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第5章 最終決戦ゴブリン
エピローグ
しおりを挟む「これより、禁忌魔法を行う」
エルトマの覚悟に満ちた声が、空間に児玉します。
その場所はキングとエルトマが死闘を繰り広げた玉座の間。
皮肉なことに、キングの蘇生とはキングの死んだ場所にて執り行なわれようとしていたのです。
部屋の中央に描かれた幾何学模様の魔法陣の真ん中に、キングの遺体は横たわっています。
重く閉ざされた瞼、唇は、今にも動き出しそうな程艶やかで、死者のそれとは到底思えません。
死体に施された魔法とは、キングの腐敗を防ぎ、キングが蘇生した折に不具合が起こらないよう、エルトマ自らが施したものです。
そんなキングとは対照的に、魔法陣の傍に立つエルトマの様相とは酷く窶(やつ)れ、亡者のような姿をしていました。
エルトマは手のひらをバカルディとクロウに向け、「離れろ」と冷たく言い放ちました。
「これから行う禁忌魔法はなにが起こるか分からない。あまり側にいると、お前らの魂まで持っていかれる可能性がある」
「だからなによ」
「外で待っていた方がいい。そもそもの話、この身に眠る『国堕とし』とは、数千体にも及ぶ魔物の軍隊だ。それらを贄(にえ)に捧げて上手くいくか、それすらもまだ分からない。もしかすると、蘇生に失敗して封印が解けてしまうやもしれない。そうなってしまえば、お前たちが逆に魔物たちの贄となってしまうだろう」
「いやよ」
バカルディはきっぱりと言いました。
「この部屋から出て行けってそうは言いたいんでしょうけど、あたしはここにいる。もう、キングの側から離れたりしない」
バカルディの隣にいるクロウは、力強く頷きました。
「約束したから」
それら彼女たちの答えを聞いて、エルトマはそれ以上言及することをしませんでした。
ただ一言、「そうか」と呟き、魔法陣の枠内へ一歩踏み出します。
しゃがみ込み、キングの胸元に手を触れました。
そのまま蘇生を始めるかと思いきや、エルトマは固まって動きませんでした。
数秒程経った後、ゆっくりと顔を上げ不安そうに見つめるバカルディとクロウに笑いかけます。
「これが最後になるだろうから、言っておく」
エルトマは芯の篭ったような、それでいて涙滲んだ瞳を作り、囁くように言いました。
「今まで、すまなかったーー」
そして、
「では、始める」
エルトマは目を瞑り、魔法提唱を唱え始めたのです。
魔法陣は仄かに赤く発光し、そのうち光の筒(つつ)となりキングとエルトマの体を包み込みました。
固唾を飲んで見つめるバカルディとクロウは、ただただ手を合わせ祈るのみ。
お願い、成功してーー
※
「どうかしましたかな、キング殿」
「え?」
村長マドゥークは、不安げな瞳をキングへと送ります。
そこは村長宅。
キングは惚(ほお)けた頭を振って、「いや」と苦々しい表情を浮かべました。
「なんでもない。少し考え事をしていた」
マドゥークは伸び切った白いあご髭を摩りながら、朗らかな笑みを零します。
「もしや疲れているのでは? ここ最近、キング殿には無茶ばかりをさせていますからな」
「そんなことはない」
「謙遜はしなくて結構。キング殿の働きには、村の皆が感謝している。本当に、助かっているのです」
次にマドゥークは窓向こうの青空を仰ぎます。
「時に、キング殿がこの村に訪れてもう10年になりますか。いやはや、時の流れとは実に早い」
「ああ。もうそんなに経つのか」
「そうですとも。初めはどうなるかと思いましたがな」
キングは頭を下げ、率直な気持ちを口に出します。
「素性の知れない俺たちを暖かく迎え入れてくれたあの時のことは、今でも忘れてはない。だから感謝をするとすれば、それは俺の方だ。ありがとう」
「なんと……ああ、キング殿は本当に立派なお方だ。もう、これ以上はないのかもしれぬ」
マドゥークは物憂げな瞳をキングへと向け、切なそうに笑いました。
「できることなら、この村で一生あなたと共に過ごしたかったと、そうは思わざるを得ない」
「……どういうことだ」
