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楽園破壊編
満月の夜が訪れました
しおりを挟む日々はあっという間に過ぎていき、ついに『魔王祭』を明日に控えていた。
そして今現在、わたしはメガホンを握っていて──
「じゃあみんな、配置についてさ……よーい、アクション!」
パコンッ──
『ふっふっふ、このわたし、魔王ビルマ・マルクレイドが来たからにはもう安心よ』
と、魔狼族の女の子が不敵に笑えば、
『来たな、魔王ビルマ! ここであったが100年目、冒険者マドルフが成敗してくれる!』
と、自身の役になりきったマドルフが模造の剣を構えて、
『死ねー! ビルマーっ!』
『ふっふっふ、無駄よ!』
『っうぐ⁉︎ ぐへ~……ままま、まさか、この俺がやられるなんて~』びたーん。
『マドルフ、成敗なり!』
と、皆が見事にそれぞれの役を演じていた。そのときだった。
『わー、さすがですビルマさまー。すてきー。さすがですー』
と、それは役者の一人であるザラトが、全く気持ちのこもってない台詞を吐いたのだった。
「かかか、カットぉお!」
わたしはメガホンをバンバンと打ちつけ、ザラトの元へと駆け寄っていく。もう我慢の限界だった。
「んもぅ! ザラト、いい加減にしてよ! だから言ってるでしょ⁉︎ そこはもっと、感情を込めて魔王ビルマを褒め称える重要なシーンなの! 何回言えば気が済むわけ⁉︎」
「私は、結構真剣なのですが?」
「真剣⁉︎ その演技のどこに真剣味があるっての、ええおいっ!」
「おいビルマ、それくらいにしとけよ。ザラト、これでもかなり上達した方──」
「マドルフは黙ってて!」
「ひっ!」
「いいこと! 本番はもう、間近に迫ってるんだからね! このままじゃ、完成すらも怪しいわ! このわたしが監督になったからには、生半可な仕上がりは許されないと知りなさいッ!」
そうなのである。わたしは今現在、魔王祭にて執り行われる舞台劇『創世記ディスガイア物語~魔王ビルマ誕生編』の監督を担っていた。
話の発端としては、魔狼族の子供たちが「せっかくだからなにかやりたい!」と言い出したことに始まり、度重なる会議の上(わたしの独断だけど)での此度の舞台演目が決まった次第である。しかもこのディスガイアには、以前わたしが創り上げた野外の演劇舞台があるのだけれど、残念なことにこれまで全く使う機会がなかったから、せっかくだし使ってみようということになった(わたしが勝手に決定した)。
わたしは監督として、演目内容にはじまり全演出をプロデュース。ここ最近時間を作ってはエキストラである魔狼族のみんなと、それと暇そうだったマドルフとザラトをつかまえて稽古に望んでいるのだけれど……まだまだ全然ダメ! こんなんじゃ、誰一人として感動させることはできないわ!
「さあ、また最初から通しでやるよ! 魔王ビルマの超イカした覚醒シーンから! ほらみんな、配置について!」
そして、わたしは監督としてメガホンを打ち鳴らす──
「よーい、アクションッ!」
ああ~、最高に楽し~!
◾️
「……ふん、くだらない」
演技の練習をする皆を木の上から観察するガンブは、退屈そうにため息を鳴らした。そうして、つくづく思わされるのだった──ああ、実にくだらない。
だが、こうも思わされる。自分にとってくだらなく感じることでも、魔狼族の皆からすれば、とても楽しいことなのだろう、と。
あんな顔、俺の前では一度たりとて見せたことはなかった。それこそこの島に来るまでは、皆生きる気力など皆無に等しく、いつも疲れきった表情を浮かべるばかりだった。
そんなあいつらが、あんなに楽しそうな顔を見せれるようになるなんて……つくづく、あのビルマとかいう人間は不思議なやつだ。
ビルマが笑えば、皆がつられるように笑い始める。ビルマのバカみたい明るい笑顔の前では、何故だかみんな自然と楽しそうに笑うのだ。
今だって、そうさ──
「みんな、すごいすごい! すっごくよくなってきてるよ!」
ビルマが嬉しそうに、ぱちぱちと拍手しながら笑う。すると、皆がそれまでの演技など忘れてしまったかのように、幸福そうな笑顔を浮かべる。だとすれば、幸福なのだろう。側から眺めるガンブは、我ごとのように彼らの気持ちを汲み取ることができた。
そんな時にも、ふと、ガンブは思わせる。あの輪の中に入れば、俺も皆のように笑えるようになるのだろうか──
(……ふん、つまらぬことを考えてしまったな……)
