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楽園破壊編
魔狼ガンブ・ガーランド
しおりを挟む魔狼族にとって神聖な夜とされる、満月の晩のことだった。
俺はその夜、一人森の中で夜空を眺めていた。その場所は、病気で亡くなった父親が俺に教えてくれた秘密の場所だ。満月の夜は、いつも一人でこの場所に訪れる──と、その晩も何事なく、過ぎていくと思っていた。
『……お願い、助けて……』
突然、その場所にそいつはふらふら足を引きずりながらやってきた。傷だらけで、全身から血を流していた。今にも倒れてしまいそうな状態。
そいつは、人間の少女だった。
魔族が人間を助けることは禁忌──これは、魔族ならば誰もが知っている掟。その掟に従えば、俺はその少女を追い返すべきだったのだが……俺は、その人間の少女のことを可哀想と思ってしまった。
なにがあったのかは分からない。だがしかし、余程のことがあったのだろう……少女の体に刻まれた痛々しい傷痕が、俺の感情を激しく煽った。
そして、俺は少女に手を差し伸べてしまった。
彼女の傷ついた体を背負い、里まで運ぶことにした。その道中、少女は俺に「ありがとう」と繰り返し感謝した。しまいには涙を流して、肩を震わせ泣き出してしまった。
そんな少女を見ていたら、俺はますます彼女を助けたいと思わされた。
人間と関わることは、確かに禁忌とされている。だが俺は思ったのだ。
なにも、人間全てが悪いわけではない。中には良い人間もたくさんいて、それは魔族にも同じことが言えて、人間と魔族の争いとは、そんな一部の人間と魔族によって行われている過ぎないのだろう、と。
だから、俺はその選択の正しさを疑わなかった。
里のみんなも、きっと分かってくれると思った。
そのうち、里の灯りが見えてきた。俺は彼女に、「もうすぐだ、頑張れ」と声をかけた。だが、彼女はなにも答えなかった。
かわりに、不気味な嗤い声が俺の背中から鳴ったのだ。
「うふ、うふふふふふ。ありがとう、優しい優しい狼さん?」
彼女が何を言っているのか、理解できない。理解する間もなく、俺の背中に冷たいものが突き立てられていた。次に、熱い感覚が背中から、次第に全身へと伝わっていく。
俺は、地面へと倒れ落ちた。
朧げな視界の先で、真っ赤に染まる小剣を握った少女が映る。
少女は、刃を伝う赤い液体をペロリと舐めながら、ケタケタと怪しい嗤い声を浮かべた。
「うふふふ。やはり、魔族の血は格別ですわね……美味しゅうございました」
その時点で、やっと気付いた──彼女は、単なる人間の少女ではない。少女の皮を被った、災厄であると。
だが、後悔してももう遅い。
彼女は、意識を失いかけた俺の口に、なにかを流し込むと、足先を里の方へと向け、ゆっくりと歩き出した。
「今夜はご馳走ですわ」
それが、俺が彼女を見た最後の姿だった。
俺はそのうち、完全に意識を失った。
そして、全てを失ったのだ。
◾️
「うわぁあああああああっ!」
「ガンブ! ねぇガンブ、落ち付いて⁉︎」
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……ここは……」
視界に広がる、それは夕陽に照らされた一面の草原であった。次第に、記憶が覚醒していく。
そうだ、俺はここでひとり空を眺めていて、そのうちウトウトしてきて……
「俺は、眠ってしまったのか……」
「そうよ。もう、いきなり大声なんか出すから心配したじゃない」
「ああ、それは悪いことをした……って、お前⁉︎」
俺は、咄嗟に飛び起きそいつと距離を取った。
「どうしたの、ガンブ?」
そいつ──ビルマ・マルクレイドは、きょとんした顔で俺のことを見つめてくる。第7代目魔王を名乗る、人間の少女だ。
こいつを見ていると、あの時の惨劇を思い出してしまう──少女を被った、悪鬼の姿を。
「だから、何度も言っている! 俺に構うな!」