「いやなに、始まりもあれば、終わりもあるということです。いつまでも年寄のワガママで、キング殿のような偉大なお方をこの地に縛っておくことはできますまいと、そう思っている」
キングには訳が分かりませんでした。
「まさか、この村を出て行けと……そうは言うつもりか」
「左様。キング殿、あなたには使命があるのです」
「……使命?」
マドゥークは頷きました。
「そう、使命です。あなたはこのような場所で油を売っている場合じゃない。ここではない世界にて、あなたの訪れを求めているものがたくさんいるのですから」
「知るか、俺は俺だ。俺の生き方に、他人は関係ない。俺は望んでこの地にいるのだ。それをマドゥーク、お前は否定するのか」
「否定などではありません。これは、運命なのです」
「それこそ俺には関係のない話だ。運命など、俺は認めない。全ては俺が選び、自分の足で進んできた今この生活がある。愛すべき妻がいて、守るべき子供たちがいて、支え合う村の仲間たちがいる。これ以上はない……俺は、今が幸せなんだ。仮にも運命があるとするならば、それは今だ」
「なら、その胸のペンダントはなんですか」
「……は?」
「だから、そのペンダントはいつ、どこで、誰に与えられたものだと、儂はそう聞いているのです」
「……それは……」
「思い出せませんか、キング殿。あなたは、これまで辿ってきた道のりを、全てなかったことにするおつもりですか。もし仮にそれがあなたの選択であるならば……やはり、我々はあなたをこの村から追い出さなくてはならない」
言ったマドゥークの視線が、キングの背後を見つめていました。
キングは後ろへと振り返り、いつの間にか集まってきていた村人たちと目が合います。
その先頭に立っていたのは、かつて自分が殺した筈の山賊の男でした。
山賊は言いました。
「俺は別に、間違ったことをしたつもりはないぞ。俺はなキングよ、生きる為に仕方なくこいつら全員を殺したのさ。金も、女も、仲間も、全部自分の力のみで手に入れてきた。俺は昔から、そういう生き方しか知らなかったのさ」
マドゥークは頷きました。
「……生き方とは、人それぞれ。武器を持つ者と持たない者。虐げる者と虐げられる者。愛を知る者の知らない者。我々命ある者は、この世界に産まれた瞬間からそれら不平等に晒され、それでも尚生きることを課せられている。そんな者たちが共に手を取り合い生きていくなど、幻想に過ぎないのです。それはキング殿、あなたも同じことですよ。何故ならキング殿……あなたは魔物、ゴブリンではありませんか」
その瞬間でした。
ピキッ……ピキピキ……
キングの皮膚に亀裂が走ります。
人間を装っていたキングの幻想が、ついに暴かれ、打ち砕かれてしまったのです。
キングは剥がれ落ちる顔の皮膚を手で押さえながら、激昂しました。
「やめろ! 俺は人間のキングだ! 魔物じゃない! ゴブリンじゃない!」
「いいえ、あなたはゴブリンです。この事実だけは、どう足掻いても覆ることはありません」
マドゥークは逆毛を立てるキングの目の前に歩み寄り、その胸に、そっと掌を翳しました。
赤いペンダントの石に、光が点り始めます。
「もう行きなさい。そして、その手であなたが果たさなければならない本当の使命を全うするのです。見つけなさい、あなたの名前に込められた意味を。その先に、キング殿が本当に求めている超新星とは……待っている筈ですから」
マドゥークは、キングの胸を力強く押しました。
キングは反応することも出来ず、後ろへゆっくり倒れていきます。
その先に、足場と呼べるものはありませんでした。
キングは突然発生した闇の中に、倒れ落ちていくのです。
そんなキングを、村人たちは優しい笑顔を浮かべながら、ずっと見送っていました。
「我らの御心は、ずっと王と共に……」
ぼそり、村人の誰かがそう言いました。
誰が言ったか分かりませんが、その声は闇に堕ちていくキングの耳にもちゃんと届いていたのです。
そのうち、キングの瞳は新たな世界の訪れを捉えます。
懐かしき、ルマンドの高台でした。
いつの間にか、街の夜景を眺めていたキングの隣にいた彼女ーーヴァレンタイン。
ヴァレンタインは言いました。
