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第3章 冒険者となったゴブリン
終末歴1820年 10月12日
しおりを挟む明くる朝、キングは言われた通り宿屋を引き払い、マルドゥック冒険者組合へと向かいました。
扉を開けてすぐ、グラッドマンの姿が目に入ります。
グラッドマンは数人の冒険者と、なにやら話し込んでいました。
キングはグラッドマンへと近寄り、声をかけます。
「約束通り、来たぞ」
「ああ、キング。待っていたよ」
弾んだ声で言ったグラッドマンに反応して、その場に居合わせた冒険者たちの顔色が濁ります。
冒険者は二人。
両方とも女性でした。
一人は緑の衣服の、冒険者の中でも比較的軽装備な格好をしている長身の女剣士でした。
そしてもう一人は黒いローブ姿の、手には杖が握る、様相としては魔法使い(マジックキャスター)のそれで、小柄な体型をしています。
そんな二人とは、キングを睨むように見て、嫌な顔を作ります。
そのうち、女剣士が口を開きました。
「グラッドマン。まさか、私たちの新しい仲間とはこいつのことですか?」
嫌な聞き方をした女剣士に、グラッドマンは言います。
「そうだよ、彼の名前はキング。安心してくれ。足を引っ張ることはないだろうから」
キングはすかさず口を挟みました。
「ちょっと待て。グラッドマン、これはどういうことだ?」
「ああ、言ってなかったね。キング、君はこれから彼女たちと共に活動してもらうんだ」
「聞いてないぞ」
「だから、言ってなかったからね」
キングは不快感をあらわにしました。
「俺は強くなる為にお前と契約した。グラッドマン、俺はお前としか手を組まない」
「ちょっとあんた、グラッドマンに向かってなんて口の聞き方してんの!」
眉間に皺を寄せて、女剣士はキングへと詰め寄りました。
「なんだお前は」
「それはこっちのセリフだっての! みんな噂してるわよ! やばい奴が来たってね!」
「やばい奴?」
「あ・ん・た! あんたのことだっての! 大体、なによその訳の分からない装備は! 冒険者のつもり!?」
激昂する女剣士は、キングの鎧姿へと侮蔑した瞳を送ります。
「ダッサ。それに機能的じゃない。あたしは認めないわ! グラッドマン、違うやつにして下さいよ!」
女剣士は怒りの矛先をグラッドマンへと変えます。
グラッドマンは苦笑いを浮かべ、肩を竦めました。
「またその話かい。だから何度も言ったじゃないかバカルディ。今回の彼は、君たちの実力に見合うだけの力を兼ね備えている。この僕が言うんだ、間違いない」
グラッドマンがそう言おうとも、バカルディと呼ばれた強情な女剣士はまるで引きません。
「嫌です! 実力がどうだとか、そういう問題ではありません! こんな素性の知れない怪しい奴と一緒にいたら、あたしたちの株が下がるわ! そうよね、クロウ」
クロウと呼ばれたマジックキャスターは、首を横に傾けました。
「さあ」
「さあって、あんたどっちの味方よ!?」
「クロウはクロウの味方だけど」
「ふん、話にならないわ」
キングは一人五月蝿く騒ぐバカルディを見つめ、不思議な気持ちになっていました。
何故この女は、こうも俺を否定するのか?
確かに、俺はこのマルドゥック冒険者組合の新参者であり、素性が知れないことは間違いないが、それがなんだと言うのか?
もしかして、俺の実力に不満を感じているのか?
