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第4章 テイマーとして決断

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「おうおう、こんな夜更けまで勉強かアポロ。感心だねぇ」
 ひまわり牧場唯一の書庫にて、調べものをしていた時だった。
「ああ、何だ、ハイライト教官ですか」
「何だとは何だ、俺はこれでも教官だぞ?」
 ハイライト教官は言って、大きな欠伸を一回。かなり眠たそうにしていた。
「教官、眠たいのなら自室にてお休みになられては如何ですか?」
「いや、全然眠いないから。教官だし」
「えっと、それとこれに教官がどうだなんて関係ないと思うのですが?」
 呆れて言った私に、
「だから、教え子が一人寂しく勉強に勤しんでいるというのに教官である俺が寝ていられるかって、そう言いたい。察しろよ」
 察するも何も……
「お気持ちは有り難いのですが教官、気が散るので出来ればご退出願いたいのですが?」
「いやいや、決して邪魔にはならないから。お前は知らないだろうが、俺はこれでもその将来を有望視されていた程の秀才だったんだぞ? 今はこんなんだけど」
 と、ハイライト教官はヘラヘラと笑った。また「お隣失礼」とは勝手に座りだして、どうやら変えるつもりはないらしい。
「分からない事があれば何でも聞いてくれよな」
 どういうつもりなんだろうか、てんで理解は出来ない。
 大体、夜遅くに私がこの書庫に篭っているのはいつものことだろうに。
 それなのに、何を今更。
「教官、用があるのらさっさと言って下さい」
 私は広げた本を閉じ、ハイライト教官へと向き直った。
「用という用は別にないけど」
 ハイライト教官は白白しく言った。
「だったらですねぇ~」
「まぁまぁ、そうカリカリすんなって。たまにはいいじゃないか? 教え子と教官なんだし」
「そういう台詞は教官としての責務を果たしてから言って欲しいものです」
「いやだから、俺はこうして責務を全うしようとだな~」
 と、ハイライト教官の無駄話は始まる。
 その後もハイライト教官の一方的なお喋りは永延と続いた。「俺も昔は凄かった」とか、「ひまわり牧場始まって以来の秀才と呼ばれていた」とか、そんな長話。
 そんな場面、そんな時の不意。
 ハイライト教官は「話は変わるが」と改まって、
「お前、少し変わった?」
 と、突如として真剣な眼差しをぶつけてきていた。
「急になんですか?」
「いやいや、特に深い意味はないんだけどな? 再教育課程から戻ってきたからというもの、以前に増して勉強熱心になったなぁと思って」
 その言葉を受けて、もしかしてとは、そう思った。
 故に、私は尋ねる。
「まさか聞いたんですか、例の話?」
「え? なになに例の話って? 俺何にも分かんなーい」
 嘘くさいなぁ……
「別に隠す内容でもないので構いませんし。それに早く洗いざらい白状した方が教官も楽なんじゃないですか?」
 見てて気持ち悪いです、私はそうも言った。
 それが決め手となったのか、教官はドバァとため息を吐いて、
「……はぁ、やはりお前には敵わんよ」
 とは、いつもの気の抜けた口調を浮かべ言った。
 うん、これこれ。このダメっぽさが実にハイライト教官らしいよ。
「お前にはくれぐれも黙っていろと釘を刺されたんだがなぁ~、どうも隠し事は性に合わない。ほら、俺って堅苦しいの苦手なタイプじゃない?」
「ええ、全くです」
 別に知られたからと言って困る内容でもないし、むしろ知っているのに隠されている方がよっぽど煩わしい。今のように。
「つまりあれですか、真意の程を確かめる為にわざわざこんな夜分遅くに来たと」
「否定はしない」
 ただ、とはハイライト教官は続けて、
「少し心配だったってのも、正直な気持ちだ」
 なんて、これまた普段のハイライト教官らしくない事を口に出していた。
「話は聞いた。ネイル学園理事長に誘われているんだってな?」
「ええ、その通りです」
 今に始まった話ではない。それこそ以前から「うちに移って来ないか」というアプローチは何度も受けていた。ただ今回改めて再教育課程にてネヒルマ学園に訪れたことをきっかけに、ネイル学園理事長のアプローチに熱が増したと。
「全く、困った話です」
 繰り返し断ってきたのに、どうもネイル学園理事長は諦めが悪い。私の中に「光」を見た、なんて胡散臭い台詞の次には「その光は誰にもでもあるものではない」と過大評価の言葉責め。
 そしていよいよ、その誘いは本格的に動き始めていた。
 長くても一ヶ月、その間に来るか来ないかを決めてほしいとネイル学園理事長は言う。
「これは俺個人の意見ではあるが、悪い話ではないと思うぞ。何たって、ネイル学園理事長といえばモンスター研究機関に於ける第一人者じゃないか。そんなお人からご指名でお呼ばれするなんて贅沢な悩みだって」
「言われなくたって分かってますよそんな事」
「だったら、どうしてそう拒む必要があるんだ? ここで学ぶべき事は既にない筈だ。皆も裏ではこう言ってるよ、『アポロにはこの場所は狭過ぎる」』ってさ」
 知らなかった。まさか皆からそんな風に見られていただなんて……正直驚いている。
 またそれと同時に、「どうして私に直接言ってくれなかったんだろう?」とは思ったりもしていた。普段から人との関わりを極力避けてきた私だからなのだろうが、ちょっぴり寂しかった。身から出た錆びだと分かっていても、やはり遣る瀬無い。
「教官も、私はこのままひまわり牧場にいるべきではないって、そうは思いますか?」
「ああ、もちろん」
 ハイライト教官は間髪入れずに言った。
「でも、その方がいいんじゃないかなって思うだけで、そうした方が絶対に良いと言ってるわけじゃない。だってそりゃあ、お前が決める事だろう?」
 そうも言葉紡ぐ。
「私が、決める事……」
「そうだ。今のお前にとって、本当に大事なもの、必要なものを自分自身で決めるんだ。そんな事、お前が一番よく分かってる筈だろ?」
 ハイライト教官はガハハと笑って、席を立つ。どうやら帰るつもりらしい。
「悩める内に大いに悩め若者よ! 悔いのないようにな」
 そう言い残して、ハイライト教官は書庫から出て行った。その折にも見た横顔とは、どことなく儚げな雰囲気を醸し出していた。
 嵐が去った後のような静けさの後で、私は一人悩みふける。その内、私は猛烈なる眠気に負けて顔を伏せた。

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