「この世界は今、何者かの手によって闇に覆われようとしているの。それはねキング、近い将来必ず訪れる避けられない未来なのよ。たくさんの人、魔物が死ぬ。ここから見える街明かりも、もしかしたら失われてしまうかもしれない。だからよ、世界は今、闇を払う強い光を求めているわ。その光は、未だ見つからないまま……でもきっと、いつか必ず光る。皆が、その光の輝きをずっと待っている」
言って、ヴァレンタインはキングの頭を撫でました。
「仮にもそんな光を灯せるとしたら、それは何者にも負けない強さを求めた者だけだわ。キング、あなたにはその資格がある」
キングは頭を横に振り、手のひらで顔を覆いました。
「違う。俺は、そんな大層な身分ではない。俺は、人類を滅ぼす為に生まれた魔物なんだ。この力は、いつかきっと皆を不幸にする。なにも掴めない……なにも手に入れられない……」
「そんなことない。だってあなたは、キングだもの」
ヴァレンタインは優しくキングを抱き締め、囁きます。
「キングという名は、あなたにこそ相応しい。気高き孤高の王よ。今一度、立ち上がる勇気を出して。あなたにならきっとできる。だから、歩き出して」
「どこに……俺は、これからどこに行けばいいと言うのだ……」
「そんなの、決まってるじゃない」
ヴァレンタインの体が輝き、いくつもの光の球となり、溶けて消えていきます。
それでいて、キングの脳内に残響するヴァレンタインの声。
「あなたが進みたい方向へ、それがあなたの王道となるのよ」
キングは顔を覆っていた手を下げて、ゆっくりと目を開きました。
再び、果てしなく続く一面真っ暗闇の世界がキングを待っていました。
違いがあるとすれば、少女が闇の中で一人うずくまっていたことでしょうか。
少女は悲しげな声で言います。
「この世界は残酷だ。どんなに幸せを求めて、悪い奴らがどこからともなく現れて、全部奪っていく。なにも悪いことしてないのに、あいつらは平気な顔して大好きな人たちを殺していく。人間も魔物も関係ない。救いなんて、どこにもないんだ」
そんな少女の隣へ、何処からともなく現れた彼女が言うのです。
「それが世界の真実。悔しいけど、それはあたしたちじゃどうすることもできない」
「嫌だよ、そんなの」
「仕方ないじゃない。だって、あたしたちにはそれらに争う手段がないんだから。だから認めなくちゃならないんだって、そういうことなのよ」
少女たちは肩を寄せ合い、頭を重ねました。
「でも、そんな世界の不条理に従う程、あたしたちはバカじゃない。それもまた事実でしょ?」
「……うん。奪われ続けるなんて、そんなの嫌だ。だから強くなって、もう二度と誰にも奪われない力が欲しい。そんな力を、ずっと求めてる」
「そうね。どこかに、そんな偉大なる力はきっと眠っている筈。その力はあたしたちにはないけど、この世界のどこかには絶対にあるの。だからーー」
言って、少女は立ち上がりました。
「行きましょう、クロウ。あたしたちの旅は、まだ終わってない」
クロウと呼ばれた少女は顔を上げ、微笑み言いました。
「そうだね、バカルディ。きっと、彼が待ってる」
そんな二人とは、キングの存在に気付くことなく闇の中へと歩いていきます。
その時でした。
キングの脳裏に、その二人と交わしたであろう約束が蘇ってくるのです。
また旅の記憶も、彼女たちが何者であったかも。
「バカルディ……クロウ……」
キングはゆっくりと歩き出しました。
そのうち足は自然と、去っていく彼女たちの背中を目指し駆け出していました。
それなのに、一向に二人との距離は縮まりません。
むしろ、差は開くばかり。
キングは叫びました。
「頼む! 置いていかないでくれ! 俺はここだぁああああああああ!」
完全に見えなくなった二人の後ろ姿を思いながら、キングは絶望に暮れていました。
走っても走っても、絶対に追いつけい。
どんなに追い求めても、俺は彼女たちの生きるスピードに、生きる世界に馴染めない。
何故か、単純な話だ。
俺が……魔物だから……
キングは自身の存在を卑下し、ただただ悔しくて堪りませんでした。
そのうち、キングの足は完全に止まっていました。
もはや、走る気力すらも残されていなかったのです。