ガンブは考えるのがバカらしくなって、目を瞑る。賑やかな声に耳を傾けながら、急に訪れた微睡に身を任せて──
「が、ガンブ⁉︎」
全身に強い衝撃を受けて、ガンブは意識を覚醒させた。その時を持って、自身が長い夢を見ていて、日没まで眠り呆けていて、また木の上から落下したことを悟った。
そして、ビルマが心配そうに自身を抱き起こしてくれていることを。
「大丈夫、ガンブ⁉︎」
「あ、ああ……平気だ」
「はぁ、よかった……って、よくない!」
ビルマはガンブの肩を掴むと、凄い剣幕で詰め寄った。
「あなた、また木の上で寝てたでしょ! 危ないからダメって、いつも言ってるでしょ!」
「う、うるさい……俺がなにをしようが、俺の勝手だろうが」
「ダメ! わたしがダメって言ったら、ダメなの!」
そう言って、ビルマはガンブの頭をぺちぺちと叩いた。その様子から、ビルマが本気で怒っているだろうことを察したガンブは、
「……分かった。これからは、気をつける……」
「はあ、全くぅ。分かればいいのよ、分かれば」
と、ビルマが怒髪天から一転しての笑みを作ると、「よしよし」とガンブの頭を撫でた。
ガンブは照れ臭そうに顔を顰め、その手を払う。
「子供扱い、するな……」
「ごめんごめん」
「だから、頭を撫でるな!」
「じゃあ、ぎゅっ」
「お、お前~」
「へへへ。ふかふか~」
と、ビルマは幸せそうに頬擦りした。
やたらとスキンシップをしたがるビルマに、ガンブはもはや抵抗しても無駄だということを悟る。
ふと、ガンブは辺りを見回した。
真っ赤な夕陽に照らされたその場所には、ガンブとビルマの二人だけのようだ。
「……稽古は、もう終わったのか」
「うん、もうとっくに終わってるよ。わたしは一人残って脚本の手直しをしてたのよ」
なるほど。そこに俺がいきなり落っこちてきたと。その時の状況は知らないが、ビルマにとっては心臓が止まりそうな出来事だったに違いない。そんなビルマの慌てぶりを想像して、ガンブは笑いそうになっていた。
と、そんなガンブのことなどつゆ知らず、ビルマは腕組みウンウンと唸る。
「なんかね、魔王ビルマと冒険者たちの戦闘シーンがあっさりし過ぎてると思うんだよね……まあ、実際あっさり終わったみたいだけどさぁ」
「冒険者……確か、灰狼勇華団と言ったか」
「うん、そうだよ。わたしが冒険者だった頃にいたクランなんだ」
ビルマは、地面の土を指でなぞる。
「こう書いて、こうで……灰狼勇華団! どう、カッコいいでしょ?」
「…………」
「ガンブ、どうかしたの?」
「……これは、お前が付けた名だな。正式名称は、灰狼勇華」
「え? う、うん……そうだけど。え、まさかガンブ、あの花のことを知ってるの⁉︎ ガンブの里にも、灰狼勇華が咲いてたとか⁉︎」
「いや……違う。ただ、いつかどこかで、見た気がするんだ」
ガンブはどう頭をひねっても、あの花がどこに咲いていたのかを全く思い出せないでいた。また、灰狼勇華がどのような形をしていたのかすら、よく思い出せない。その名だけ、鮮烈に脳裏に刻まれていた。
「灰狼勇華は、お前の里に咲いていたのか?」
「そうだよ。故郷の近くにある山にね、灰狼勇華の花畑が群生してたの! そこからはわたしの住む村が一望できてね、厄災からわたしたちを守ってくれますようにって、ご先祖様が植えたんだっておばあちゃんが言ってたよ」
「そう、か……」
「でも、不思議だね。シイナの実にしてもそうだけど、まさか灰狼勇華まで知ってるなんて……もしかして、ガンブたちとわたしの故郷には、なにか繋がりがあるのかな?」
「さあ、どうなんだろうな」
ガンブの里に、人間との交流があったという記録はない。だがもしかして、遠い昔にはあったのだろうか……人間と魔狼族が手を取り合うような、そんな日々が──
(……まあ、あり得ないな。偶然だろう)
そのビルマのご先祖様という者たちが、たまたま俺の里に近寄り、故郷へと持ち帰ったのだろう。そう一人納得して、ガンブはビルマへと向き直った。
「でもお前、どうして灰狼勇華なんてクラン名にしようと思ったんだ?」
「だって、カッコいいじゃない?」
「なんだその、てきとうな理由は……」
「いや、もちろんそれだけじゃなくて! 昔、おばあちゃんが、話してくれたの……灰狼勇華は、勇敢な狼に因んでつけられた名前だって。だからわたしの故郷ではね、災厄を退けてくれる守護の花とも、そう呼ばれていたの。
