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第1章 ゴブリンキング
終末歴1805年 11月27日
しおりを挟むキングとアイルが共に迷宮を進み始めて、かれこれ数ヶ月が過ぎました。
二人は未だ、代わり映えのない地下迷宮8層を彷徨っています。
それでも、彼らが危機に瀕することは一度たりともありませんでした。
その理由は、キングがあまりにも強過ぎた為です。
キングの圧倒的な力を見せ付けられ、アイルは常に疑問を抱かせていました。
その日もまた、アイルの疑問は深まります。
それはデュラハンと呼ばれる魔物と遭遇したときのことです。
デュラハンとは、実態のない魔物であるゴーストが、朽ち果てた人間の鎧に取り憑いた時の呼び名として知られています。
一説では、強い思いを抱いたまま死んだ人間の魂とは死後も生前の鎧に残留し続けており、強い依り代を探すゴーストがその鎧に寄生しデュラハンとなる、そう語られていました。
最も、諸説はたくさんある為はっきりとしたことは分かっていません。
分かっている範囲で言えることは、デュラハンにも階位があり、それは低俗種から上位種と千差万別でした。
二人の前に姿を見せたデュラハンは禍々しいオーラを放ち、明らかにこれまで遭遇してきた魔物とは一線を画しているようです。
首のない白銀の鎧に憑依した、怨霊騎士。
アイルは後退りしながら、ゆっくりと口を開きます。
「あの鎧の胸元……アーバベルト十二騎士団のエンブレム(紋章)が刻まれてるわ」
キングは盾を構えます。
「アーバベルト騎士団とはなんだ」
「数百年前に滅びた王都アーバベルトを守護していたとされる十二騎士たちのことよ」
何故こんな迷宮の地下深くにその鎧があるのか、アイルには全く分かりませんでした。
そもそも、王都アーバベルトの崩壊は未だ解明されておらず、とある晩にも突如として失われたと伝記されていたのです。
当時、世界でも有数の軍事国家とされたアーバベルト。
その精鋭部隊とされていたのがアーバベルト十二騎士団であり、各々が名だたる騎士として、その武勲は現在でも度々噂される英雄譚ばかり。
中でも、アーバベルト十二騎士団の隊長は別格とされており、彼がいながら何故アーバベルトは崩壊したのか、そこが一番の謎とされていたのです。
だとして、今目の前にいるデュラハンとはアーバベルト十二騎士団の誰の鎧を纏っているのか、アイルは悪い予感がしてなりません。
キングは然程深く考えてないのか、次の瞬間にはデュラハンに向けて駆け出していました。
盾を構えたまま、剣を突き出し特攻を仕掛けます。
そんなキングを待ち構え、デュラハンはどっしりとした佇まいのまま、ゆらりと両手剣を振り上げました。
「キング、気をつけて! そいつ、これまでの奴とは違う!」
キングは黙ったまま、胸の中で呟きました。
言われなくても分かっているーー
キングがデュラハンと対峙するのは初めてではありません。
それこそ、上階層では日常的に遭遇していました。
問題はーーデュラハンが人間の強い思念と融合したゴーストというのであれば、この階層にいるのと先に戦ったデュラハンとでは、実力差に大きな開きがあるということ。
実際、デュラハンはキングの繰り出した剣の突きを軽々しく避けて見せました。
また、流れるモーションのまま、握る両手剣を勢いよく横に薙ぎ払いました。
キングは盾で受けるも、力の圧に負けてそのまま吹き飛ばされていました。
「キング!」
アイルの悲痛な叫び声が、迷宮内に児玉します。
キングは体勢を整えながら、横目をアイルに送ります。
「すぐに終わらせる」
デュラハンはカツカツと、金属の足音を立てながらキングへと歩み寄ります。
単身この階層まで進んだのだろう騎士に憑依したゴースト、デュラハン。
強い。
厄介なことに、デュラハンの剣技は洗練され尽くしているようでした。
その様はまるで、かつてその鎧を纏い数々の修羅場を潜り抜けてきた騎士の剣さばきを忠実に再現するが如し。
「ならば……」
キングは剣技による真っ向勝負を避けようと、剣を背の鞘に納めました。
アイルは一瞬、キングが戦意を喪失させ、血迷ったとの印象を受けました。
ですが、そんな不安はすぐにも吹っ飛びます。
アイルは、未だ明かされていないキングの実力の片鱗を垣間見ることとなったのです。
キングは突進してきたデュラハンの剣尖を盾で受け流し、掌を翳しました。
囁くように、呪文の音を唱えます。
「閃光する鴉(カラス)の両翼よ、雷撃を纏え……」
刹那、キングの掌に稲妻を走らせる雷の槍が誕生しました。
キングは雷撃の槍を、デュラハンの背に向けて投擲(とうてき)します。
「鎧を穿(うが)てーーライジングスピア」
放たれた雷撃の槍は、デュラハンの鎧をいとも容易く砕いて見せました。
デュラハンの背甲に大きな穴が空き、動きに一瞬の乱れが生じます。
その隙を、キングは見逃しません。
唱えます。
「紅蓮を生み出す気高き精霊よ。誓約に従い、我がマナを分け与えよう」
次に、キングの頭上に五つの火球が発生しました。
キングの命に従い、紅蓮の精霊は迷宮へと訪れたのです。
その対価は、マナ。
マナとは、魔法を行使する時に消費する魔力の源であり、魔法の奇跡を司る精霊に支払う対価のようなものでした。
アイルはその一連を、夢でも見ているかの気分で、じっと眺め続けていました。
やはり、キングとはゴブリンとしての器を些か凌駕し過ぎている。
いくら才能に満ち溢れた聰明(そうめい)なマジックキャスターとて、あそこまで高出力の魔法を唱えることは至難の技でろう。
少なくとも、アイルの知る限りでは一人としていないレベルの魔法を、キングは平然と発動してみせたのです。
勝敗はやはり、キングの勝利にて幕を閉じました。
黒く燃え焦げた鎧に目線を落としながら、キングはため息を吐きます。
「些か、魔物の強さが上がってきているな」
言ったキングの背を叩きながら、アイルは恐る恐る言いました。
「いやいや、キング。それあなたも同じことだから」
「?」
「やっぱり変よ。絶対、あなた普通のゴブリンじゃない。もしかすると、魔王の血統を引いているんじゃないかしら」
「魔王の、血統だと?」
アイルは力強く頷きました。
「そうよ。そうじゃなくても、きっと強大な力を持っていた魔物の生まれ変わりかなにかの筈よ」
キングには、俄かに信じ難い話でした。
自分はゴブリンであり、それ以上でもそれ以下でもない。
ずっと、そのように生きてきたからです。
でもどうやら、アイルから見た自分とは、些かゴブリンの成せる領域を遥かに逸脱しているらしい。
キングは困ったような表情を浮かべ、黙りこくったままでした。
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