そんな時でした。
「もう、諦めてしまうのかい」
キングの背後から、その声とは鳴ります。
キングは顔を上げ、ゆっくりと振り返りました。
そして、見覚えのあるその顔を睨み付けます。
グラッドマンです。
グラッドマンはキングの隣へと歩み寄り、クスクスと笑い声を上げます。
「これが君の限界だとすれば、それは非常に情けない話だね。望めば全てが手に入る器を持っているというのに、君は自ずとその権利を放棄するというわけかい」
「黙れ」
「いいや、黙らないよ。黙って欲しければ力付くで黙らせるといい。本来、君はそういう存在だった筈だろ?」
言って、グラッドマンはキングの前に立ちはだかり、腕を大きく広げました。
「力により証明。結局のところ、力ある者のみが権利を主張できる。土を舐めることしかできない弱者に、そもそも権利を掴む資格はない。死んだ者には権利はおろか開く口すらもありはしない。ここはそんな世界さ」
グラッドマンはニヤリと、卑しく嗤いました。
「だから、来なよキング。君にその覚悟があれば……」
キングは黙り、俯き考えました。
俺の覚悟とは、一体なんだ。
俺は何故この場所にいて、何故こうも悩まなければならない。
昨日までは幸せな日々だった。
そんな毎日が、これからも永遠に続くと信じていた。
それなのに、俺は何故か闇の中に堕ちてしまっている。
これは俺の意思か、それとも俺を突き動かす何者かの意思か。
分からない。
俺は、自分が一体なにをしたかったのか全く思い出せない。
それなのに、思わされる。
『その先に進み、彼女たちの背中を追いかけよ』
何者かが、自身にそんな命令を下しているような気がして止まないのだ。
そんな誰かとは、いつか強く望んでいた。
『超新星を求めよ』と。
『冒険者を救済せよ』と。
『山賊を殺せ』と。
『誰よりも強くなりたい』と。
『強くなる為ならば是が非も問わない』と。
『その為に今はただ我慢し、従え』と。
『旅をせよ』と。
『彼女たちが愛おしい』と。
『彼女たちと家族になり、一生側に居続けたい』と。
『帰りたい』と。
『また皆の、自分を待つ者たちの元へ帰還せよ』と。
そして、
「生きろ、か……」
キングは掌を突き出し、願いました。
『今一度一歩を踏み出す、力が欲しい』と。
その瞬間、突き出したキングの手に光が灯りました。
光はゆっくりと、形を作っていきます。
一本の、銀色の剣。
そうして、キングはようやく自身に命令した者の存在を悟ったのです。
それは……
「この、俺だ」
キングは剣を構え、立ちはだかるグラッドマンを袈裟斬りに斬り伏せました。
「俺が……俺に命令を出していたのだ。それらは全て俺の望んだ思い、願いだったのだ」
霧のように消えていくグラッドマンを振り払い、キングは再び駆け出しました。
闇の中を、ただひたすらに突き進んでいきます。
その先になにが待っているのかは、分からない。
分からないが、進まなければなにも始まらない。
だからこそ、進む。
ただそれだけの存在として、キングはついに自身の在り方を見つけ出していたのです。
そして、
「お願い、行かないでキング」
最後に、アイルとは待ち構えていました。
両手には、これまで全身全霊の愛を注ぎ込んできた二人の我が子の手が繋がれています。
アイルは責めるように言いました。
「間違っているわ、キング。この場所こそがあなたの求めた超新星、キングが本当に輝ける場所なのよ。だから、もう何処にもいく必要はない。ここには、幸せが一杯詰まっているの」
キングは頭を横に振りました。
「違う、そうじゃなかったのだアイル。俺は、願えば全てが手に入る世界など……欲してはいない。そんな世界は、全ては幻だったのだ」
アイルは不敵な笑みを浮かべます。
「幻でも別にいいじゃない。だってあなたは、ずっと苦しんで生きてきた。だったら辛いだけの現実にいるよりも、幸せに満ちた幻の方がずっといいじゃない」
「……ああ、そうかもしれない。でもな、アイル。辛いのは俺だけじゃなかったんだ」
言って、キングは物憂げな瞳をアイルへと向けました。
