってなお主人を守ろうとするとは……素晴らしい。あなたもそう思うでしょう、メアリー」
メアリーと呼ばれた魔装神器──は、なにも答えない。答える口を持たない。ただハスラーの意思に応えるようには、剣束から出る無数の触手をしならせ、それら光球の攻撃を開始する。
「ですが、勘違いしてはなりませんよ、諸君。あなたたちを生み出したのはわたくしであり、敬うべきもわたくし──」
「ハスラー。あなたは、本当になにも分かっていないんだね」
「!?」
身の毛もよだつ寒気が、ハスラーを襲う。主人の異変に連動してか、光球を追っていた触手が剣束へと戻っていた……いや、それは萎縮と呼べるのかもしれない。
膨大な魔力の波動──その中心に立っていたのは、先程まで死に瀕していたはずのビルマであるが……その背中に突如として出現したそれは──
肩翼の黒い翼。
さながら、その姿は肩翼をもがれた堕天使。それでいて、神々しく輝くその姿は世界に舞い降りた天女のようで──
ビルマは、ゆっくりと口を開いた。
「この子たちは、あなたの歪んだ願望を叶えるために生まれてきたわけじゃない……幸せになるために……生きるために、生まれてきたんだっ!」
ビルマのもとに集結した4つの光球が一つに重なり合ったとき、ビルマの体を眩い虹色の輝きで包み込む。
ハスラーは理解できない、その現象を。
ただ目尻から自然と流れ落ちる濁りない水滴は、感激の涙であった。
「あぁ、素晴らしい……これこそ、真の命の輝き……そして、その黒い翼はかの偉大なる魔の王に発現したとされる叛逆の翼! では貴方こそが、テスラ様──」
「違うよ。わたしは、テスラじゃない」
感涙するハスラーに、ビルマは首を横に振って応えた。そして、天に向かって手を翳した──刹那、ビルマの手のひらに光が集約していく。
そして、光がビルマを中心に世界を照らした。
創造される──
「創造魔法、灰狼勇華」
『創世魔法、ブレイブ・ウルフ』
その両手に創造されるは──右手に桃色の華で装飾された白剣を、左手に灰色の狼が象られた黒剣と、それらは対となる双剣、新たなる魔装神器──【創世ノ大神】。
ビルマは、声高らかに宣言した。
「わたしは、わたし……魔王ビルマ・マルクレイドだッ!」
ハスラーは、声を荒げてゲラゲラと嗤った。
「いいでしょう! ならば同志ビルマ、わたくしはテスラ様と出会うそのときまであなたを嬲り犯すまでですっ!」
そして、
「──ッ!」
「──っ!」
互いが互いの創造した刃の矛先が、激しく重なり合う時──
最後の死闘が、始まった。
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