「ご、ごめん……でも、帰りが遅かったから……」
「だからなんだ。帰るも帰らないも、俺の自由だ。それに、俺は好きでこんな場所にきたわけじゃない!」
俺が吠えると、ビルマは悲しそうに顔を顰めて、もう一度「ごめんね……」と申し訳なさそうに謝った。そんな彼女の姿に罪悪感を覚えないわけではないが……俺は、もう騙されない。
人間は、悪魔だ。
そしてこいつは、俺をなにかに利用しようとしているに違いないのである。
かなり狡猾な女なのだろう……実際、この島にいる魔族たちは全員彼女にたぶらかされている。一緒にきたみんなも、今ではすっかりこいつの虜となってしまった。それだけでは飽き足らず、嫌がる俺すらも掌握しようという性根の悪さだ。それも、毎日のことだ。
「お前、一体なにが目的だ。俺をどうしたいんだ」
「えっ……いや、なにも企んでないよ。わたしはただ、ガンブと仲良くなりたいから、それで……」
「ふん、それはもう聞き飽きた。正直に言ったらどうだ。お前はここで、魔王の軍隊を築こうとでも考えているんだろう?」
俺は、捲し立てるように言った。
「楽園なんて、全部ウソっぱちだ……みんな、お前に騙されてる……」
俺は、逃げるようにその場を後にした。
いつもなら追ってくるビルマも、今日ばかりは追いかけてはこなかった。
ようやく、悟ったのかもしれない。他の魔族は騙せても、俺だけはどうしようもならないと。当然だ。毎日ひどい言葉で罵っているのだから、これで引かないのは余程のおおうつけである。
◾️
次の日、森の中で一人日向ぼっこをしている時だった。
「ガンブ、こんなところにいた」
また来た。ビルマ。本当に懲りない奴だ。
「……あっちいけ」
「え? うん、分かった」
と、なんとも今日のビルマは素直であった。それならそれでいいと、安心したのも束の間。
「あっちにいったよ」
少し離れた場所で膝を抱えて座り、ニコニコと笑っていた。違う。そうじゃない。
俺は呆れて、言葉を失っていた。今日こそは武力行使で追い払ってやろうかと思っていたが……。
「今日、すごく良い天気だね」
そう言って笑う彼女の顔を見ていたら、その気も失せてしまう……まあいい、無視すればいいだけのことだ。
「ねぇガンブ、今夜はなにが食べたい?」
「…………」
「ねぇねぇ、ガンブ?」
「…………」
「……うーん。じゃあとりあえず、これ、一緒に食べよ?」
そう言って、ビルマが差し出してきたそれは、サンドイッチであった。途端に、お腹が空いてくる。
「横、座っていい?」
「…………」
「座るよ」
鬱陶しい。
「はむはむ……うーん、美味しい! これ、わたしの手作りなの。ガンブも一緒に食べようよ!」
……鬱陶しい。
「魔族はなにも食べなくても生きていけるってのは知ってるけど、でもお腹は空くんでしょ。遠慮しなくていいからさ、ね?」
……鬱陶しい、鬱陶しい。鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい鬱陶しい。
鬱陶しい。
「ガンブ──」
「お前、鬱陶しいんだよッ!」
我慢の限界だった。俺は、サンドイッチを差し出してくるビルマの腕を振り払う。ただ、それだけのつもりだったのだが──
「きゃっ!」
ビルマの口から、悲鳴が鳴った。見ると、ビルマから血がだらだらと流れ出している……どうやら、俺の爪で傷つけてしまったらしい。
これは、さすがやり過ぎたと思った。
「あ……傷つける、つもりは……」
「……えへへ、大丈夫だよ」
「……は?」
「大丈夫、大丈夫。こんなの、擦り傷だから!」
「擦り傷な、わけあるか……だってお前、そんなに血が……」
「へーきへーき! こんなの、いつものことだもん!」
そう言って笑うビルマ。「ごめん、食べれなくなったね」と、地面に落ちた血のついたサンドイッチを拾い上げて、残念そうにしまった。
理解不能だった。
なんなんだ、こいつは……。
どうして、ここまでされても怒らない?
