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楽園破壊編
死にました
しおりを挟むハスラーは、囀るような笑い声を発しながら言った。
「同志ビルマ。あなたの創り出したこのディスガイアは、きっと素晴らしいものとなっているのでしょうね。でも、やはり閉鎖的なこの環境では、そろそろ限界を感じていた頃合いでしょう……違いますか?」
わたしへと歩み寄りながら、ひとり勝手に話し続ける。
「ですのでわたくしは、そんなあなたに協力してあげたいと、そう思った次第ですわ。わたくしとあなたのふたりが手を取り合えば、このディスガイアはもっと素晴らしいものへと生まれ変わる。だからまず、余分なものは排除しなければなりませんわ」
余分なもの──それがなにを指しているのか、わたしは自ずと理解した。
つまりこいつは、このディスガイアを破壊しようとしている。それはこの地のみならず、このディスガイアにいるみんなのことも。
そして、ガンブが転移魔法陣の生贄として捧げられたように、他の子たちも……。
許せない──
「安心してください。再利用できそうなものは、わたくしがちゃんと選別してあげますから。実験の検体として、余すところ全て無駄なく使って差し上げますから」
「ふ、ふざけんなぁああっ!」
わたしは再度、ハスラーへと向け斬りかかった。だが、やはり宙に浮かぶハスラーの剣がそれを許してはくれない。
何度切りかかっても、その全てが弾かれてしまう。
なんなんだ、この剣は……。
ハスラーはニヤリと口角を歪める。
「何度やっても無駄ですよ、同志。せっかく魔装神器を創り出したのでしたら、それを使えばいいだけのこと。同志の着ているそれは……深淵ノ理、そのなのでしょう?」
「なんで、あなたが深淵ノ理のことを……!」
「テスラ様の狂信者だから、ですわ」
満面の笑みのハスラーが、胸元から古ぼけた黒い本を取り出した。
「これは現存している『テスラの手記』、そのひとつ。本来なら暗黒図書として処分されるところを、我々の祖先が大切に保管していたのですわ」
ページをぺらぺらとめくる。
「テスラ様はその意思をとある家臣のひとりに託し、自身の魂を魔装神器に封印することにした。いつか来たる災厄の日に備えて、自ら眠りにつくことを選択したのです。また、その意思を継ぐ後継人が誕生するそのときまでね……それが、深淵ノ理なのです」
「テスラ……確かそれって、初代魔王だったっていう……」
「ええ。つまり同志は、テスラ様と体を共有している状態なのです。なんと、羨ましいことでしょう」
知らなかった。わたしをいつも助けてくれるあの子も、魔王だったなんて……。
「まあ、こうして同志を通して交えるだけ、わたくしは幸福者ですけれど、ね」
ハスラーはぱたんっと本を閉じると、わたしを見つめて、うっとりとした瞳を浮かべた。
「さあ、同志……深淵ノ理を解放してくださいやし。わたくしとテスラ様の感動の対面を、どうか祝福してください」
わたしは後退り、ハスラーと距離をとりながら考えた。
今の場をどうにかできるのかできるのはわたしではなく、わたしの中にいるあの子の方だ。
だとすれば、理由がどうであれあの子の力を借りた方がいい。これまでだって、ずっとそうしてきたのだ。
困ったときは、あの子の力を借りて、なんだって解決してきた。
わたしが魔王としてこのディスガイアに立てているのも、あの子の協力なくしてなしえなかったこと。むしろ、わたしなんかいなくなって、あの子に全てを任せてしまった方が良いのかもしれないって、そう思ったことすらある。
それに、初めからあの子がわたしだったら、こんなにも最悪の状況にはならなかったかもしれない……。
頭では、分かっている。
わたしは……どうしようもなく、無力だ。
でも…………。
「……やだ……」
「え? なにか言いましたか?」
「だから、いやだ! あなたに、あの子を会わせるわけにはいかない!」
わたしは、震える手で剣を握り直した。切先を、ハスラーへと向け直す。
「あなたに、あの子を会わせるわけにはいかない!」
「どうしてでしょう? テスラ様は、わたくしに会いたがっているはずですけれど?」
「あの子のことをなにも知らないくせに、勝手なことばかり言うな!」
「おやおや……なにも知らないのは同志、あなたの方では? 彼女がかつて、一体なにを思い魔族や魔装神器を生み出し、偉大なる魔王として君臨する道を選んだのか……知らないでしょう、なにも──」
「そういうことじゃない! あなたは、あの子の気持ちなんて、なにも知らないでしょ!」
「ほう……では、同志。あなたには、その気持ちとやらが分かると?」
「分かるに決まってるでしょ……だって、わたしたちはふたりでひとりなんだから! だから、言ってるんだよ……あの子はね、あなたになんか会いたくもないってさ!」
実際、そう聞いたわけではない。直接話したわけではない。だけど……これはそういった理屈的なことではない。胸が、ざわめく。
あの子が、ハスラーを激しく拒絶している──こんな感覚は、初めてだった。これまで一度もそんなことから、彼女の気持ちが手にとるように分かってしまう。
だったら、わたしはあの子の気持ちを尊重する。嫌がる彼女を、無理に出したりするもんか。
