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楽園増強編

さよなら、僕の愛した人

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 その晩、僕はこっそりと地下牢を抜け出した。眠り呆けている看守の隣をするりと通り抜けて、そのまま城の外へと繰り出す。

 誰もが寝静まる、夜の時間。
 今夜は満月だ。また夜空に装飾されたみたい、満点の星々がどこまでも続いていた。
 
 こんな夜には、に行くのが一番落ち着く。早速、僕はあの場所──庭園へと向かった。そこで、ばったりと鉢合わせてしまう。

「あれ、ハデス。まさか、あなたも散歩?」
「ビルマ……えっと、まあ、そんなところだ……って、僕は今幽閉されている立場になるのだが、いいのか?」
「それ、自分で言っちゃうの?」
「それは……」
「ごめん、意地悪言ったね。とりあえず、座ったら?」

 と、ベンチに座るビルマが笑った。

 僕はしぶしぶ、彼女の隣に座る。どう話を切り出そうか、迷っていると、

「またすごいものを発明したね。天照アマテラス、だっけ」

 ビルマの方から、自ずと話を振ってくれた。なんだか心を見透かされたようで嫌だったが、同時に助かったと思わされる。

 僕は、頭を下げながら言った。

「迷惑をかけたようで、すまない」
「全くよ。ゼペスが来なかったら、ここも丸焼けになってたんだから。あ、マドルフもね」
「……すまなかった」
「うん、反省してるならよし。分かってるよ。ハデスもこの島の為に、頑張ってくれたんでしょ?」
「防衛力の強化と、そんな話を聞いていたから、僕は……」
「うん。分かってる」

 僕がしおらしく俯くと、ビルマが「元気出して!」と肩を叩いてきて笑った。

 不覚にも、ドキドキとしてしまう。

 その笑った顔が、僕の記憶に眠る彼女と似ていて、やはり困惑してしまう。どうして、彼女の面影をビルマに見てしまうのだろうか──

「ねぇ、お腹空かないハデス?」
「え? あ、ああ。そうだな……」
「でしょ? こんな時は、最適ね!」

 と、そう言ったビルマが手のひらを前へと出した、刹那のこと。眩い虹色の輝きが、僕の視界を覆い尽くした。

 次に見たのは、ビルマの手のひらにちょこんと乗っかっている、それはりんごであった。

 ふと、リューズが僕に初めて創造魔法クリエイトマジックを見せてくれた日のことを思い出す。

 あの時の彼女もまた、こうしてりんごを創造クリエイトしてみせたものだ。

「リューズ……」
「リューズ?」
「あっ、すまない。今のは忘れてくれ」

 今更彼女の名前を口に出すなんて、女々しいにも程がある──

「もしかしてそれ、リューズ・ストレガのこと言ってる?」

 ……え?

「び、ビルマ⁉︎ 君はまさか、リューズのことを知っているのか⁉︎」
「え、もちろん」
「どうして⁉︎」
「どうしてって言われても、だからよ。リューズさんは、わたしに創造魔法クリエイトマジックの扱い方を教えてくれたんだもの。故郷がね、一緒なのよ。と言っても、リューズさんが帰ってくるのは本当たま~にだったけど。わたしの故郷の里ね、すっごく山奥にあるから。しかも地元の人しか知らないくらい小さな集落でね、住んでる人も少ないんだー」

 初耳だった。

「わたしね、昔は魔法が全く扱えなかったの。練習してみたけど、全然ダメで。だけどね、リューズさんがわたしに『もしかしたら』って、教えてくれたんだ」
「それが、創造魔法クリエイトマジック
「そうなの。リューズさんもね、創造魔法士クリエイトマジシャンだったのよ。あー、それとね、」

 と、ビルマはなにかを思い出したかのように、

「わたしの他にもう一人、リューズさんには弟子がいたんだって。引きこもりの男の子、だったらしいんだけど。言ったら兄弟子って、そういうやつ?」

 その瞬間、僕は身震いが止まらなかった。

「わたしが小さな頃の話だから、もうその子、大きくなってるんだろうなぁ」
「そう、かもな……」
「うん。もしかしたら、リューズさんと一緒に、世界を転々としてるのかも。リューズさん、放浪癖があるからさ」

 ビルマは、リューズが既に亡くなっていることを知らないようだ。

 ビルマの中で、リューズがまだ生き続けている──

「でも驚いた。まさかハデスが、リューズさんのこと知ってるなんてね」
「それはこっちの台詞だ」
「どこで会ったの?」
「ど、どこでって……」

 地下牢で会ったなんて、言えるわけがない。なぜなら、僕はまだビルマに自身の出生の秘密を明かしてはいない。僕は未だ、単なる吸血鬼ヴァンパイアと通しているのだから。島の誰にも、このことを話していなかった。

 また、僕がビルマの兄弟子にあたることも、ビルマは何も知らない。

 全てを打ち明けてしまおうか──

 そんな欲が、喉の直ぐそこまででかけるが……。

「……さて、昔のこと過ぎて、忘れてしまったな」

 今はまだ、その時ではない。そんな気がしてならなかった。でもいつかは、話すときが来るのだろう。

 それがいつになるかは分からないが、その時は、全てを正直に話そうと思った。

 そのうち、大きな戦争が起きるだろう。

 それはきっと、歴史上類を見ない壮大な戦いとなる、そんな予感がしてならない。

 そして、その裏で手を引くのはあいつ──アラス・ソウ・リリスだ。

 あいつは、なにかを企んでいる。厳重に封印していた魔族殺しの紋章ディスペリアを盗み出したのも、きっと奴に違いない。

 それに奴ほどの男が、どうして人間側に寝返ったのか……謎は深まるばかりだ。

 だが、いずれにせよ、やることは一つだけ──

「ビルマ。僕はこのディスガイアに恒久なる平和を齎すと、そう誓う」

 ずっと、暗い地下こそが僕の世界の全てだと思っていた。

 あの世界こそが楽園であり、僕の墓場とさえ思い込んでいた。

 だがしかし、一方踏み出してみれば、世界はとんでもなく広く、雄大で、そうして美しかった。

 リューズが、そんな世界があることを僕に教えてくれた。

 そして、ビルマと、この島にいる皆と築き上げた世界ディスガイアに、今僕はいる。

 もう、失いたくない。

 もう誰にも、奪わせたくない。

 奪わせない。

 僕はここで、生きていくのだ──

「どうしたの、急に?」
「いや、別に。ただ、宣言しておこうと、そう思ってな」
「変なハデス」
「うるさい。君よりはマトモだ」
「な、なにをぉ⁉︎」
「ククク、ほら、そういうところだよ?」
「きぃー!」

 癇癪をおこしたビルマが、ポカポカと僕の肩を叩いてくる。僕はそれを受けながら、ただただ幸せを感じていた。





 なあ、リューズ。

 僕、やっと自分の居場所を見つけたんだ。

 心の底からいたいと思わされる、そんな居場所をね。

 今の僕を見たら、君はなんて言うのかな?

 また昔のように、笑ってくれるのかな?

 今度会うときは、君といろんな話ができたらいいなと、そう思うよ。

 その時が来るまでは、僕が、ビルマを守ると誓おう。

 今度は絶対に、奪わせないから。

 いつか2人で、君に逢いに行くよ。

 だからリューズ。その時までは、さようならだ。

 さよなら、リューズ。

 さよなら、僕の愛した人。

 僕は、楽しく生きてるよ。

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