どうして、平然と笑っていられる?
いくら俺を手駒にしたいが為にしたって、些か度が過ぎている。
なんなんだ、こいつは。
なんなんだ。
◾️
「ロクティス」
「……おう、ガンブか。どうした?」
その夜、俺はロクティスの部屋を訪れていた。冒険者たちに襲われているところを助けてもらったとは言え、無理やりここへ連れてこられたことを恨んではいたが……今はそんなことどうでもよかった。
「なんなんだ、あのビルマとかいう女は」
「ん、魔王だが?」
「違う。そんなことが、聞きたいわけじゃない……どうして、あいつは俺のことを、誑かそうとしてくる……」
「誑かす、か……ククク」
「なにがおかしい」
「いやな、思い詰めた顔をするもんだから、ついにビルマを殺すとでも言い出すのかと思っていたのでな」
「笑い事じゃない! 俺は、真剣に悩んでるんだ! 毎日毎日、懲りもせず毎日俺のところに来る! いい加減、ウンザリなんだよ!」
「そうなのだろうな。だが、それはいつも一人でいるお前を気遣ってのこと。最も、お前はそうは思わぬのだろうが」
「ああ、思わないね。余計なお世話だ。今日だって、それで……」
「ああ、聞いたぞ。ビルマを爪で引っ掻き、傷つけてしまったようだな?」
「それは……あいつが、あまりにもしつこいから……」
「そうか。では、歯ぁ食いしばれ」
「え──」
次の瞬間だった──ロクティスの拳が、俺の頬を撃ち抜く。そのまますっ飛ばされて、俺は壁に背中を打ちつけられた。
混乱する頭をゆっくりと持ち上げる。
ロクティスは、頭を下げながら言ってきた。
「すまんな。俺にお前を殴る権利も言われもないのだろうが……だが、悪いことをした時、誰かが叱ってやらなければならないと、そう思ってな。痛みを与えた者が、痛みを受けることのもまた当然のこと。これが因果応報というものだ」
「ふん、なにを偉そうに……お前にだけは、言われたくない」
「ククク、全くだ。俺もそのうち、罰を受けることになるのだろう……そのうち、きっとな」
ロクティスは、俺の腕を引っ張り起こしながら、
「だが、ビルマ、あいつは違う。傷つけらるようなことは、なにもしてなかったはずだ。ビルマと、里を襲った者は同じ人間でも、その中身は違う。そのくらい、お前とて分かっているのだろう、ガンブ?」
「……」
「優しい女だ。誰かを傷つけようだとか、微塵も考えたことはないのだろうな。ここにいる奴らはみんな、あいつの優しさに触れて変わったのだろう。かつては荒れていたやつも、今では大人しいものだ。そういう俺も、あいつに惚れてしまったしな」
ロクティスは、らしくない柔和な笑みを浮かべた。
「ガンブ。お前もいずれは、そうなる」
あり得ない──その言葉は喉まで出かけていたが、結局はなにも言えないままだった。
まあいい。どうせ俺がどうしたところで、あいつは毎日俺のところへ来るのだろうからな。そのときは、引っ掻いたことくらいは一応謝っておこう……。
だが、そんな俺の思い虚しく、それ以降ビルマが俺の前に姿を見せることはなかった。見かけることもなかった。
久しぶりの、独りだけの毎日。穏やかな日常。そのような日々を望んでいたというのに関わらず……なにか、物足りなさを感じる自分がいた。
(謝るくらいは、しといた方がいいよな……)
謝るときは、花を一緒に贈ればいいと聞いたことがある。確か、ビルマも花が好きだと言っていたし、ちょうど良い。
俺は持て余した時間を使って、花を探しに島の探索へと出かけることにした。
そうして彷徨うことしばらく、島の隅に奥にある森の中に、一面紫色の花の咲く場所を見つけた。不思議な匂いのする、綺麗な花々が一面と咲き誇っていた。こんな森の奥深くにあるくらいだ、誰かの手で育てられたものではないのだろう。とすれば、自然に群生した花々。これならば、贈り物としては充分かもしれない。
俺は、誘われるようにその花々へと近づいた。花を少し拝借して、そのまま後にしようとした──そのときだった。
突然、地面が割れた。また巨大な蔓が俺の体へと巻きついてきて、宙へと投げ出される。それだけじゃない。俺の何倍もある花の化け物が、大きな口を開けて俺へとく食らいつこうとしていた。
(しまった、魔獣だ!)