「あの世界では、苦しんでいる者たちがたくさんいる。それでも尚、そんな苦しいだけの現実に抗おうと戦う者たちが、たくさんいるのだ。俺は、そんな彼らと共に生きたい。全てが叶う幻の世界よりも、俺にはずっとあの世界の方が美しいと思える。だからーー」
キングは剣を構え、アイルに向け走り出しました。
「この力を、必要とする者がいるならばッ!」
勢いよく斬りかかりーー
「そう……また、見殺しにするのね」
ピタリーーキングの振り下ろした剣は、アイルの眉間前にて止まりました。
キングは、言います。
「見殺しになど、するものか。もう二度と俺は迷わない。だからアイル、さよならだ」
キングがその決意を発した時でした。
首から下げられた赤いペンダントが途端に激しい光を発して、アイルの幻想を、その場一帯を覆う闇の全てを取り払っていたのです。
次に現れた真っ白な世界。
そんな新しい世界には、扉が一つありました。
扉の前に佇む彼は、宿敵エルトマ。
エルトマは静かに、口を開きました。
「迎えにきた」
キングは身構え、エルトマへ切っ先を向けました。
「……迎えなど、いらない」
覇気の篭った声で、言い放ちます。
「自分の力で、ここを出て行く」
「……そうか。それならそれで構わない。だが……」
エルトマは扉を開き、キングにその中を見せました。
扉の奥に待つ者たち、それらはかつて世界を闇へと帰そうと目論んでいた数千にものぼる魔物たち。
それら『国堕とし』の悪魔たちは、舌を舐めずり回しキングが入ってくるのを待ち構えていました。
「この先は、地獄だぞ」
エルトマはその地獄と、ずっと一人で見つめ合ってきました。
だからこそ、キングがこれから背負うであろう絶望の深さをよく理解していたのです。
故の、忠告。
「引き返すのなら今のうちだ。この先に進めば、お前は未来永劫その身に絶望を背負うことになる。悪魔たちはお前の精神を蝕み続けることだろう」
寝ても覚めても、悪魔の囁きは絶えず終わらない。
死ねと。
『死なないであれば、俺たちに代わり殺戮を始めよ』と。
仮に、唯一その苦しみから抜け出す手段があるとすれば、それは死による救済でしかない。
だがそんな死と引き換えに待つ未来、それは悪魔たちを世に放つことになる。
生きるも絶望、死すらも許されない。
「それをキング、お前がその身一心に背負うことになるのだぞ。お前に、その覚悟はあるか」
「無論だ」
キングは即答し、扉へと向かって歩き出しました。
「それでも構わないから進めと、内なる俺がそう命令するのだ。だったらそれ以上はないだろう。俺は……俺の命令に従うまでだ」
その足取りに、躊躇いはありません。
エルトマは最後に、尋ねました。
「お前はどうして、そこまで強くあれるのか……聞いてもいいか」
キングはニヤリと笑いました。
「愚問だな。何故なら、俺はーー」
扉の前に立ち、雄叫びを上げます。
そして、扉の中へと入っていく。
その姿はまるで、魔物の群勢へと一人立ち向かう勇者の如き。
ただ、実態は勇者と呼ぶには程遠く。
正しく、その姿はーー
「俺は、ゴブリンキングだ」
ーー終末歴と呼ばれた、とある時代。
地下深い迷宮の奥に、一匹のゴブリンがいました。
ゴブリンの名前は『キング』といいます。
一体誰が、どのような理由でそのような名前を付けたのかは分かっていません。
キング自身、自分がどうしてその名前を与えられたのか、またその迷宮にいるのか覚えていませんでした。
キングはそのことについて、深く考えたりはしません。
何故なら、その迷宮にはキング以外にもたくさんの魔物が棲息していて、どの魔物も自身の出生など気にすることなく生きていたからです。
弱い魔物は、強い魔物の餌に。
強い魔物は、より強い魔物の経験値に。
それがこの迷宮の絶対的ルール。
そして、ゴブリンであるキングの脳内に、正体不明の何者かの囁き声とは聞こえてきます。
『超新星を求めよ』
キングはその声に従っては、生きるだけ。
これはそんな、世界の終末と呼ばれた時代の物語。
始まりはそう、地下深い迷宮の奥から……
そして
……その終わりは、未だ誰にも分かっていません。
了
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