その花に見守れている限り、災厄は訪れない。花に姿を変えた大神さまたちが、見守ってくれているからってさ。
だからね、わたしもそういう存在になりたいって思ったから、クラン名にどうかなって提案してみたんだ。結局は灰狼勇華団になっちゃったけど、それはそれでカッコいいから大満足ってわけ!」
でも、結局はその仲間たちに裏切られてしまった──ガンブはその話を知っていただけに、なんとも言えない気持ちとなってしまっていた。
なにか、励ましのひと言でも言えたら良いのだが……。
適当な言葉を探してみるが、なかなか上手い言葉が見つからない──と、ガンブが口を開くよりも先だった。
「……大丈夫。もう、気にしてないから」
「え?」
「わたしをどうやって励まそうか考えてくれてるんでしょ?」
「ばば、バカ言うな! そんなわけないだろうが! 俺は、ただ──」
「ふふふ、なんてね。冗談だよ」
「っ⁉︎ ……ふ、ふざけやがって」
「ごめんごめん。でも、気にしてないのは本当だよ。だから、もう、いいのかなって」
「……? なんの、話だ?」
ワケも分からず尋ねるガンブに、ビルマはフッと笑って、手のひらを差し出した──次の瞬間。
「創造魔法、灰狼勇華──」
世界が、溢れ出す虹色の輝きに満たされて、そうして一つの形に集約されていき──
「いつか、もしも全てを許せられる、そんな日が来た時は……この花を植えようって、そう思ったの」
ビルマの手に握られていたその花が、ガンブの胸を激しく駆り立てる。
「わたしね、今、とっても幸せ。毎日が、本当に楽しいんだ。新しい仲間も増えて、幸せ倍増なんだから」
ビルマは、茫然とするガンブの手に灰狼勇華を握らせながら、優しく微笑んだ。
「だからさ、一緒に綺麗な花を咲かせようよ、ガンブ」
どうして……。
「……が、ガンブ?」
「…………」
「どうした、の? もしかしてわたし、変なこと言っちゃった?」
ガンブは自身の手に握られた灰狼勇華をまじまじと見つめた。
「仕方、ないな」
ぶっきらぼうに言って、ガンブはふんと花を鳴らした。
「本当に、仕方なくだ……その花を植えるのを、手伝ってやらんでも、ない」
「え! ほんと!」
「に、二度言わせるな! いいか、本当に、仕方なくだ! 本当はやりたくはないんだからな⁉︎」
「うんうん! 分かってる分かってる。じゃあ、魔王祭が終わったら早速開始!」
ビルマはニコリと笑って、ガンブの手を握りしめた。
「約束よ、ガンブ」
ガンブは、
「……あ、ああ……約束だ……」
恥ずかしそうに、その手を握り返そうとした時──
『──ふふふ。約束の日は、満月の夜。覚えておいてね。世界が、再創造される』
──?
「……ビルマ。お前、今なにか言ったか?」
「え? いや、だからさぁ」
と、ビルマは不思議そうに首を傾げる。
「約束。一緒に灰狼勇華を咲かせようって──」
「違う、その後だ。満月の夜に、世界が再創造されるって……」
「? 一体、なんの話をしているの?」
ビルマは、訳が分からないとその顔で訴える。
嘘はついていないのだろう。そもそもビルマは、嘘をつけるようなタイプではない──ガンブはそう納得してみるのだが……では、今の声は誰のものだったのだろうか?
気のせい、とは思いたいが……。
「んー? もう、どうしたのよガンブ。いきなり黙り込んだりして」
「いや、すまん……どうか、していた。なんでもない」
「そう? なら、別にいいんだけどさ」
ビルマは、それ以上の追求はしないことにした。しない方がいいと、途端に青ざめた表情となったガンブを見て、自ずと察するのだった。だから次に放ったその一言は、単なる繋ぎ。何気ない言葉の、その筈だった。
「そう言えば、今夜がそうだね」
そう言って、紫色の空を見仰ぐビルマ。紅の夕暮れは、次第に黒へと変化しつつあった。また、無数の星々がその輝きを強め出す。そんな夜空に置いて、ひときわ輝きを放つ金色の丸がそこにはあって──
「満月」
ボソリと呟いたビルマの言葉に促されるように、ガンブはその月を見上げた。
プツン──と、ガンブの中でなにかが切れた。または、それはトリガーでもあったのか。
「……ガァぁあああああああッ!」
静寂に満ちていた夜の帳に、ガンブの咆哮が轟く。また毛を逆立たせ、全身の筋肉を隆起させていた。
そして──
「ウガァぁああああッ!」
夜闇に走る牙が、ビルマの喉元へと向けられた──
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