太古の昔より生存しているとされる、魔法生物。神出鬼没とされているが、まさかこんなところにも現れるなんて……しかもこの大きさ、なかなかの化け物だ。
じたばたともがくが、全身を締め付ける蔓は俺の力ではどうしようもない。次第に、ドロリとした粘膜の糸を引く魔獣の大口が迫ってきていた。
やばい。俺、死んだ──
「ガンブっ!」
食らいつかれそうになった直前、誰かが俺の名前を呼んだ。また、拘束されていた体が自由となり地面に落ちていた。どうやら、その誰かが蔓を切ってくれたみたいだ。
「ガンブ、大丈夫⁉︎」
「……お前、どうして……」
「独りでどっかに行くのが見えたから、跡をつけてたんだけど……とにかく、話はあと」
そう言って彼女──ビルマは手、にした剣を構え直し、激昂する魔獣と対峙した。
「今のうちに、さぁ、早く逃げて!」
と、ビルマは魔獣へと果敢に立ち向かっていく──が、瞬時に再生した魔獣の蔓がビルマへと襲いかかる。
ビルマは瞬時に盾を創造し受け流す。ただ間髪入れず迫る蔓の猛襲に、ビルマは防戦一方を強いられていた。
やはり、思った通りだ。
ビルマは、魔王のくせに弱い。
そもそもの人間のくせに、魔王を名乗ること自体が間違いなのだ。
ましてや、魔族の俺を助けるなんて気が狂っているのか。
「やめろ! もういい! 俺なんか放っておいて、はやく──」
「よくないッ!」
「⁉︎」
「わたしは魔王なんだ……仲間のことを、見捨てたりするもんかッ!」
ビルマが叫んだ、刹那。魔獣の体からさらに無数の蔓が生え伸びて、一斉にビルマへと襲いかかる。あの数は、さすがヤバい。
俺は、無意識にビルマへと駆け出していた──助けなきゃと、うちなる自分がそう命令を下す。
ただ、そんな俺の思いなど関係なさげのビルマが、動いた。
「──創造魔法、岩壁」
ビルマの魔法詠唱に呼応して、地面が出現した幾つもの岩壁が魔獣の蔓を弾き返していた。
「創造魔法、花火玉!」
続けて、ビルマは拳代ほどの丸い球体を創造。それを魔獣めがけて投げつけて──ズバババババッ! 花火玉が、魔獣を手前にして爆音を鳴らして弾けた。ダメージを与えるまでには至らないが、意表を突いたビルマの花火玉に、魔獣は動揺し動きを止めていた。隙が生まれた──
仮にもビルマがその瞬間を狙っていたのならば、その隙を見逃すはずがなく──
ビルマが、岩の壁を足場にして、魔獣へ向かって勢いよく飛んだ。
「せやぁああああッ!」
振りかざした剣を、魔獣の頭と思しき花冠へと突き立てる──ドスッ。鈍い音が鳴った直後、魔獣は紫色の血を噴き出しながら苦痛の滲む咆哮を鳴らした。効いてる……が、さすが生命力の高いとされる魔獣だ。最後の足掻きとばかりに、頭を大きく振って暴れ出した。
「うわっ、わぁっ⁉︎」
ヤバい! このままだと、ビルマが振り落とされる。そんなビルマを、魔獣が放ってはずもないだろう──
それからは、咄嗟の判断。無自覚の行動であった。
「ガァぁあああああッ!」
俺は、無我夢中で魔獣の体に噛み付いた。それは魔獣にとって予期せぬ出来事だったのか、怯みを見せる。暴れまくっていた魔獣の動きが、ピタリと静止した。
「今だ、ビルマッ!」
「う、うん!」
そして、
「やあぁあああああッ!」
ビルマの剣が、魔獣の体へと抉り込む──そして、魔獣の動きは完全停止、魔素の粒子と化し消えていった。
「ガンブ、大丈夫⁉︎」
魔獣から飛び降りてきたビルマが、真っ先に俺のもとへと駆け寄ってくる。
「……俺は、平気だ」
