ゴブリンキング

泥水すする

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第1章 ゴブリンキング

終末歴1811年 8月14日

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 その時は唐突に訪れました。
 眠ったままと思われたアイルの体が、急激に老い、そして腐敗していったのです。
 迷宮から戻ったキングは、腐敗したアイルの姿を目撃し、激しい動悸に襲われていました。
 ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ。
 もはや手の施しようがないアイルが、そこにいたのです。
 それは、朽ち果てた冒険者たちと同じ姿をしていました。
 腐り、異臭を放つ、土器色の肌。
 かつてはあんなにも艶やかだった髪は、今では枯れた草木のように萎びて、水々しさを失っている。
 キングはそこで、ようやく悟りました。
 アイルは死んだのだと。
 その瞬間です。
 キングの脳内で、バチンッと、自身の知り得ない光景がフラッシュバックされていました。
 知らない土地、大広間。
 漆黒のローブを見に纏う何者かが卑しい笑みを浮かべている。
 その者に対して自分は剣先を向ける。
 疲れている。
 目を瞑って休みたい。
 だがそれでも戦っている。
 強大な力を持つ何者かと真っ向から対峙している。
 自分が倒れてはいけない。
 強い使命感。
 そして、呟く。
 守れなかった……
 それは朧げな情景が、キングの脳内を駆け巡りました。
 キングは膝をつき、手で頭を抑えました。
 呟きます。
「俺は一体、何者なんだ……」
 魔物であり、ゴブリンか。
 だったらこの記憶はなんだ。
 俺の記憶なのか。
 それに、今この気持ちはなんだ。
 苦しい。
 胸をナイフで貫かれたような、そんな気がして止まない。
 キングは理解の及ばない感情の波から逃げるように、走ってその場を離れました。
 その時となっては、アイルが死んだ原因などどうでも良く、また便利なアイテムだった太陽の盾を置いていってしまったことなど気にも止めませんでした。
 ただただ、アイルが二度と目を覚まさない事実が、長きに渡りキングを苦しめ続けるのでした。
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