ゴブリンキング

泥水すする

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第1章 ゴブリンキング

終末歴1805年 12月31日

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 一体この地下迷宮はどこまで続いているのか、アイルは疑問に思って仕方がありません。
 また、疑問の種はキングにも向けられます。
 その晩、新しい年を迎えようとしていた地下迷宮のーー深淵の墓標第8階層のとある一空間にて。
「ねぇキング」
 アイルは、刃こぼれした銀色のショートソードを恨めしそうに見つめるキングに、自身の考えを吐露(とろ)しました。
「あなたはさ、きっとなにか、強い使命を帯びてこの世界に生まれたのよ」
 キングは突然変なことを言い出したアイルに目線を移し、僅かに首を傾けました。
「どういうことだ」
「だから、あなたは普通の魔物じゃないってこと。それは多分、超新星を求める為に存在するとか、そういうことでもないと、私は考えている」
「よく分からないな」
 ぎこちない笑みを溢し、アイルは話し続けます。
「冒険者である私を助けたことにしたってそうだけど、あなたはどこか、魔物にはない感情があると、そういう話」
 その点で言えば、確かにキング自身おかしいと感じていました。
 どうしてか、アイルが危機に陥ると、恐ろしい程の使命感に駆られるのです。
 アイルを助けなければならないという選択以外が思考から除外され、体の権限が自分ではない何者かに移行する感覚を、キングは幾度となく味わっていました。
 キングは物憂げな瞳をアイルに向けます。
「悪いが、その話はもう止してくれないか」
「どうして?」
「考えても、答えは出ない。第一、俺は俺であり、何者でもない」
「そうかしら。あなたの持っている特別な力は、きっと運命に導かれていると思うけど」
 運命、それはキングがこの地下迷宮にて、初めて聞く言葉でした。
 生まれた瞬間から人語を理解し、息絶えた冒険者から奪った書物にも記載されていなかった、その言葉。
 でも何故か、キングはその「運命」といよりい言葉を、心深い位置で理解することができたのです。
「ねえキング、こんな伝説があるのよ」
 アイルは優しげな瞳を浮かべながら、語り始めました。
「魔王軍にも幹部という存在があるように、人間たちにも、それらに対抗し得る英雄たちがいるの。彼らは数千年前も昔に初代魔王を打ち滅ぼしたとされる5人の英雄たち。彼らの魂は星の運命に従って、一定周期で世界に誕生するんだって。今が、その時とされている。偉大なる英雄たちの魂が現代に転生している。まだ皆んな生まれたばかりだけど、きっと彼らが大きくなる頃には、この暗黒の時代も終わるだろう、とかね」
「……」
「それはそうとして、なんでも、英雄の魂の一つが未だに見つかっていない。その魂は、アルタイル王。アルタイル王は英雄たちの中でも一番特別な魂とされているの。だからさ、地上では人間も魔物も血眼になってその魂の依り代を探しているのよ」
 そこまで聞いて、キングは何故彼女がいきなりその話を振ってきたのかを理解していました。
 キングは呆れた口調で言いました。
「俺は違うぞ」
「……どうだろうね」
「虫が良すぎる話と、アイル、お前はそう思わないか。英雄の魂と言っても、それはお前たち人間から見た立場でのことだ。魔物からすれば、悪魔の子と呼べる。大体、俺は魔物だ。魔物が英雄の魂を受け継ぎ生まれるなんて、そんなおかしな話あるわけがない」
 虫が良すぎる話……そうは言われて、「確かにその通りかもしれない」とアイルは苦い表情を作りました。
 それは単に、人間であるアイルがそうは願っただけ。
 キングが言うように、魔物が人間側に協力するなんて、おかしな話だ。
「でもキング、私はあなたが私たち人類の味方になってくれたらどんなに心強いだろうかって、そうは思ってしまうの。あなたなら、きっと偉大なる英雄たちにも引きを取らない筈。だから、これは私のワガママなのかも」
 瞳を潤わせたアイルは、キングの手を握りながら懇願しました。
「良かったら、私と一緒に地上へと登り、人間たちの為に戦ってはくれないかな」
 アイルは続けて言いました。
「私は、実はただの冒険者じゃないの。星の占い師ルーレットシルバ様に導かれた神託の騎士として、この迷宮へと訪れた。『王の魂が墓標に眠る』と、ルーレットシルバ様はそう仰っていたわ。それはもしかしたら、あなたのことかもしれない。私はそう思うの」
 キングは一笑しました。
「馬鹿を言うな。それは運命などというものではない。単なる勝手な願望だ」
「そうよ。でも、それのなにが悪いの。叶えば一緒のことよ」
「だから、それが虫の良すぎる話だと言っているんだ。運命だとか願望だとか、そのような得体の知れないもので俺を縛るな。俺は俺のルールに従い、そして生きてきた。その結果として、迷宮の最深部を目指している。10年だ。今更、俺は自分の意思を曲げないし、ましてや他者に自身の運命を委ねようとは思わない」
 そうは言い放ち、キングはアイルの手を振りほどきました。
 また、アイルに背を向けて寝転がります。
「帰るなら一人で勝手にしろ。仮にも付いてくるなら、黙って付いてこい」
 口には出さないが、キングの言葉裏には「この迷宮を攻略し切った暁には、お前を地上へと送り届けてやる」と、そういう意味が込められていました。
 

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