「そう。はぁぁぁ、良かったぁぁ」
「いいもんか。お前、少しは自分の心配しろ」
と、俺はビルマの手を掴み、その手のひらを覗き込んだ。包帯の巻かれた手のひらが、血だらけとなっていた。
俺の傷つけてしまった箇所だ。さっきの戦闘で、塞ぎかけた傷がまた開いてしまったのだろう。
「お前、これ……回復魔法をかけなかったのか?」
「あぁ、えっと……うん」
「どうして」
「……覚えておこうって、そう思ったから?」
ビルマは、たははと力なく笑いながら言った。
「これは、わたしが勝手なことをして、勝手につけた傷だからさ。だからね、反省として、残しておこうって思ったの……ガンブのことをよくも知らないくせにさ、そりゃあ知らない奴がグイグイ押しかけてきたら嫌がるよねってさ」
「……だから、ここ最近は大人しかったのか」
「うん、そだよ。でもやっぱり心配だったら、ずっと跡をつけてたの……って、わたしなんだかストーカーみたいだね。ごめん……」
なるほど。こんなにも早く駆けつけて来れたのは、その為だったのか。
「それよりさガンブ、さっきの見てた⁉︎」
「え?」
「わたしってほら、創造魔法しか使えないでしょ? だからね、この力をいかに本当の魔法っぽく使えるかずっと試行錯誤してたんだけど……ねぇ、さっきのどうだった? わたし、魔法士っぽく戦えてたかなぁ⁉︎」
と、ビルマが顔を近づけて尋ねてくる。俺は、面食らってしまっていた。
本当のバカなのか、こいつは──
「知るか、そんなこと」
そう言って、俺はビルマの手のひらを顔へ近づけ、滴る血をペロリと舐め取った。
「……ガンブ?」
「俺の前で、二度とこんな無茶はするな、いいな?」
「えっと……う、うん」
「魔王だからとか、そんなことは関係ない。女のくせに、あんまりでしゃばるな」
「そ、それは……さすがにちょっとひどくない?」
「うるさい黙れ。俺に口答えすんな」
「⁉︎ ご、ごめん……」
「ふん。今度からは、気をつけろよ……」
俺は、ビルマの手のひらに滲む血を大方舐め取った後、その手を優しく握りしめてみた──なんて、柔らかくて小さな手だ。
魔狼族の硬い表皮とは違う。俺からすれば軽症で済むことでも、こいつにとっては重症となり得る。
俺の爪は、さぞかし痛かったことだろう──
「……悪かった、な」
「え?」
「別に、傷つけるつもりは、なかった……ただ、手を振り払おうとしただけで……」
「うん、分かってる。怒ってないし、別に気にしてもないよ?」
「お、お前が気にしなくても、俺が気にするんだよ!」
「……ふふふ、優しいんだね、ガンブは」
ふっと優しく笑って、ビルマは俺の頭を優しく撫でてくれた。
「よしよし。いいこいいこ」
「むぅ……子供扱い、するな」
「じゃあ、えらいえらい」
「言い方の問題じゃ……はぁ、もういい。勝手にしろ」
「そう? じゃあ、お言葉に甘えて──」
刹那、ビルマが俺の体をぎゅっと抱きしめてきた。意表を突かれて、俺は言葉を失っていた。
「これからよろしくね、ガンブ」
「ふん……なにがよろしく、だ。俺はただ、仕方なくこの島にいるだけだからな。勘違いするな。本当なら、今すぐにでも出て行きたいところだが……皆は、ここを気に入ってるみたいだからな……しょうがないから、俺もいてやる……」
「うんうん」
こうして、俺はとりあえず、この島で過ごすことを決めた。
そう……仕方なく、な。
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