強さでしか物差しを測れないキングとは、バカルディに尋ねました。
「では、俺がお前より強ければ納得するのか」
キングの言葉を受けて、バカルディの表情が一層険しくなりました。
「はあ? あんた、それ、誰に言ってるわけ」
「お前だ」
「……ウザ。あんた、マジでうざいよ」
バカルディはキングの肩を押し、鼻で笑いながら言います。
「じゃあ、証明しましょうか。で、勝った方の意見が正しいの。もしもあたしが勝てば、あんたを一応仲間にしてあげるわ。あんたが勝った場合も同じね」
「いや、俺はお前ではダメだ。グラッドマン、俺はお前がいいんだ」
「はぁ!? ちょっと、なんであんた如きが上から目線なの!?」
すかさず、クロウが口を挟みました。
「それ、バカルディが言っちゃう?」
「五月蝿い! あんたは黙りなさい!」
彼らの騒ぎを聞きつけた冒険者たちが集まり寄り、盛り上がっていました。
「なんだなんだ?」「なんでも、あのバカルディとグラッドマンが連れてきたルーキーがやり合うみたいだぞ」「いいぞいいぞ! やれやれ!」
建物内を、冒険者たちの野次が飛び交います。
あまりの騒ぎように、事態はさらに悪化していきました。
グラッドマンは「やれやれ」と言った様子で、重たげなため息を吐きました。
「分かったよ、バカルディ。君がそこまで言うのであれば、致し方ない。でも約束は守ってくれよ。仮にキングが勝つか引き分けるかした場合は、君は彼を素直に認めること。キング、いいかな?」
キングは頷きました。
「いいが。グラッドマン、俺がこの五月蝿い女に勝利した場合は……」
「バカルディ! 五月蝿い女とは失礼な!」
キングは渋々といった様子で、それ以上とやかく言うことを諦めました。
「……ああ、分かった」
かくして、キングとバカルディは建物の外へと出ました。
建物の前の道、半径5メートル内で二人は剣を構え向かい合い、その周囲を冒険者や、騒ぎを聞きつけた街人たちが取り囲みます。
冒険者たちが喧嘩をすることはそう珍しいことではなく、今回のように一騎打ちを行うこともありますが、ここまで皆の関心を引くことはそうありません。
皆の関心を惹いて止まないもの、それはバカルディこそが最もたる原因です。
というのも、バカルディという女剣士は癇癪(かんしゃく)持ちの性格で、気に入らないことがあるとすぐに決闘を申し込むという、じゃじゃ馬姫と呼ばれていたのです。
ですので、バカルディが喧嘩をすれば、皆がその光景を一目見ようと集まり、歓声を上げます。
また、バカルディとはその面倒な性格とは裏腹の綺麗な容姿をしており、剣の腕も高く評価されていました。
故に、彼女のファンは多く、今回にしても、きっと彼女が勝つだろうと皆は予想していました。
なんたって、相手はあのルーキー。
集まった皆の好奇な瞳が、どっしりと佇むキングへと向けられます。
あまりにも歪な装備で、どう見ても強そうではない。
それは、冒険者ではない者たちの目から見ても一目瞭然のこと。
そんな中、違った目でキングを見つめる者が二人。
「グラッドマン、あなたねぇ……」
ヴァレンタインは呆れた調子で言いました。
グラッドマンは腕を組み、肩を竦めます。
「仕方ないだろ。僕が言い出したことじゃない。それに、キングのことを皆に知ってもらういいきっかけとなったよ」
「なにを呑気な。バカルディはあれでも聖騎士クラスの実力者なのよ。キングが恥をかくわ」
「さて、それはどうかな?」
ヴァレンタインの不安を他所に、グラッドマンは別のことを考えていました。
「僕の予想では、キングは負けないよ」
グラッドマンのその言葉に、ヴァレンタインは驚いていました。
まさか、あのグラッドマンの口からそんな言葉を聞く日がくるなんて。
ヴァレンタインがそう思うのも無理はありません。
何故なら、グラッドマンが他人に興味関心を向けるだけでも珍しく、また実力のない者たちを卑下していることをよく知っていたからです。
「グラッドマン、あなたはキングの中になにを見ているの」
「すぐに分かるさ」
グラッドマンが目を輝かせ、キングの戦いを待つだけでした。
「そうだろう、キング。君は強くなれる」
決闘のレフェリーを務めることとなったマジックキャスター、クロウはゆっくり両手を上げました。
その瞬間、五月蝿く騒ぎ立てていたギャラリーの声が、ピタリと止みます。
クロウは決闘の説明を始めます。
「戦闘続行不可能とクロウが判断したら、それでおしまい」
クロウはキングとバカルディの両者に、目を配りました。
キングが頷きます。
「ああ、分かった」
バカルディも頷きました。
「速攻で叩きのめしてやるわ」
クロウは両者の意思を確認し、言いました。
「じゃあ、クロウが手を下げたら始まりだからね」
二人は同時に頷き、決闘の合図を静かに待ちます。
集まった群衆は唾を飲み込み、今か今かと決闘の始まりを待ちます。
そして、
「始め!」
クロウが勢いよく手を下げた次の瞬間、バカルディが地面を蹴り、キングに剣先を突き出しました。
バカルディは、ソードランスという珍しい形状の剣を使用しています。
ソードランスは突きに特化した剣であり、バカルディもまた突きを得意とする剣士でした。
ランスよりも軽い上に、突きにより一撃は引けを取らない。
それでいて剣としての斬撃を可能なソードランスとは、バカルディにとっての神器、鬼に金棒と言っても過言ではないでしょう。
バカルディは躊躇いなく、剣尖をキングの首元へと向けます。
仮に反応出来なければ寸止めて終わり、仮に抵抗しても追撃にて剣を飛ばし戦闘続行不可能とさせる。
バカルディはいつも通り、想定した初撃を繰り出そうとします。
大抵の者が、この一撃にて終わる。
避けても、二撃目にて戦闘続行不可能となる。
群衆たちもまた、そのことをよく理解していました。
理解していないのは、キングのみ。
キングは腰を低く落とし、バカルディの突きを真っ向から迎え討とうと考えます。
(突きの一撃か。避けてもいいが……それをあのバカルディが許すとは思えない。奴は強情な女だ。きっと、この一撃にはバカルディなりの策略があるに違うない。だとすれば……)
キングは剣を頭の上に掲げて、敢えて自分から隙を作って見せました。
ノーガードの精神。
それは、死ぬか生きるかの命のやり取りをずっと繰り返してきたキングらしい上段の構えでした。
バカルディの突きが先に俺を仕留めるか、それとも俺の剣が先にバカルディを仕留めるか。
そんなキングの気迫に気圧されたのか、バカルディの動きがピタリと止まります。
その瞬間、群衆が「うぉおおお!」と大きな歓声を上げました。
あのバカルディが初撃を控えた!?
