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第2章 英雄となったゴブリン
終末歴1820年 9月16日
しおりを挟む一夜明けて、キングは村で一際大きな村長宅へと招かれました。
村長であるマドゥークは床に胡座をかき、だだっ広い奥の一間にてキングが訪れるのを待っていました。
マドゥークの周囲を囲むように、男衆数人がその場に居合わせています。
「お待ちしておりましたキング殿。ささ、お座り下さい」
キングはお辞儀をし、言われるがまま腰を下ろしました。
「昨晩はよく眠れましたかな」
「ああ。疲れていたからな」
実際、キングは昨晩死んだように眠っていました。
有り難いことに、宿屋の一室を無料で提供してもらったのです。
未だ通貨という概念を知らないキングにとって、幸運とも呼べるでしょう。
マドゥークは愉快そうな笑い声を上げながら言いました。
「それは良かった。時にキング殿、鎧は脱がないのですか?」
「脱ぐ理由がない」
脱ぐことが出来ない、そうは言いません。
明らかに様子のおかしいキングの鎧姿に、男衆の顔色が濁ります。
マドゥークだけは別段と気にしていませんでした。
と言うのも、年長者であるマドゥークはこれまで幾人もの冒険者を拝見しており、故に冒険者のことをよく理解していたからです。
変わり種の集まり。
マドゥークから見た冒険者の印象とは、そんなものでしかありません。
故に今回もそのように、今回は特に変わった冒険者がやって来たと、ただそれだけのこと。
「つまらぬ事を聞いてしまいました。申し訳ない」
「いや、いい。そんなことはどうでもいいんだ」
言ったキングとは、事実自分の話などどうでもよかったのです。
キングが今一番欲しているものは、単純なる目的、命令でした。
今自分にすべきことを行いたい。
仮にそれが山賊退治とあっても、俺は一向に構わない。
キングは兜越しに、マドゥークへ強い眼差しを送ります。
「教えてくれ。俺は山賊を殺して、どうすればいい」
ストレートに本題を切り出してきたキングの言葉を受けて、その場にいた者たちの目が大きく見開かれました。
マドゥークは長い顎髭をさすりながら、恐る恐る訊き正します。
「キング殿には、それが可能であると?」
「もちろんだ。少なくとも、俺はこれまで見てきたどんな人間よりも強かった。だったら、その山賊にも敗北することはないだろう」
「村の財産や、捕らえられた村人たちも救出してくれるのですか?」
「命令とあれば、こなしてみせよう」
きっぱりと言い切ったキングに対して、マドゥークがそれ以上言及することはありませんでした。
口で語る前に、まずはその腕で語れ。
マドゥークは早速、山賊が住処としているだろう位置をキングに伝えます。
森の西南部あるという、数百年前に打ち捨てられた教会跡。
キングが寝床にしていた穴ぐらの、真反対に位置する場所。
キングは「分かった」と頷き、早速その場へと向かうことにしました。
村を出発したキングの背を見送りながら、村人たちは飄々(ひょうひょう)としたキングの態度に、これまで感じたことのない複雑な感情を抱いていました。
頼もしいわけでもないが、だからといって期待していないわけでもない。
これまで幾度となく村に冒険者は訪れたが、あんな奴は始めてだ。
男衆の一人が、不安げな瞳をマドゥークへと送ります。
「村長……あいつは、本当に大丈夫ですかね」
マドゥークは半信半疑なる瞳を作ったまま、静かに囁きました。
「知らぬよ」
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