「……ほう、そうですか」
ハスラーの、それまで一度たりとも崩れることのなかった不気味な笑みに乱れが生じた。すぅーと瞼が下がり、冷めた表情でわたしのことを見つめてくる。
「では、無理矢理にでも引きづり出すまで……同志、テスラ様はあなただけのものではありませんわ。わたしたちのもの、そうでしょう」
ハスラーが、宙に浮かぶ剣を握りしめた。
「わたくしの創りだした魔装神器を、あの方に見て欲しいのですわ……きっと、喜んでくれるでしょうね。うふふふ」
「……魔装神器を、創り出した? それは、どういう──」
「ふふふ、言葉通りの意味ですよ同志。魔装神器を創造できるのは、なにもあなただけではない。わたくしにも、テスラ様に会う資格はあるのです」
と、刹那。
「おゆきなさい、メアリー」
ハスラーの剣から無数の触手が飛び出し、わたしを目掛けて襲い掛かってくる。
考えている暇なんてないようだ。
「創造魔法、岩壁!」
この岩壁は、ディスガイア産の分厚い岩盤から構想を得たものだ。この前魔獣と戦ったときも、傷一つつかなかった自慢の防御壁だ。
「メアリー、食い破って差し上げなさい」
触手は、岩壁をいとも容易く貫通しらそのままわたしへ向かって直進してくる。寸前のところで回避したものの、今のは危なかった──
「ふふふ、これで終わりではありませんわ」
ハスラーの意味深な発言を理解する間もなく、ぎゅるんっと方向転換した触手がわたしの肩を貫いていた。
鋭い痛みが、肩から全身に広がっていく。肩に刺さった触手が、どくんどくんと、脈立っていた。
「うぐっ……」
「動体視力をなかなかに素晴らしいものをお持ちのようですね、ふふふ」
「こ、こんなもの!」
わたしは触手を剣で切り落とし、後ろへ下がる。あの堅い岩を貫いたわりには、妙に柔らかい感触だ。違和感を覚える──と、剣を構えなおそうとした直後のことだった。
「……あ、れ……」
視界が、急にボヤける。また、全身に悪寒が押し寄せ、足がおぼつかなかった。
これは……。
「本当に苦しいのは、これからですわ。ふふふ……」
「……なに、を……ごほぉッ⁉︎」
喉がむせ返る。激しく咳き込めば、口から溢れ出すそれはおびただしい量の血であった。
「今では絶滅したとされる猛毒竜の毒液を、同志の体に注入しましたわ」
「……ぁぁぁ……」
「痛いでしょう? あなたはこれから、生きていることを嘆きたくなるほどの激痛に、永延と苦しめられることになるのです。別名、自殺毒。この毒を受けた者が、苦しみに耐えかね自害を選ぶことから、そう呼ばれるようになったようですよ」
全身を細かい針で刺されたような猛烈な痛みに襲われる。堪らず、わたしは地面に倒れてしまっていた。
霞む視界の中で、ハスラーはわたしを見下しながらニタニタと口角を歪ませた。
「同志、無理をする必要などないのです。偉大なるテスラ様であれば、この猛毒すらも治癒してしまうのでしょうから」
「……い、いや、だ──げほぉ、げほぉ……」
「強情なのも今のうちですよ」
体が、燃えるように熱い。それでいて、極寒の空に裸で晒されているような寒気すら感じていた。
なにより、痛い……痛い痛い痛い。
早く、この痛みから解放されたい。
喉を掻き切りたい衝動に駆られてしまう。
(……でも、そんなことしちゃだめだ。ハスラーを、このままみんなのところに行かせたらいけない……わたしが、なんとしてもここで食い止めないと……)
解毒薬を、創造しないと──わたしは、最後の力をふり絞り手のひらに魔力を込めようとするが、
「無駄な足掻きです、同志。あなたひとりでは、万が一にも助かる方法はあり得ないのです」
いつの間にかすぐ側まで迫っていたハスラーが、わたしの手のひら踏み潰す──ゴキッ。
「──っ」
「あらあら、可哀想に。もう悲鳴すらもあげられないとは……ふふふ、あーあーあーあ、可哀想で見ていられませんっ!」
お次は頭を踏みにじられる。が、そんな痛みを凌駕するほどの激痛にそれどころではなかった。
「脆弱な肉体、魂……どうして、わたくしではなく、あなただったのでしょう?」
「…………」
「ねぇメアリー、不公平とは思いませんか? あなたは肉体を失って、それでやっと魔装神器としての形を得たというのに……彼女は、かの深淵ノ理をなんの苦労もせず創造し、それだけに飽き足らずテスラ様の寵愛すらも受けているのですよ」
「…………」
「ああ、恨めしい……この女が、わたくしは憎たらしくて堪りませんわ! このまま死んでもらいたい! この女さえいなければ、テスラ様の寵愛を受けていたのはわたくしだったかもしれないのにぃっ! 死ね! 死ね! 死ね!」
「…………」
「……おや? 同志? もしもーし? まさか、本当に死んでしまったのですか?」
既にわたしを死んだものと思ったのか、ハスラーは、
「まあ、それでも良いでしょう……ふふふ。同志の意志を受け継ぎ、わたくしが深淵ノ理の新たな所有者になれば良い……そうすれば、テスラ様はわたくしだけのものに……ふふふ、ふははははははっ!」
狂気を孕んだ笑い声が鳴り響く──そのあたりで、わたしの意識は完全に途絶えてしまった。
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