バカルディは後ろに足を引いて、キングの様子を伺います。
(なにこいつ……避けられないと悟って、同士討ちを狙ったのか……それとも、あたしの突きなんて避けるまでもないと言いたいのか……挑発のつもりか、単なる愚行か……どっちだ)
キングは足を一歩前へと踏み出し、剣を下ろし真正面に構え直しました。
「どうした、来ないのか」
「そういうあんたこそ。達者なのは口だけかしら」
「それはこっちのセリフだ。臆病者め」
「……臆病者、ですって?」
「ああ、そうだ」
キングには分かっていました。
「今の動きは大したものだった。もしもあの突きを受けていれば、俺は負けていたかもしれない。だが、お前はそれを敢えてしなかった。それは何故か……俺には分かるぞ」
バカルディは苛立つ声で尋ねます。
「なにが分かるって、えぇ!?」
「臆したのだろう? 真っ向から俺と迎え討つことを。お前が一撃目にて突きを選んだのは、あの場面で俺が防御に徹するだろうと判断してのこと。そうして相手の怯む隙をみて、勝負を一気に終わらせる。だが俺は、そんなお前の予想を裏切ったと……そんなとこか」
「なっ……」
「図星か」
図星であった。
バカルディは歯軋りを鳴らしながら、必死に激昂する気持ちを抑えます。
挑発に乗ったら負け。
怒りは動きを鈍らせ、判断力を失わせる。
バカルディは深く息を吸い、吐き、精神を集中させました。
平常心を取り戻します。
「……よく見てるじゃない。ちょっとだけ、あんたを誤解していたかも」
「俺もだ。冒険者は、俺が今まで戦ってきた魔物とはまるで違う」
言っても、キングの戦ってきた魔物たちとは恐ろしい化け物ばかりでした。
それこそ迷宮の最下層に存在していた魔物の一体一体とは、冒険者が束になってかからないと倒せないだろう怪物揃い。
キングはそれら怪物たちとの戦い方に慣れているだけの話で、魔物とは冒険者にとってはかなり脅威とされているのです。
力でねじ伏せてきた魔物とは違う戦い方を強いられる冒険者とは、キングにとって貴重な勉強材料でした。
キングは肌身を通して、自身が強くなっていることを実感します。
悪くない。
「バカルディ。認めよう、お前もまた強者であると」
「ふん。無駄口は勝ってからにすることね」
言った瞬間にも、バカルディは先ほどよりも遥かに素早い動きにてキングの懐へと潜り込みました。
「もう、手加減はなし」
バカルディはキングの鎧を破壊する覚悟で、横払いに刃を振り抜きました。
キングはニヤリと笑い、バカルディの斬撃を刃にて受け止めます。
「俺も、手を抜いてはいられないようだ」
集まった者たちの予想、期待が、裏切られます。
バカルディの斬撃を見切った!?
最早、異邦人であるキングを卑下する者は誰一人としていませんでした。
バカルディに一点集中していた期待の眼差しが、徐々にキングへと移り変わっていくのです。
もしかすると彼ならば、あのバカルディに勝てるやもしれない。
そんな可能性が、瞬く間に群衆たちの心を踊らせ、伝染していくのです。
「あいつは何者だ!?」
「キングだ……冒険者、キング!」
人々は思いました。
彼は、異邦の地で活躍する英雄の類いなのかもしれない。
だけど、実際は違います。
キングとは、未だその存在を知る者の少ない、無名の冒険者である。
また魔物であることに……この時はまだ、誰も知る由もなく……
彼は何者なんだ!?
そんな群衆たちの好奇心を一身に浴びていることなど知る由もなく、キングは一心不乱に剣を振るい続けます。
バカルディはその全てを華麗に受け流し、自身もまた高速の剣撃を繰り出します。
まさに、それは剣の舞踏会。
まるで演劇を披露するかのようには、二人の華麗なる剣戟は観衆の心を魅了して止みません。
一進一退の攻防を繰り広げる二人とは、一躍時の人となっていたのです。
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